第6話 不良少年の叫び
あれから一週間が経った。
街は何度か怪獣の被害に見舞われたが、オレンジマンはまだ現れない。
校内での緊急警報が鳴るたび、僕らは先生の背中を見つめた。
だがあの日以来、先生が授業に穴を開けることはなかった。
でも僕らは知っている。授業が終わった直後、ものすごい勢いで教室を飛び出していく先生の姿を。しかし怪獣たちは、その頃にはもう消えている。そんなイタチごっこがここ数日の日常だった。
やがて世間もこう思うようになる。オレンジマンはもういない――と。
いままであれだけ助けてもらった感謝を忘れ、マスコミは一斉にオレンジマンを叩いた。連日のように報道されるオレンジマン・バッシングに、僕らは辟易としている。
そして湧き上がる憤りを、ついついあの背中へとぶつけてしまう。
今日もまたオフィス街にあの怪獣が現れた。
日に日に数を減らすビルの森。また一棟が失われようとしている。
でも先生は、動かない――。
僕は授業中にもかかわらず、ハンディカムを弄んでいた。
画面に映しだされているのは、僕が初めて先生の正体に気づいた時の出来事だ。空想癖のある僕は、あの日授業をサボって屋上にいた。
ペントハウスに寝転んでハンディカムを晴れ渡る空へと向けていた。
空は自由だ。誰にも縛られない。「ああしろ」とも「こうしろ」とも言わない。
ただありのままの僕を受け止めてくれる。だから好きだ。地上の煩わしさを全部吹き飛ばしてくれる。とにかく親も教師も、ずっと嫌いだった。
そう、あの人と出会うまでは。
何気なく回していたハンディカムのモニターに、突然何かが映り込んだ。それは徐々に輪郭を強めながら、地上へと降ってきた。怪獣だ。破壊と理不尽の塊。そいつは見慣れた僕らの街に現れると、大地を揺らしながら民家を襲い始める。
サイレンが街中に鳴り響いた。校内放送で避難命令が流され、校庭に生徒達が集合しているのが屋上から確認できた。僕も避難をしなきゃと、ペントハウスからはしごを使って降りようとした時だった。
ひとりの男が、屋上から怪獣を睨みつけているところに出くわした。
柊 三郎。今年から僕ら二年C組の担任になった教師だ。暑苦しいほど熱血で、バカにされてもそれに気付かないほどの天然だった。鬱陶しいと思っていた。最初はね。
でも彼だけは僕の空想を笑わなかった。
虚空にレンズを向ける僕に「全部あるな!」と言ってくれた。その意味は、きっと僕と先生にしか分からない。
そんな虚空にすべてを見いだせる先生が、突然眩しい光に包まれた。とっさに構えたハンディカムにはその一部始終が映っている。
一条の光となった先生が、オレンジマンに変身して怪獣を打ち倒した姿が――。
僕はため息をひとつついてハンディカムをバッグへしまった。
もう授業中に触ることもないだろうからと。
オフィス街ではまだ怪獣が暴れている。ついに最後のビルが倒された。その時だった。
「どうしてオレンジマンは出てこないんだよ! おかしいだろうが!」
桧山が机に拳を叩きつけて立ち上がった。
それを見た杉原は、またいつものように先生の具合をたずねる。
先生は板書の手を止めてクラス全員の顔を見回すと、教卓に両手をついてうなだれた。
彼が何を言うのか、みんなそれに期待した。
僕もまた先生の言葉を直接聞きたかった。
しかし先に口を開いたのは、桧山のほうだった。
「俺はよ! オレンジマンに助けてもらったんだよ! バカみたいにでかい怪獣野郎に踏みつけにされるところをよ! あの広い背中で受け止めてよ!」
「桧山……」
ここ数日、険しさを増していた先生の表情が和らいでいく。
クラス全員が桧山の声に耳を傾けていた。
「俺はこんなだからよ! ほかに礼の返し方なんざ分かんねぇんだよ! なんか困ってんなら言ってくれよ!」
心の叫びだったのだろう。強気の桧山がうっすらと涙ぐんでいる。それはクラス全員の気持ちだった。口々に「先生」と呼び、みんなは立ち上がった。
そのなかでひとり苦悶に打ち震える生徒がいた。
(つづく)
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