番外編 待ちぼうけの王女様?

「あ~あ、今日もスヴェインとちょっとしか話せなかったな」


 私は花々が咲き誇る美しい庭園にいた。白いテーブルと心地の良い椅子があり、テーブルの上には香り高い紅茶と小さめのサンドイッチが置かれている。

 脇に控えている侍女達は何も言わず、テーブルの向かいの席にも誰もいない。ひとりぼっちの寂しいティータイムだ。


「殿下もお忙しい方ですから」


 スヴェインが結婚を機に寄越してくれた腹心で侍従長のシンが言う。爽やかな青年である彼の表情は今日も柔らかい。

 ユニラテラ王国の第二王子であるスヴェインが忙しいのは、頭では理解している。しかし、こう何日も待ちぼうけでは唇が尖るのも無理はないと思った。


 ◇◇◇


 私はセクティア。

 フリクティー王国の第二王女で、親である国王が決めようとした縁談をきっかけに家出し、ユニラテラ王国まで馬に乗って逃亡。再会した幼馴染みに電撃的に結婚を申し込み、見事、妻の地位を得た。


 そんな、壮大な婚約や盛大な結婚式から約一週間。――正直、不貞腐ふてくされていた。


「ねぇ、酷くない? 私達、新婚なのよ?」


 第二王子の仕事は、第一王子であるジェライド義兄おにい様の補佐だ。沢山の書類に目を通したり、あちこちへ視察に回ったり、臣下や民からの要望を聞いて調整したり。

 それはそれは目の回る忙しさだろう。でも、だからと言って新妻を放っておいて良い理由にはならないはずだ。


 毎日必ず会って話せるのは夜の家族揃っての食事の時だけ、なんて断じてありえない。私だってこちらの習慣や歴史、貴族の顔ぶれについて学ばされたりして忙しいけれど、こうして待っているのに!


「どれだけ新妻をないがしろにすれば気が済むのかしら。……もう頭にきたわ。今日こそ仕事場に乗り込んで――」


 元々我慢が苦手な私の怒りがあっさりと頂点に達し、がたがたと席を立つ。その剣幕に侍女達が慌てふためき始め、シンが「セクティア様、落ち着いて下さい」となだめて来ようとした時だった。


「あら、お姉さま! こちらにいらしたのですね」

「ユリアちゃん?」


 数人の付き人を連れて現れたのは、腰からふわりと広がるドレスを身にまとった少女・ユリアだった。兄のスヴェインと同じ緑の髪を二つのお団子状に結い、赤いリボンで飾っているのが可愛らしい。


「お姉さまとお話したいと思っていましたの。ご一緒してもよろしいですか?」

「え、えぇ。もちろんよ」

「ありがとうございます」


 満面の笑顔に私も笑みを返し、再び席に着く。ユリアが向かいにそっと座れば、周囲の者達も安堵した様子で彼女の分のお茶を用意し始めた。

 同時に、冷めてしまった私のカップもシンの手によって下げられる。


 コポコポと心地よい音と共に熱い湯が注がれ、白いティーポットの中で茶葉が開き、踊り、辺りにかぐわしい香りを放った。ささくれだった気持ちが落ち着く、私の好きな瞬間だ。


