第230話 9 見張り塔

リゲルとクワイエットは困った

森は抜け、1本道の先に200メートル先に物見矢倉そして詰所が見えたからだ

松明の灯りでそれは照らされ、彼らがいた頃にはなかった木製の安易な扉まで出来ていた


矢倉には1人、そして扉の前には2人

彼らは山から落石してきた大きな岩に隠れ、奥を覗く


クワイエット

『ここら草原地帯だったよねぇ…』


アネット

『きっと見晴らし良くするために刈り取ったんさね』


シエラ

『面倒』


リゲル

『どうすると隊長さん』


クワイエット

『僕が隊長か、なんだか懐かしいね』


リゲル

『こういった集団行動はお前得意だろ。俺は何も浮かばねぇ…流石に隠れる場所がねぇ』


彼を引き立てるためにそういったのではない

事実、この場はクワイエットが一番判断できるからだ

期待されている反面、クワイエットは悩んだ


(刈り取ったというより、焼き畑でもしたかのような感じだ。荒野に近い)


堂々と道を進むしかない

しかしクワイエットはそこで可笑しな点に気づく

視界に映る見張りは3人のみ、遠くてわからないが確かにいる


物見矢倉1人、扉の前に2人以外どこにいったのか辺りを見回すと、詰所の窓が明るい事に気づく

それを見て彼は賭けに出た


クワイエット

『照明魔石貸して誰か』


シエラ

『ある、どうするの?』


クワイエット

『連絡取る』


クリスハート

『クワイエットさん?誰とですかね?』


クワイエット

『矢倉の人間』


アネット

(この人らといると心臓悪い)


ルーミア

『賭けってまさか…』


クワイエット

『仲間じゃなかったら終わり、信号弾打ち上げられて1か月牢屋だね』


シエラから照明魔石を手渡されたクワイエットは魔石に魔力を灯し、光を灯す

小石程度の大きさの為に彼はそれを手で貸したり照らしたりと聖騎士での照明信号文を物見矢倉の人間に見えるように見せたのだ


リゲルはクワイエットの信号を見て僅かに額に青筋を浮かばせるが、クリスハートは何の暗号なのだろうと首を傾げる



カイとの話の内容

ならばあそこにいるのは元同胞だとクワイエットは信じる

失敗すれば終わり、しかしそうはならない


物見矢倉の人間もクワイエット同様に照明魔石での光でメッセージを送ったのだ

クワイエットが送ったのは『僕クワイエット、リゲルはチキン』

そして物見矢倉からのメッセージはこうだ


『バッハ、面白い、通れ』


彼らは岩影から姿を現し、駆けだした


リゲル

『クワイエットてんめぇ・・・』


クワイエット

『くふふ、バッハさん面白いってさ』


クリスハート

『なんの信号を送ったんです』


リゲル

『クワイエットの野郎、俺をチキンって言いやがった』


アネット

(アカツキ君と同類か)


ルーミア

(でもリゲル君の方がある意味度胸あるかも)


