2-4

 生徒会室を出た佐久間、小説等を取りに教室に向かったのち、帰宅のため校門に向かうと、


「遅いわね、待ってたわよ」


 校門の石壁に寄りかかっていた燐が、佐久間へとそう投げかけた。空から照射するオレンジの光が、誰とも比べがたい美貌と、きめの細かい黒髪を麗らかに照らす。


「ボクを待っててくれたの?」

「ふふ、さっきはお邪魔虫のせいであまり話ができなかったし」

「帰る方向は同じ? ボクはあっちだけど」

「なら、しばらくは一緒にいられそうね」


 すると燐は、佐久間の空いている手に視線を集め、


「荷物はどうしたの? 違和感あると思ったら何も持っていないけど」

「ああ、月曜の朝と金曜の帰り以外は手ぶらで帰ってるんだ。ケータイと小説、それにペンとメモ帳があれば十分だし」


 宿題は? など、以前の雫玖と似た質問を投げかけてくる燐に、佐久間はあの時と同じ返答をした。


「見かけだけじゃなくて中身も変わってるのね。ハッキリ言って変人よ、キミ?」

「合理性を追い求めた結果だよ、このスタイルは。何と言われようとやめる気はないね」

「まあ、信念があるのはいいことじゃないかしら」


 そうして二人は並んで帰路を歩いてゆく。

 燐は肩に掛けているスクールバッグを一度掛け直し、


「さっきの生徒会室での私、どう思った?」

「出雲さんと一緒の時の? そうだね、友達がいない理由がわかった気がするよ」


 燐は特に怒る気配も見せず、それどころか結んだ唇にかすかな笑みを漂わせ、


「辛辣な意見、ありがとう。言うのね、佐久間くんも」

「ハハッ、言いたくなるよ」


 冗談めかしく、佐久間は簡単に笑った。が、今度は不思議そうに燐を捉え、


「小清水くんのこと、どういうふうに思ってるの?」

「どうしたのよ、唐突に? 出雲さんの恋愛脳にあてられたの?」

「妙に気になってね。ボク、よくわからなかったんだ。出雲さんの言ってた、秋月さんの小清水くんに対すること」

「キミがわからなくたって支障はないわよ」


 と、燐は流すように口にするが、


「……そうね。恋心と言えるかはまだ知らないけど、少なくとも何も感じてないってことはないわ。私にとって蒼斗は特別な人で、傍にいないと寂しい」

「そっか」

「もう、恥ずかしいこと言わせないでくれる?」

「恥ずかしくはないよ。大切な人のことを大切って言えるのは、悪いことじゃない」

「そう……、まあ恥ずかしいけど」


 ふと、佐久間は思った。

 少なくとも幼馴染のことを口にする際の燐は、柔らかいと。微細かもしれないが、普段の彼女とは違う一面。

 あの出雲雫玖は蒼斗を想っている。しかし燐だって、いろいろな意味を含めて蒼斗を想っている。ならば、その本人はどうなのだろう?


 ただ、それは佐久間の知る由ではない。なぜなら佐久間は、その関係からは無縁なのだから。あくまで彼は、雫玖と燐、蒼斗との知り合いというだけ。

 しばしの静けさが両者に流れたが、燐がそんな傾きを断ち切るように口を開き、


「洛桜祭の準備も本格的に始まるし、忙しくなるわね。蒼斗とか、そういったことに構っていられるヒマはないのかも」

「秋月さんは偉いね。面倒だとは思わないの?」

「大人数が関わっての企画なんて無縁だったし、できるかどうかはすごく不安。正直、やりたくない気持ちもある。だけどね、去年お姉……姉と妹と、洛桜祭を訪れたことを思い出したの」

「へぇ、行ったことあったんだ」

「生半可な気持ちで成し遂げられるものではないわね、洛桜祭は。いろいろなものを積み重ねて、やっとできた行事だと思う」


 燐は夕日に染まる先を、数人で歩いている他校の生徒を見据え、


「やるからには半端な気持ちは捨てるわ。今までを積み重ねてきた先輩たちに、失礼にならないようにね」


 佐久間に向いた彼女、口元は穏和なものの、瞳の奥には決意を蔭らせて。


「そっか、頑張って」

「あら、なに他人事のように言ってるの? 佐久間くんも実行委員の一人なのは忘れないでよね」


 そうだったねと、佐久間は口惜しく呟いた。

 その後は学校での出来事、近頃身の回りで起きたこと、趣味など、他愛のない話をしながら先を進んでゆく佐久間と燐。

 そうして差しかかった交差点、佐久間は立ち止まり、


「帰り、こっちだから。秋月さんは真っすぐだよね?」

「そうね、このまま真っすぐ。ここでお別れね」


 燐は表情を緩めて、


「一緒に帰ってくれてありがとう。話をしながらの下校もたまには悪くないわ」

「ボクも退屈しなかったよ」

「それは光栄。その言葉、ありがたく胸にしまっておくわ」


 燐はニコッと微笑む。時たま示す含みを持たせた表情かおではなく、肩の力をほぐした素直な笑み。そうして佐久間に手を振って、


「バイバイ、また明日」

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