第191話 幻界編 31 異形動体トヨウケ戦

異形動体トヨウケ

推定ランクA、伸縮性の高い体を持つ魔物だ

蛸の様な肉質の頭部には大きな目があり、その中には瞳が無数存在ある

その頭部から大きな触手が無数生えており、頭部の裏には鋭い牙が沢山生えた口

ヨダレがダラダラと垂れている

全長は3メートル、頭部は1メートルだが触手を入れると2メートル


だがしかし、それは通常時だ


俺が先頭を切って走りだすと、奴はその場で触手を伸ばす

異常過ぎるほどに触手はギュンとこちらに伸びてくると、俺は飛び込みながら体を回転させて刀を振る

自身に当たりそうな触手だけを判断し、斬り飛ばそうと思ったのだが間違いだった


『なっ!?』


伸びてきた触手が急に角度を変えた

無意識に体をひねるが時すでに遅く、左太腿や脇腹そして右の二の腕を貫かれた

一瞬、その場の音が全て来てた感覚を覚えた

アンノウンが現れたわけじゃない、自分は今窮地に立たされていると体が感じたのだろう

痛みはさほどない、何故だろうと不意にこんな状況でも俺は考えてしまう


ティアがこちらを見て叫んでいるのだが、声は聞こえない

無音だ


《意地見せろ!兄弟!》


『っ!!』


聞こえぬ筈もない久しぶりな声に俺は気つけとなる

目を大きく開き、右腕に持っていた刀を手首を使って左手でキャッチすると、触手が引き抜かれる前に3本の触手を斬り落とした


『コポッ!?』


動揺しているようだ


俺は追撃をしようとしても体に力が入らない

父さんが俺の肩を強く掴むと後ろに無理やり引きずり始める


リゲル

『化け物野郎がぁ!』


カイ

『ぬぁぁぁぁぁぁぁ!』


果敢に飛び出す仲間達

一斉に攻撃をしてもトヨウケは斬られた触手を一瞬で再生し、全ての攻撃を体をねじるように曲げて避ける

不規則に伸びた体はジキットの背後に周り、彼の首に巻き付くとそのまま近くにいたアメリーに投げ飛ばし、彼女諸共吹き飛ぶ


『シャハ!』


ギルハルドも今回は加勢しているようだが、お前の攻撃ですら当たらないというのか…


俺は地面に横たわり、父さんに傷口を抑えて貰うが

太腿の傷が不味い

血が止まらないんだ…

ティアが懸命にケアを発動するが、魔法が発生しない


何度も何度も使用してもケアは発生しない

それでも彼女は必死にケアを唱える

バッハさんが『止血薬と包帯だ!』と言いながら父さんに投げ渡すと彼は戦闘に戻っていく


俺はティアと父さんの応急処置が始まっても視線は戦う仲間達に向く


ロイヤルフラッシュ聖騎士長も本気に違いない

それはクローディアさんも同じだ

あの2人の攻撃がまったく当たらず、その間にバルエルが触手で顔面を殴られて大きく吹き飛び

アネットさんが触手で叩きつけられて動かなくなる


仲間を助けたくても、あいつを倒さない限りそれは出来ない

伸びる触手を掴みたくてもそれは無理だ

クワイエットさんが掴んでも表面がヌルヌルしているからか直ぐに手を放してしまう


リゲル

『おらぁぁぁぁ!』


『コパッ!』


リゲルは剣の側面でトヨウケの顔面を叩く

大きな目が強く閉じ、その場で暴れ出すと彼は触手に当たって地面を転がる

だが隙と見るや、リュウグウが槍を回し、その勢いで槍を突いて光線を飛ばす

槍花閃という彼女の技だ


槍の先からは桜色の光線、そして綺麗な花弁が舞うがそれはトヨウケの触手に遮られてあらぬ方向に曲がっていく

聖騎士ドミニクやバッハが放つ真空斬も奴の体に当たる前に触手で打ち砕かれる


ロイヤルフラッシュ聖騎士長やクローディアさんが飛び込んでいくが

流石にこの2人の攻撃は受けたくはないトヨウケは液体の様に地面にへばりつき、そのまま高速移動して攻撃を避けた


『避けるという事はいけるわ』


『早く当てぬと不味い…』


ジキット、バルエル、リリディ、アネットさんが倒れている

こちらは戦闘不能者が出ているのに、あいつはまだダメージを一切受けていない


『ラビットファイアー!』


『ファイアーボール!』


ティアも戦闘に参戦し、シエラさんと共に火の魔法を放つ

だがトヨウケは触手を前に出し、なんと魔力でシールドを展開して防いだのだ


魔法スキルを使える事に誰もが驚く

その間、リュウグウはティアマトと共に挟み撃ちで攻撃を仕掛けたが奴は残像を残してその場から消えた