こうして扉の前に行くと、そこにいたのは1番隊の聖騎士バルエルとトーマスがいたのだ

彼らはにこやかに挨拶すると、静かに扉を開ける


バッハ

『早く行け、帝龍に会いに行くのだろうが死ぬなよ』


物見矢倉から顔を出すバッハがウインクをして口を開く

まだまだ捨てたもんじゃないな、とリゲルは思いながらもバッハに手を上げてお礼をする

だがゆっくり話をしている暇はない


トーマス

『行ってください、ご武運を…』


クワイエット

『サンキュ』


ルーミア

『ありがとっ!』


彼女はニコニコしながらトーマスの頬にキスをして走る

女性との繋がりが全くないトーマスは顔を赤くし、その場に固まっているとバルエルが彼を揺らして正気に戻そうと頑張った


こうして彼らは鬼門を突破し、あとは進むだけとなった

再び木々が広がる地帯に出ると、彼らは一度足を止めて体を休ませることにしたのだ

心に余裕が生まれ始め、女性たちはホッと胸を撫でおろしながら進むべき道を眺める


空はまだ暗く、星は消えかけている

もう少しで朝日が昇り始める兆しともいえよう


各自が水分補給し、一息つくとリゲルは立ち上がる

辺りをキョロキョロと見回すだけで女性たちは不安になるが、彼は僅かに微笑む


リゲル

『…なんであんたもいるんだ?しかもストーカーする趣味でもあんのか』


すると近くの木の影から1人の男が現れた

聖騎士とは違い、鎧を装備していないが神官のような服をきた高貴な者だとわかる

肩には銀色のバッジに剣の紋様、それは聖騎士会のマークだ


老いた老人、しかしまだ内から放たれる気は彼女達でも容易にひ弱な老人ではないと悟れる

彼は聖騎士会、会長コールソン・オール

老いても戦士という異名を持つ自称現役の聖騎士会のトップの者だ

顔には傷がいくつもついており、獣に引き裂かれた傷跡で右目が白い


コールソン

『久しいな…坊やたちよ、さぁ顔をよく見せておくれ』


リゲル

『聖騎士ぐるみかよ…』


アネット

『誰このお爺さん』


クワイエット

『アネットちゃん…聖騎士会の会長コールソンさん』


アネット

『すいませんでした』


コールソンは笑って許した

リゲルとクワイエットは彼に近づくと、頭を軽く撫でられた

傍から見ればかなり気に入られているのだとわかるその仕草

聖騎士会の上層部は2人をそれほどまでに気に入っていたのだ


コールソン

『話はローちゃんから聞いた。幻界の森の事もなぁ』


クワイエット

『やっぱ貴方には話しましたか』


コールソン

『他言する気は無い。若い世代の妨げとなろうて…。まぁ街からずっと後ろをついていったのだが…気づかぬとは修業が足りん。ルドラめ…息子2人をきつく教育しているなぁと思ったが少し抜けていたようじゃな』


リゲル

『気づかなかったぜ…』


シエラ

『凄い…』


コールソン

『まぁ長話はしたくない、オイボレといわれるでな』


クリスハート

『そんなこと…』


コールソン

『まぁ簡潔に話そう。私の我儘であればそなたら2人を手放したくはない…しかし新しき正しい道を見つけてしまった以上、引き留める事は出来ぬ…。今マグナ国の王族はゼファーが最高司令官だが今はまだ未完全。だからこそ他の半端な協会は勝手な事をすることは多い…魔法騎士会、慈善団体イーグルアイ、槍龍会、重騎兵会、ましてや総合騎士会の上層部もだ』


リゲル

『色々大変っすね』


コールソン

『協会を作りし貴族の力が年々弱くなってきているからであろう…受け継いできたのはいいがまともに組織を動かそうとせんからそうなる…わが聖騎士会がいまだに衰えぬのはフルフレア公爵様の力あっての事、おぬしらはそのような事など考えずに考え得る道を進むが良い…またチェスをしてほしいぞ息子らよ』


クワイエット

『そのうち顔を見せます、カイさんに怒られそうですが』


コールソン

『その時はワシは説法してやるわ…あとは街で聖騎士が迷惑をかけたな?十分にワシがボコボコにしておいたから気にするな。お前らは真っ当な理由が無ければ手を出さぬことは知っている』


リゲル

『わかってくれてて助かります』


コールソン

『ふむ…さぁ行け、帝龍は火口付近を根城にしている…。ランクSの龍の中の龍、神の導きを息子らにあらんことを』


クリジェスタとエーデルハイドは急ぎ足で山道を登り始めた

コールソンはその後ろ姿を見て、呟くように囁く


『ルドラ、お前の息子2人は良く育っている…クワイエットもお前を父と見ているだろう。』


シエラ

(少し長かった…)








