第256話 旧王堂々行進

4月の中頃

ゾンネはようやく死神デミトリに撃ち抜かれた腹部に傷が癒える

場所はコスタリカ周辺の森の中、彼は森の奥底にある大きな滝の裏の洞窟の中で休養をずっと取っていた


真っ暗な洞窟の中、入り口から聞こえる大きな滝の音だけが洞窟内を反響し、ゾンネは立ったままソードブレイカーを肩に担ぎ、溜息を漏らす


『カブリエール…か』


彼はその響きが愛おしく感じた

しかしその理由はわからない

あの称号が自分とかかわりがある事だけはなんとなくわかる程度だ


(だがしかし…厄介な称号だ)


いかに彼とて、生半可な攻撃ではカブリエールの盾を全て破壊して本体に攻撃するのは面倒だ

できなくはない、だが問題は取り巻きだと彼は察する


『アカツキ…』


半端な力で挑むことは出来ない

だがイディオットの中で要注意なのはティアという女ただ1人だけ

だからこそ彼は悩んだ


向かうべきか、力を取り戻すべきか


首周りの蛸の触手を動かしながら彼は唸り声を上げる

すると彼は魔物の気配を感じ、洞窟を出た

川辺に移動し、水をゴクゴク飲んでいるブラック・クズリに背後から忍び寄る


だが相手は獣

ゾンネが気配を消していても獣の本能が働き、ブラック・クズリは振り向く


『グルァ!』


鳴き声を上げた瞬間、ゾンネは目にも止まらぬ速度でブラック・クズリをソードブレイカーで斬り裂いた

武器の威力や凄まじく、大きめの個体であったブラック・クズリを両断してしまう

数秒立ったまま死んでいるブラック・クズリを眺めると、近くに歩み寄って肉を貪り始めた


彼は蘇ってから一番苦痛を感じる時間がある

それは食事をしているときだ


生肉しか食べれず、加工してしまうと吐き出してしまうのだ

まさに獣同様に近いゾンネは無心で食べようとするが、彼には出来なかった


(何故、私はこのような姿で)


生前は料理と呼べる物を食べていた

しかし今は体が受け付けない

彼が悲しむ理由は料理を食べれないからではない


いつも共に食べていた者がいないことを思い出してしまうからだ


『シュナイダーにこんな姿は見せれぬか…』


墓場まで持っていくべき姿に彼は肩を落とす

丸ごと食べ終わると、口元を腕で拭いてから空を見上げた

曇り空で月は見えず、森の中は真っ暗


最後の記憶を取り戻そうと彼は歩き出す

家族がいた、しかしその大事な家族の1人を思い出せない

徐々に苛立ちを覚え始めたゾンネは近くの木を殴って折る


見た目とは反して人間離れした腕力に彼は溜息を漏らす


『力が欲しかったわけではない、私はミライが欲しかった』


だが彼は終わった人生を再び始める為に歩き出す

そして自身で終わらせる為にはアカツキを殺してスキルを奪い

願いを叶えなくてはならない


王都コスタリカの街明かりが見える場所まで来ると、彼は遠くに見える城を眺める

生前とは違い、新たに建てられた城だが構造は同じなのだ

防衛しやすいように城の敷地は広く、扉が多く設計されている建物

周りは湖で囲まれ、登ろうとしても急な斜面が進行を妨げる


『…人間か』


森の中からの気配

ゾンネは今日は城の警備が堅い日だという事を知っていたので森に戻る

暇つぶしに気配の近くに歩いていくが、彼はその気配が可笑しい事に気づいている


1人だけだからだ

しかもかなり小さな気、まさかと思いながらも大きな木の根に視線を向けると横穴

すすり泣くような声、それは明らかに幼子の声だった


(何故だ…)


