3-7
昼食を終え、午後からは再び自由行動の時間。佐久間は午前と同じく雫玖、燐と行動をともにする。
「ふふーん、やっぱRPG系っていいよね。わくわくしちゃうもん」
青いランタン型のアイテム『勇者のこころ』を片手に持つ雫玖は、燐が広げているマップ、そして港に面した周囲をふふんと眺めている。
「洛桜祭でも今年からこの手の出し物を企画しているのよね。マネできる部分はマネしていかないと」
――――午後の始め、三人が挑戦したのは『アクアドリームクエスト』というアトラクション。三人前後がチームとなり、与えられる冒険の地図を基に施設内を巡りつつ、愛・勇気・知恵を試される各クエストに挑み、武器とお宝を集めてゆく。
「洛桜祭のことだからハロウィンを絡めた感じになると思うけど、RPG系なら設定を練らないとね。ただ冒険するだけでも面白いとは思うけど、やっぱり物足りなさも覚えるだろうし」
「設定かぁ。悪さをするドラキュラを倒すため、地図を片手に仲間を集めよう! とか?」
「そんな桃太郎みたいなストーリーじゃ食いつかないわよ。いくらなんでも温すぎるわ」
「私の案じゃ子どもっぽすぎるって? じゃあ燐はどんな設定にしたいの?」
「そうね……、校内を巡るごとにコスプレした美少女とゲーム対決というのは? 布の面積を狭めれば、きっと中学生受け間違いなしよ」
「大人の考えすればいいって問題じゃないしっ。って、燐って生徒会役員でしょ。えっちぃ提案はダメだってっ」
「それは男性受けを狙った意見だけど、女性を狙うためには?」
「佐久間もわざわざ掘り下げないのっ」
燐は意気揚々と人差し指を立て、
「逆にイケメンパラダイスにしてみたら? コスプレ男子たちと悪のパンプキン女王を倒す旅、という設定は面白そうね。まあ旅は建前で、ハーレムを味わうのが目的だけど」
「スマホゲームみたいな設定だね。やってみると案外食いつきがいいかもしれないよ」
なに本気で議論してるんだか……、雫玖は途方に暮れた様子で肩をすくめるが、
「お、あれじゃない? 知恵を試すクエストって?」
シーサイドレストランの横、プリントシール機を模した、岩のような素材で形作られた機器が設置されてあり、
「あれみたいね、入ってみましょう」
こうして三人は中へと入ると、狭い内部にはモニターが上下に二つ備え付けられており、
「うーん、狭い。なになに、『勇者のこころを指定の場所に置くがよい』……だって」
雫玖は携えていた『勇者のこころ』を指摘のとおり置く。するとディスプレイには、つい先ほど彼女らに試練を課した『勇者の神』の姿が映し出され、
『フォフォフォ、どうやらここまで辿り着けたようじゃな。だが、本当の始まりはこれからじゃぞ? 今からワシが課す試練を乗り越えられれば、龍を倒すための武器を一つ授けよう』
燐はディスプレイに対し、嫌味ったらしく舌を鳴らし、
「神なんだから武器の一つや二つ、タダでくれたっていいじゃない。まったく、セコイ神様ね」
「心、せまっ。なんならほら、燐がこの神様をギャフンと言わせちゃってよ」
映像に映し出された神は、大きく杖を振りかざして、
『おぬしらが本物の勇者と名乗るからには、この試練を軽々と乗り越えてみせよ! それではこれがワシの与える最初の試練じゃ!』
☆☆ 知恵の試練 ☆☆
ここに大小二つのサイズの剣がある。大きな剣は小さな剣の四倍より二センチ大きく、大きな剣の二倍から小さな剣の七倍を引くと一センチになるという。これらの条件を踏まえ、大小二つの剣の長さを求めてみせよ。
上のモニターには
佐久間はザッと試練に目を通し、
「RPGらしい題材だけど、難易度は中学生レベルだね。挑戦者に合わせた問題が出題されるようになってるのかな」
「私たち高校生だし、これくらいはね? さすがに燐には簡単すぎるか」
と、楽観的な雫玖は燐に任せっきりの様子だが、当の燐はというと…………、
「え……、四倍より……ハァ? 二つの剣の長さを……同時に……? どうやったらそんなマネが……」
刮目し、食い入るように文章と睨めっこをしている始末。
「あ、あれ……燐? これ、サービス問題……じゃない?」
「だっ、黙って! 今は集中してるから!」
「佐久間……、こんなのしゃべりながらでも余裕だよね?」
「解けるね。ただ、秋月さんには難しいかもしれないよ」
頭上にクエスチョンマークを浮かべる雫玖、やがてパッチリと目を開き、
「えーっ、燐ってバカだったの!?」
「口を慎みなさい! 言っていいことと悪いこと、わからないの!?」
黒髪を鋭く巻き込むレベルで振り向き、雫玖を威嚇する燐。だがそうこうしているうちに刻一刻と砂時計は落ち、貴重な時間は削られていく。
「あ、出雲さんは知らなかったっけ? 秋月さん、叔父さんが教頭なのを利用して洛葉に入ったこと」
「ちょ、佐久間くんっ。それまさか、蒼斗から……」