「それで、お話って? 何か面白いことでも?」


 蒸らし時間はじっくり待ちたいけれど、それよりも話題が気になってしまった。ここ、ユニラテラ王城で生まれ育ったユリアは情報通で、色々な噂話を教えてくれるのだ。

 だから、今回もワクワクしながら問いかけた。


 しかし、人懐こい表情を浮かべていた彼女は何故か言葉を詰まらせ、「……そのことなのですけれど」と神妙な顔つきになる。

 衝撃的な初対面を経て、今や私を本物の姉と慕ってくれるユリアにしては珍しい反応だ。何か良くないことでもあったのだろうか。


「お姉さま。最近スヴェインお兄様との時間を持てています?」

「……全然よ。ちょうど仕事場に乗り込んで暴れてやろうかと思っていたところ」


 予想通りだったのだろう。幼いながら察しの良い少女は「やっぱり」と呟いた。彼女なりに私達の仲を心配し、ご機嫌伺いに来てくれたのだ。

 嬉しい一方で、スヴェインにもこれくらいの気遣いがあったらなと比べて落ち込んでしまう。


「気にしてくれてありがとうね。はぁ、こんなことならスヴェインのお嫁さんじゃなくて、ユリアちゃんのお婿さんになれば良かったわ」

「まぁ、お姉さまったら」

「私は本気よ? 絶対、ユリアちゃんを寂しがらせたりしないんだから」

「お姉さまが旦那さまなら、毎日が楽しそう」

「任せておいて。退屈とは無縁の生活をさせてあげる」

「お城の皆が慌てそうですわね」

「それは……間違いないわね」

「ふふっ」


 他愛ない冗談にくすくすと笑い合う。ちょうど新しいお茶が置かれ、ほわりと温かい香りが鼻先を掠めた。

 その安らぐ匂いをいで笑いをおさめたユリアは「そうですわ」と言い、にこりと微笑んで私にとある入れ知恵をしたのだった。


 ◇◇◇


 日も暮れた夜、丸い月が柔らかい光を地上に投げかけている。


「スヴェイン、来たわよ!」

「うわっ!?」


 ばーん! と彼の私室の扉を開け放てば、口をぽかんと開けたままこちらを凝視していた。まるで幽霊かお化けか怪物でも見たみたいだ。失礼ね。

 それでもなんとかショックから立ち直り、私に人差し指を向けて言った。


「お、お前、こんなところで何をやってるんだ」

「だから、会いにきたの。ほら、貴方の愛する可愛い可愛いお嫁さんの登場よ。さぁ、でなさい?」


 ユリアの策は単純だった。昼間に仕事の邪魔をすれば、叱られて摘まみ出されるのがオチだが、夜に私室に突撃すれば見張りもお目こぼしをしてくれるだろうと。

 なにしろ王子の妃で新婚ほやほやなのだ。職務だからと邪魔をするのは野暮やぼの極みというものだろう。


 けれども、一世一代の勇気を振り絞ってやってきた私に、スヴェインはジト目を向けて溜め息を吐いた。


「お前な……。『来るな』と言っても聞かないだろうが、『愛でなさい』はないだろう。雰囲気もへったくれもない」

「むうぅぅぅ、なによ。スヴェインは寂しくなかったの? せっかく結婚したのに全然会えなくて、私が毎日どんな思いをしてたか知りもしな――っ」


 文句をつらつらと並べていたらスヴェインが近寄ってきて、思いきり抱き締めてきた。「愛で」ろと言っておきながら、こちらは突然のことにどんな反応も出来ない。

 太い腕や大きな手の感触と温もり、そして早まる鼓動の音で頭も心もいっぱいだ。


「どうした、『愛で』て欲しかったんだろう?」

「……」


 言って、今度は頭を撫でてくる。密着しているからか声が体に直接響くような感じがして、余計にノドが詰まってしまった。それでもなんとか声を絞り出す。


「……会いに来てよ」

「悪かった」

「言ったでしょ、一緒に遠乗りしたいって」

「もっと他に穏やかな案はないのか?」

「……」

「分かった。すぐに日程調整するから」


 だから、一人で行こうなんて考えるなよとスヴェインはクギを刺してくる。

 頭を撫でていた手が私の輪郭をなぞるように下に滑り降りて、背中をポンポンと叩いた。小さな子どもをあやすみたいな仕草がおかしくて、心地良くもあった。

 ドキドキがトクトクくらいに落ち着き、私もようやく腕を差し出して抱き締め返す。


「スヴェインの背中、大きいわね」

「ん?」

「ううん、なんでもない」


 そうだ、待っているだけなんてちっとも私らしくない。これからはどんどん突撃してやろうと思ったら、胸がワクワクしてくるのだった。



 終

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家出物語(仮) K・t @kuuuuu

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