1章 ラブコメからかけ離れた男子高校生、それと女子

1-1

「――――お願い、私の告白大作戦を手伝って!」


 栗色をした髪の毛先をふわふわとあしらったセミショート、キュートな顔立ちが際立つ彼女は、甘くて愛らしい声でそう言ってのける。パチンと掌を合わせ、パッチリとした二重の瞳をギュッと閉じて。


「は、ボクに?」


 廊下奥の家庭科室を背に、男性高校生は確認と言わんばかりに細い人差し指を自分に向けた。人気のない通路、呆けた疑問が反響する。

 正面の女子高生は薄っすらと頬を染め、む~っと前のめりで、


「んもう、同じこと言わせんな。だから、私の告白大作戦を手伝えってこと! こんなお願い、口にするのも恥ずかしいんだから……」


 男は黒くて長い髪を振りつつ腕を組み、首を傾げるのと併せてメガネをズラし、


「……? ボクにできることってある?」


 照れくさそうに、人差し指同士をツンツンとくっつけては離す女の子、


「私ね、あの小清水蒼斗くんのことが……すっ、好きなんだけど……。あんた、たしか蒼斗くんの友達でしょ?」

「だからってボクは……。友達に頼めばいいのに」

「友達は……そのー……なんていうか……恥ずかしいじゃん? ていうか、愛依……友達みんな付き合ってるし? その点あんたなら、そんなの気にする必要ないから? わかる?」

「…………」


 いったいどうして、こんなことになったのだろう? どうやら自分は今、目前の彼女が提案する『告白大作戦』とやらの手伝いをお願いされている身分らしい。


「ねぇってば、リアクションとってよっ。手伝ってくれるの? 手伝ってくれないの?」


 上目使いでせがむ彼女を尻目に、男子高校生――――佐久間さくまみち寿ひさは黒髪を靡かせて回想してみる。さて、なぜこのような無縁な懇願を、自分とは縁のないこの女子高生からされるこの流れになったのかを。


 少年と呼ぶにはいささか抵抗のある老け気味の顔立ちをした高校生は、腰にまで掛かる長い髪を垂らすように学習机の中を覗き、図書室で借りた時代小説を尻ポケットに、一本のボールペンを胸ポケットに仕舞い、メガネの位置を直しつつ廊下へと出る。すると、


「あのー、ちょっと付き合ってくれない?」


 声を掛けてきたのは見慣れない女子。胸元にあるはずの赤いリボンはなく、一つ目のボタンも外され、ラフに夏服を着こなしている。たしか五か月前の四月、秋月燐と間違えて声を掛けてきたあの女子だったかもしれないと、佐久間の記憶が知らせを告げた。金髪の同級生らと固まっている様子もたまに見かける。


「え、ボク?」

「そ、あんた。ここで話すのも何だから、まずは廊下に行こ?」


 ふっくらとした桃色の唇から放たれるのは、確かに彼に向けての言葉。ふんわりとセットされた薄茶のセミショート、細く整えられた眉という、相応に背伸びしましたと言わんばかりの外見は、恥ずかしげもなく佐久間導寿を見ている。と同時に、およそのクラスメイトが佐久間と彼女にチラチラと視線を送っていた。


