第198話 幻界編 38
その日、魔物の襲来は一度もなかった
キングゲロンパがこっちを見ていたってことぐらいさ
朝には雨は止み、僅かに日差しが森に差し込む
誰もが神木テラーガの木を見上げ、そして歩き始めた
雨で地面は濡れており、水溜まりも多い
緩い下り坂が続くと『ボルル』と奇妙な鳴き声が聞こえてきた
龍種かと思い、誰もが茂みに身を隠す
『あれは』
思わず声が出たよ
隣にいるティアが引きつった笑みを浮かべて固まる姿は珍しい
彼女だけじゃない、他の人もだ
『ボルゥ…』
ゴツゴツした岩の様な龍が茂みの前に現れたのだ
目は小さく、ちょっと可愛いけども全体的な見た目からして『我は頑丈だし強い』と言わんばかりだ
全長は20メートル
飛ぶ龍と飛ばない地龍がいるが、こいつは地龍だ
戦う気すら起きない…、どう戦えばいいのかわからん
岩龍はその場で寝転がると、腹部を前足で掻き始める
欠伸をし、寝転がったまま近くの草をムシャムシャと美味しそうに食べてるけど、全ての行動に迫力がある
みんな小声すら出さない
去ってくれ、そう願ってるに違いない
聖騎士アメリーやシエラさんなんで両手を組んで祈ってる
数分間、足を止められていると岩龍はその場で寝てしまった
これはチャンスだと思い、みんなで目配りしているとそれは起きた
『オオ…』
日中にジャックかよ
4体と多目だが、それが遠くからノソノソ歩いてくると岩龍を見つけてから変わった行動を見せた
急に足を止め、後退りさ
知能がそれなりにあるとわかった瞬間だな
あいつらも岩龍はヤバいと悟ったのだ
軽いイビキをあげる岩龍から離れたい俺達はゆっくりと後ろに下がり出す
できるだく遠くまで距離を置いてから迂回したほうが今は良い
岩龍から迂回し、やっとの思いで進むことができるとロイヤルフラッシュ聖騎士長は頭を抱えた
『勘弁してくれ、寿命が縮む』と小声で口を開くと、辺りを見回してから皆の進行を止める
『騎士長殿?』
ドミニクが首を傾げて言い放った時、異変は起きる
カサッと奇妙な音がどこからか聞こえたのだ
それにいち早く気づいたのはクワイエットさんだろうな
木には無数の得体のしれない花が生えており、それの一部が龍のような顔をしたいだんだ
茎が太く、長い龍の顔をした花は近くにいたシエラさんに向かって小さな口を開いて襲い掛かる
『駄目』
クワイエットさんが直ぐにシエラさんに伸びていく龍のような姿をした花の首を刎ね飛ばす
ギュ!と小さな声を上げて地面に落ちた首は液体を流しながら溶けるように消えていく
リゲル
『なんだこれ』
クワイエット
『わかんないけど周りにいるよ』
カイ
『くそっ…なんなんだここは』
アカツキ
『これはいったい…』
ティア
『マグナ夢物語19章、龍の花…ランクはC』
周りの木々から擬態をやめ、首を伸ばす龍の花
俺は父さんに肩を借りて立っていられるが、まだ戦えない
しかし、仲間達は取り囲まれながらも武器を構えて背中合わせで抵抗を見せた
クリスハート
『花…ですか?』
リゲル
『んだぁ?可愛くて攻撃できねぇか』
クリスハート
『違います』
途端に襲い掛かる無数の龍の花
スピードはそこまで速くはない
各自が各個撃破していくが、噛まれたらどんな事が起きるかわからない
毒か、麻痺か、それとも幻覚を見るのか
ティアマト
『おらぁ!』
リリディ
『声大きいですよティアマトさん』
ティアマト
『おっ?そうだな』
ジキット
『くっ!この量は…』
奥の木からも伸びてくる
数は増えていくが、それよりもこちらの撃破速度が早い
ある程度倒し終えると、龍の花は観念したのか退いていく
ホッとしたけど、周りには龍の花の首が散乱している
流れ出る液体は血だと思われるが、それは地面の草を軽く溶かしていた
弱い酸性の血なのだろう
アネット
『助かったよティアマト君、あの花って火を吐くんだね』
ティアマト
