第231話 10 エルベルト山
歩き始め、クワイエットは徐々に速度を落としていく
標高が高くなると酸素が薄くなるからだ
そして風が冷たく、皆の体温を奪う
気づけば道の脇には僅かに雪が残っており
気温が低い日ならば雪が降るという事だ
シエラ
『さむ』
クワイエット
『寒さよりも疲れが怖いね、息が上がると酸素が薄いここじゃ直ぐに高山病になるよ』
アネット
『聞いたことある高山病』
クワイエット
『ただの山登りならば良いけどエルベルト山で高山病は死に等しいから気をつけて』
アネット
『こわ』
リゲル
『こんなとこで頭痛や吐き気んで疲れの三点セット貰ってみろ、迂闊に戦えないし酷いと息切れに錯乱のオプションついてくるぞ』
クリスハート
『ここでそれは…』
リゲル
『だから小休憩はこまめに取る、疲れたら我慢すんな?普通の山登りと違って道は優しくない』
クワイエット
『魔物もね』
左側面の急斜面から駆けてきたのはグランドパンサー3頭
だが1頭は転倒してゴロゴロ転がっているので気にすることはない
クリスハート
『ゴロゴロは無視、2頭!』
彼女が号令をかけるとアネットは飛び込んできたグランドパンサーを一撃で真っ二つに切り裂く
残りの1頭はルーミアが避けながら首を深く斬って地面に転がして終わる
後方からも気配は2体ほど皆が感じていたが、気付いてないと知るや彼らは魔石を回収してから歩き出した
小休憩を挟みながら進むと、草も生えない岩山へと姿を変えていく
雪も辺りに積もっており、降りてくる風がさらに冷たい
クワイエットは登りながらグングニィルの街を眺めた
(かなり高いな)
リゲル
『クワイエット』
クワイエット
『あと少しか』
アネット
『マジでこの景色すご』
シエラ
『やばい』
皆も足をとめ、絶壁から集落跡地やグングニィルの街を見下ろした
僅かにモヤがかっているが、それは雲が邪魔しているからだ
クリスハート
『凄い眺めですね』
リゲル
『こういうの好きなのか?』
クリスハート
『興味はありました。1度高い所から街を見下ろしたいなぁなんて』
リゲル
『なるほどな』
素晴らしい眺めを見るのはほんの数十秒
目的は火口付近にいる帝龍にあることだ
彼らは登り続け、徐々に肌に感じる寒さが増していくことに気づく
雪がちらつき、地面には霜が立ってくると先ほどよりもペースは遅くなっていく
霧が現れ、彼らはその中を進む
クワイエット
『防寒対策されたローブで良かったね』
アネット
『確かにね、なかったら耐えれないわ』
リゲル
『てかよ、魔物の気配がまったく感じなくなったのがちっと』
クワイエット
『それはわからない。それよりも山を半分登ったよ』
クリスハート
『やっと…ですか』
まだ半分、それほどまでに彼らが登っている山は高い
シエラが足を凍った地面に足を取られると、直ぐ前にいたクワイエットが素早く彼女の手を掴む
彼女は顔を赤くするが、クワイエットは動じない
そんな感情は今捨てているからだ
『足元気を付けてね』
いつもよりも明るいトーンではない
彼女は恥ずかしそうにしながら彼の手を放すと、再び歩き出す
リゲル
『誰か辛くないか?大丈夫か?』
ルーミア
『出来る男を演じてるかなぁ?』
リゲル
『へっ!お前は大丈夫そうだ』
アネット
『干し肉が寒さで硬い…』
クリスハート
『今食べてるんですか…』
アネット
『小腹空いたのよん』
リゲル
『仕方ねぇ奴だ』
彼は微笑みながら後方を確認する
そこで可笑しい事に気づく
ちらつく雪で視界は徐々に悪くなっているのだが、後ろから何かが近づいている人影が見えた
これには目にも止まらぬ速さで構えるリゲル
それに驚く全員は一斉に背後に体を向け、後方から見える影に気づいた
しかし、彼らが止まると影も止まる
気配も感じない、呻き声を上げる様子もない
アネットは怖くてルーミアに抱き着く
クリスハート
『1人じゃない…』
ルーミア
『2?いや3だ』
クワイエット
『もっと増えてる…それに崖下』
右側は急斜面、崖と言った方が正しいかもしれない
そこから崖をよじ登り、彼らを見つめる人影が複数いたのだ
アネット
『ひ…前にも5体…』
