第255話 聖賢者教

俺達は朝早くから馬車を使い、隣街のウェイザーへと辿り着く

時刻は昼過ぎだが今日はギルドにはいかないで回復魔法師会ウェイザー支部へ真っすぐ向かう

馬車を降りてからはやはりティアを見て人々が驚きを浮かべる

ここでも有名人なのはカブリエールじゃない時からだけど


ちょっと他の街より違ったんだ

大通りを歩いていると、何故か街人は俺達に道を譲ると、両手を握って祈りを捧げるポーズをとっているのだ

しかも少数じゃない、点々とそれらが視界に映る


この街は以前、謎の病原体によって混乱していたがティアが回復魔法師会の人たちとせっせと働いて街の病気を治したのだ

ティアは神様扱いされてるのだ、街を救った救世主という意味でだ

老人たちは彼女を見ると神様を見たかのように凄い祈りだすからティアが困惑する


冒険者は別の意味でギョッと驚き道を開ける

とんでもない状況だが、俺達はその場から逃げるかのように回復魔法師会ウェイザー支部へと足を運んだ


回復魔法師会ウェイザー支部、とある建物の一室に辿り着くと、アンジェラさんは机の後ろに設置されているベットでスヤスヤと寝ていたのだ

ドアは半開きだったし、腹出してるし、注意力散漫である


来るという事は事前に伝えていたのだが…


『ミャーン』


『あひゃ…』


ギルハルドが寝ているアンジェラに近づくと頬を嘗めた

そこで彼女はようやく起きて上体を起こすと、数秒静止してしまう

頭の中を整理しているのだろう、気持ちはわかる


少し顔を赤くすると身なりを正し、咳ばらいをしてから椅子に座る

なかったことに出来ると思っているのだろうか


アンジェラ

『こんばんは』


リュウグウ

『13時だぞ』


アンジェラ

『…まだ寝ぼけてます』


ティア

『アンジェラさん。グリンピア来るんですよね?』


アンジェラ

『冬までにそちらに建物が出来るかと』


ティア

『できる?』


アンジェラ

『5階建ての建物を作るとかテスラ会長張り切ってました』


その場が10秒も静かになる

何故だろう、先ほど口を開いたアンジェラさんも真顔だ

訴えが聞こえる…ティアに言ってもらいたい言葉でも待っているかのように、彼女はティアに視線を向けた


そんな視線を向けなくてもティアはわかっていた


ティア

『…絶対に余しますよね?テスラ会長にせめて2階建てにしてくださいと伝えてください。じゃないと嫌って言えば多分大丈夫です』


アンジェラ

『本当にありがとうございます』


ティアマト

『てか張り切り過ぎて5階建てとかグリンピアを都会にでもする気か?』


リリディ

『グリンピアの人達も困惑するでしょうねぇ』


ティア

『流石に5階建ては張り切り過ぎだもんね』


アカツキ

『気持ちはわかるがな』


《そりゃ全力で囲いたいからな》


ティア

『手紙お願いしますアンジェラさん』


アンジェラ

『喜んで』


俺達は壁際の椅子に座りながらアンジェラさんと談話する

どうやら今日は依頼無し。たまに冒険者ギルドからの依頼が来ることがあるそうだ

無理をした冒険者は大怪我を負うケースは少なくはない


森から運ばれてきた怪我人を直ぐに対応しないと死亡するとギルド職員が判断した場合、アンジェラさんがケアである程度の回復を行う

報酬もかなり高く、貴族や一般人の治療依頼よりもギルドからの依頼が多い


この国は医療に関しては寛大であり、治療費の半分を国が税金で賄うシステムになっている

だから患者の負担もそれなりに少ない、だがそれでも高いのだ


アンジェラ

『普通に回復魔法使用だと金貨30枚、なので患者は実質では金貨15枚支払う事になりますね』


ティア

『時間とも勝負だと金貨15枚で命を買えるなら安いですね。』


アンジェラ

『一般人の方にはいきなり金貨15枚という出費は難しい事もあり、テスラ会長がヴァーニアルト伯爵様と相談して最高5回払いが可能になってます』


リュウグウ

『月に金貨3枚か、まぁ無難かもしれないな…ケアを施すほどの怪我となるとなおさらだ』


高いと思いたくなるが、命を天秤にかけると安いかもしれない

急を要する怪我じゃなければ普通に治せばいいだけだからだ

アンジェラさんはケア1回で金貨30枚、しかしケアのレベルが高ければもっと高い

テスラ会長だと倍以上だという、あの人のレベルも相当高いということだ


アカツキ

『ちなみに聞くんですけどティアが金取るとどうなるんですか?』


ティア

『アカツキ君、なんか私へんなニュアンス』


肘で腹をつつかれた

だがそんなやり取り中、アンジェラさんが口を開く


『金貨500枚ですね』


どう反応していいかわからない

ギルハルドがアンジェラさんの机の上で首を傾げていると、リリディは腕を組んで唸り声を上げる


てか金貨500?高過ぎないか?