『なっ!?』


『コポ!』


聖騎士カイの目の前にトヨウケは現れた

瞬間移動ではない、単にスピードが速いだけだ

それが問題なんだが、どうすれば…


『化け物がぁぁぁあ!』


カイという男、即席の一番隊の隊長だとしても実力は無いわけはない

トヨウケの触手をギリギリで避けながら剣を振り、この戦闘でようやく奴にダメージが入る


『コッ!』


胴体を斬られたトヨウケは怯みながらもカイの次なる斬り上げを触手で止め、顔面を殴って吹き飛ばす

どうやら触手は再生しても胴体の傷は治らないようだ

戦う者達がそこで活路を見つけた


『ぐ…』


『動くなアカツキ、血が出る』 


『だけど…』


『今お前は無力だ』


父から宣告される無慈悲な言葉

言い返せない俺は口を閉じた

伸びた触手は細く伸びたために傷口は大きくないが、貫かれた事に変わりはない


止血の塗り薬を父さんは塗り終わると、仲間が必死で戦っている最中でもお構い無しに俺の応急処置をする

しょっぱなから戦闘不能になってしまったのは悔やまれる

今は仲間に頼るしかない


誰もが顔に焦りを浮かべる

それは体力の消耗を感じ始めたからだ


トヨウケはクローディアさんの鉄鞭を受け止め、ロイヤルフラッシュ聖騎士長の大斧を自身の体をネジ曲げて避けた


『まず!』


クローディアさんに触手が襲いかかったが、彼女は飛び退いて間一髪で貫かれずに済んだ


『コポポポ!』


リゲル

『待て待て嘘だろ!』


距離を取るトヨウケ

奴の様子にリゲルは驚いた

万歳するかのように触手を振り上げると、奴の頭上には放電する小さな魔法陣が8つも現れたのだ


ただの魔物とは思えない

知性的じゃないとこんな魔法なんてきっと使えない

誰もが後退りをすると、トヨウケはまるで笑ったかのように目を動かした


『避けて!』


クワイエットさんが叫んだ瞬間にそれは起きる

トヨウケが展開した放電する魔法陣から放たれるは雷弾

それはティアが持つショックという魔法スキルの完全な姿だった


飛んできた雷弾を避けきれなかったアメリーとティアマトは感電し、うめき声を上げたまま地面に倒れたんだ

ただの麻痺じゃない、ダメージも大きい


『コポコポ』


クリスハート

『どうすれば…』 


シエラ

『やばい、このままじゃ』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『一撃さえ与えれば…』 


リュウグウ

『くそ!本当にAか!?』


リゲル

『文句は倒してから言え!』


『コポポポ!』


トヨウケは更に魔法を発動した

赤い魔法陣、奴は体の正面に展開すると一瞬で姿を消す


辺りを見回し、どこかは攻めてくるのかと戦い者達は身構えた

狙いはクリスハートさん、彼女の背後にはトヨウケが現れたのだ


『そん…』


驚愕を顔に浮かべ、剣を突き出す

結果は明らかだった


ヒラリと体を細くし、トヨウケの目が彼女に向けられた瞬間に鋭く尖らせた触手が伸びていく

あそこから避けるのは無理だ、それはクリスハートさんの仲間も感じているだろう

誰もが目を見開いていたからだ



仲間が叫ぶ時間さえ無い

だがしかし、誰よりもいち早く反応した者がいる


『龍斬!』


リゲルだ、彼はクリスハートさんの背後から姿を現すとトヨウケの伸ばした触手を龍の爪の様な3本の斬撃で斬り飛ばす


『コポポォ!』


『ざけんな!』


トヨウケの触手は2本根元から吹き飛ぶ

これにはたまらず飛び退くトヨウケだが、背後から迫る者に気づくのが遅かった


『ビックヴァン!』


クローディアさんが鉄鞭に魔力を流し込み、放電させた状態でバックステップしてきたトヨウケに鉄鞭を振り下ろす

この間合い、タイミングではどんな高い反射神経をもってしても避ける事は出来ない


『ゴッポ!』


トヨウケは鉄鞭によって強く叩かれ、大きな炸裂音と響かせたまま地面に激突する

あまりの技の威力に地面に亀裂が走り、衝撃波が辺りに飛ぶ

仲間ですらその技の威力によって起きた地震で足元をふらつかせるが、それほどまでに彼女の放った技は強いのだ


地面にビタンッと音を立てて叩きつけられたトヨウケの目は大きく開いているが、その目はクローディアさんを見ていない

