2-5
(うーん、三組に入るのはちょっと気まずいんだよなぁ……)
一年三組の教室前、室内にいる友達への伝言を頼まれた雫玖ではあるが、その教室にはあの――……、
(蒼斗くんとはあの時以来……)
例の告白以降、気まずさから蒼斗を避けていた雫玖。
(あの席に行くためには蒼斗くんの前を横切らなくちゃダメなんだよね。こっから呼んでも蒼斗くんに気づかれるだろうし……。うー……、まいっか……、はぁ)
いつまでも悩んでいては休み時間が終わってしまうので、勇気を出して教室内へと足を踏み入れた雫玖。できるだけ蒼斗に気づかれないよう気配を消して友達へと近づく。
(おっ、気づかれてない?)
ドキマギしながら蒼斗の前を通過しても、彼は友達との会話で夢中なのか、雫玖には気づいていないようだ。だから雫玖はその内に要件を済ませ、そうして教室の外へと引き返した。
(ふぅ、何とか気づかれなかったか……。ちょっと残念かも……)
視線を落としつつ、廊下を出た雫玖は七組へと引き返してゆく。――しかし、
「――――出雲、ちょっと待ってくれよ」
(……えっ、この声!?)
間違いない、その音色は蒼斗のもの。雫玖は恐る恐る振り向くと、
「あ、蒼斗くん……? ど、どうしたの?」
雫玖の気まずさなどつゆ知らず、蒼斗はニカッと爽やかに笑って、
「どうしたん、最近メール送ってこないじゃん」
「えっと、それは……そのー……」
もじもじと顔を赤らめ、人差し指同士をつんつんする雫玖。
「あ、ひょっとして俺にフラれたから?」
「…………っ!?」
まさかの爆弾発言。
雫玖はあわあわと周囲を確認し、目の焦点が合わないまま、
「それ、こんなトコで言っちゃダメだってばっ」
苦笑いの蒼斗はゴメンと簡単に頭を下げ、壁に背を預けると、
「俺が言うのもアレだけど……、別に出雲のことが嫌いとか、そういうことじゃない、からな? だから今までどおり接してくれていいんだぜ? 変に気まずいとイヤだし」
雫玖も蒼斗に続くように、廊下の壁にもたれて、
「ほんと……? いいの……?」
蒼斗は縦に頷いてくれる。
「それにどうしてかはわからないけど、出雲の告白が頭に残ってるんだ。勇気を出してる姿とか、そういうのが……よかったのかな?」
なんか上から目線でゴメン、と笑顔を取り繕いながら弁解する蒼斗だけれども、
「そっか……、なんか嬉しいかも」
ほんのりと頬を染め、雫玖は表情を解いた。だけどその拍子、
――――あなたは逃げているだけなのよ。真っすぐ蒼斗だけを見ていない。
(なんで……?)
頭になぜか浮かぶ、秋月燐から放たれたあの言葉。
それでも雫玖は笑顔で蒼斗に手を振って、
「じゃあね、また今度メール送るよ」
「おう、俺もヒマな時は送るから」
そうして彼女は改めて七組の教室へと戻っていくことにした。しかし、
(たしか昨日は合わせる……ってことも、バカにされたんだっけ?)
蒼斗の顔を見たことがきっかけで、同級生のぼっち女に吐かれた言い回しが次々と頭によぎる。
(あーもう、ムカツクッ。なんであんなふうに言うんだろ?)
雫玖はブンブンと、栗色のボブヘアを巻くように頭を振って、
(私だって、やりたいことがあって企画委員に立候補したんだもんっ)
昨年の十月末、友達と訪れた梅桜高校。賑やかな企画においしい食べ物を振る舞う模擬店、高校生の迫力を肌身で感じた吹奏楽部による演奏、それに子どもたちが喜ぶあの姿――……。
(半端な気持ちで立候補したんじゃないって教えてやるんだから!)
◇
(むうぅ……)
心の中のみならず、顔にも不機嫌面がクッキリと出てしまっているのは、離れた場所から出雲雫玖、そして幼馴染を観察している――秋月燐。そうして雫玖が退くや否や、燐は教室に戻ろうとする蒼斗に、
「あら、まるでラブコメの主人公ね。この女たらしの無責任鈍感男」
蒼斗は苦い顔で声の方に振り向き、
「ちげーよ、俺は鈍感じゃないし。つーか、燐だって俺と変わらないだろ」
結局室内には引き返さず、燐の近くに寄った蒼斗。その折、燐はかすかに唇を綻ばせる。
「え、私は告白してきた連中とは二度と関係は持たないし?」
と、勝手に得意げになっている燐に、蒼斗は彼女から幾ばくか視線を逸らして、
「その……、ちゃんと友達とか……できてるか?」
「
「そんなこと言うなって。たとえば出雲はどうだ? きっといい友達になれると思うけどな」
「出雲……?」
ピクリと、燐の頬は二度引きつき、
「蒼斗は彼女が気になるの? まぁ……そこそこカワイイし、選択肢としてはありえなくもないと思うけど?」
「友達ではあるけど、恋人とか……そういう関係は考えられ……ねーし?」
と、蒼斗が燐の直視から顔を背けば――――、
「りっ、燐!?」
唐突に、蒼斗の右手を手に取った燐。しかし何をすることもなく、彼女は身体の陰に隠すよう蒼斗の手を取り続けたまま、赤らめ顔で蒼斗をジト目で見定める。
「おい、ちょっと……これ見られるって……」
「離さないんだから。デレデレしてるその顔、ずっと見ててあげるんだから」
「デレデレなんて……しっしてねぇって!」
と、身の裏側でごそごそと二人が触れ合っていたその時――、
「何やってるの、二人とも?」
立ち止まって、燐と蒼斗に声を掛けたのは――――、
「え、あ……佐久間くんっ? そっその、何でも……っ」
「えっ、みっ……、なんでこのタイミングで……、いや何でもねぇって……っ。これは燐が勝手に……その、握ってきてだな!」
「……むっ」
不機嫌顔をつくった途端、蒼斗の手を離した燐。そのまま彼女は八組の方向へと引き返していったのであった。
スラリと背を伸ばして、その様子をポケットに手を突っ込みながら眺める佐久間、
「あんな秋月さんを見るなんて初めてだよ、驚いた」
燐は離れたけれども、目鼻筋通った顔立ちには未だ赤らみが残る蒼斗はやれやれと、
「ま、女心なんて俺もわかんね。山の天気と一緒だよ、ハハッ……」
困惑気味の笑みを浮かべた蒼斗だけれども、我が子を見守る親のような顔つきで燐の華奢な後姿を捉え、
「女友達、作ってほしいんだよなぁ。入学方法がアレだったから遠慮してんのかな?」
「……入学方法?」
あっ、と突拍子もない声を蒼斗は上げたが、しかし確かに佐久間に聞かれて観念したのか、
「みっちーには世話になってるし、……教えてやるよ。実は燐な、
◇
(ああもう、何をギクシャクしているのよ私はっ)
いったいどうして幼馴染にあんな行為を取ったのかしらと、悶々と悩み続けながら放課後、燐は生徒会会議室へと直行する。
「まあいいわ、今は洛桜祭を優先しないと」
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