リゲル
『マジかよ…クワイエットこりゃ…』
クワイエットは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、剣を構えて口を開く
『カーズール…』
身長は成人男性と変わらない人型の魔物
黒ずんた肉体には生殖器は存在しない
目は白く、そして両手の爪は獣のように鋭い
特徴的なのは口の牙が全て赤く、舌が1メートルも伸びる奇怪な生物である
歩くときは体を僅かに揺らし、脱力気味
魔力で動く特殊な魔物の為、倒すには燃やすかバラバラにするしか方法はない
その面倒さからランクはC
生きた肉を好んで食べるアンデット種の魔物だ
その魔物が1体、霧の中から姿を現した
リゲルは口元に人差し指をつけ、静かにしろと合図を送る
途端に彼らの視界に映るカーズールは辺りを見回し始めたのだ
見失っているからだ
目は退化しており、聴覚で餌を探す特性を持っていることはリゲルとクワイエットが熟知していた
リゲルは静かに足元の石を拾い上げると、崖下に転がすように投げる
その瞬間に全てのカーズールが一斉に獣の如く腕を全力で振って石を追いかけたのだ
退化した白い目は音を聞いて血走らせ、舌をダラダラと垂らしながら不気味な姿と化している
シエラは怖すぎて涙目、少しチビってしまったが、口にはしない
慌ただしい音が遠くまでいくと
クワイエットは舌打ち2回で皆の視線を自身に戻し、人差し指と中指で進むべき道を指す
足音さえもあまり出さないように歩いても霜でザクザクと音が出てしまう
その度に女性陣は体を強張らせながら周りを確認するが、リゲルは小声で『大丈夫だ、神経質になり過ぎるな』と告げた
それからは皆、小声で話しながら進む
シエラ
『あれ、怖い』
アネット
『都会のお化け屋敷よりだんちだよ』
クリスハート
『凄かったですね』
リゲル
『お前も怖かったろ、俺の腕凄い掴んでたし』
ニヤニヤしながらバラすリゲル
クリスハートを頬を膨らまして目を細めて彼を見た
『わ…悪かったよ、くふふ』
『もう』
クワイエット
『というかそういえば問題あった』
クリスハート
『え?』
アネット
『どうしたの?』
クワイエット
『火口付近に行くには確か崖だった気がする』
普通に歩いては辿り着けない
彼はそう話したのだ
ならばどう頂上に行けばいいのか?普通に国境を抜けるなら別の道を進めば行ける
しかし頂上となると話は変わる
火口付近は周りが崖であり、登るには急な坂を進まなければならない
このような凍てつく寒さでは地面は滑り、人が登ることはほぼ不可能に近い
だが中に入る為の洞窟が存在する
そこをクワイエットとリゲルは知っていた
ルーミア
『驚かせないでよ…』
リゲル
『悪いな』
クリスハート
『もう、行けないかと思…』
彼女は側面の崖上から飛び込んでくる何かを目にした
カーズールであり、それは背中を向けるシエラに狙いを定めていたのだ
危ない、彼女はそう叫んだ瞬間にクワイエットが目にも止まらぬ速さで飛び込んできたカーズールを首と胴体を両断する
勢いもあってかカーズールはそのまま反対方向の崖下に落ちていき、霧の中に消えていく
クリスハートはアッと驚きながら自分の口をおさえる
叫んでしまったからだ
リゲル
『条件反射だ仕方ねぇ』
クワイエット
『気にしちゃだめ、それよりも』
何かの音が近づいてくる
走る音だ
それは彼らの向かう道の向こう、そして後方から走ってやってきた
カーズールが霧の中から姿を現したのだ
こうなっては仕方がない、リゲルは『強さはD並み、数が問題だがやるしかねぇ』と口を開くと最初に飛び込んできたカーズールを縦に両断して地面に叩き落とす
だが死ぬことは無い
動き続けるのだ
肉体が滅びない限り
シエラ
『ファイアテンポ!』
彼女は肉体を炎を化し、仲間の周りを旋回する
それに触れたカーズールは瞬く間に燃えだし、転がって暴れ始めた
実体化した彼女は多少ふらつきながらも新たに現れるカーズールに魔力消費が低いファイアアローを当てて体を燃やして倒す
幻界の森の魔物のように数は多くない、しかし倒しても倒しても減る兆しはない
