1-2
翌日、放課後。
廊下を歩みつつ、そういえば昨日、告白の手伝いを出雲さんに頼まれたんだっけ、と佐久間は思い起こしていたその時、
「あっ」
角の出会い頭、一人の女子生徒と軽くぶつかってしまった。
「あ、すみません」
書類を胸元で抱えている女子に軽い会釈をしたが、
「…………チッ」
嫌そうな顔で露骨に睨みを利かせている彼女。よく見れば、目鼻筋通った、余分な部分をすべて削ぎ落としたような完璧なる顔立ち、スラリとしたモデル体型がひときわ目を引く。
そして背中中段にまで掛かる艶やかな黒髪ロングを見て、佐久間はあの名を思い出した。
「たしか……秋月さん……でしたっけ?」
秋月燐。
一年生でありながら、生徒会副会長を務めている同級生。直接な面識はなかったものの、とある理由で佐久間は彼女のことを知っていた。
そんな秋月燐は嫌な顔をやめることはせず、
「私もあなたのことはよく知っているわ。はじめまして、佐久間導寿くん」
「あ、はじめまして」
そうして再び会釈をして、しっくりこない気持ちを抱えながらも佐久間は立ち去ろうとした。
しかし、
「ちょっといいかしら?」
佐久間は立ち止まり、声の方へ、髪を滑らせるように顔を向ければ、
「実は前々からあなたに話したいことがあって、生徒会から。時間をくれるかしら?」
「悪いことした覚えはないけど」
それでも燐は「いいから来なさい」と強調するので、佐久間は命令に従い、彼女の後ろを付いてゆくことにした。
そうして一歩先に到着した燐は扉を開けて、室内のソファに座るよう佐久間に促す。
狭い室内、どうやら案内されたのは、生徒会会議室の隣に位置する部屋らしい。腰の低いテーブル、対に設置されたソファから察するに、おそらく生徒会の関係者を招くための部屋、もしくは生徒会役員が私用で使う部屋であろう。
「ありがとうございます」
燐は淹れたコーヒーを佐久間に差し出す。腰を屈めてカップを置くだけの所作なのに、綺麗な黒髪を指で掻いて、妙な色気と年離れした風味を感じさせた。
燐は佐久間の対面に座り、静かにコーヒーを含む。佐久間も燐に併せ、ズズッとコーヒーを口に流した。
「それで、ボクに何の用が?」
「何の用……、ね。ええ、この際ハッキリと言わせてもらうわ」
すると燐はソーサーにカップを置き、――――バシッとテーブルに手を付いて、
「髪、切れ」
見下すように眼光を鋭く光らせ、彼女は佐久間に強く言い放つ。
「え、嫌だけど」
「いいから、切れ」
「どうして? 絶対に切らないけど?」
はぁ……と呆れ返ったようにため息をついた燐、
「校則で定められている男子の髪の長さ、知ってる? 耳を覆う時点でアウトなのよ。多少は許されるとしても、佐久間くんレベルはさすがに見過ごせないわ」
「身だしなみ検査、顔パスで通してくれるし」
「何者よ、キミは……。まあ私だって校則はどうでも……とまではいかないけど、まあいいわ」
「なら、どうして髪を切れと? 秋月さんに迷惑をかけてるわけじゃあるまいし」
ピクリと、燐の細い髪が揺れる。同時に、眉も引きつりを見せた。
「迷惑を……かけたわけじゃぁ……あるまいしぃ?」
燐は佐久間に思い切り人差し指を差し、怒りに満ちた顔を前のめりで近づけて、
「この高校に入学して以来、後姿をどれだけキミに間違えられたと思ってるの?」
佐久間は呑気にハハッと笑って、
「ボクもこの前間違われたよ。角を曲がる寸前だったかな?」
「なにが可笑しいのよ、まったく……。髪の長い女子なんて他にもいるはずなのに、どうして佐久間くんなんかと……。キミだってニセ秋月燐呼ばわりされて嫌じゃないの?」
「隠れファンクラブもある秋月さんに間違われるなんて光栄だよ」
「そういえばそんな集まりもあったわね。指咥えてることしかできない童……男子には興味ないけど」
「実はボクもファンクラブに入会してるんだ」
燐は開いた口を上品に、かつわざとらしく手で覆い、
「え、女が好きだったの? そういう外見だからてっきりソッチ系が入ってるかと……」
「別にそういう意味じゃないんだけど、会員証のデザインがカッコよかったからね」
そうすると佐久間はテレフォンカードサイズの会員証を財布から取り出し、燐に示した。
「それ、わざわざ私に伝えることかしら? 煽ってるの? ねぇ、煽ってるの?」
「ついでだけど、秋月さんの髪にも興味あったんだ。艶のいい髪してるなって。せっかくだし、お手入れの方法を訊いてみてもいい?」
自慢でもするように、長い髪をフサリと掻きつつ佐久間は尋ねた。
「ついで呼ばわりしといて図々しいわね。お手入れ? シャンプー前に髪を丁寧にとかして、洗ったあとの水分の飛ばし方に注意してる程度よ」
「その程度ってことは、元々の髪質がいいんだね。うらやましいよ」
「褒めてくれてありがとう。……あら、」
燐の前に置かれたスマートフォンが小刻みに振動する。彼女は携帯電話を手に取り、
「失礼するわ、会長からね。……――はい、秋月です」
受話口を耳に当て、ポケットからペンとメモ帳を即座に用意する。手慣れた滑らかな動作だ。
「……――はい、その書類は作成しておきました。期限は今週中ですけど、それまでに一旦先生に見せる予定です。あ、はい、
対面の佐久間は燐を眺める。先ほどまでは特に感じなかったが、一年生ながらこうして生徒会の職務をこなし、上級生と円滑にコミュニケーションを取る姿は、やはり遠くの存在に思えた。きっと噂どおり、学業でも良い成績を収めている優等生なのであろう。
数分後、燐は電話を切り、
「悪かったわ、最近は洛桜祭絡みで何かと忙しくて。ともかく、佐久間くんは男子らしい身だしなみを心得るように。わかった?」
佐久間は適当に返事をし、退室をした。だが部屋を出るや否や、自ずと扉の方に振り向き、
「…………」
こうも続けて顔馴染みのない女子から声を掛けられるのは珍しい。
ひょっとしたら昨日の出会いも今日の出会いも、何かの縁がそこにあったからなのかもしれないと、佐久間は漠然と思ったのであった。
◇
(佐久間、昨日のことちゃんと覚えてるよね?)
チャームポイントである二重のパッチリとした瞳に軽い力を込め、雫玖は廊下を進んでゆき、
(昨日の私、図々しかったかな? だから佐久間に逃げられても文句は言えないけど)
そうして彼の属する一年三組の教室前までやって来たところ、
(あれ、佐久間が二人……? いや、まさかあれって……っ)
遠目ではあるものの、とりわけ目を引く黒髪ロングのペア。記憶が鮮明であるからか、片方はすぐに佐久間だとわかった。しかし問題はもう片方、女子制服姿の彼女。
(あの髪……、どう見ても……秋月燐だよね? うっそ……、なんで佐久間と一緒にいんの!?)
しかも話をしているだけではなく、二人でどこかへと向かう様子だ。
「まさかまさか付き合ってるんじゃ……。いやいや、ないか。……うん、ないよね。……ないよね!?」
しかしありえないとはわかりつつも、モヤモヤとした疑念は胸からなかなか消えず、
(うっそ、私って……あの佐久間にも負けてるの…………)
廊下の真ん中で突っ立ちながら、心の中で愕然と崩れ落ちる雫玖であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます