3-6

 休日というのもあり、大いに賑わいを見せているフードコート内。総勢十五名前後が座るスペースの確保には苦労したものの、高校生らは各自で好みのランチを購入し、何とか席に着く。


「はわぁぁぁ……おいしそ~」


 大粒の瞳をキラキラと輝かせて、目前の海鮮丼に見惚れているのは雫玖。年頃の女子の割には、そのどんぶりに盛られた量は大きい。


「ここのフードコートは全国の有名なお店が出店しているらしいのね」


 ペペロンチーノを持ち運ぶ燐。雫玖と同様、体型を考えれば大きな皿だ。


「二人ともたくさん食べるんだね。ビックリだよ」


 佐久間は天ぷらそばをテーブルに置きつつ、感心した様子で二人のトレーに目を通している。


「へー、燐も食べるタイプ? やっぱ食べ盛りってヤツだよね」


 姉の傍に、友達とともに席を確保した果澄が得意げに、


「お姉ちゃん、家ではメッチャ食べますよ? その量でもセーブしてるくらいですし」

「ここで食べたいだけ食べたら、お小遣いがあっという間に消えるわよ。それに食べ歩きの分は残しておかないと」

「私もちゃんと残してあるよ。さっきのおいしそうなメロンパン絶対食べよっと」

「おお~、雫玖さんも食べるんですねー。およよ、乳の成長に必要なのはやっぱり食欲? これはこれは、私も見習わないと」


 慎ましげな胸を手で覆いながら羨望の眼差しで、それでいてニヤニヤと果澄はほくそ笑む。


「こら、くだらないこと言わないの」


 妹を軽く小突いた燐。一方の雫玖は恥じらいながら自分の胸を確認している。

 そうして企画委員が揃ったのち、各々は洛桜祭などを話題にしながら昼食を取り始めた。そんな中、佐久間もスマートフォンを片手に黙々とそばを啜る。

 ペペロンチーノを頬張る燐は、行儀悪く食事を取る佐久間を一瞥し、


「さっきの八坂さん……だっけ? 話してもらうわよ」

「ああ、そうだったね。もう一度言うけど、別に特別な仲じゃなかったよ。ただ……」


 雫玖も箸の動きを止めて、


「ただ?」


 佐久間はそっとスマートフォンをテーブルに置き、


「ちょっとした回想になるけど、たしか二年前だっけ? 八坂さんたちが罰ゲームか何かで、適当な男子に告白を仕掛けたことがあったんだ」

「なんかそういうの、やったことあるかも。私はセーフだったけど」

「え、女子ってそんな罰ゲームするの? そっ、そう……、へー……」


 佐久間は雫玖と燐、それぞれの反応へは留意せず、


「それで八坂さんが罰ゲームを受けた時、なぜか知らないけどボクに告白をしてきたんだ。照れもせずに投げやりだったけど。だけどその後、八坂さんが野球部のキャプテンに真っ赤な顔で告白してるのを偶然見て……なんて思ったんだっけ?」

「何も感じなかった……ってわけじゃないよね?」

「感じなかったら今でも覚えてるはずないよ」


 しかし燐は、――燐だけは答えを知っているかのように薄っすらと口元を緩め、


「――――まさに自分は主人公になれない脇役だ、なーんて思ったんじゃないかしら?」


 その言葉に間違い一つあるはずがないとでも言わんばかりに、彼女は判然と言い切った。

 佐久間はぼんやりと上を眺め、


「ハッキリとはわからないけど、ひょっとしたらそれが近いのかもね。ボクが主役になれないってことは、八坂さんから教わった気がする」


 ふっ、と彼は肩の力を緩めた。それに呼応し、長い髪もするりと落ちる。


「たしかにドラマとかマンガ見てると、大体女の子にモテてるもんね。本当に地味な人って見てて面白くないから、か。……あ、ううんっ、佐久間が面白くないってことはないからっ」

「フォローありがとう。だけど言うとおりだよ。ボクを主人公にしたところで、何の変化もない物語が始まるだけだし」

「佐久間……」


 だけれども、


「なに面白くないことを言ってるのよ、キミは」


 燐はぶっきらぼうにため息をついて、


「主人公になれるかどうかを決めるのは、異性に惹かれるうんぬんのハナシじゃないでしょ」

「秋月さん……?」

「同級生に平気な顔で嘘告白された? いいじゃない、彼女の好みが佐久間くんから外れていただけの話だし。数は少ないかもしれないけど、ひょっとするとキミに好意を抱く人だっているのかもしれないわ」


 雫玖も二回頷いて、


「うんうん、たまたま八坂さんがその男子を好きだったってだけ」

「そもそも主人公か脇役かなんて区別も不毛よ。自分は主人公、他人は脇役……でしょ?」

「そうそう、人は皆が主人公、ってね?」

「雫玖がいい気になってるけど、さっきから私の言葉を借りてるだけじゃない……」

「私もカッコイイこと言いたくなっちゃって」


 くすっとイタズラっぽく笑う雫玖。しかし佐久間は、


「けどやっぱり、あの日は忘れられないと思うよ」

「そりゃあ告白された経験はゼロに近いんだろうし、忘れられるはずないでしょ?」

「ハハッ、そうかもね。なんだかんだボクも生き物だから」

「雫玖、佐久間くんが言いたいことってそういうことなの……?」

「え……? どゆこと?」


 左右に首を傾げる雫玖。でも、


「いや、どっちでも構わないよ」


 佐久間はそう告げると、長い髪を手で靡かせて、


「けど今度同じことがあったら、きっとすぐに忘れるだろうね」

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