どういう相場なのかわからなくなってしまうよ


《カブリエールだぞ?まだ安い》


ティアマト

『相応の対応か』


リュウグウ

『相応の対価だ馬鹿』


アンジェラ

『国宝なんですよ?』


それが答えだ


するとティアマトが何やらドアに視線を向けた

何か騒がしい、というんだけども何も聞こえない

彼は耳が良いからだと思うが、気になってティアと共にドアを開けて見ると僅かに誰かの声が沢山聞こえるのだ


テラは《行くとトン引きするぞ?》と気になる事を口にするが

そう言われてしまうと気になってしまう

アンジェラさんは何か知っているようであり、苦笑いを浮かべながら『またか…』と頭を抱えてしまう


俺はティアと共に視線を向けると何故か一緒に深呼吸をして外に向かって見た

そしたらね、凄い光景が広がってたんだ

多分ティアに病気を治してもらった人たちだと思うんだけど建物の前で両膝をついて祈りを捧げていたんだ


『天使に愛されたティア様万歳』


『治ってから仕事が順調になりました、ティア様万歳』


『持病だった腰痛も無くなりました、ティア様万歳』


言葉が出ない

ティアは真顔で祈りを捧げる人たちを眺め、困惑していた

入口の中から俺の仲間が顔を覗かせ、引き攣った笑みを浮かべている

アンジェラさんもいるけど、彼女は『ここじゃ聖賢者教ってのが出来てるんです』と知らん間にとんでもない宗教がウェイザーに爆誕していた


『見ろ!ティア様だ!』


『おぉ!天使様じゃ!』


『美しい!』


ティアに近寄る教徒の者らしき人々

かなり頭をやられてしまったようだが、ティアはなるべく刺激しないように愛想笑いで何とか乗り切ろうと頑張っているのが見える


あれ…1人変わった風貌の人がいる


《どうみても貴族だぞ?》


アンジェラ

『オーブ・ウル・ウェイザー男爵です…この人も疫病患者でいたんですよ?ティアさん覚えてないんですか?』


後ろからヒソヒソ声で話す彼女に言葉に、ティアは『そういえば高そうな服着てる人いた』と今になって思い出す


オーブ男爵

『貴方のおかげで私は死なずに済んだ。仕事も以前より順調すぎて恐ろしいほどだ…』


ティア

『男爵さんだったんですね!そういえばリゲルさんがグリンピア中央学園の剣舞科講師してるんですけどミラゲって名前の子は息子さんですよね?』


オーブ男爵

『我が息子を存じていいるとは誠に嬉しい限りです!息子が講師がリゲル君だということは聞いておりますが息子は少し我儘な性格でもあるので何かありましたらおっしゃってください。』


