1-6

 ――――翌日、放課後。


 佐久間導寿は図書室に赴いていた。昼休みはあの出雲さんが自分を必要としてこなかったので、放課後も自分を求めるようなことはないだろうと踏んで。

 歴史・時代小説コーナーの前で好みの本を探る佐久間。昭和初期の戦争モノは先日目を通したばかりなので、今回は明治黎明期にしようか、などと悩みながら一冊の本を選んだ。

 図書室での読書は好まず、自室での読書を好む彼(図書室は宿題を済ませる場所と割り切っているというのもあるが)。だから貸出申請を済ませて、さっさと帰宅しようと考えた、その直後のことだった。


「うわっ」


 何とも特徴のない驚き声を上げた佐久間。

 なぜなら、彼女がそこに立っていたのだから。ムスっと口を窄ませ、潤みの含んだ瞳で佐久間を惜しげもなく凝視している。


「どうしたの、出雲さん? わざわざ図書室なんかに。髪の本と時代小説ならオススメがあるけど?」

「そんなんじゃないもん……」

「じゃあ、プログラミングの本はどう? ボク、パソコン触るのが好きなんだ。SNSとかはあまり興味ないけど」

「そんなんじゃないってばぁ…………」


 女心には疎い手前、困ったな……と、佐久間は間を整えるため髪をフサァと掻いたが、


「どうして私を待ってくれなかったの?」

「いやだって、順調そうだったし、助けはもういらないかなって」


 弁解はしようとも、目の前の女の子は不機嫌顔を一向に緩めてはくれまい。

 けれども彼女は不意に、前触れもなしに、佐久間に対して面と愛々しい顔を向け、


「私、蒼斗くんに告白するから」


 一切の迷いなく、彼女は言い切った。


「いくらなんでもタイミングが早いと思うけど。もっとじっくり考えたほうが……」

「――――待ってられないよ!!」


 大きな声は、図書室内の注目を一身に集めるのには十分だった。


「本、借りてきていい? 話はそのあとで聞くよ」


 佐久間は雫玖を振り切る形で本の貸出に向かう。弱弱しく立つ同級生を差し置いた彼に周囲、はたまた申請を担当する図書委員が視線を投げかけるが、彼は気にせず貸出申請を行った。


 図書室から雫玖の所属する一年七組の教室に場所を移した二人。


「それで、何かあったの? 焦ってるようにも見えるけど」


 雫玖は数秒の間、気まずく閉口するが、ううん……と小動物のように首を振り、


「何も……ないから。告りたいと思ったから告るだけだし」

「そう。まあ、出雲さんの意志を尊重するよ。責任は出雲さんにあるわけだし」

「むうぅ。まーでも、最後だし協力はしてよね?」

「しまったね、恋愛本でも借りればよかった。今からネットで調べておくよ」


「もっとこう、佐久間なりのアイデアはないの?」

「告白ともなると……。経験ないし、難しいなぁ。とにかく、無駄なことはせず自分の想いを伝えればいいと思うよ。回りくどいとかえって逆効果かもね」

「そだね、それは思うよ。うん、なんかやれそうな気がしてきた」

「サッカー部はあと三十分もすれば終わるだろうから、それまで準備だね。ボクも見守ってあげるよ」


 雫玖は恥ずかしげにツンツンと、両指を離しては合わせをするものの、


「佐久間が見守ってくれると安心するかも。いい、絶対に来てよね?」


       ◇


「えーすみません、佐久間です」


 スマートフォン片手に佐久間は、あの彼女に対して初めての電話を掛ける。


『もしもし、佐久間くん? 番号教えてさっそく掛けてくるなんて、何かあったの?』


 返ってきた声――、佐久間は夕日の差し込む窓辺から校庭を眺めたのち、


「秋月さんには関係ないかもしれないけど、出雲さん、告白を決意したよ」

『…………』


 しばしの沈黙が、受話口越しに流れる。

 まさか通話が途切れたのではないか、佐久間が思い始めたその時、


『上手くいくといいわね。それじゃ』


 それだけを告げられると、電話は向こう側から一方的に切られた。


「秋月さん……」


 別に、アドバイスなどは期待していなかった。ただ、彼女に知らせないわけにはいくまいと薄々思って。彼女が幼馴染を話題にする際の目顔、その彼と雫玖とのやり取りを見ているあの目を知っているから。


 雫玖の姿はもう教室にない。おそらく一人になって想いの言葉を考えているのであろう。それは懸命な判断だと、佐久間は考える。しょせん当事者ではない自分がそれを考えたところで、薄っぺらい文句しか出てこないのだから。

 ふと、佐久間は思った。


「……ふぅ」


 ――――これからいったい、ボクは何をすればいいのか、と。


 雫玖の言葉を解釈するなら、自分はただ見守っていればいいらしい。それはつまり、雫玖と蒼斗という関係を、もっと踏み込むならば、そこに秋月燐を含んだ『三角関係』を、一人の傍観者として。

 特別、不平はない。


 佐久間は知っている、自分が小清水蒼斗しゅじんこうになれないということは。

 例えるなら自分は、ラブコメの紙面を適度に埋める『脇役』のようなもの。雫玖、燐、蒼斗を見ていればそれは察せる。


 だから佐久間導寿はあっさりと割り切った。


「せめて恋愛ゲームラブコメの結末くらいは見させてもらうよ」


 それくらいの権利は、『脇役』にあってもいいだろう。

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