『うっす、俺もビビったっす』
リゲル
『魔石2つ光ってるぜ?面白いスキルだと良いけどな・・・』
バッハ
『…凄いなこれは』
バッハさんは発光している魔石を拾いあげ、俺達に驚いた顔を見せたまま近くにいたリュウグウに魔石を渡す
彼女も驚いているようだが…
リュウグウ
『龍炎…』
ロイヤルフラッシュ聖騎士長
『おいおいマジか』
クローディア
『何それ?』
ロイヤルフラッシュ聖騎士長
『魔法耐性無効の炎スキル、以前は俺の里にいた黒豹人族の長が保有していたが凄いスキルだぞ』
炎スキルをランクCが持っているとはな
だが龍種ならばもっていても不思議ではないかもしれないが、どうみても花だ
アカツキ
『2つか…』
ティア
『1つシエラさんに丁度良いかも、私は不要なスキル無いし…』
バッハ
『1つ欲しい、俺が』
アカツキ
『素直ですね…』
シエラ
『炎スキル…』
バッハさんとシエラさんがそれを手にする
それによってバッハさんは称号は変わったらしく、ドラゴンナイトという面白い名を手に入れた
本人は『俺もまだまだ現役だ』と嬉しそうに口にしながら仲間たちと進みだす
歳は33とまだまだいけると思うんだけどな
こうして森を抜けた先、水路が多く流れる廃墟と化した街に俺達は辿り着く
朽ちてもなお、そこは美しくて俺達の足を止めるほどだ
魚が泳いでおり、水も魔力水で間違いない
ロイヤルフラッシュ聖騎士長
『時刻は14時だが…奥まで進んで適度な場所で夜を過ごすのはどうか』
クローディア
『明日の為に、でしょう?』
ゲイル
『急がずに今日は沢山休んで明日に挑む、わけだな』
クローディア
『私はそうしたいわ、追手の件もあるけども…ペースを乱されるわけにもいかないと思うの。アカツキ君はどう思う?』
急に話を振られてしまう
少し動揺したけども、俺も気持ちは同じだ
『休みましょう』
街の中を沢山の橋を渡って進む
魔物の気配は無いが、それは俺の気配感知が働いていないだけだ
宿らしき建物を見つける為に辺りを探しながら歩き回ると、思わぬ魔物に行く手を遮られる
開けた場所、ここはきっと街の中央広場だ
そこにいたのは俺達イディオットが相手していた魔物である熊王ヘラク
あの時は狭い所での戦闘だったが、今は体を十分に動かせる場所だからか大きく見える
全長10メートルの熊は確かに大きいと言うべきかもな…
遠くから身を隠していたのに、奴はそれでも俺達の存在に気づいた
『グロロロロ!』
ロイヤルフラッシュ聖騎士長
『ランクAの上位…生半可じゃ勝てぬぞ』
リゲル
『面白ぇ、だけどここでお祭り騒ぎしたらどうなるかって考えるとやべぇ』
アカツキ
『でももう遅い、こいつはフレアを吐くからみんな気をつけろ』
アメリー
『きつい…』
ティアマト
『やるっきゃねぇ…』
あっちは1体、それならこの面子でもいけると誰もが思っただろう
だがしかし、ヘラクが咆哮を上げるとそれは変わった
『グマー!』
『グマー!』
ランクBのギャングマが現れたんだ
仲間を呼んだと言えばいいのか…そうだとしたら非常に不味い
ヘラクに全員集中できないからな
数は2体だけども、Bが2体もいるのはかなり手厳しい
誰がどう動くかは口で言わなくても、それぞれが動き出す
クリスハートさんはエーデルハイドの皆を引き連れ、走ってくるギャングマに向かっていく
それに呼応するかのようにクワイエットさんとリゲルが走りだした
となると他の者でヘラクを倒すしかない
あの時は奇跡だったが、今回はそういう類は訪れない
自力で倒すしかない
ロイヤルフラッシュ聖騎士長
『聖騎士よ、敵は人間が相手する事など生涯無いであろう熊の王だ…聖騎士の気高さを見せつけよ』
『『『御意!』』』
クローディア
『殴り甲斐あるわねぇ!』
ゲイル
『イディオットも頼むぞ』
ティアマト
『任せてくだせぇ!』
『ゴラァァァァァァァァァ!』
大きな叫び、それを合図にみんなは一斉に駆け出した