ティア

『あ、言っておきます』


オーブ男爵

『それはそうと、本当に天使の声が聞こえると』


《やめてくれ…》


ティア

『天使…かはわからないですけど』


オーブ男爵

『ウェイザーの鉱山を営む貴族なのですが、最近軽鉄の原石ばかりしか採掘できていないのです。ミスリルが潜んでいる場所などわかりますでしょうか』


ティア

『そ…それはさす《あぁあそこか、隣の小さい山に沿うように掘れば1か月でミスリル原石のエリアまで掘れるだろ》』


マジかよ…なんでお前わかるんだよ

その後、テラは追加で色々話すと、ティアは笑顔で答えちゃった


ティア

『…隣の小さな山に向かうように穴を掘りながら採掘を進めてますが。土が柔らかいので穴を柱で補強しつつ小さめに掘らないと落盤しちゃうから気をつけろって言ってます』


オーブ男爵

『おぉ!ありがたき幸せ!無事に掘り進めれたらグリンピアの鍛冶屋に流すよう採掘された10%を手配します!これはほんのお礼ですが受け取ってください!』


こうしてティアは桃金貨1枚を手に俺と共に建物の中に逃げた

回復魔法師会の部屋に戻ると、アンジェラさんのベットの上でギルハルドがゴロゴロしながら寛いでいた


アンジェラさんが抱き抱えるが嫌がらない

俺とかティアマトが触ろうとすると引っ掻かれるがな


アンジェラ

『グリンピア支部設立後は私が事務と派遣になります。ティアさんは足を運ぶお客さん相手になりますがどの層がくるかは未知数だとか』


ティア

『冬かぁ』


アンジェラ

『ですね、それまでは戦う聖女!です!』


あながち間違いない


明日は隣街の貴族がくるからティアは立ち会いをアンジェラさんからお願いされる

どうやら癖が強い貴族らしく、ティアがいれば問題ないとのこと


こうして建物を出た俺達は聖賢者教から逃げるようにしてその場から立ち去る

巻いてから裏通りで身を隠すが、歩き難いな


『ニャハーン』


ティア

『はいギルハルド君!干し肉』


『ミャンミャー』


呑気に餌付けだ


裏通りと言っても人は歩いている

警備兵も二人一組でここらもしっかり歩くので不良が日中にたむろすることはあまりない


リュウグウ

『有名人は大変だな』


ティア

『ここは大変だなぁ』


《ティアお嬢ちゃんが大変だな》


アカツキ

『慣れるまでの辛抱だな』


ティア

『だね』


そういえば昼飯がまだだ

俺達は商店街通りに辿り着くと素早く定食屋に駆け込む

昼のピーク時を過ぎてるから案外空いてて助かるよ


丸テーブル席に店員に案内され、俺達は座って注文を店員にしてから一息つくと、思わぬ者が店に現れた


黒い羽、細長い片手剣

ウェイザー最強と言われている黒鳥クロウラウズさんだ

彼は辺りを見回し、俺達を見つけると真剣な眼差しのまま隣のテーブル席に座る


探していたのだろうか

彼は俺達のテーブルに椅子を向けると、足を組んだ


クロウラウズ

『ふっ!聖賢者ティア…か』


ティア

『ご無沙汰してますクロウラウズさん』


クロウラウズ

『うむ、何用でここに?』


ティア

『回復魔法師会関連です』


クロウラウズ

『回復魔法師でもあるからだな。色々面白い話を聞いたが…いつか決闘したいものだ』


ティア

『クロウラウずさんは怖がらないんですか?』


クロウラウズ

『黒い女ではなかろう?噂に聞く強固な盾を破壊できるかの挑戦をいつかしたいものだ』


ティア

『デザート奢ってください』


クロウラウズさんはキョトンとした顔をすると『カッカッカ!』と奇妙な笑い声を上げた


『店員よ!こやつらに杏仁豆腐を出してくれ。俺の金でな』


太っ腹だ

全員に奢るという行為をしたということは

戦ってみたいという話は冗談ではないようだ

ティアは喜ぶと、クロウラウズさんは店員が運ばれてきたトマトジュースを飲む

注文してないのに出てきたぞ?もしかしたらここの常連で店員も何を頼むかわかってるから言われる前に持ってきた感じか


クロウラウズ

『あとはウェイザー冒険者ギルドではお主らに対して面倒な決まりはないから安心して顔を出すよ良いぞ』


ぞれぞれの街にある冒険者ギルド、規則は冒険者ギルド運営委員会が作っているが

冒険者内でのしきたりも存在するところはある

一応グリンピアにはない、あると言えば依頼板の依頼書は早い者勝ちで強い奴が優先とかそういうのはないから楽でいい


リュウグウ

『田舎街のギルドはあまりないと聞くが』


クロウラウズ

『そうだな、だが1つだけうちにはある』


何だろうかと首を傾げると、クロウラウズさんは自身の胸を叩いて笑みを浮かべたまま答えたんだ

『俺がこの街の冒険者のトップだ。、心が黒いやつは俺の裁量で地獄を見せる、黒いのは俺の体で充分!』と元気が良い


メンチカツ定食が5つ、イディオット全員分がくると俺達はガツガツと食べ始める

少し遅れてクロウラウズさんが注文した生姜焼き定食、あれも美味そうだ


食べる時はあまり会話するのが難しい

無言で食べていると、クロウラウズさんは意味ありげな事を口にする


クロウラウズ

『本当に強くなったな。全員一丸での力はきっと本物、あとは個々にどう目標に抗うか藻掻くがよい…』


店員

『杏仁豆腐!5人分お待たせしましたー!』


ティア

『やたー!』


リュウグウ

『ごちだ』


クロウラウズ

『ふっ、存分に味わえ…この街で困ったことがあればいつでも声をかけよ』


こうして俺達は夜食を食べ終わると、クロウラウズさんと別れて宿を見つけた

銀貨4枚という普通の値段だし部屋もそこそこ良い

窓から外を眺めていると、冒険者達が歌いながら通りを歩く姿が見える

なに不自由ない平凡な街、それが一番良いと俺は思う


《明日は貴族相手の依頼か》


『侯爵…か』


かなり地位が高い貴族だ

殆どお目にかかれない人間であるが、アンジェラさんから名前を聞きそびれたな

まぁ明日になればわかるだろうし、いっか


『なぁ。ゾンネって暴君になるしか手はなかったのか?』


《あれが最低の最適案だ、権力が黒かった…だからあいつはそれよりも黒い心で恐怖を生みだしたから戦争時代は消えた。したくて罪のない他国の民を残虐したり王族を死より辛い拷問をしていたわけじゃない》


『だが冷静に考えればあいつなら』


《無理だ。綺麗ごとなどなんの意味もない絵本の中だけの言葉だ、現実は非情、理想は空想だ》


『あいつ…今何をしている』


《夢に向かって歩いている筈さ…謝る為に》


俺はテラの言う意味を理解できなかった



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