第219話 ぶらっくめがね 5 腐っても獅子

リゲルとクワイエットは駆け出すと、前方で待ち構えていたヴィンメイが口から毒液を散弾のように吐き出すと左右に跳んで避けた


クワイエット

(口くっさそ)


地面に触れた毒液はブクブクと音をたてて周りを腐らせる

決して触れてはならないそれを2人は酷く警戒した

何故ならばスキル系統じゃなければ予備道を最小限に抑えて吐き出す事が出来るからだ

魔力が流れる様子もわからなければ反応が送れるためである


リゲル

『ちっ!』


彼の目の前には悪魔化したヴィンメイ

たった1歩で彼はリゲルの目の前まで来たのだ

右腕を掲げ、リゲルを押しつぶさんと振り下ろす


『シネェ!』


『っ!』


ヴィンメイの叩きつけをリゲルは間一髪で逃れる

地面は僅かに割れ、大きな轟音が鳴り響く


『俺は主人じゃねぇぞワンメイ、ドッグフード貰えるとでも思ったのかよ』


『キィィィィサマァァァァァ!』


怒りを顔に浮かべ、鬼すら超える鬼以上の顔

ヴィンメイはその場で強い足踏みをして怒りを体でも見せつけた


クワイエット

(これって実際…)


彼は考えた、予想としての話だ

ヴィンメイを倒した時と今は状況が異なる

遊ぶようにして相手をしていたからこそ、本気を出す前にある程度のダメージを与えて勝つことが出来た

本気を出した時には既にヴィンメイは大きなダメージを体に受けており、本調子と言えなかったのだ


リゲル

(最初から本気だとしたら…不味いか)


彼もまた、クワイエットと同じことを考える

悪魔化してヴィンメイの力は落ちたのか?それとも上がったのか?

初手ではまだ武器を扱うヴィンメイの方が上手だと感じたリゲルは落ちているだろうと推測

しかしそうだとしても最初から本気、そして怒りモードでのヴィンメイはかなり質が悪い


力だけが取り柄の化け物が最強の暴れん坊と化すのは深刻な状況なのである


(シネ!)


リゲル

『なっ!?』


右前足を前に振るだけで3つの斬撃がもの凄い速さでリゲルに飛ぶ

彼は横に跳んで避けると、その攻撃で木々が容易く細切れになるのを捉える

当たれば即死、しかしヴィンメイの攻撃はどれも即死に近い


リゲルに勢いよく飛び掛かるヴィンメイは彼が避けると下半身を振り、着地の瞬間に尻尾で叩こうとする

だがリゲルは着地と同時に倒れ込むようにして両膝をつき、上体を降ろして避けると直ぐに立ち上がって跳びにいた


『カッ!』


『俺狙いかよ』


リゲルばかりを執拗に狙うヴィンメイ

口から先ほど同様に毒液を散弾のように放ち、彼を溶かそうとするがリゲルは大きく剣を振って自分に当たる毒液だけを吹き飛ばす


クワイエット

『余所見ね』


その間、無視されてるとわかったクワイエットはヴィンメイの右前足の付け根に剣を突き刺す

苦痛を声に乗せたヴィンメイは直ぐに暴れたため、クワイエットは押し込むことなく直ぐに抜いて飛び退く


右前足の付け根からは黒い血がドクドクと流れ、それは周りに悪臭を漂わせる


『骨ノ髄マデ、シャブリツクシテヤル!』


リゲル

『悪魔になってまで蘇ったのかよお前』


『オレハ、シメスノダ!』


クワイエット

『何を?』


『ミンナコロス』


会話になっていないような錯覚を2人は起こした

感情的過ぎて話すだけ無駄、そう思った瞬間にヴィンメイは両前足で地面を強く踏みつけて衝撃波を発生させた


音速と同じ速度で放たれたそれはリゲルとクワイエットが避けようと身を屈めたが、間に合わない

一気に後方に吹き飛んだ2人は地面を転がり、膝をついて起き上がると前から灰色の大きな光線が迫る


リゲル

『やば!』


クワイエット

『ちょっ!』


2人は顔に焦りを浮かべ、倒れ込むようにして横に避ける

ヴィンメイが口から放つそれは軌道上の全ての木々を粉々にし、塵となる

超振動が圧縮された光線、それは触れた物質を粉々に粉砕する力を持つ

近くで回避した2人は酷い耳鳴りを感じ、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた


『クッテヤル!』


ヴィンメイは2人に襲い掛かる

巨大な爪が振られると、リゲルとクワイエットは出来るだけ避けるように動く

全ての攻撃が大振りの為にその後の隙を利用して前足を斬ったりすれ違いながら体に攻撃したりするが

ヴィンメイは斬られたことに対してまったくの抵抗を見せない


(マジかよ!)