「ハァ? なにそれ!? 私、洛葉に入るためにメッチャ勉強したんだけど!? まさか燐、あの教頭と一緒に……寝たの?」
「寝てないわよっ。……ま、まあ、女子中学生テニス全国大会進出という経歴を主張すれば、スポーツ推薦枠で入れはしたからセーフ」
「じゃあ、なんでそうしなかったの?」
「……膝、ボロボロだし。もう、テニスできないから……。推薦枠で入学しておいて部活に入らなかったら……マズイでしょ」
燐の哀愁漂う言い訳に雫玖は、心外でならないとでも言わんばかりに唇をうねらせるも、
「……くすっ」
「なっ、何がおかしいのよ?」
「いやだって、燐にも弱点があるんだなって。私ずっと、顔も頭も良くてスポーツ万能ってイメージがあったから。でもバカだってわかって、なんか親近感涌いちゃったかも」
「バカって言い方はやめてよね。ユーモアって表現をしてくれないかしら?」
「はいはい、ユーモアユーモア」
雫玖は燐を宥めつつ、そんな彼女の代わりに試練に挑み、
「ほい、答えはこれ!」
スラスラと流れるように連立方程式を立て、ものの数十秒で解答を入力すると、
『おめでとう、無事にこの試練をクリアできたようじゃな』
雫玖はニコッと微笑み、燐にハイタッチを求める。燐は口の端にシワを刻み悔しさを滲ませるも、渋々とハイタッチに応えた。しかし、
『じゃが、まだ喜ぶのは早いぞ? 早速だが、次の試練へと向かってもらおうかのぉ』
そして提示された試練は――、『次はおぬしらの勇気を試したい。恐怖の館に潜入し、館の主の被る帽子に記された四桁の数字を、地図にある目印の場所で入力してもらおうかのう』。
燐は訝しげに首を捻り、
「恐怖の館ってもしかして……まさか……、え……?」
「館の主ってことは……ひょっとして……あの……?」
「だろうね。点滅してる箇所、あのオバケ屋敷と一致するし。しまった、二度目になるから白けるね」
だがしかし、雫玖と燐は並んで佐久間に、
「お願い、佐久間だけで確認してきてっ」
「わっ、私は行ってあげても……いいけど、佐久間くんは佐久間くんだけで……勇気を試したいだろうし……ここは譲ってあげても……いいわ?」
「秋月さんには知恵もなければ勇気もないんだね。愛もあるとは思えないし、仮にこのクエストをクリアしてもいい気になっちゃダメだよ」
「うっさいわねっ、たかがゲームごときでいい気にならないわよっ。ほら、さっさと行ってきなさい!」
結局頼りない女子ペアを抜きに、佐久間はあのオバケ屋敷へと単独で向かったのであった。
その後待ち受ける試練も三人の協力で無事突破し、見事クエストをクリア。そしてクリアの報酬として――……、
「どうかな、燐? 変じゃないよね? 私的にはかわいく着れてると思うけど?」
メイド服を纏い試着室から現れた雫玖は、自身の身だしなみを気にしつつ燐に伺う。しかし、
「ちょっと、このコスプレ……布の面積……狭すぎるでしょ……っ」
すでに女騎士のコスプレを済ませていた燐、羞恥の顔色で露出の目立つ部分を手で覆う。
「うわエッロ。さすがだねぇ、語ってたお色気路線を自ら体現するとは」
黒を基調とした、ビキニを基に作りましたとでも評せそうな衣装。首すじ、腋、胸の谷間、へそ、太ももが大胆に露出されている。
「まさかこんな衣装だとは思わなかったわよ! いざ着てみると何これって感じで……。……ってあら、似合ってるわね。まるで本物のメイドさんみたい。私もそっちにすればよかった」
「褒めてくれてありがと。ふふん、燐もすごく似合ってるよ?」
報酬、それはクエストの世界観に準じた衣装を身に着けての写真撮影。雫玖と燐は衣装室にズラリと並ぶ数ある衣装の中から好みの衣装で身を着飾った。
「あれ、佐久間は? まだ着替えてるの?」
「男のクセして着替えに時間が掛かるのね。いったい何を選んだのやら」
すると、タイミングを見計らったかのように試着室が開いて、
「お待たせ」
漆黒のスーツを身に着け、雫玖と燐の前に姿を現した話題の張本人。
「それ、何のコスプレかしら?」
「ひょろいから似合ってるといえば似合ってる……けど? でもそれ、何のコスプレ?」
「ああ、これ? 紳士のコスプレだって」
二人は言い難い神妙な顔をつくるが、ともかく撮影スタジオへと向かい、
「今日撮った写真、しばらく部屋に飾っちゃおっかな」
「他人には極力私のコスプレ姿を見せないように。いい?」
「そうだね、ボクの姿も人には見せないように配慮しておいてね。なんならボクのトコだけくり抜いてもいいから」
お前のはコスプレじゃねーだろ、と呆れる雫玖、燐であるが、撮影係の『撮りまーす』という声とともに三人はポーズ。両手にピースで満面の笑みを浮かべる雫玖、照れを残しつつも剣を立て騎士らしい格好を取る燐、ただ仁王立ちする佐久間がフレームに納まったのであった。
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