第229話 8 集落跡地
防壁の扉の前には警備兵が二人立ちはだかる
リゲルを先頭に歩いていくと、彼は直ぐに止められてしまう
『冒険者か、ここはお前らのカリの場には指定されてないぞ』
黒豹人族の集落跡地に近い入り口の為、夜は制限されているのだ
それを知っていて彼は来た
リゲルは懐から取り出したのは金貨10枚
それを目の前の警備兵に渡すと彼らは目を開いて驚き出す
リゲル
『頼むよ、ゾンビマジック狩りしたいんだ…帰りはちゃんと制限無い時間に通るからさ』
警備兵A
『悪いが頼み込む冒険者は初めてではないぞ』
リゲル
『賄賂をそれなりに渡す冒険者は初めてだろ?』
男は険しい顔つきでリゲルを見つめると、もう一人の警備兵に視線を向けた
警備兵B
『ど…どうする?金貨5枚ずつだぞ』
エーデルハイドたちは無意識に体が力む
ここが突破出来なければ全てが終わり。
だからといって別の入り口は遠すぎて体力の温存が出来ないのだ
リゲル
『この時間帯なら他の冒険者とダブルブッキングしなくて済むんだ。頼むぜ警備兵さんよ』
警備兵A
『20だ』
リゲル
『おる』
警備兵A
『合計金貨20で見なかったことにしてやる』
リゲル
『頭が柔らかい人って好きだぜ、ほらよ』
成功だ
これにはエーデルハイドはホッと胸を撫で下ろす
森の中に入ると、ルーミアは森を警戒しながらリゲルに話し掛けた
『いける自信あったの?』
『警備兵の夜勤は収入と見合わねぇのは調査済みだ。王都に近いほど金で解決するのさ』
『流石都会育ち』
『問題はここじゃねぇぞ?跡地抜けてからだ』
跡地迄に辿り着くのは深夜3時前
ギリギリでの到着になる
魔物の気配を辿り、避けるように進んでいくがエーデルハイドは得意ではない
不器用ながらも彼らの後を追い、息を潜めて進むとクワイエットが腕を横に伸ばして皆を止めた
『しゃがんで』
小声で放つ強い意思の言葉
全員がしゃがみ込むと、まだ寝ていないゴブリンが茂みの向こうを静かに歩いていた
飯にありつけてないから起きているのだろうと考えたクワイエットは静かに腰に装着したナイフを抜き、バレたときに直ぐに仕留めるように構える
『ギャギャ』
うな垂れて歩く様子にクリスハートは何かを口にしようかとするが、リゲルが彼女の口に手を伸ばして止める
そのままゴブリンが通り過ぎていくとクワイエットは立ち上がり、一息ついた
クワイエット
『何か食べないと寝れないんだね』
リゲル
『んだな。ルシエラどうした』
クリスハート
『あ…いや、すいません。ただなんで起きているのかなと』
彼女は僅かに顔を隠して答える
リゲルはその様子に首を傾げるがアネット達は苦笑いを顔に浮かべた
夜行性の魔物との遭遇が一番質が悪い、リゲルはそう話した
ブラック・クズリなどはルーミアが手に入れたステルススキルが無い限り隠れてもバレてしまう
この森にはブラック・クズリが夜に現れる事が多いのだ
クワイエット
『僕ら2人は人の気配を探るからエーデルハイドは魔物の気配に意識を集中して。集落跡地に近づけば森の中にも見張りが巡回しているからさ』
シエラ
『わかった』
クワイエット
『30分刻みに小休憩5分挟むよ。何か少しでも可笑しい事があれば伝えて』
実戦でのリーダーはクワイエットが相応しい
だからこそリゲルはあまり告げ口をしない
1番隊の副隊長であることがその証明でもある
筋力や統率力はクワイエット
戦いの技術とスピードはリゲル
2人はいたからこそ1番隊は飛躍的に強かった
それに加えてルドラというリゲルの父は総合的に強かったため、当時の1番隊は歴代でも上位に君臨すると聖騎士協会本部からも太鼓判を押されたほどだ