これは面倒だと思ったゾンネは考えるよりも先に体が動く

大きな木の近くに向かい、横穴の前でしゃがみ込むと口を開く


『お嬢ちゃん、ここは危険だ…今なら真っすぐ走れば魔物に気づかれない…家族のもとに帰りなさい』


『…誰』


『森の主だ』


人間だとは言えない彼は適当な事を口にする

だが実質、彼より強い生物は現在森の中にはいないからあながち間違いではない


恐る恐る横穴から顔を出す女の子、歳はまだ10歳にも満たないとゾンネは悟る


『ひっ…』


『お嬢ちゃん、ここは君が来るべき場所じゃない…何故立ち入った?』


『…』


ゆっくりと姿を現す女の子は俯いてしまう

話す様子がないがゾンネは女の子の手に握られた綺麗なマグールの花を見て悟った


『誰かの誕生日に感謝を込めて贈る花、無理をしたものだな』


『か…帰りたい』


また泣きそうになる女の子に困惑を浮かべるゾンネは彼女に背を向けると、『二度は言わぬぞ…ついてくれば帰れる』と呟いて歩き出す


女の子は慌てながらも涙を拭いてゾンネの背中についていく

会話はない、ゾンネは辺りを見回して先頭を行くが魔物がいないことはわかり切っていた

しかし生前の癖であり、視界での確認が最適だとわかっているからだ


『森の主なの…?』


『それ以上は人間に教えるつもりはない。次に森に入った場合…残念だが私は助けぬ』


『…はい』


『…誰の誕生日だ』


『お…お母さん』


『無理をする必要はなかった。そうすれば一生後悔することとなる…お嬢ちゃんにはわからないだろうが残された者に生涯襲い掛かる苦痛というのは絶大だ。今ある小さな幸せを噛みしめて生きることは大事だ。私が無理をした意味が無くなる』


女の子は首を傾げるが、ゾンネはそれに対して口にすることは無い

知る必要もないからだ


『森の主さん。名前はあるの?』


『ゾンネだ』


『悪い王様と同じ名前だ』


女の子は帰れるという希望を持ったのか、明るくなると同時にそう告げた

しかしゾンネは怒らない

彼は笑いながら足を止めると『あんな悪い大人になったら駄目だ。君は好きか?』と聞いてしまう

当然、答えはノーだ


それでいい、ゾンネはそう感じながらも耳に入る別の人間の声を聞いた


『ノラ!どこだぁ!?』


『いるなら返事をしろ!ノラちゃん!』


ゾンネ

(遅いわ馬鹿者めが…捜索規制が衰えている証拠、冒険者ギルドはどうなっている?)


『お父さんの声だ!お父さん!!』


森に捜索に来たのはノラという女の子の父、そして捜索依頼を受けた冒険者チームが3チーム

松明の灯りが見えてくると、彼女は前に走りだした


だがふと感謝を告げようと彼女が振り向いた時にはゾンネの姿はそこにはない

首を傾げていると彼女の背後から捜索していた冒険者、そして父が驚いた顔を浮かべて彼女に走り寄る


『ノラ!なんでこんなところに』


ノラ

『お父さん!ごめんなさい!お花詰みたくて森に入ったら犬に追いかけられて』


冒険者

『き…奇跡だ。ここの夜の森で少女が生きてるなんて…』


『どうやってここまで…』


ノラ

『森の主さんがここまで連れてきてくれたの…蛸みたいな頭の魔物だったよ?』


それには冒険者が血相を変えて驚いてしまう

彼らだけじゃない、ノラの父親もだ

ゾンネの姿はマグナ国内でも要注意人物として指名手配されているからだ


王族を夜襲した1人として最高レベル

イグニスとゾンネは冒険者A以上のチームから討伐される対象にもなっており

現在の五傑にもこの指示は王族からくだされている


冒険者

『ゾ…ゾンネの筈が…』


ノラ

『森の主だよ?』


冒険者

『いったい何なんだ…以前にも救われたという人間がいたが…』


『今は戻ろう…』


ノラ

『悪い主なの?』


冒険者

『とっても悪い魔物だぞノラちゃん』


ノラ

『でも何もしてこなかったよ』


冒険者達は何故襲われなかったのかわからなかった





ゾンネは森の奥に戻ると再び人間の気配を感じて足を止めた

今度は集団、しかも既にこちらを感知して静かに近づいてきている

静かな森だが、それでも音を出さずというとなると熟練者であるとゾンネは理解する


(強いか)


数は6人

ゾンネは首を回して彼らを待つ余裕を見せた

既に視界に捉えられる距離まで来てもアクションは起きない


(茂みやら木の上やらと…面白い)


