第4話 僕らの選択
杉原は自分の席で立ち上がり、教室をぐるりと見渡した。
「先生のこと、どうする?」
あまりにも抽象的な杉原の問いに、クラス全体がざわついた。
「どうするって、どういうこと?」
僕はオレンジマンの戦闘をハンディカムにおさめながら、彼女へ問い返した。先生の戦いもそろそろ終盤へと差し掛かる。
杉原は言った。
「いまのところ柊先生がオレンジマンだってことを知ってるのは、先生が教科担任を受け持ってる二年生のクラス二つとウチを合わせた三クラスだけ。でもそれっていつまで隠していられるのかしら。それに隠さなきゃいけないことなのかな?」
そう。合わせて100名を超える生徒達が先生の正体を知っている。
そしてその全員が、その事実を共通の秘密としているのだ。
どうして?
理由は簡単だ。みんな柊先生が好きだから。ちょっと天然で優しくて、人を慈しむということを教えてくれる。もしオレンジマンの正体がバレたら、彼はどうなってしまうのだろう。僕らを置いて、どこか遠いところへ行ってしまうのだろうか。
そんな漠然とした不安から、僕らは協力者となった。
これまで特別な相談もせずに、生徒ひとりひとりが自分で決めた事。
だからこそ杉原の問いかけは大きな意味を持っていた。
彼女の発言に、クラスメイトたちは一斉に語り始める。銘々が隣の席だったり、よく話すグループだったりに分かれて。みんな、自分達の思いをぶつけていた。
桧山はシラけてしまったのか、いつの間にか教室からいなくなっていた。一方、楠はと言えばふてくされた様子でまた黙々と自習を続けている。
「おーい。ボチボチ先生帰ってくるぞ」
僕はハンディカムを覗き込みながら、みんなに号令をかけた。皆、ガタガタと席を移動して自分の居場所へと戻る。
モニターの中の先生は、いやオレンジマンは、散々っぱらダメージを与え続けて疲弊した怪獣に対し、いつも最後の最後で必殺技を使う。
胸の前でクロスさせた両腕の交点から、光の帯を放射した。
それを浴びた怪獣は、瞬く間に消滅していく。爆発するとか燃えるではなく、文字通り消えてなくなるのだ。原理はもちろん分からない。しかしこの瞬間のためだけに、オレンジマンは怪獣に対し地味な攻撃を繰り返していることだけはなんとなく理解できた。
オレンジマンは――柊先生は誰に対しても優しいのだ。怪獣との戦闘にも周りに被害が及ばぬように最大限の努力をする。それが怪獣が動けなくなるまで繰り返される地味な攻撃の意味だと僕は思っているのだけど。
怪獣の姿が跡形もなく消えてしまうと、その余韻を味わうこともなくオレンジマンはすぐに蒼天へと飛び立った。
それからわずかに数秒後。
「いやーすまんすまん!」
爽やかな空気を連れて柊先生が教室へと戻ってきた。すぐに桧山がいないことに気づいた彼は「困った奴だ」と口にしながら教卓に両手をつく。
すこしうつむきがちに、口元をキュッと引き締めて。
「みんな。待たせたついでに少し時間をくれないか。さっきニュースで確認したんだが、いまの騒ぎで175名の市民が犠牲になったらしい。けが人をあわせれば被害はもっと大きくなるだろう。だから少し、三十秒だけ亡くなられた人達に哀悼を捧げたいと思う」
違うな、と僕は思った。いくら速報でもそこまで詳細な被害者数は割り出せない。
怪獣との戦闘のさなか、先生は自分で確認してきたのだろう。
彼の提案に誰も反対する者などいなかった。
そして静まり返った教室に、桧山が無言で戻ってくる。それを確認した先生は、
「黙祷――」
悲痛な思いが乗ったように、硬い口調で彼は言う。
僕らはみんな、それに合わせてしばしの沈黙で先生に応えた。桧山も、あの楠でさえこれには従っている。
「黙祷終わり……さあ授業をはじめよう」
先生の瞳は、うっすらと光るなにかであふれていた。
そんな先生が僕は、いや僕らはたまらなく好きだった。たしかに楠の言うようにどこかが間違っている。普通じゃない。でも、だからこそ。
僕らはこの先生から学ぶことがあると思う。
こんな素敵な毎日が、ずっと続くと信じてた。でも――。
(つづく)
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