第3話 未確認体二号

 あれは地肌なのか、それとも戦闘服みたいなものを着ているのか。

 巨人となった先生の全身は銀色に輝いている。そして処々にオレンジ色のストライプがデザインされており、見るものに自然と親しみやすさを与えていた。


 国家機関の定める正式な呼称としては『未確認体二号』であるが、各マスメディアが使用する愛称は、その見た目にちなんで『オレンジマン』という。


 オレンジマンは街中に怪獣が出現するとすぐに現れ、瞬く間に相手を打ちのめし去ってゆく。まさに正義のヒーロー。その正体はいまだ解明されていない。


 ごく一部を除いては。


「松岡ー。撮れてるかー」


 オレンジマンと怪獣との戦いにいち早く反応し、そして最初に飽きてしまった桧山が自席にふんぞり返ってスマホゲームをやりながら僕に声をかけてきた。


 僕はハンディカムのモニターから目を離さないまま「うん」とだけ返した。

 いま教室内は大別して三つのグループに分かれている。


 僕のようにオレンジマンの戦いに集中している者と、桧山のように自分の好きなことをしている者。それから、


「おい、お前ら! 俺たち来年受験生だぞ! いつまでもこのままでいいのか?」


 静かに自習を続けていたグループのひとり、楠 賢二がいつになく興奮していた。

 机上に広げた参考書とノートに拳を叩きつけて、勢い良く立ち上がる。


 彼はいわゆるガリ勉タイプではない。いたって普通の学生だ。とくに真面目が過ぎるというわけでもなく、どちらかと言えば常識人の部類に入るだろう。


 そんな彼が言う「このまま」とは、僕らにとってはもはや日常となってしまったこの現状を端的に言い表していた。それが分からないほど、もう僕らも子供じゃないわけで。

 でも、それをあえてツッコむ奴がいて。


「このままって何よ? なんか問題あんのか?」


 桧山だ。

 スマホを片手に、どこかかったるそうにして楠に絡む。


「問題だらけだろうが。どこの世界に授業ほったらかして怪獣倒しに行く教師がいるんだよ。俺はもっとまともな授業が受けたいんだ!」


 もっともな話である。


「そんなに毎日ってわけでもねーし、いつも三分くらいで帰ってくるじゃん? そこまで目くじら立てる話じゃねーだろ」


「教師が授業中に席空けてる時点でおかしいだろうが! 下手したら懲戒免職だぞ!」


「ごちゃごちゃとうるせーな……」


 桧山は自分の机を蹴倒すと、眉間にしわを寄せて楠をにらんだ。近所の席に座っているクラスメイトは机ごと、すこし彼から距離を取る。


「やんのかコラ」


「う……べ、別にお前に文句を言ってるわけじゃないだろうっ」


「柊への文句は、俺に言ってるのと同じなんだよ! 正義の味方にケチつけてんじゃねーぞこのボケが!」


 その一言に教室の空気が重たくなる。普段はいい奴なのだが、気に入らないことがあると手がつけられない。良くも悪くもハッキリとした性格をしている。それが桧山という男の長所でもあり短所でもある。


 すると重くなった雰囲気を氷解させるようにして、クラス委員の杉原は言った。


「言い過ぎよ、桧山」


「うっせ。委員長は黙ってろよ」


「……桧山の言いたいことも分かるけど、楠君も間違ってないわ。そうでしょ?」


 その問いに桧山は応えなかった。そして、


「で、これはみんなにも聞きたかったことなんだけど――」


(つづく)

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