ゾンネは不気味に笑うと、肩に担いでいた大きなソードブレイカーを降ろして口を開く


『人間にしては強いな。』


その言葉が終わると同時に彼の背後からナイフが飛んでくる

体を回転させてソードブレイカーで弾き飛ばしたゾンネはそのまま回転し続け、目の前に迫る男に体を向けた


男の名は閻魔騎士ブリーナク

ティアマト以上に曲であり、深紅の鎧を身に纏う大きめの片手剣を武器とするマグナ国の五傑だ

驚いた顔をするブリーナクは魔力を流し込んだ片手剣を振り、大きく叫んだ


『両断一文字』


いかなる鉄をも断ち切る技スキル

ガードはほぼ不可能に近く、避けることしか手はない

振られた剣はゾンネに襲いかかるが、そこでブリーナクは更に驚く光景を目にしてしまう


完璧な間合い、避ける隙など無い筈なのにゾンネはブリーナクの攻撃を懐に潜り込みながら避けると顔面を鷲掴みにして地面に叩きつけたのだ


大きな音と共に僅かに地面が揺れる

普通の人間ならこれで即死であるが、相手は五傑のブリーナクだ


『がっ…』


ゾンネ

『良いスピードだ』


途端に周りで隠れていた部下らしき残りの刺客が飛び込んでくると

ゾンネは不気味に笑みを浮かべながら彼らに言い放つ


『絶望は学習を生む素晴らしい感情だ。』


約10秒経過しただけでゾンネの周りには斬り裂かれて息絶えた人間が転がっていた

ブリーナクは頭部から血を流しながらも目だけで倒れている仲間を見ると、直ぐにゾンネに視線を戻して立ち上がる


王族のゼファーからの特命で授かった指示

ゾンネを撃てば生涯の安泰をそなたの家族にも与える

簡単だと思えた任務がこれほどまでに過酷だと彼はこの時に知ってしまう


ブリーナク

『キサマ…』


ゾンネ

『弱い…だがお前は中々に良い動きをしていタ。大将軍グンサイの側近に丁度良い』


ブリーナク

『お前は何者だ…』


ゾンネ

『敬意を払え、私は初代マグナ国の王ゾンネである』


ブリーナクは『ホラを吹くな!』と言って一気に間合いを詰めた

互いの武器が交わる度に金属音が響き渡り、軽い火花が散る

腕力では五傑でロイヤルフラッシュ聖騎士長にも引けを取らないと言われていたブリーナクだったが、それは人間相手に対する評価でしかない


『帰ったらゼファーに伝えよ』


ゾンネは囁くと同時にブリーナクの剣をソードブレイカーで叩き割った

生涯折れる筈がないと言われていた自慢の武器を折られたブリーナクは目を大きく開いて驚愕を浮かべ、大きな隙を見せた


殺そうと思えば殺せる

だがゾンネはそうしない


『私の家族の名を全てを調べ、伝えに来るが良い…猶予は1か月与える』


ブリーナク

『ぐ…』


(ほう…無傷では倒せなかったか)


ゾンネは腕に浅い切傷をつけていた

武器で交わっていた際、僅かにブリーナクの攻撃に斬撃が飛んでいたのだ

だが気にしなくて良いくらいであったため、ゾンネは無視していた


ゾンネ

『ゼファーに告げねばここでお前の首を刎ね飛ばすぞ?それと1つ』


ブリーナク

『な…なんだ』


ゾンネ

『マグナ国がシュナイダー国王であった時、戦争の条約が出来た筈だ…、それを守れねば王族は死ぬようにできているのは王族でも知るまい。マグナ国は自国が他国の攻撃で脅かさそうにならぬ限り戦争を行使できぬ法がある。防衛のみの国に変わっているのだよ。…次に守らねば次は馬鹿な老いぼれ王の次に死ぬのはゼファーだ』


ブリーナクの顔に武器を突き付けながらゾンネは話すと、薄ら笑いを浮かべて後ろに下がる


五傑でも未完の男に一太刀と呼べる攻撃は与えれない

ブリーナクは底知れぬ強さを前に去っていくゾンネを追えずに立ち竦んでしまう


(なんだあれは…)









ゾンネは森の中を再び歩き、奥深くへと向かう

ゼファー国王は臆病者、ならば脅せば国中を洗いざらい探して情報くらいは得るだろうと考えた


『力が戻れば悲願達成は目前、あのイグニスという小僧を警戒しる必要が無くなる』


まだ会うべきではない

ゼペットにもだ


ある程度、森の奥まで突き進んだゾンネは自信が休んでいた滝の裏側の洞窟に身を潜めると、横になって休み始めた

そこで彼は次なる地獄を味わう


甦る記憶の中の声が彼の頭で響き渡るのだ


『ゾンネ様、今戻らねば絶対に後悔します!』


『くどいぞグンサイ、私は全てを捨てる覚悟だ!早急に次の街を制圧し、逆らう者は焼き殺せ!逆らえば貴様とその家族そして部下もろとも命は無い!』


『何故です…何故そこまで変わる必要があったんですか!?これが貴方の求めた平和のためなんですか!?』


『目先の平和に意味はない!食事で得られる程度の快楽に酔いしれて何が平和だ!私は未来の子らのために悪逆非道を追及しながら国を滅ぼさねばならぬ!生きる人間全てが最悪の時代だったと語り継ぎたくなるようにな!』


『その時にあなたの隣には…』


『誰もいなくていい、さぁ従えグンサイ!そして馬鹿な人間に思い知らせるのだ!戦争で産み出すのは憎しみと化した私だということをな!…頼むテラ、私を導いてくれ』















《おう》



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