ヘラクの大きな爪は軽く振るだけで複数の真空斬を生み出し、仲間に襲い掛かる
『よっと!ディザスターハンドォ!』
ティアマトは真空斬を避けて直ぐに左拳に溜めた魔力を地面を殴って解放する
それは駆け出したヘラクの前方に現れる
黒く邪悪な巨大な腕は迫りくるヘラクを殴った
『グァァァ!』
だが相手は熊の王、悪魔の様な腕を全身で受け止めるとそれは直ぐに地面から引き千切って消滅させる
これにはティアマトが驚くが、相手が相手だし仕方がない
ヘラクはロイヤルフラッシュ聖騎士長とクローディアさんが目の前に迫ると、大きな腕を全力で振って殴り飛ばそうと仕掛けた
でもその2人は歴戦の戦士と言っても過言ではないほどの強さを誇り、ヘラクの天敵でもある
2人はその場から消えたかのように瞬時に避け、ヘラクの頭上に現れた
途端にヘラクの攻撃で衝撃波が発生し、炸裂音が響き渡る
アメリーやリュウグウが引き飛ばされたが、そこまで程度は酷くは無いから大丈夫そうだ
『ビックヴァン!』
その間、クローディアさんが最大の切り札を見せる
鉄鞭がバチバチと放電し、そのままヘラクの頭部に振り下ろしたのだ
気づけばロイヤルフラッシュ聖騎士長がギョッとした表情で彼女から離れている
ということはやっぱり凄い技なのだ
『グラァ!』
ヘラクも只者ではない
奴はクローディアさんが振り下ろす鉄鞭を両手で受け止めた
ヘラクの足元は深く地面に沈むが、バランスを崩す気配は無い
隕石が衝突したかのような強力なパワーを両手で受け止めたのか…
これにはクローディアさんですら驚いている
『マジッ!?』
『グァ!』
奴はクローディアさんを弾き飛ばす
同時に聖騎士が周りを囲み、腕を振り回すヘラクに抵抗を見せながら戦い始めた
『こっちだ馬鹿が!』
ティアマトが飛び掛かる
彼の左腕には沢山の魔力が溜められており、それに気づいたヘラクが振り向いた
それを隙と思ったリュウグウは側面から飛びつき、ヘラクの右足を『鬼突』で貫く
ガクンとバランスを崩すヘラクにロイヤルフラッシュ聖騎士長
『天断翔!』
彼はヘラクの足元から大斧を振り上げながら跳躍した
大きな斬撃はヘラクに伸びていくが、バランスを崩してもなお奴は上体を反らして避ける
『なっ!?』
飛び上がったロイヤルフラッシュ聖騎士長にヘラクの強い吐息
吹き飛ばされていくが地面に激突する瞬間に体を反転させて着地している
Aランクといえども、複数相手では目が足りないと見える
『マグナム!』
ティアマトから視線を逸らしていたせいでヘラクは顔面を強く殴られた
しかし、仰け反る様子はない
自身を殴ったティアマトにギロリと睨み、右腕で彼を叩こうと腕を振り上げた
でもそれは仲間たちがさせない
『ラビットファイアー!』
『槍花閃!』
ティアの熱光線が5つ、ヘラクの顔面に全て命中し
リュウグウの放った光線は先ほど貫いた足に再び命中だ
『ゴッ!』
顔を抑えて狼狽える様子は手ごたえがあるかと思えた
だからこそ聖騎士は一斉に跳びかかろうとしたいたんだ
でもそれは違った
バッハ
『行くな!!!』
彼だけは動かなかった
きっと気づいたのだろう、顔を腕で隠して狼狽えているヘラクの右目はちゃんと視界に映る彼らを見ていたんだ
咆哮を上げ、ヘラクは聖騎士数人を大振りな腕で叩き飛ばす
直撃に近い…あれでは起き上がることは難しい
カイ、ドミニク、ジキットは倒れたまま動かない
アメリーは間一髪当たらなかったものの、動かない仲間を見て震えている
動け、とロイヤルフラッシュ聖騎士長が叫ぶと彼女が正気を僅かに取り戻した
頭上にはヘラクの腕、彼女を叩き潰そうと振り落とされる
『きゃ!』
避けても彼女は衝撃によって吹き飛ぶ
でも流石は聖騎士、ただでは終わらない
腕をヘラクに向け、ラビットファイアーを放つ
彼女のこの魔法も熱光線レベルであり、それの全てはヘラクの胸部に命中する