これにはリゲルは驚く

生物は攻撃を受けるとある程度の狼狽えを見せる

それは痛みを感じるからこそ体が無意識に防衛本能を見せる事で起きる行動

クワイエットが右前足の付け根を突き刺した時には狼狽えた、しかしそれは刺された事によってヴィンメイは嫌がっただけだったのだ


クワイエット

(痛覚ないの!?)


『フキトベ!』


クワイエットに尻尾が襲い掛かる

彼は思った、跳躍して避ければ追い打ちをしてくるだろう…と

だが彼は跳んだ、そして左手をヴィンメイに向けた


『バカメ!』


予想通り、クワイエットに左前足の巨大な牙が伸びる

しかし彼は赤い魔法陣を出現させると、静かに口を開く


『エナジー・フレア』


ヴィンメイはその魔法スキルの名に伸ばして爪を止める

それは魔法スキルがどんなものなのかを理解していたからだろう

赤い魔法陣から小石程度の炎弾が放たれるとヴィンメイは回転しながら宙を舞って避けた

2人に驚く暇などない


『シャァァァァァ!』


落下しながら怪我を負う右前足をクワイエットに振り下ろすヴィンメイ

しかし寸前でクワイエットが目の前から消えて目を見開いた


『ヌッ!?』


クワイエット

『よっと!』


リゲル

『おらぁ!』


2人はカウンターの如く、ヴィンメイの口に外側を斬り裂いて背後に跳んだ

大きく裂けた口からは黒い血が流れ、地面を叩いた衝撃で右前足の付け根からは血が僅かに引き出す


リゲル

『あんときの俺らならヤバかったが…』


『ヌゥゥゥゥ…』


クワイエット

『今ならいけそうだねぇ』


『ナメルナ!ワレにはキリフダ、アル!』


不気味に笑う変わり果てた姿のヴィンメイに2人は険しい表情を見せる

考えていることは同じだ、まだノヴァツァエラが撃てるとしたら非常に不味いからだ

それは視界に映る全ての物質を大爆発と衝撃波で吹き飛ばす超広範囲爆発スキル


回避方法はない、出来るだけ飛び退きながら武器に魔力を流し込んでガードするしかないのだ

その方法を取ったとしてもダメージは良くて半減

やられたらそこで勝敗が決しても可笑しくはない技である


それが来ると2人は感じ、阻止せんと飛び込もうと考えた

だがヴィンメイの切り札は違った


『アラタナチカラ!ミセテヤル!』


ヴィンメイは呻き声を上げ始めると、体中がボキボキと骨が折れる音を響かせる

彼の体内では何かがうごめき、そして上体を上げると人間のように立ち上がった


リゲル

(骨格変化かよ!?)


体内で骨を移動させ、二足歩行できるように構造を変えているのだ

数万年かけて起きる現象をヴィンメイは彼らの目の前でやり始める

これには隙だとしても口を半開きで見ているしかなかった


『グヌォォォォォ…』


痛々しい音を出し、最後に彼は首を回しながら外れた両肩をはめ直す

以前として頭部は大きく裂け、全てが口

胴体からは鋭い目が多数浮き出し、2人を睨みつける


クワイエット

(もう獅子じゃない、悪魔だね)


