1-3

 翌日。

 昼休み、さてどうするかと時間の過ごし方を模索していると、


「さーくーまー、昨日の放課後、どこ行ってたの?」


 廊下からの恨みがましい声が、思わず佐久間を呼び止めた。


「ああ、出雲さん。昨日はちょっと用事があって」


 雫玖はぷっくりと右頬に空気を注入、逆ハの字に眉を器用に曲げ、


「知ってるから、あの秋月燐とどっか行ってたこと。ねえ、アイツとどんな関係なの? 恋人だったら承知しないんだからっ」

「いやいや、恋人なんかじゃないよ。生徒会から話があったんだ」

「はなし? ふーん、それだけ? ま、付き合ってるわけないか」


 ボクの恋にどうして関心があるんだろう? と佐久間は問いかけようとしたが、その前に雫玖が教室全体をチラッと眺めながら、


「ねぇねぇ、こないだの約束ちゃんと覚えてるよね?」

「小清水くんなら今はいないよ。もうすぐ戻ってくるとは思うけど。ならその前に、ボクなりに考えてきた作戦を話そうか」


 教室から席を外し、二人は人目の付きにくい場所に移ることにした。


「……ん?」


 一年八組の教室を通りかかった手前、各所でできている女子の輪に加わることなく、教室の中央で堂々と机に伏している黒髪ロングの姿がたまたま視界の端に入った。


 秋月燐に間違いはないだろう。


 あんな姿を取っているのは彼女が睡魔に弱いからか、はたまた――……。どちらにせよ、佐久間の知るところではないが。

 そうして先日、雫玖からお願いをせがまれたあの廊下奥に場所を移した二人。

 雫玖は人影の有無を確認したのち、困惑混じりの苦笑いで、


「でもさ、こんな場面を誰かに見られると勘違いされちゃうよね」

「そう?」

「それって私のこと、女の子として見てないってリアクション? ナルシストはアレですけど、顔にはそこそこ自信あるんだから」

「で、告白の件なんだけど」


「スル―すんなっ。……まあいいや。で、本題はどうなの? あんた恋愛には疎そうだし、考えには期待してないけど。あくまで蒼斗くんの情報提供がメインだし」

「たしかにボクはそういった話題には疎い。だからネットと本で調べてきたんだ」

「おっ、マジメ」

「おおまかな作戦だけど、『押して引いて押す』作戦がいいと思う」

「てことは、私が猛アタックすればいいわけじゃない、ってこと?」


「押し続けてもひょっとしたら結ばれるのかもしれない。でもそれだと、向こうに責任は生まれないよね。相手にも好意を覚えさせれば、より長く幸せになれるはず」

「なるほど。でもその考えだと、蒼斗くんから私に告白させるほうがよくない?」

「それが理想だけど、難しいよやっぱり。仮にできたとしても、すごく時間が掛かると思う」

「あ、告白するなら校舎裏にある桜の木の下でいい? あそこで結ばれると幸せになれるって噂、聞いたことあるし」


「へぇ、初めて聞いたよ」

「え、結構有名な噂じゃないの? そういうのには疎いの? 疎そうではあるけど」

「場所は出雲さんの好きでいいよ。あくまでボクはアドバイスをするだけだから」

「うん、わかった。でさ、私はどう押してみればいいの?」


 佐久間は廊下の先、男子たちとしゃべりながら三組へと歩んでいる小清水蒼斗を見やり、


「――――任せて、ボクに考えがある」



「ははっ、それサッカー舐めすぎだって。俺なんか中学の――――……」


 三組の教室前で話を弾ませている三人の男子。そのうちの一人である銀髪の少年は、すれ違う女子たちの視線を次々と惹いていく。整った雄々しい顔つき、締まりのあるスポーツマンとしての身体つきは、平凡な二人とは違う証であろう。