しかし、普通の火スキルでは弾かれるのみ
ヘラクは避ける素振りすら見せずに背後から襲い掛かるバッハの振り下ろす剣を腕でガードしてから直ぐに払い飛ばす
『ディザスターハンド!』
バッハに気を取られていたヘラクにティアマトが出現させた悪魔の腕が奴を殴り飛ばす
先ほどはガードされたが、直撃するとダメージにはなることは確かだ
それは以前に証明されている
『ナイス熊!』
ロイヤルフラッシュ聖騎士長は叫び、彼を褒め称えた
彼は荒げた声を上げながらもヘラクの振り回す腕を掻い潜り、右腕を深く斬り裂いた
『グギャァァ!』
王の悲鳴
それは戦う仲間達の士気を上げる
『おおおおおおお!』
バッハは懐に飛び込み、リュウグウは執拗に狙っていた右足に両断一文字で深く斬り裂いた
それによってヘラクは膝をつく
誰もが好機だと悟った筈だ、今しかない
俺は狙われているバッハさんを助ける為に無意識に父さんを押しのけ、刀を抜くとその場で振ったんだ
『断罪』
呟くような声
それによってヘラクの顔に俺の斬撃が現れた
『っ!?』
バッハを叩き潰そうとしていた腕を止めたヘラクは顔を逸らして俺の技を避ける
だがそれでいい、意味がなかったわけじゃない
『小僧!』
横目でバッハが俺を見ながら叫んだ
その言葉だけで俺は救われた
彼の口元に笑みがあったからだ
『ビックヴァン!』
『グラァァァァァァ!』
背後から迫るクローディアさんの切り札をまたしてもヘラクは振り向きざまに腕でガードする
強い炸裂音と共に地面に亀裂が走るが、ヘラクは勢いを受け止め切れずに地面を滑るようにして吹き飛ぶ
それに追い打ちをかけるかのようにリリディがシュツルムを放ち、その黒弾はヘラクの腕の間を抜けて本体に当たると大爆発を起こす
黒煙が巻き起こり、一度全員が足を止めて様子を伺う
これで倒れてほしい、でもあいつはきっと倒れない
僅かな希望と信頼している強さが交じり合っている筈だ
お前はAだ、これで倒れる生物じゃないと
『グロロロ』
その通りだった
熊の王ヘラクは目を細めたまま黒煙を吹き飛ばし、姿を現す
皆は鼻で笑い、静かに武器を構えるが
ここでヘラクは本気を出し始めた
相手は餌ではなく、敵だと認知されたんだ
それは地獄の始まりとでも言える
先ほどの獰猛な動きなど嘘のそうにせず、2足歩行から4足歩行に切り替えると口を大きく開いたんだ
ティア
『避けて!!』
彼女が叫んだ
ヘラクが何をしようとしているのか、皆はわかっていた
人間が絶対に受けちゃいけない魔法、フレアだ
奴の口には熱が集まり、それは直ぐに発射されたんだ
巨大な業火が辺りを巻き込みながら仲間に襲い掛かる
誰もが大袈裟に真横に跳び、避けようと全力を出した
僅かにでも触れれば灰と化す
近くでも灰と化す
それほどまでに火を超えた炎スキルとは威力が異常過ぎるんだよ
熱で地面を溶かし、溶岩のようにドロドロにしながらもフレアは直線状の全てを溶かしていった
その熱量で周りの建物は燃え始め、視界は真っ赤に染まる
バッハ
『ば・・化け物め』
リュウグウ
『異常過ぎる』
リゲル
『おいおい、ギャングマ巻き添えにしたぞ…』
クリスハート
『熊なのでしょうか、あれはもう…』
『グルルルル』
2足歩行で仲間たちを眺める業火の中の熊は悪魔の様に見えた
フレアの威力の神髄を見せつけられ、誰もが足を踏み出せない
その中には戦闘が困難な者もいたんだ
クリスハート
『アネット!』
アネット
『あはは…やばい』
アネットさんは全身に酷い火傷を負い、動けないでいる
避けたはずだが、それでも熱にやられてしまったんだ
それほどまでにフレアは凄い
バッハ
『カイ!おい!』
カイ
『気にするな…倒せ』
聖騎士のカイ、彼もまた酷い火傷を負って生死を彷徨う
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