『リヨウサレタ?チガウ!リヨウスル!時期ニ、ヴィドッグ、クイコロス!』


リゲル

『冥途の土産に教えてくれよ、ヴィドッグってなんだ?』


『悪魔ノ椅子、衆合(シュウゴウ)ノ者、彷徨エル我ヲミツケタ』


クワイエット

『喋るねぇ…』


リゲル

『それはここにいるのか』


『森、見テル…黒キ者ノ称号ニ恨ミヲ晴ラス為、我ニハ関係ナイ!』


彼は強い唸り声を上げる

開いた両手に力を入れると、ヴィンメイの周りに押している小石や砂が僅かに浮き始めた

体から青紫色の魔力を漂わせ、胴体の目が全て2人に向けられる


『力ノ差、ミセツケヨウ』


そのまま彼は背中から勢いよく2本の黒い翼が飛び出す

2人は驚き、僅かに後退るとヴィンメイはほくそ笑む

翼を大きく広げ、姿勢を低くして口から毒性のヨダレをボタボタ地面に落とす光景には以前のヴィンメイの姿はない


完全なる悪魔と化していた


リゲル

『お前…』


『覚エテイル!今度コソ貴様ヲ親ノ元ヘ送ッテヤル!』


大きく咆哮を上げたヴィンメイは両手を広げる

地震が起き、クワイエットは足元を取られそうになるがリゲルはならなかった


『リゲル…?』


リゲルははあまり人には見せない凍てついた表情を浮かべ、静かに深呼吸をしながら右手首を使って剣を縦に回す


生物は怒ると異常な力を発揮する

それはヴィンメイを見れば明らかだ

しかし彼はリゲルまでも怒らせてしまったのだ


怒りは力を与え、冷静さを欠く

だがヴィンメイと違ってリゲルは非常に落ち着いていた


リゲル

『神様に感謝だな』


小さく囁く声はヴィンメイの耳に届く

『何ガ感謝シ…』


最後まで話す前にリゲルは一直線にヴィンメイに飛び込んだ

それに続いてクワイエットもだ


『馬鹿メ!』


2人は左右に避ける

すると直ぐにヴィンメイはリゲルに標的を絞り、彼に腕を向ける

なんと腕は伸び始め、それはリゲルに襲い掛かる


一瞬リゲルは驚くが、直ぐに凍てついた顔に戻ると足を止める

目の前をヴィンメイの腕が通るが、彼は腕には目もくれずに本体に向かって駆け出す


『デットエンド』


『っ!』


一瞬の余所見、その隙にクワイエットがヴィンメイに向かって飛び込んだ

ヴィンメイが振り返った時には既に赤い魔力を帯びたクワイエットの剣は大きく振りぬかれ、ヴィンメイの大きく裂けた口を深くまで斬り裂く


『ヌッ!』


やはり痛覚はない、クワイエットは瞬時に予想が確証へと変わると、振り下ろされるヴィンメイの左腕をインベクトという相手の攻撃の威力を大きく低下させる技を発動させる

それでもヴィンメイの攻撃は止まらず、クワイエットはそのまま地面に叩き落とされた


『ヌァ!』


直ぐにリゲルが来ると悟るヴィンメイは伸ばした右腕を戻しながら飛び込んできたリゲルが降る剣を左腕の爪でガードする

金属音が響き渡り、一瞬火花が散るとヴィンメイは大声を上げてリゲルを吹き飛ばす


地面を転がる目標物に向かってヴィンメイは流血する口から無数の牙を撃つようにして飛ばす

リゲルは舌打ちをし、あえて止まらずに転がる勢いでそれを回避


『フン!』


足元で転がるクワイエットを顔を向けずに踏み潰そうとするが、クワイエットは『やば』と小さく囁きながら痛み体を転がして潰されずに済んだ

しかし地面を強く踏んだ力で衝撃波が発生すると、クワイエットは抵抗も出来るに吹き飛ぶ


途端に殺気を感じたヴィンメイは後ろに飛び退き、リゲルの放つ両断一文字という頑丈な物質をも斬ることが出来る斬撃スキルを避けた


『エナジーフレア!』


起き上がっていたクワイエットが放つ炎系魔法

炎弾はヴィンメイが体を大きく反らして避けたため、不発に終わる

どうみても重心が傾き過ぎており、転倒しても可笑しくはない態勢なのにヴィンメイはそのままゆっくりと上体を戻す


傷つき過ぎた口を3本の舌で嘗めまわし、唸り声を上げながら2人を視界に捉えたヴィンメイ

翼を大きく広げ、長い尻尾で地面を何度も叩いているとクワイエットが脇腹を抑えて口を開いた


