2-6

「えっと、結局あたしって何すればいいわけ?」


 生徒会会議室に集まった企画委員らの最前方、企画委員長もといリーダーに就任した鳴海愛依は首を傾げる。


「まずは洛桜祭でやりたいことを話し合いましょう。みんなから案を訊いてみたら?」


 補佐する形で傍に立つ燐の助言を受け、愛依はパチンと指を弾いて、


「おっ、やるじゃん。さっすがは副会長さん。頼りになる~」


(褒められるようなことは言ったつもりないけど……)


 あくまでも呑気な愛依は、


「んじゃあそういうことで一人三つ、やりたいこと言ってみて。もち、被りはナシで」


(計四十五のマシな案が出ると思ってるの……? 思いつきで言ってると無駄に時間を浪費するわよ? ただでさえ私たち、仕事が多いわけだし)


 顔を曇らせる燐を余所に、最初に挙手をしたのは雫玖。彼女は元気よく手を挙げ、


「私、カボチャケーキの模擬店出したい。去年食べたあの味が忘れられなくって。あと、吹奏楽部の演奏とハロウィン仕様のオバケ屋敷なんかはどう?」


 愛依はビシッと発言者に指を差し、


「カボチャケーキはサイコーだったよね。いいねいいね、この調子でどんどん意見を出していこう、みんな」


 こうして皆々はノルマ三つの意見を述べてゆく。雫玖に続いて最初の数人は順調に意見を出したが、それ以降は『大声コンテスト』、『格ゲー大会』、『洛葉高校が他校に勝てる百の理由アンケート』など、どう考えても無理のある提案がなされた。


(最後のほうはともかく、おおよそ去年と同じような案ね。そこに徐々に肉づけをしていく感じかしら?)


 しかし、


「あたし的には今年の洛桜祭、あたしたちの跡を残したいんだよね。だから去年とは打って変わった路線変更もアリだと思うんスけど? そこんとこはどう?」


(あ、無能……)


 思わず漏れた本音。周囲もまた、燐と似た装いを見せる。


(自分を残したいとか、そんな考えをするよりも前に、洛桜祭そのものを中心に考えていかないと……)


 企画委員の一人が怖じ怖じと手を挙げ、路線変更の取りやめを主張する。愛依は不満顔を露骨につくるものの、場の空気を読んで渋々納得した。

 こうして噛み合わない場面に返す返す遭遇しつつ、二回目の会議は終了したのであった。

 室内に残った最後の一人、燐は施錠をしながら回顧する。


(本当に大丈夫かしら……? まあ擁護する気はないけど、鳴海さんだって初めてだもの。勝手がわからないことは当たり前なんだし、私たちでサポートしていかないと)


 褒められはせずとも、せめて無難な洛桜祭の終幕を祈る燐であった。


       ◇


 翌日。


「鳴海さん、明日は梅高で簡単な打ち合わせがあるけど、いいわよね? 一応確認だけど」


 一年七組の教室に赴いた燐は、机に腰掛け女子仲間とおしゃべりをしていた愛依に呼びかける。

 呼びかけに気づいた雫玖ら、そして愛依。


「はー、明日はみんなでカラオケに行くんだけど? 集まりないって言ってたし」

「それは私たちで梅高に行くからよ。明日は行くって前に言わなかった、私?」


 ため息をついた愛依は半ば呆れ混じりの感慨で、長い金髪ごと首をおもむろに振り、


「少なくとも昨日には言っておけよ。あたしだって友達付き合いあるんだしさ。放課後は忙しいワケでして」


 嫌味ったらしく燐を咎めつつも、最終的には、


「ごっめーんみんな。あたし、明日は参加できなくなっちゃったんで。リーダーのお仕事、頑張ってきまーす」



 ――――三日後。


「今日の議題は模擬店についてね。衛生面は気をつけないといけない部分だから、おそらく明日明後日も同じ議題になると思うわ」


 廊下をともに歩みつつ、秘書のように、愛依に本日の予定をスラスラと伝える燐。

 当のリーダーはげんなりと肩を落とし、


「話し合うこと多すぎじゃね……? おまけにあたしは梅高まで顔を出さないとイケナイし」

「それと百人強の企画委員もまとめあげないとね」

「うわ、メンドー……」

「言ったはずでしょ、リーダーは忙しいって。去年も、その前の年のリーダーもこれくらいのことはやっていたらしいわ」


「はいはいまた出ました、『言ったはずでしょ』。アンタ、そればっかじゃん。それ言う前にさ、あたしをサポートしてよ。副会長さんなんだし」

「これでも精一杯のサポートはしているつもりだけど。なんなら、お友達の出雲さんらと仕事を分け合えばいいじゃない」

「えー、それは雫玖たちに悪いし? 仕事を分けるよりも効率的な方法があれば……、……ん? はっ、そっか! あったし~、あったまイイかも!」


 愛依は唐突に、気強さを体現した顔立ちに光を灯したのだ。


「ど、どうしたの、急に?」

「いやぁ、メッチャいいこと考えついちゃったんだよね、あーたーし」


 そうして生徒会会議室へと入室した二人。燐は愛依の考えを知らないまま、渋々と定位置に座る。

 最前方に立った愛依は、皆の注目を視線で引き、


「それでは会議を始めまーす。本日の議題は模擬店についてだけど、その前に一つ、あたしから提案があるけどいい?」


 提案? 燐およびその他企画委員は、愛依に関心を集める。ただし雫玖は、哀しげな影を密かに円らな瞳に宿らせてはいた。

 愛依は皆の注目が集中するや否や、


「――――出し物の数、減らしていかない?」


 遠慮なく迷いなく、彼女はキッパリと言い切った。

 愛依は腰掛けると背もたれに力なく背を預け、やれやれと両手を広げ、


「思ったんだけどさ、数が多すぎるんだよね。こんなんじゃ話し合いだけでもメチャメチャ時間掛かるし、当然失敗のリスクも増える。だから出し物、減らしてみるのも考えてみない?」