山を登りきるにはかなりの時間を要する

その前に魔物が至る所におり、避けて通るのは困難

彼らは潜んで進むことよりも堂々と通りやすい山道を通って進むしかないと判断し、辺りを警戒しながら進む


気配感知には既に魔物が沢山感知しており、その中でもこちらに気づいた魔物だけを狙って進む手段だ


リゲル

『右の崖から何かがくる』


草が生い茂る登るには難しい急斜面

そこから何かが来ていると彼は告げる

クリスハートとシエラは恐る恐る顔を覗かせてみると、そこにはブラック・クズリが崖をよじ登ってきていたのだ


体力の消耗を避けるため、リゲルはクリスハートを横にどけると腰に装着したナイフを投げてブラック・クズリの額に突き刺した

鳴き声を上げ、ゴロゴロと崖を転がる様子を伺うと彼らは道に戻る


リゲル

『1つ銅貨5枚だぜ?』


クリスハート

『高いナイフですね』


リゲル

『お前にゃカランビット戦術教え過ぎたが…投げナイフも教えないとな』


アネット

『私もクワイエット君に教わって2本あるよ』


ルーミア

『私もっ』


クリスハート以外クワイエットに投げナイフ術を教わっていた

これにはリゲルも苦笑いを顔に浮かべるが、クリスハートも皆が覚えているとなると少し覚えたくなる


リゲルは彼女の視線に気づくと『帰ったら教えてやる』と告げて歩き出す


クワイエット

『エルベルト山にはBが閻魔蠍とかワンバーンがいるけど虫はまだ本調子じゃないから現れないかな…。ワイバーンは見たことあると思うけど』


シエラ

『私達、死にかけた』


リゲル

『だがあん時は特殊個体だ、普通の個体ならお前らでも落ち着いて対処すれば問題なくいける』


アネット

『そういわれるとホッとするね』


ルーミア

『確かに』


クワイエット

『後方、なんかいるね』


シエラ

『感じる、4体…』


リゲルは舌打ちをして後ろに顔を向けるが、前からの2体

クワイエットは『後ろお願い』と言って前に意識を向けた


クリスハートは何が来るのだろうと身構えていると、珍しい魔物が現れる


『グーマー!』


『グーマー!』


クマ・グルーミーという全長2メートル半のパペット種の魔物が2体

見た目は熊のぬいぐるみだが、熊よりも速度がある

しかし耐久力は無い


そしてガウ・グルーミーという全長2メートルのパペット種が3体

グランドパンサーをぬいぐるみと化した姿に近い


ランクCの魔物であり、それは彼らを見ると素早く駆け出してくる


クリスハート

『1人1体!』


リゲル

『危ねぇ穴は埋める!』


それに士気が上がる女性陣

シエラは跳びかかるガウ・グルーミーにファイアーボールで燃やし、暴れた所を弱点である赤い宝石に向けてナイフを投げて砕く

ルーミアはクマ・グルーミの突きだす爪の右ストレートを難なく避けると懐に飛び込み、胸部から顔を出す赤い宝石ごといっきに斬り刻む


クリスハートとアネットは攻撃を避けてからカウンターで胸部から顔を出す宝石を剣で砕き、素早く首を刎ね飛ばした


クワイエット

『流石だね』


彼はそう言いながらも足元でピクピクしているグランドパンサー2頭にトドメと言わんばかりに剣を突き刺す


アネット

(倒すの速いねぇ)