『うん、前より弱くなった』


『ナニィ!』


また沸点を超えたヴィンメイは口から毒液を散弾のように放つが、クワイエットは回転しながら剣を振って剣圧だけで自身に命中するであろう毒液だけを吹き飛ばした

怪我を負っているにもかかわらず、攻撃をしのいだ事で僅かに理性を取り戻したヴィンメイは『何故思ウ?』と告げる


そこでクワイエットが話したのだ

あんたは以前のスキルを使えない、それに僕たちの事が大嫌いなだけで知ろうとしていないから弱いと


ヴィンメイは自身の道の邪魔を彼らがした、そして一度殺した

だから嫌いという感情がある


それが駄目だとクワイエットは強く念じた

嫌いな敵だからこそ、熟知せねばならない情報は沢山ある

奴はそれを怠っていたのだ


『クハハハ!』


ヴィンメイは足元に迫るリゲルを右爪で引き裂かんと大きく振る

しかしリゲルは足元を抜けて右太腿を剣で深く斬り裂くが尻尾の攻撃を避けた後すぐに両腕を大きく振り回す攻撃を直撃してしまう


リゲル

(ぐっ!!)


右腕でガードはしていたが、圧倒的なパワーの前では無力だ

骨が激しく折れる音が鳴り、苦痛を浮かべた彼はそのまま遥か後方の木まで吹き飛び、背中をぶつけて地面に倒れる


ようやく、そう感じたヴィンメイは気持ちいい気分を感じて動きを止めた

それが仇となり、視界から外していたクワイエットのデットエンドで右足首を両断されて膝をついた


『グッ…!』


『うわっ!』


斬って直ぐに逃げ出したクワイエットだったが、ヴィンメイの右手の指全てを異常なまでに伸びてくると驚きながら貫こうとする指を2本斬り飛ばし、残りを全てギリギリで避けてから飛び退いて1本を斬り飛ばす


苛立ちを見せるヴィンメイだが、リゲルが立ち上がったのを見て彼に体を向ける


『ドウダ?王ノ力ノ威力』


『変わらん…な、お前はよぉ』


『マダ立ツ?カナリノ直撃、可笑シイ』


『悪いが俺達は馬鹿見てぇな所行って…お前が小さい奴だって気づいたのよ』


『我ニ対抗デキルパワーナド無イ、時期、悪魔モ我ガ統ベルダロウ』


『ケッ…お山の大将まんまの…セリフだぜ』


『イマイマシイ、ダガ親会エル、嬉シイダロ、母ノヨウニ首ヲ噛ミツクカ、父ノヨウニ踏ミ潰スカ選バセテヤル』


リゲルは目を細め、怒りを口元に浮かべたが

それでも飛び出すことは無かった

目の前には親2人を殺した張本人、怨む対象がまだ生きている

怒っていても判断を誤ってはいけない敵のため、彼は心を落ち着かせる為に逆にヴィンメイに心の底から感謝をすることにした


『……よ』


彼はゆっくり歩きながらボソボソと呟く

ヴィンメイは首を傾げながらも耳を澄ませる

殺し方はどっちか?それとも足掻き言葉でもほざいたのか知るためにだ


(足が…)


リゲルは歩きながら体の状態を調べる

右腕から激痛、確実に骨が折れていることは明らか

そして背中にも僅かな痛み、悪くてヒビ程度だろうと彼は予想した

首が回らない、動かない、むち打ちにでもなったかと鼻で笑う

右手に持っていた剣を左手に持ち替え、彼は魔力を手に流し込んだ


ヴィンメイ

(…アレカ、我、殺シタ原因、龍斬)


リゲルが狙っているのは龍斬、ヴィンメイはそう悟ると小さく笑いだす

無難である方法をとるならばそれしかないと思ったからだ

この時、ヴィンメイはあまり使いもしない頭を動かして敵の動向を探ったのだが

それは大きな間違いだった


戦いでひたすら暴れるように猛威を振るっていた化け物は頭など使わず、力だけで強さを今まで示していたのに、今あまりやりもしなかった頭を使う行為は彼のやり方とは大きく外れているのだ


(馬鹿、来イ、放ッタ瞬間、両手ノ爪デ防ゲバタエレル…ソシテ噛ミ砕ク)


待望の瞬間が来ることをヴィンメイは待ちわびた

今は自分と2人しかいない、ならば問題はない

しかも今まで傷ついた体はみるみるうちに再生し、右足さえも完全に元通りになったのだ

これにはクワイエットも驚愕を浮かべた


(うそっ!?心臓探さないとやっぱ駄目か)