真剣な顔で皆を先導するクワイエットをジッと眺めるシエラにアネットとルーミアはニヤニヤしながら進む
森を奥まで進み、灯りが見え始める
皆はそれが黒豹人族の集落跡地だとわかると、更に息を潜めて進む
クワイエット
『集落跡地の周辺300メートルの森の中に見張りが松明持って練り歩いている筈さ。総合騎士なら問題ないけど聖騎士ならば耳が利く』
シエラ
『そのまま進んでいい?』
クワイエット
『ついてきて』
皆は彼の後に進み、集落跡地が目と鼻の先となる
森の茂みから僅かに顔を出し、防壁上から松明に灯りで森を見下ろしたり防壁上で歩く姿が見える
集落にしてはかなり広く。全貌は彼らの視界からは見えない
クリスハート
『大きいですね。これがロイヤルフラッシュ聖騎士長の故郷』
クワイエット
『戦争に巻き込まれた可哀そうな集落だよ、集落にスパイがいたって言われてたけども…それにしては集落に住む黒豹人族にデメリットが大きすぎるんだよね』
クリスハート
『危険すぎますからね。』
クワイエット
『その話は今はやめとこうか。もっと森の奥から進んでいくよ…今は3時前、今しかない』
リゲル
『急ぐか、きっと3時の見張りが薄くなるのは聖騎士が外れる時間帯だからだ…総合騎士は雑魚ばっかだからこのまま突っ切れる』
アネット
『じゃあ行こう』
こうして全員が急がずに静か防壁上から見えない場所を歩いて進む
地面に落ちている枝木を踏まぬようにクワイエットが小声で警告し、誰もが地面を注意する
するとクワイエットは何かの気配を素早く察知し、木影に隠れると他の者が茂みに隠れる
彼らは思わぬ者とそこで遭遇したのだ
松明の灯りがちらつき、それが彼らのもとに近づく
バレていない筈だと思っていたリゲルとクワイエットは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる
総合騎士ではない事は明らか、真っすぐとこちらに来るということはあちらもそれなりに気配を感じたからだ
エーデルハイドは心臓の鼓動が早くなっていくと、聞こえた声に少し冷静になってしまう
ドミニク
『何かの気配がしたのですが…』
カイ
『ふむ、魔物ではないのは確かだ』
リゲル
(冗談きついぜ)
クワイエット
(やっば!)
勘が鋭い男、聖騎士1番隊の隊長に就任したカイ、そして1番隊に新しく昇任したドミニクだ
そしてすぐ後ろにはアメリーというドミニク同様に幻界の森に入る前に1番隊に昇任した新人の若い女性
カイは人の気配を感じるという点においてはリゲルとクワイエットより劣るが
無駄に勘が働く40代の男、その勘は意外と当たる事でリゲルとクワイエットは案外評価している
こんな時にそんな勘を働かすなと思いながらも息を潜めるが
カイは辺りを見回すとクリスハートとシエラが隠れている茂みに歩いていく
総合騎士
『何かあったのですか』
最悪な状況だった
3人だけじゃない、マグナ国総合騎士会の騎士が5人同行していたからだ
クリスハートとシエラは体を強張らせ、バレない様に神に祈り始める
しかし彼女達が知る神は2人しかいない
戦神テラ・トーヴァと死神デミトリ
この時2人は何故かデミトリに向かって祈ってしまう
クワイエットは木の影から顔を僅かに覗かせ、額から汗を流しつつ緊張した面持ちを見せた
ここでバレては全てが水の泡
総合騎士から逃げられても元同僚である聖騎士1番隊からはエーデルハイドは逃げられない
足だけは速いからだ、そして体力も無駄にある
リゲル
(くそがっ!)