 するとその時、


「やーんもう、わかんないってぇ。こう見えて私、恋愛なんてほとんどしたことないしっ」


 投げやりな言葉を呟きながら栗色の髪をした女子が、蒼斗からはやや離れて壁に背を付ける。


「……?」


 それを気にかけた蒼斗。どうやら彼女の声は彼に向けられたものではないらしく、


「だからってボクに求められても……」


 それは蒼斗の知っている、意外な人物であった。

 蒼斗は思わず友達との会話をやめ、


「え、みっちーって出雲と知り合いだったの、マジ? どこで知り合ったん?」


 横からの声に対し瞬時に顔を向けた雫玖は、あわあわと両手を振り、


「ちがうちがう、佐久間とはそんな関係じゃないって!」

「小清水くん、そういうこと訊いたわけじゃないでしょ」

「もう、冷静にツッコミ入れんな」


 蒼斗は爽やかに白い歯を見せて、


「仲良いんだな、二人って。前からの知り合い?」

「仲が良いってほどじゃないけど……知り合ったのは最近。佐久間にはこっ、恋の相談に乗ってもらってるの。佐久間、ヒマそうにしてたし。それに女子と全然話さなさそうだし、話し相手になってあげてもいいかなー、なんて思って」

「いやー、ホントそう。みっちー女子と会話しねーんだもん。だから出雲、みっちーと仲良くしてやってくれよ」

「あっ、え……? う、うんっ、仲良くはわからないけど、話し相手くらいにはね?」

「男子だろうが女子だろうが、ボクは気にしないけど。でも、知り合いが増えるのは嬉しいよ」


 知り合いといえば……、佐久間は独り言のようにそう前置きをし、


「出雲さん、SNSで友達を増やしたいって。ボクのアカウントはもう教えたけど、小清水くんのも教えてあげれば?」

「いいぜ。連絡先はあとでみっちーから訊いといて。訊いたら連絡くれよな。……って、お?」


 蒼斗が気にかけた先、サッカー部の女子マネージャーが彼を呼び寄せていたのもあり、


「悪い、部活のことで話があるって。そんじゃ出雲、みっちーをよろしく頼んだ」


 こうして蒼斗は去っていくのであった。


「…………」


 その後ろ姿をぽかんと眺める雫玖、


「なんか佐久間との仲が強調されてたのは気のせい?」


 とはぼやいたものの、喜びを体現するようにギュッと縮こまって、


「やった、話せた……。やったかもっ」


 その隣の佐久間は細い腕を組み、髪を巻くように一度首を振って、


「今のでアプローチはかけられたし、向こうからもアクションを起こすことができた。これで小清水くんに出雲さんを残すことができたね」

「この前やっと話し掛けられるって感じだったのに……」

「せっかくだし、あとで連絡取ってみればいいと思うよ。送りすぎは煙たがられるけど、軽いコミュニケーションならいいはず」

「うん、そうしてみよっかな」


 そうして昼休みが終わりかけの頃合い、雫玖はちらりと佐久間に目を配らせて、


「やるじゃん」

「大したアドバイスはしてないよ」

「ばーか、こういう時は素直に喜んでればいいの」


 そうして七組の教室へと戻っていく雫玖は、ほんのりと頬を染めながら軽く手を挙げて、


「ありがと、またよろしく」


       ◇


 頭の位置を変えようとした時、たまたまその姿を捉えた。彼もまたこちらを見た気がするが、まあいい。自分は好んでこの位置にいるのだから。

 それよりも。


(どうして女子と並んでるのかしら……? どこかに向かうつもりみたいだけど)


 あまりにも不釣り合いでしょ、あの組み合わせは……、秋月燐は思った。

 年の割には老けた顔立ち、地味メガネ、もやしのような体型、おまけに女子わたしと負けない長い黒髪。それがよりによって、あの手の女子と一緒に……。

 燐はひっそりとおもてを上げる。目線の先では連中が楽しそうに談笑し、恋やファッション、ひいては校内の男子らの話題で話を弾ませていた。


(バカみたいに笑ってはいるけど、上辺を観察して取り繕っているのが見え見えよ。ほんと、気持ち悪い)


 そして再度伏せようとする直前、教室を横切ったあの二人の背を垣間見て、――彼女はふと眉をひそめる。


(今、あの女子……気のせい?)


 漠然とだが、あの名前が耳に入った。それも馴れ馴れしく、下の名前に『くん付け』をして。


(……なによ、気になるじゃない)


 燐は再び伏せることはせず、クラスメイトの視線を気にかけることもなく廊下へと一人出る。

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