するとヴィンメイの胴体の目玉は体内で移動し、クワイエットの方向に浮かび上がる

それには見られている本人もギョッとし、迂闊に前に飛び出せなくなる

リゲルも同じ状況ではあるが、彼は止まらない


『り…よ』


『何ダ?ハッキリ聞コエヌ』


途端にリゲルは一気に加速し、目をぎらつかせる

ついに来たかと内心で喜ぶヴィンメイは翼を羽ばたかせ、僅かに浮遊した

魔物相手に長期戦は人間に不利、だからこそリゲルは一気に勝負を挑んだのだ


クワイエット

(あれ…)


この時クワイエットはリゲルの放つ技が龍斬と違うと気づく

何の技スキルだろうと考えていると、ふと1つの嫌な予感が頭をよぎる

剣に魔力が流れていない


リゲルの魔力は左手に集まっているのだ

気づけばクワイエットはヴィンメイに背中を向けて大きく逃亡を開始する

これにはヴィンメイも『見捨テラレタゾ!小僧、笑エル!』と意気揚々と口を開いた



低空飛行で地面スレスレと飛んでリゲルに迫るヴィンメイは両爪を前に出し、龍斬を出させないようにする


(我ノ爪、アレニ耐エル!)


リゲルは激突する寸前で回転しながら頭上を跳びぬけ、ヴィンメイの片翼を根元から斬る

それによって地面に激突しそうになったヴィンメイだが、ギリギリで持ちこたえた

一瞬で旋回し、着地しようとするリゲルを狙おうとしたが彼の足元で何かが炸裂し、強い光が放たれた


『ヌガァ!』


ヴィンメイはわけもわからずに胴体の目を全て閉じ、飛んだまま腕を振り回す


『オノレオノレオノレ!小細工ナド!』


何が起きたのか

それはリゲルが剣を鞘に納め、懐から取り出した発光弾を投げていたのだ。

強い光を一瞬放ち、魔物の目を数秒奪う目くらまし用の道具であり、ヴィンメイはその強い光を全ての目で見てしまったのだ


小物にしてやられたと思ったヴィンメイは怒りを唸り声に乗せ、腕を振り回しながら見えない目で辺りを飛び回る

だがリゲルに当たる気配は無い、あと数秒で目が回復するという所でリゲルの声が背後から聞こえた


『ありがとうよ』


その瞬間にヴィンメイの目は治り、カッと見開くと目にも止まらぬ速さで振り返った


『っ!?!?!?!?』


リゲルは目の前で左手を上に掲げ、凍てついた目をヴィンメイに向けたまま立っていたのだ

彼の掲げた左手には輝かしい光が満ち溢れ、それは流石のヴィンメイでも何を彼が企んでいるか悟る


生き物は死ぬと、スキル付きの魔石をドロップすることがある

だが特定の種族に至っては確定ドロップする

ヴィンメイは知る、自分は奴に殺されて何かを奪われていた

何を?決まっている


生前の切り札であるノヴァツァエラをだ


『ナッ!?』


『2人分の仇が討てたぜ、ありがとうよっ!ノヴァツァエラ!』


『マッ…』


リゲルの左拳の眩い光は辺りを包み込み、それは一瞬で巨大な爆発と衝撃波で飲み込んでいく

この時、ヴィンメイはノヴァツァエラでは再生する肉体を以てしても全てが吹き飛ぶ

体が大きく破損してしまうといかに再生能力が高くても再生できないのだ


光に包まれ、爆発が迫るとヴィンメイは吹き飛びながらも体が吹き飛んでいくのを感じる


(ノヴァツァエラ…マサか、取られていたとイうのか)


薄れゆく意識の中、彼の肉体は滅び、魂は空に昇っていく





















リゲル

『くそ…腕がつかいもんにならねぇ』


彼の右腕はだらりと垂れ、力を入れると激痛が走る

他にも怪我はあるが、リゲルはホッとするとその場に倒れるかのように座り込んだ


普通に戦えば危なかったが、馬鹿で良かった…と彼は思う


軽く咳込んでから彼は辺りを見回す

森という風景が一変し、まるで隕石が衝突したかのような悲惨な光景となっている


(本当、凄ぇなこのスキル…あんとき使わなくて良かったぜ)