彼は剣に手を伸ばす
しかしクワイエットは視線だけでそれは駄目だと合図を見せた
アメリー
『魔物はそれなりに相当した筈ですが』
カイ
『たまに見学気分で冒険者が来る事は今月3件もあったんだ。ちょっとしたことは調べて損はない』
彼はそう言いながら茂みをかき分けてしまう
クリスハートとシエラが目を見開いて驚く顔と、キョトンとしたカイの顔が交差する
生きた心地を感じない女性2人は肩に力を入れたまま、何故かクワイエットに視線を向けてしまった
しかしそれが幸いすることとなったのだ
カイ
『…』
彼も視線を変えると、木の影から僅かに顔を出すクワイエット、そして木の上にはリゲル
なんともいえないカイの顔はどう審判されるのか
答えは直ぐに出た
『…異常なし』
これにはリゲルとクワイエットが驚愕を顔に浮かべた
真面目過ぎる男が見逃すとは到底思えなかったからだ
何事にも命令に忠実、ならば立ち入り禁止区域である集落跡地で発見した冒険者は即刻牢獄
カイは見逃したのだ
彼は茂みから背を向けると、部下たちのもとに戻っていく
カイ
『異常なし』
アメリー
『では警備を続けますか』
カイ
『そうだな。今日はエルベルト山手前の見張り塔は誰だ?』
ドミニク
『え?忘れたんですか?バッハさんとバルエル、あとはトーマスさんと総合騎士5人といる筈です』
カイ
『そうか。総合騎士に休憩を取らせよ。1時間はあの3人で十分だ…今日は何も起きぬ』
総合騎士
『よろしいのでしょうかカイ殿』
カイ
『ここさえ守れば問題ない、馬鹿がロッククライミングでもしてみろ…落ちて死ぬだけだ。』
彼は仲間内でそう話しながら防壁の方へと部下を連れて歩いていく
完全に松明の灯りが見えなくなると、リゲルは木から降りてクリスハートとシエラのもとに向かう
2人は未だに固まっており、目だけしか動かない
アネット
『死ぬかと思ったわ』
シエラ
『あ…死んだ』
クリスハート
『生きてる…カイさん』
クワイエット
『あの超まじめで忠実なカイさんが』
リゲル
『わけわかんねぇ、まぁ見逃してくれたのはわかる…ジキットめ。何かしやがったか』
彼は笑みを浮かべながらクリスハートの腕を掴んで立ち上がらせる
それで彼女は緊張がほぐれ、少し顔を赤くする
クリスハート
『あ…』
リゲル
『いえ…なんでも』
彼に背を向けるクリスハートの顔は僅かに赤い
やはり避けられているのだろうと思ったリゲルは溜息を漏らすと、頭を掻きながら話したのだ
『村の件だろ?悪かったよ…度が過ぎた、嫌だったなら謝るよ』
『嫌だなんてそんな!』
シエラ
『声!』
クリスハートの声は大きかった、そしてシエラも大きい
そこで彼らは後ろから声をかけられてしまう
リゲルとクワイエットでも気配を探れない、先ほどの聖騎士よりも厄介な者にだ
ロイヤルフラッシュ聖騎士長
『少しは声のトーンを落とせ馬鹿が』
リゲル
『ロイヤルフラッシュさん』
ロイヤルフラッシュ聖騎士長
『来ることはわかっていた。幻界の森で共にお前の道を聞いたからな…』
クワイエット
『だからカイさんは…』
ロイヤルフラッシュ聖騎士長
『あいつにはそれなりに工面してやれとしか言ってない。まぁ礼でも後で言っておけ…もうすぐで総合騎士が200人増える。その前に抜けねば面倒ぞ』
彼は進む道に指をさし、導く
全員は感謝を告げ、急ぎ足で指し示す方向に歩を進める
クワイエットを先頭にエーデルハイドが進み、後方はリゲルとクリスハート
2人は煮え切らないような雰囲気を出しているが、話しかける様子もない
その様子をアネット等は心配そうにチラチラと見るが、リゲルが居ても立っても居られずにクリスハートに声をかけた
『なんで避けてんだお前』
『それは…その』
『やっぱ抱いたのが駄目か』
『いえ、嫌とかじゃないんです。ただ』
『ただ?』
『その…』
言葉に出来ない彼女に痺れを切らすルーミアは振り返り、後ろ歩きで彼らに話した
ルーミア
『クリスハートちゃんは恋してるから戸惑ってるの』
リゲル
『恋?』
クリスハートは赤くなる
だがリゲルは何故か首を傾げるだけにルーミアは釈然としない
ルーミア
『リゲル君、なんでクリスハートちゃん抱きしめたん?』
リゲル
『いや、父さんが気になる女がいた時は抱き寄せてみろ、腰ではなく自分の胸に頭を抱き寄せれば相手の感情がわかる、多分!て…』
シエラ
(勢いじゃん)
アネット
(全力投球過ぎでしょ)
ルーミア
(間違ってないけど、でも間違ってる?)
