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「蒼斗くん、昨日は返信ありがと。時間取らせちゃったけど、大丈夫だった? 部活で忙しいだろうし」


 昼休み、三組の教室後方扉の近くでおしゃべりをする雫玖と蒼斗。恋に奥手ではある雫玖だが、さすがとも言うべきか、コミュニケーションに関しては高い能力を見せている。

 そしてその様子を離れて眺める、彼女の言い回しを借りるならば『恋のキューピット』役を担う佐久間、および――……、


「もう一対一で会話できるなんてすごいじゃない。昨日は話しただけでも舞い上がってたのに」


 生徒会副会長、一年八組所属の秋月燐。


「昨日は帰宅したあと、メールでやり取りをしたらしいね。それでいい具合に肩の力が抜けたんじゃないかな」

「ふーん。よくわらないわ、あの辺の女子の心情は。異性のキミなら尚更だと思うけど」

「正直、もう出雲さんだけで前に進んでくれるよ。ボクは用済みだね」


「とはいえ、告白は先の話でしょ。カラダを張るなら展開を早めることはできるでしょうけど、結ばれるまではまだまだ掛かりそうね。せめて結末くらいは見届けてあげたら?」

「用が済めば早く帰れるから、それは遠慮しておくよ」

「薄情なヤツ。心からそう思ってるの? 興味がないなら似合わないキューピット役なんて、そもそもやらないはずだけど」

「秋月さんはボクじゃないから、ボクの気持ちなんてわからないはずだよ」


 鈍く光るメガネのレンズ、その奥底にある目の色は、燐には伺えなかった。


「あっそ。たしかにそうね、キミの気持ちなんて私には測りようがないし」


 そうぼやきはするものの、燐は鋭く狭めた目で雫玖を見やり、


「はたして彼女は、心の底から蒼斗のことを想っているのかしら?」

「どういうこと?」

「いえ、勝手な妄想よ。ただ、本音で動いているようには見えないというか、周りがあって動いてるというか……。ごめんなさい、言葉で表現するのは難しいわ」

「……?」

「今のは忘れて。ともかくこのペースで、攻めては惹くことを繰り返していけばいいんじゃないかしら。――――あくまで焦らない前提のハナシだけど」


       ◇


(やった、蒼斗くんと二人きりで話せた! ふふっ、この調子でいけば――……)


 ルンルンと鼻歌混じりでスリッパを履き替え、弾んだ気分で昇降口を出た雫玖。

 このまま事が順調に進めば、あの男子に頼る必要はない。勝手に巻き込んだ手前、これ以上手を煩わせる必要はなくなる。


(佐久間には感謝だけど、あとは私で何とかやっていけそうだし。ま、アイツにはイイ報告できるように頑張ろっと)


 告白に成功すれば、先を歩む友達に置いていかれる心配はもうしなくて済む。『今日はカレシと帰るから。バイバイ雫玖』なんて言葉に悶々とする日々はおさらば。

 放課後の校内活動の少ない友達たちと、いつものように校門前で待ち合わせ。雫玖は心を弾ませ、そこへと向かっていくが、


「……ん?」


 一瞬だが、妙な声が耳に入った。気のせい? 雫玖は首を傾げたが、


(今の……、何だろ?)


 疑念は捨てきれず、行先からは外れて、体育館裏を壁越しにひっそりと覗いてみる。すると、


(あれ……金髪? 長い……金髪……)


 糸のように細い金色の髪が、なぜか小刻みに揺れている。雫玖は胸のざわめきを膨らませ、もしやとハッキリ裏を覗くと、


「――――ッ!?」


 金網に背を預け、一人の男子を抱き寄せている金髪の女子。それはクラスメイトであり、そして雫玖の――……、


(愛依……うっそ……)


 荒くかつ艶めかしい息遣いの中、対面の男子の首に腕を回し、熱く唇を重ねているのは、親友の鳴海愛依なるみめい。流れるような所作で制服のボタンを自ら外し、周囲を気に留めることなく事を始める。

 気の強さを体現した顔立ちは、今は柔らかい。短いチェック柄のスカートははたはたと揺れて、太ももを大きく露出させている。


「……ッ」


 カァァと熱を帯びる全身、赤らむ頬、汗ばむ腋の下。

 それでも雫玖は、グッと奥歯を噛み締め、


(話した程度で得意げになってた私が……バカみたいじゃん! みんなは……愛依たちはもっと先に進んでるのに……っ)


 顔に溜まった熱を振り切るように、雫玖は逃げるようにして校門前へと向かう。もちろん友達に心配はかけさせまいと、自分だけが浮かないようにと、自分わたしらしい明るい表情を取り繕う準備を心中で整えて。

 だけど、


(私だって早く……、早く……)


 直近まで抱えていた嬉々とした気持ちは、すでに彼女の中から消え失せていた。

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