『おーいリゲルー!』


『大丈夫だ!ちゃんと逃げれたかぁ!』


『逃げるのは得意だよっ!ヴィンメイの残りカスは?』


『木端微塵…だな』


『そっか、立てる?』


『腕貸せ』


クワイエットが腕を伸ばすと、リゲルは彼の手を掴んで立ち上がる

このまま森を進んでもリゲルは戦力外に近い

だからこそ2人は撤退することを選び、その場で口を開く


リゲル

『いるんだろう神さんよぉ、俺達はここで終わりだ』


《お疲れさん、良かったな…2人分の仇討ち》


リゲル

『へへ、うっせぇよばぁか』


《良い返事だ。帰って休め》


リゲル

『すまねぇな…。クワイエット行くぞ撤退だ』


クワイエット

『僕もかなりダメージ凄いし、賛成だよ』


2人は横並びにその場を後にする

何度も吹き飛び、それによって外傷も多々あるために額や体の至る所から彼らは血を流す

継続した戦闘は出来るが、森の中に不明な敵がいるからこそ彼らは諦めたのだ

わからないならば、無理に進めない


今は臆病になったほうが、あとで後悔しないと自分に言い聞かせて悔しい気持ちを押し潰す


だがここはデビル・パサランが今や蔓延る森

容易く返してはくれない


森まであと少しという所で2人は呻き声を耳にし、武器を構えた

リゲルは利き手ではない左手、それに対して舌打ちをするが出会ってしまっては仕方がない


『面倒だ、クワイエットどこまでいける?』


『デビル・パサラン程度ならまだいける』


『俺もなんとかいけるが…腕以外にも骨がやられてら』


『不味いねぇ』


『やるしかねぇだろ』


『ウゥゥゥゥゥ!』


茂みから颯爽と姿を現すデビル・パサラン

その数は6体、裂けた胴体が口となり、ヨダレを垂らしながら彼らに襲いかかる


クワイエットは飛び込むデビル・パラサンの首を斬り飛ばし

側面から来るものは腰に装置していた投げナイフ2つを手に取って投げると頭部に突き刺す


『ゥゥゥゥ!』


『雑魚のくせに…』


デビル・パラサンの爪を避け、頭部に剣を突き刺したリゲルは抜いたあと直ぐに飛び込んできたデビル・パラサンから飛び退き、投げナイフを投擲して頭部に命中させて倒す。


『ウゥ!』


リゲル

(チッ!2体増えたか!)


『逃げるよリゲルゥ!』


『だな』


二人は走った

クワイエットはリゲルのスピードに合わせるが、僅かにデビル・パラサンが速い

ある程度の距離が縮むとクワイエットがエナジーフレアを放って敵を燃やして追っ手を撒こうとする

しかし、リゲルの足は徐々に遅くなる一方だった


『リゲル!』


『左足もヤバイ、ヒビだろうが捻挫もしてる』


『それでも走って!今は僕は背負えない!』


『わかってる!』


左足を引きずるようにして森の中を走るリゲルはクワイエットの肩を借りて進むことにした

デビル・パラサンは足が速い方ではない

それよりも片足に力が入らないリゲルが遅かった


(やべぇ…ひっきりなしじゃん)