 A4紙に記載された数々の企画の一覧に燐は目を通し、


「つまり鳴海さんは、量より質という視点を重視しているのね?」

「そゆこと。いくらボリューミーでも、中身スッカスカだったら目も当てられないじゃん?」


 愛依は得意げに周囲の顔色を伺う。彼ら、彼女らは複雑な顔で互いを見るものの、反論はない。それは、愛依の知り合いらを含め。誰一人として、不服を言わない。


「鳴海さんなら、まずはどの出し物を削るべきだと思う?」

「そうだねー、まず模擬店は面倒じゃない? 保健所に届けを出ださないといけないでしょ? それに衛生面で問題起こすと、何かと厄介だし」


 その時、ピクリとした彼女の肩の震えを、燐は見逃さなかった。

 愛依は確かめるように、問いただすようにメンバーを今一度望み、


「あたしに意見ある? ないなら、何を減らしていくかを今から話し合おうよ」


 問いかけるのは押しの強い口調。その所作に気圧されたのであろうか、燐を含め皆は悩ましい顔をつくるばかりで、何も口にはしない。


(嫌な空気ね……。このまま鳴海さんの意見を押し通すわけには――……)


 燐は心ならずも手を挙げようとした。

 だがしかし――――、


「そんなのイヤ!」


 静かな空間に反響する愛々しく甘い声が、燐の腕をピタリと制止させた。思わず燐は声の方に向く。するとあの出雲雫玖が――――、


「出し物は……減らしたくないよ。たしかに今は大変かもしれないけど、去年だってこれくらいはやってたわけだし」

「ハァ?」


 愛依はただでさえ鋭い眼光を強め、席を立ち主張をする雫玖を威嚇のごとく睨み、


「去年は去年、今年は今年のハナシでしょ? 今年は量よりも質を重視しますってあたしは言いたいワケ」


 怯えた小動物のように、うっ……と雫玖は目を伏せる。だけれども、


「でも、まだ始まったばかりなのに諦めるのはダメだって。もっとよく話し合ってから、どうしても減らす場合は減らそ?」

「でもさ、後から修正を加えると予定が狂うでしょ? こういうのは早めに決めとくのが吉だって」

「だけど……、模擬店はやろうよ? 去年子どもたちがおいしいものを食べて喜んでて、今年もやりたいって思ったもんっ。模擬店は目玉の一つなんだから無くすのは反対っ」


 愛依は乾いた舌打ちを隔意なく放ち、


「誰も雫玖の夢とか聞いてねーし」


 彼女の押しの前に屈した雫玖は瞳を震わせて、音もなく席に着いた。


(なによ、)


 燐は思う。


(――――なに勝手に決めつけていたのよ。これじゃあそこのアホ以下じゃない)


 それは胸の中に秘めていた思い込み。

 だけど出雲雫玖は、違った。

 そして、


「――――あら、現実を理想に変えてみせるのがリーダーの役目じゃないかしら?」

「ああん?」


 雫玖からぎこちなく視線を滑らせた愛依。すると――――、


「たしかに鳴海さんの言うとおり、数だけ増やしても中身が薄いならやる意味はない。けど先輩たちはこれくらいの数の、かつ中身のある洛桜祭を成し遂げて見せた。そのノウハウを受け継げば、私たちだってきっとできるはずよ」


 自分へと真直に目を配らせるのは、あの秋月燐。

 次から次へと……、心からウンザリしたように燐を蔑視する愛依、


「だーかーらー、あたしが言ってるでしょ? 去年と今年は違うって」

「いえ、去年があるから今年があるのよ。先輩たちが積み上げてきたものを私たちがまた積み重ねていく。でしょ?」

「ふーん、あっそ」


 愛依は苦い顔で燐を憐れむ。それでも燐は決して怯むことなく、

「そもそも洛葉高校わたしたちだけじゃなくて、梅桜高校の事情だってあるのよ? 発端校らくようがヤル気を見せなければこの高校のメンツにも関わるの。私たちのワガママで学校の評判を落とすわけにはいかないから」

「…………」


 愛依は周りに対し億劫に視線を飛ばす。そして深い嘆息とともにやがて、


「わかった、数は今のままでいいよ。どうなってもあたしは知らないから。そんじゃ、これから模擬店について話し合おっか。……ふんっ」


 その瞬間、雫玖の不安げな顔つきは一変、ニコニコと綻ぶ。

 その変化を見届け、口元が思わず緩む燐。


(勘違いしていてごめんなさい。あなただって、ちゃんと自分があるのね)

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