クワイエットは正面のカーズールを2体同時に両断すると『ごめん、走ろう』と言って全員を走らせる
最後尾はリゲル、彼は後方から迫りくるカーズールを両断しながら進む
他の仲間も飛び込んでくるカーズールの首を斬り飛ばしてクワイエットに続くが、敵の勢いは止まる気配は無かった
クワイエット
『イチかバチか』
彼は懐から癇癪玉という小石サイズの音爆弾を取り出すと崖の下に投げる
全力で投げたそれは霧の中に消えていくと、大きな炸裂音を響かせた
音と同時に皆が息を殺して動きを止めると、カーズールは顔を崖下に向けて降り始めたのだ
助かった、アネットはどう思って肩に力が抜けていく
誰もがそう思った筈だが、代償は大きかった
彼らの隙間を縫うように崖下に向かうカーズールはクリスハートにぶつかったのだ
足を後ろに引いて彼女は態勢を立て直そうとするが。後ろは直ぐに崖
彼女は足を取られてしまったのだ
落ちる、彼女は顔を真っ青に染めてそう感じ始めた
アネットやルーミアは驚愕を浮かべながら彼女に手を差し伸べるが間に合わない
(あっ…)
死ぬと彼女はこの時、感じた
霧で深く、崖下が見えないからだ
転がった先には真っ逆さまの崖かもしれない、そんな恐怖を彼女を襲う
だが1人じゃない、人は危ない時に助けを求める習性がある
ならば誰を?全員?シエラか?アネットか?ルーミアか?
違う
彼女は心の中でリゲルの名を叫んだ
リゲル
『チッ!』
目にも止まらぬ速さで彼は助けても遅い彼女を助けるために飛び込んだ
剣を鞘にしまい、両腕で抱きしめるとそのまま彼女と共に霧の中に転がりながら消えていったのだ
仲間は声も出ず、ただ2人が消えていった霧を見つめる
それも数十秒もだ
クワイエット
『進もう』
アネット
『正気!?』
クワイエット
『静かに』
彼は真剣な顔を浮かべ、進むべき道に顔を向けて続けて話した
『リゲルがいる。サバイバル能力は彼が圧倒的に上だよ…それに火口に行ける洞窟は1つじゃない…点々といくつも存在している』
シエラ
『ならここまで登らなくても…』
クワイエット
『殆どが崖に洞窟がある。急斜面だから行けるそうに見えて足を取られたらおしまい。何かにぶつかるまで止まらない、死ぬんだよ』
ルーミア
『なら2人はどうなるのよ』
クワイエット
『いったろ、リゲルだから大丈夫…僕だったなら無理だけど。信じてみんな、リゲルはこういう時強いってのは僕が一番知ってる』
彼は信じているから行かないわけではない
助けに行きたい、でも二次被害を出すわけにもいかず、リゲルの能力を信じて先に進むしかないのだ
煮え切らない女性達、しかし馬鹿ではない
クワイエットも生きたいはずだろうと冷静になり始めて気づいたのだ
アネット
(…きっと大丈夫)
シエラ
(先に行く、クリスハートちゃん)
ルーミア
(頼んだよリゲル君、死なないでよ)
クワイエットは3人を連れて上を目指す
・・・・・・・・・
クリスハート
『大丈夫ですかリゲルさん』
リゲル
『体中いってぇ』
2人は生きていた
リゲルはクリスハートを抱きしめながら転がると、横穴を見つけた瞬間に剣で地面を刺して勢いを止めたのだ
互いに剣を刺して急勾配の坂と化した場所を慎重に進み、横穴に入ることが出来た
しかし2人共無傷ではなかった
彼女は右足首を痛めてしまい、足を引きずっている
リゲルは体中がズキズキと痛むが全身打撲だ
リゲル
『捻挫か』
クリスハート
『そうだと思います。骨ではないです』
リゲル
『ならよかった。それにしても…』
彼は横穴から下を覗く
真っ逆さまの崖が見えるからだ
あと少し対応が遅ければ2人とも落下していただろう
クリスハートは崖の下を見て息を飲む
リゲル
『進むしかねぇ。この穴が正解ならいいけどな』
クリスハート
『そう信じたいです』
リゲル
『肩貸す。行くぞ』
クリスハートはリゲルの肩を借り、穴の奥に体を向けた
道幅と高さが3メートルほどの道を彼らは壁から顔を出している発光石という光を僅かに放つ灯りを頼りに奥にゆっくりと進み始める
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