リゲル

『おい、ガウ・グルーミー1体の魔石が光ってるぞ』


スキルはスピード強化

皆は3以上になっているが、ここは双剣を活かすためにルーミアに渡す事にした

彼女はニコニコしながら魔石を掴んでスキルを吸収するが、いつもと感覚が違った

幻界の森では異常なまでのドロップ率、それに加えるとリュウグウとティアの運スキルの恩恵もあってかなりドロップしていたのだ


しかし彼らがいるのは本当の環境

平均1%の確率でのドロップの世界なのだ


ルーミア

『感覚鈍るわぁ…』


クリスハート

『でもこれでスピードは5ですよね』


ルーミア

『ばっちし!』


リゲル

『まぁ感覚狂うのは無理はねぇ。でもわかってるのは俺達ぁ森の中で確実に強くなれたことだ』


地獄の様な毎日、強すぎる魔物、そして貴重なスキルのドロップ

強くない筈がないのだ

帰還者に許される特権ともいえよう


朝日が昇り始めると、彼らは一度足を止めて登る太陽を眺める

彼女達は初めて朝日が顔を出す瞬間を見たということで感動しているが、リゲルとクワイエットは何度も見ていたので感動はない


しかし、無粋な事は言えばバッシングされるだろうとわかっているから言わない


クリスハート

『綺麗ですね』


アネット

『君が綺麗さ…ルシエラ』


リゲル

『お前俺の真横で何やってんだ?』


アネット

『あいでででで』


彼女は頬を軽くつねられた

皆はそれを見て笑うと、歩き始める

坂ばかりであり、休憩を何度も挟んで進まなければ体力が持たないため

クワイエットは10分に3分の休憩を挟んで進むことを皆に告げる


だが山道が慣れないせいか、シエラは半分も満たない地点で息を切らしそうになってしまう

流石にこれは不味いを思ったのか、リゲルとクワイエットは滝の音が聞こえると道を外れて川がある場所で休む事にしたのだ


クワイエット

『ごめんね、僕らは慣れてるから平気だけど…山を登るってそういえば簡単じゃなかった』


ルーミア

『なんだかんだ私も太腿きてた』


クリスハート

『私もですね』


リゲル

『綺麗な道じゃねぇからな。普段歩くより足を上げなきゃいけないから仕方がねぇ…』


クワイエット

『10分休んだら歩く速度を落として進むよ。シエラちゃん大丈夫?』


シエラ

『ごめん、足短くて』


クワイエット

『大丈夫大丈夫!ここまでくればあとは時間に追われることは無いからさ』


リゲル

『休んどけロリ女、お前の魔法は残してないと後々辛いんだ』


シエラ

『わかった』


彼女達は水分補給すると、川の水で顔を洗って熱を冷ます

ふとそんな彼女たちの近くにリゲルが来ると、しゃがみ込んで静かにさせた


羽ばたく音が上から聞こえ、恐る恐る皆が見上げるとキラービーという低ランクの蜂の魔物が10匹以上も飛んでいたのだ

これには彼らも面倒な魔物もいると気づく


クリスハート

『女帝蜂がいるんですね』


リゲル

『本体はBランクの癖にC並みに弱いけど兵隊が多すぎるんだよあの雑魚』


アネット

『周りを倒すまでが苦労よねぇ』


ルーミア

『出会いたくないね…どうするよクワイエット君、空飛んでちゃ不味くない?』


クワイエット

『それでも進む、変な道を通ればその分体力が減る…ある程度空を気にしながら行くしかない』


クリスハート

『余計に疲れるよりはいいと思います』


シエラ

『わかった』


クワイエット

『あと3分、息整えといて』


彼女達が休んでいる間、クワイエットが辺りを警戒する

その様子を彼女達は川辺で眺めながら手を川につけて話し始める


アネット

『格好いいねぇクワイエット君』


クリスハート

『あまり見ないリーダー振りは見てて慣れないですね』


リゲル

『あいつはこういうのは秀でてる。だからあいつを慕ってた野郎は安心して命預けてたんだ』


シエラ

『意外…、本当に』


リゲル

『命かかってるときはあいつは誰よりも真剣になれる、信じてそんはない』


彼もクワイエットに太鼓判を押す

するとクリスハートはリゲルに口を開いたのだ


『リゲルさんも面倒見が良いですよね』


『う…うるせぇ』


彼は少し照れた

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