第7話 勇気ある決断
「ごめんみんな! 俺のせいだ!」
「楠……」
先生が優しくその名を呼ぶと、彼は椅子から崩れ落ちるようにして床に這いつくばった。
「すみません先生! 俺なんです! 教頭に告げ口したのは……」
「そりゃ、どういう意味だ。楠!」
桧山が彼を問い詰める。
胸ぐらを掴まれた楠は怒れる桧山から目をそらすと、怯えた子犬のようにして呟いた。
「お、俺が教頭に、柊先生が授業中に教室から出て行くのをやめさせて欲しいと言ったんだ。だからここ最近、先生はなにが起きても授業を続けてくれて……」
「なんだとぉ?」
桧山が拳を振り上げる。「ヒィ」と叫んだ楠は、かばうようにして頭を抱えた。
「桧山。やめるんだ」
先生の声はどこまでも優しく、また力強くて。
「授業中の退席を自粛するようにと教頭から注意を受けたことは事実だ。しかしそれは楠のせいじゃない。すべては自分の不徳が原因だ。彼を責めないでやってほしい」
「だ、だけどよ柊――先生」
「桧山、お前の気持ちは嬉しいが教師として間違っているのは俺のほうなんだ。来年には受験を控えるお前らに対して、俺は不誠実過ぎた。すまない」
先生はクラス全員に向かって、深々と頭を下げた。その上でみんなに着席を促した。
「さぁ。授業をはじめよう……」
僕はそのときはじめて先生の気持ちを理解した。
彼はこの地球の命運と、僕らの将来とをおなじレベルで憂いてくれている。
地上が怪獣に壊されてしまっては、僕らの進路どころの騒ぎではないのに。
でも。
そんな先生だからこそ、僕らは秘密を共有したのではないのか。
人間・柊 三郎の居場所を守るために――。
再開された授業は淡々と進んでいく。
だがチョークを手にした先生の広い背中が、少し泣いてるように感じられ。
僕は、自分でも気付かない内に声を張り上げていた。
「先生、僕らは!」
クラス全員が僕を見る。そして先生も。
「いつだって先生から大事なものをもらってます。どんなときだって先生から学んでます。先生から教えてもらったものは勉強だけじゃない! だから、だから――」
上手く言葉にできない苛立ちは、クラス全員に伝播して。
「先生。お腹の調子。本当は悪いんじゃないですか? お顔の色がすぐれませんよ?」
杉原がいつものセリフを言ってくれた。
教壇に立つ先生の顔は、普段の肌色から少し銀色に寄っていた。闘争心を表すように浮き出るオレンジのストライプが、汗ばんだワイシャツに透けている。
先生! 先生!
誰からともなく連呼される、その名。
教室は熱狂の渦に呑まれていく。
そしてそれを片手で制した先生は、重たく閉じた唇を、にやりとすこし歪ませて。
「楠」
「は、はい!」
「そしてみんな。君たちの人生における貴重な時間。いまから三分間だけ俺にくれ」
そう言い残して、先生は教室を飛び出していった。
僕らの熱い視線をその背中で受け止めて。
構え直したハンディカムのモニターには、数日ぶりにオレンジマンの勇姿が映っていた。
僕らは歓声をあげていた。桧山も楠も、肩を並べて笑っている。
先生は、またひとつ大事なことを教えてくれたんだ。
勇気ある決断って奴を――。
(つづく)
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