クワイエット
(ルドラさん…置き土産最悪だよぉ…)
みんなが遠い目でリゲルを見る
そんな目で見られているリゲルは狼狽えると、さらに口を開き始めた
リゲル
『待て…なんでみんなそんな目で見る?気になってるからそうしただけだろ』
シエラ
『リゲル君、好きってわかる?』
リゲル
『お母さん』
クワイエット
『ちょっと待ってリゲル、それは可笑しい』
彼は足を止めるほどに引き攣った笑みを見せた
好きはお母さん、流石に顔を赤くしていたクリスハートでさえ我に返って真顔になる
クリスハート
『おか…おかあ…さん?』
誰もが異常事態だと感じ、足を止めている
急がないといけない状況なのに、それ以上に危険な事を知ってしまったからだ
クリスハートがお母さんになってしまうからだ
一周まわってそれも良いかもしれないとアネットは一瞬考えたが
やっぱり駄目だ
彼の思想を変えないと駄目だ
クワイエットは皆を歩かせながらリゲルに尋問を始めた
クワイエット
『リゲル、好きっていうのは手を繋ぎたいとか抱きしめたいとかブチュブチュしたいとかエッチな事したいとかだよ』
リゲル
『ああなるほどな、母さんはそういう意味で言ってたのか』
クワイエット
『え?お母さんなんて?』
リゲル
『そこまで馬鹿じゃねぇよ…好きっていうのはお母さんみたいなことを言うのよって言われたが意味がようやくわかったが、感情的な意味か…母さんも変に伝えやがって…』
アネット
『マシになったかな…』
クリスハート
『ぷ…くふふ』
リゲル
『笑ったな?』
彼は吹き出したクリスハートを追いかけ始めた
もう大丈夫そうだと安堵を浮かべるクワイエットは再び仕切り直して皆を誘導する
クリスハート
(本当に不器用、言葉にするってのが今までなかったからかな)
彼女はホッとし、隣を歩く彼を意識し始める
あれからどう接していいかわからなかっただけ
されたことに嫌悪感は無く、居心地がよかった
戸惑っていただけだ
彼女の中で彼に対する感情が整理され始めると、彼の見方が変わる
リゲル
『疲れてないか?』
クリスハート
『大丈夫です。』
アネット
(もう少し)
ルーミア
(あとちょいか…)
シエラ
(クワイエット君、ブチュブチュって…)
シエラは顔を赤くし、歩き出す
途中でマグナ国総合騎士の小隊と出くわすが、聖騎士がいなければ彼らに問題は無かった
上手くやり過ごし、そして遠くに行ったと思ったら素早く離れる
それの繰り返しで彼らは集落跡地を抜け出し、エルベルト山手前の見張り塔前に辿り着いた
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