「まあ、話だけなら」


 廊下を出つつそう言うと、茶髪女子は嬉しそうに頬を緩ませて、佐久間の隣に歩み寄り、


「ふふーん、サンキュ。あ、私は七組の出雲雫玖」


 比較的高身長な頭から目に入る、年相応からはやや大きめな肌色の膨らみ。が、彼はそれに気にかけることなく、


「それで、話というのは?」

「うん、これは佐久間にしか頼めないこと。よし、この辺なら誰もいない……よね?」


 雫玖が歩みを止めたのは、人影のない廊下の奥。キョロキョロと念入りに周りを確認した雫玖は、唐突にパチンと両手を合わせ――……。

 そして、今に至る。


 佐久間は改めて、こちらを真剣に捉えている雫玖を見る。どのクラスにも数人はいそうな感じの女子だが、顔立ちは端正で可愛らしい。キュートという表現がピッタリだ。

 そんな彼女直々に手伝いを頼まれた今、佐久間の返答はすでに固まっていた。


「悪いね、ボクには縁のなかった話だ」


 見せつけでもするようにバサッと長髪を掻き上げ、こうして彼は遠慮なく雫玖を横切る。だがしかし、


「待った!」


 ササッと佐久間の前に先回りした雫玖は、遮るようにバッと両手を広げ、


「恋には図々しくなるって私、決めちゃったもん。荷物を取りに教室に戻りたければ、私の要求を聞き入れなくちゃダメですよーっ」

「ボク、登下校は荷物持たないし。だからこのまま昇降口にさえ行ければいいんだけど」

「え、手ぶらってこと? 宿題とか教科書はどうしてるの?」

「宿題は授業中に済ませるし、帰ってからは家の参考書で勉強するから」

「キモッ……。置き勉はいるけど手ぶら登下校なんて初めて見たし……」


 しかし佐久間は雫玖の辛辣な態度など気にも留めず、彼女を除けて前に進もうとした。


「わかったわかった。ごめん、キモイなんて言っちゃって。もう一度言うよ、どうかお願いを聞いてください!」


 ギュッと佐久間の手を掴んだ雫玖、温かな体温が骨の目立つ指先から体内に染み渡る。


「…………」


 少しの間、自身の手と雫玖を交互に見た佐久間。そして窓から、部活動で賑わうグラウンド上の生徒ら、楽しそうに過ごしている男女らを眺めて、


「まぁ、とりあえずサッカー部、見に行ってみようか」


 雫玖は嬉しげに顔をパッと灯らせたが、ひょっこりと恐る恐る佐久間を覗き、


「いいの……? 散々押しかけた手前でアレだけど、佐久間が嫌だって言うなら……断ってもいいんだよ?」


 佐久間はフフッと口角を上げ、


「恋愛ゲーム、面白そうだと思って。ボクには無縁だからね、興味が出た」

「ちょっとぉ、ゲームじゃないってば。それと言い回しがキモイんだけど」


 そうして二人は昇降口を抜け、スリッパを履いたままグラウンドの前へと出る。部活動、特に近くの男子サッカー部、野球部の精力的な声が大きく響いている。

 雫玖は数ある活動の中、男子サッカー部に視線を凝らして、


「あ、いたっ。蒼斗くんだ」


 声を弾ませて、頬をほんのりと染めて口元を緩ませる。恋する年頃の表情だ。

 校庭の半面を広く使い、盛んにボールを追っているビブスを着た男子ら。その中に一人、佐久間もよく知っている爽やかな銀髪の姿があった。


「やっぱ蒼斗くん上手いなぁ。さすがは一年生レギュラー、時期キャプテン候補」


 迫りくる上級生たちの攻撃を華麗にかわし、無駄なくゴールに向かっていく、雫玖が恋する男子同級生――、小清水蒼斗。

 女子マネージャーたちも雫玖と同様、彼の姿に熱い視線を送っている中、


「出雲さんは小清水くんのどこに惹かれたの? 顔? 運動神経? それとも性格?」

「やっぱスポーツできる男の子ってカッコイイよね。もちろん顔って前提はあるけど。それに笑顔とか仕草とか、子どもっぽいトコもあるんだよ。カレーやハンバーグ好きだったら萌えちゃうかも」

「一緒にラーメン食べに行った時、肉類は全部くれたよ。こってりした味が苦手だって」


「えー、そうなの? 私、こってり系は大好きなのに。好みの相性がよくないのは残念かも」

「食べ物の好みが分かれると、結婚を考えたときに大変そうだね」

「そうそう、結婚を前提に考え……って、ハナシが早い早いっ」


 雫玖は顔を赤らめて佐久間にツッコミを入れる。


「あ、いや、深く考えて言ったわけじゃないから」

「ちょっとー、欲張るとよくないんだからー。今はとにかく告白の成功だけを考えればいいの」


 そうもの申しつつも雫玖は、


「でも、二人で一つのクレープを食べ合うのが私の夢なんだよね。口を汚し合ってお互い笑いながら。……えへへ、欲張っちゃダメだよね、欲張っちゃ……うんうん……」


 ニヤニヤと、背徳感に苛まれつつの喜びを顔で表現してみせる雫玖。


「シチュエーションが具体的だね。目標があることはいいことだと思うよ」

「え、そっかな? んじゃ、もうちょっと妄想しよっかな?」


 と、佐久間の言葉に甘えかけた雫玖ではあるが、ふと彼女はおもむろに目を細めて、


「まさに主人公だよね、蒼斗くんって。ほんと、私で釣り合うのかな?」

「大丈夫だよ、出雲さんなら。主人公の隣に立つ資格はある」

「それ、本音? まあ、お世辞を言い合うような仲じゃないか」


 雫玖はクスッとご機嫌顔で、キュートな顔を自然と緩ませる。


「小清水くんが主人公なのは同意だよ。小清水くんを見てると、ボクもよく思うから」


 そして彼が主人公だとしたら、ボクは脇役とでも呼べる存在なのだろうかと、口には出さないものの漠然と佐久間は考えた。


「私って地味な男子からはたまに告白されるんだけど、蒼斗くんばりの男子からはないんだよね。告られるのは悪くないんだけど」


 それは自虐風自慢のつもりなのか、とは佐久間は言いかけたが、遠目で蒼斗の姿を眺め、


「まだ流れに付いていけていない部分もあるけど、それをボクと探していこうか。それに言葉では表せないけど、ボクだってそういうのに興味がゼロってわけじゃないから」


 雫玖はこほんと咳払いをし、改めて髪の長い男へと注目を向けて、


「その言葉、忘れないんだから。そんじゃ、告白大作戦の協力、よろしく!」



 ――――こうして同級生の恋をプロデュースするという、佐久間導寿にとっては前代未聞のプロジェクトが幕を開けたのであった。

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