止まっては倒しの繰り返し

十分な量のデビル・パラサンを倒した彼らの息は相当に上がる

ウェイザーの冒険者と合流できればと二人は願ったが、最悪なことにその者たちは別の場所で戦っているから出会えない事を二人は知らない


しかし、思わぬ奇跡が彼らを救う


アカツキ

『いたぞ!』


イディオットが彼らの前に現れる

それはテラが念術を使ってアカツキ達を誘導し、ここに連れてきたのだ


リゲル

『今は礼を言う!悪いが後ろの馬鹿たれ倒せ!』


ティアマト

『結構な怪我だなぁ!おらぁ!』


アカツキ達は駆け出し、リゲルとクワイエットに襲いかかるデビル・パラサンをどんどん倒していく

こうしてようやくリゲル達に体を休ませる時間が訪れた

地面に大の字に倒れ、息を切らしているとアカツキは腰につけていた水筒を二人に渡す


リゲル達は戦いの最中、自分達の水筒を紛失していたのだ

喉がカラカラだったクワイエットは上体を起こすと、リゲルも同じく上体を起こした


リゲル

『…あんがとよ』


アカツキ

『相当やられたな』


リゲル

『まぁな、神様から情報は聞いたか?』


アカツキ

『色々聞いたよ。だけどデビル・パラサンがまったくいなくなったんだよね』


クワイエット

『僕たち追いかけてたのが最後だったのかな』


リリディ

『ウェイザーの冒険者達も別の場所で応戦してましたから存在個体は倒したのかと』


リュウグウ

『肝心のボス様はどこだ?ヴィドックだったな』


《もしかしたら逃げたか》


ティア

『その可能性もなきにしもあらず、だね。探し物してるあっちとしては姿を隠していた方がデメリット少ないし』


アカツキ

『残念だが帰るか』


『ミャンハー』


リリディ

『肉食べたい、らしいですよ』


リゲル

『お前らグリンピア帰ったら奢ってやるから熊五郎、担いでくれ』


ティアマト

『肉な?』


リゲル

『わぁってる』


クワイエット

『僕はまだ歩けるから大丈夫』


リリディ

『貴方も結構な怪我ですよ』


クワイエット

『慣れてるさ、リリディ君は大丈夫なの?どう考えても今日の奴等は黒の者探しっていうからリリディ君狙いだと思ってた』


ティア

『それは過去の出来事から察するとありそう、でも今は早く街に…』


イディオットは二人を守るように森を歩く

先程までのデビル・パラサンの勢いは一気に消えた

街まで1体も現れなかったことに皆は不気味がるが、でないならば都合が良い


ある程度の情報は得た、ならば帰還しても問題ない

リュウグウとティアが口にしたことで、彼らは今日はウェイザーで休んでから明日の朝にはグリンピアに帰る事を決めた


直ぐに治療施設に運ばれたリゲルとクワイエット

ティアのケアに頼ること無く、彼らは本来の治療方法を選ぶ


クワイエットの怪我は首のむち打ち、右肩脱臼、全身を軽く打撲だ

リゲルは右肩脱臼、右腕骨折、右脇腹が3本骨折、右肺挫傷、左太股の骨にヒビ、あとは全身打撲だ


完治まで1ヶ月以上を要するため、彼らは施設所館内で一夜を過ごしたあとは明日にグリンピア治療施設にて2週間の入院と決定される


イディオットは予約していた宿に辿り着くと、途中で買い出ししたカツサンドやおにぎりをロビー内の休憩スペースにて食べる


周りに客が見当たらず、フロントでは眠そうな顔で本を読む男性作業員しかいない


リリディ

『黒き者ですか』


アカツキ

『用心したほうがいいだろうな、ここで起きたならグリンピアでも起きる』 


リュウグウ

『ティア、喜べ!アカツキが利口になった』


ティア

『あはは…』


アカツキ

『それくらいっ、わかるよっ!』


《まぁ予想より情報は得られた、現れた理由は探し物…黒き者らしいがそれが何なのか確定したいのと探す理由だな》


ティア

『今ある私達の情報だと悪魔の王子ゾディアックは悪食の椅子でも高階級だからギール・クルーガーだったハイムヴェルトさんに撃退された仕返しって無理矢理な線が私は少し納得するかな』


リリディ

『実際お爺さんは悪魔に恨まれた的な事を言ってました』


《…濃厚だが、その線で意識しながら今後は動くのもありだ》


アカツキ

『いつ来るのか未知数だが帰ったらクローディアさんに細かく報告しよう』


話しながら遅めの夜食を終えた彼らは、各自が部屋に行くとそのままベッドに横になり、寝てしまう

相当な数と戦って彼らも疲労していたから無理も無い


休む暇があまりなかったのだ


明日、彼らはグリンピアに戻る







その頃、ウェイザー北の森

深い森の中を翼の生えた紫色の体の蜥蜴が忙しなく飛び回る

全長は30センチ、頭部から背中にかけて小さな角が生えており、尻尾の先端には赤い炎


『マッジかぁ!あの馬鹿力脳筋を倒したのかぁ…、でも黒い者はようやく見つけれたから良い報告が出来そう』


それは森の奥に向かって飛んで進み、デビル・パサランが追従する


『ミーまで吹き飛ばされるかと思った。まぁ要注意だねぇ…。』


翼の生えた蜥蜴はデビル・パサランを従え、その場を去る






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