第5話 先生の異変

 それはいつもと変わらない、よく晴れた午後の出来事。

 僕らは柊先生が教科を担当している、世界史の授業を受けていた。


 昼休みが終わったあとはどうしても集中力に問題が生じる。僕は窓の外をボンヤリと眺めながら、うつらうつらとしていた。


 視界に遠く見えるのは数日前、怪獣に襲われたオフィス街。倒されたビルは整地され、早々と次の工事が始まっているのが確認できた。


 壊されるのは一瞬だけど、作るのは大変だな――。


 そんな当たり前のことを考えていた時だった。

 突然、オフィス街の建設現場が強烈な青い光で包まれたのだ。


 悪い予感がして、僕はハンディカムを構える。

 光がようやくおさまったかと思うと、そこには一体の巨大な怪獣が出現していた。

 地上にいるどんな生き物とも似つかない容姿をしたそれは、太い触手のようなものを振り回して暴れている。

 僕らは一斉にあの逞しい背中を見た。

 教室に緊急警報が流れるなか、しかし先生は微動だにしなかった。


「せ、先生? 今日はお身体の調子大丈夫なんですか?」


 戸惑い混じりに杉原が問う。

 先生は振り向きざま、ひきつった笑顔を見せて教科書の角で頭をかいた。


「そうなんだよ。今日は朝から具合が良くってな。さ、授業に集中しよう……」


 教室内がざわついた。みんな動揺を隠せない。

 顔を見合わせ、困惑の表情を張り付かせる。


「お、おい! 本当にそれでいいのかよ!」


 桧山が思わず立ち上がった。

 いま起きているこの状況と、先生の言った言葉を受け止めきれない。

 そういう顔をしている。


「……いいんだ桧山。席に座りなさい」


 いままで見たこともないような険しい顔をして先生が言う。

 桧山は愕然とした表情を見せると、そのまま教室から出て行った。重々しい空気に、桧山が乱暴に閉めたドアの音が鳴り響く。


 ハンディカムのモニターのなかでは、我が物顔で怪獣が闊歩している。

 またひとつビルが倒された。


 それでもなお先生は、震える手で板書を続ける。

 結局その日、オレンジマンは現れなかった。

 怪獣はまるで先生をあざ笑うかのように、終業ベルと共にオフィス街から消えてしまう。

 あとに残ったのは、やり切れない思いと後味の悪さだけだった。


(つづく)

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