3-9

「あーあ、あたしもみんなと行きたかったなー」


 週の明けた月曜日の放課後、連日と同じく開かれた企画委員による会議。先日に比べ、皆々が打ち解け合っているように見えたのは気のせいじゃない、心中でそう不満がるのは鳴海愛依。


「ま、いっか。それよりも今日は……」


 今日は勇気を出す日。これまで何度も憧れ、幾度も想いを伝えようかと迷っていた彼に、とうとうアプローチを掛けられる機会を得たのだ。

 人影のない一年三組の教室で、胸を高鳴らせ想い人を一人待つ彼女。


(前のカレシも悪くはなかったけど、結局悪くない止まりなんだよね。ま、振っても罪悪感ナシってことは、それまでのオトコだったってことか)


 ふぅ……、愛依は吐くように緊張を漏らす。部活の終わりはそろそろ、そう勘ぐりつつ静かに長い時間を過ごしていると、


「――――待たせた」


 開いていた前方の扉から、制服姿に着替えを済ませていた想い人が現れた。彼の名は、――小清水蒼斗。


(キタ――――ッ。よし、勇気を出せあたし! 今までは確実にオトコを落としてきたんだっ。きっと蒼斗くんだって!)


 机に浅く腰掛けていた愛依、トンと床に足を付け、


「ゴメン、蒼斗くんから来てもらって。ちょっと……伝えたいことがあってさ」


 上目使いの仕草、そして瞳を潤わせる彼女。自らもあざといと思う行為だが、こうすることで意中のハートを射抜けることを知っているから。


「俺に?」


 そっけなく放つ蒼斗に、愛依は『もう、鈍感なんだからぁ』と心の中で呟いて、


「あたし、ずっと前から蒼斗くんのことが好きでした。どうかあたしと付き合ってください」


 長い金髪を垂らすように愛依はお辞儀をし、


(よし……イケル! 声、仕草、セリフのチョイス、どれも完璧!)


 相手の反応を確認するまでもなく、心ともなくそう決めつける。

 沈黙に支配される二人の間。

 そして。


「ごめん、無理」


 愛依は下げた頭を恐る恐る戻し、


「……え?」


 嘘でしょ……、そうとでも言いたげに、茫然たる顔つきで蒼斗を目に収める。

 その蒼斗はと言うと、どこか億劫な調子で銀髪を掻いて、


「俺、アンタがみっちー……佐久間を陰でバカにしたこと知ってるんだ。よく知りもしないクセして、よくあそこまで言えるなって思ったわ」

「佐久間……? あ、蒼斗くんの友達だったの? ご、ごめん……」

「もういいよ。それにアンタが男をとっかえひっかえしてるのも知ってる。どうせ俺もあっさり捨てられるんだろうな。……まあそれは、俺も人のことは言えねぇけど」


「捨てるワケないじゃん! あたし、ずっと蒼斗くんが好きだったんだから!」

「ああ、そうかい。でもごめん、俺…………、好きな人いるし」

「好きな……人? いいでしょ、そんなの忘れれば!」


 自分はいったい何を言ってんの? ――愛依はすぐに後悔した。こんな失礼極まりない発言、幻滅に深追いをかけるのは明白。

 でも、


「……――したさ、忘れようとしたさ。だから何人かの女と付き合ってきたけど、――結局アイツは忘れられなかった。そんな俺のワガママで……たくさん迷惑をかけてきた。だからもう、俺は――……」


 観念の表情カオ、そして蒼斗は首を横に振り、


「今のは忘れてくれ。まあともかく、俺の友達をバカにするヤツなんかとは関わりたくもねーよ。じゃあな」


 ひらひらと手を振って、彼は教室から去るのであった。

 差し込む斜陽に照らされる、一人取り残された愛依。ギリッ……と奥歯を噛み締め、


「……なに、佐久間ってそんなにすごいヤツなの? あんなロン毛のどこが…………チッ」


 鳴らした舌打ち、そして目下の学習机を乱暴に蹴る。ガシャン! 乾いた虚しい物音が室内に響いた。

 愛依は金髪を雑に掻き上げ、おもむろに天を仰いで、


「あームシャクシャする。佐久間、佐久間――……ああ、ウッゼ」


 髪を掴んでいた手は力なく垂れる。そうしてやり場のない彼女の怒りは知られる由もなく、あの男子高校生へと矛先が向けられた。

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