彼女の横から飛び込んできたロイヤルフラッシュ聖騎士長とカイ、そしてバッハさんが振り下ろす武器を避ける為に見ていたのだ


あの状況から見ているとは驚きだよ

普通ならそのまま追撃される隙になる筈だ

トヨウケは地面を滑るようにしてその場から離れ、追い打ちを仕掛けようとした聖騎士達の攻撃を間一髪で避ける


だが逃げた先にいたのはティアマトとクワイエットさんだ

トヨウケは立ち上がりながらティアマトの放つマグナムという爆発的な速度で殴る技をなんと触手を再生させながらその触手で叩いて技を止める


驚愕を浮かべるティアマトに別の触手がまるで回し蹴りのように彼の脇腹にクリーンヒットし、吹き飛んでいく


『っコッ!』


そこである意味奇跡が起きる

トヨウケの動きが僅かに止まったのだ

理由は奴の背後にいるリュウグウだろう


『滑らなければ…』


彼女は背後から一気に駆け出し、トヨウケを槍で貫いたのだ

しかし彼女はトヨウケの足元で水溜まりとなっているヌメヌメした体液に足を取られてしまい、動体を貫けなかったんだ


差したのは胴体の真下の触手である根元

滑ってなければと俺も悔やむ

直ぐにリュウグウは触手の後ろ蹴りで吹き飛ぶが、避ける体力すらないのだ

地面を転がる彼女が起き上がる気配は無い、糸が切れた人形のようにピクリともしない

死んでいない、そう信じてるぞリュウグウ…


『ありがと』


クワイエットさんが目を細め、囁く

俺は必死に痛みを堪えながらも祈った

あの人ならば報いる攻撃を出来るはずだと


滑る体液を踏まぬように一気に駆け抜け、トヨウケの胴体に向けて剣を突きだす

避けれないと見るや、トヨウケは触手でクワイエットさんの腕に巻き付いて勢いを止めたんだ


『は?』


ヌメヌメしている触手で止めた事にクワイエットさんは言葉にならないようだ

よく見ると奴の触手には蛸の吸盤のようなものが点々とついており、あれを使って止めたんだ

予想外な出来事に驚く彼をトヨウケは笑みを浮かべるかのように目をニヤニヤとさせたように見せている


まだ余力を感じられる、それが俺達の士気を低下させてしまいそうだ

あっちに必死さは無い、必死なのは俺達だけなんだ


腕に巻き付いた触手を引き剥がそうとクワイエットさんは力を入れ始めると、トヨウケは胴体を下げて背中の大きな口を前に出す

明らかに彼に噛みつく気であり、あんな鋭い牙がギザギザと映えた口で噛まれたら一巻の終わりだ


『お腹空いてるんだ』


『コポ!』


『じゃあこれ食べてよ』


迫る口、しかしクワイエットさんはニッコリ笑うと倒れ込むかのように姿勢を一気に低くする

その瞬間にトヨウケの視線は彼から彼の背後に意識が向く


ファイアーボールが2つ、そしてホーリーランペイジで白い魔力を体に纏い、飛翔しながらトヨウケに迫るティアの姿だった


ファイアーボールはシエラさんとアメリー

アメリーは先ほどまで戦闘不能だったが、意地で立ち上がるとシエラさんと共にタイミングを見計らっていたんだ

それに合わせる為にティアも向かった、俺に心配よりも仲間を助けてくれと言ったら『待っててね』と心配させまいとニッコリ笑って戦闘に戻っていったのだ


『ポココポ!』


トヨウケは避けようとしたが、その前に俺は刀をその場で振って叫んだ


『断罪!』


その場で振られた刀の斬撃はトヨウケの足元に現れ、立つために使用している触手3本のうちの2本を両断することが出来たのだ

俺は心の中で強くガッツポーズをした。

だがその技を使うために大振りに刀を振ってしまったため、再び傷口から血が流れだす


『っ!』


『アカツキ!』


父さんが俺を見て叫んでいるが、これでいい

何もしないで見ているよりかは何かをして誰かのためになりたい

今はちょっとした助けも必要な時だ、俺の選択に間違いはないんだと信じたい


トヨウケはバランスを崩し、避ける事が出来ずにファイアーボール2発の直撃で体を大きく仰け反らせた

燃えることは無いが、それでも十分だ

肝心なダメージはティアに託されているんだからな


『もうやめて!!!』


『コポァァァァァ!』


トヨウケの最後の抵抗とも思える行動が起きた

奴は避けれぬと悟り、1本の触手で立ったまま残りの触手を刃の様に鋭く尖らせたまま飛んでくるティアを貫かんと伸ばしたんだ


彼女の目が僅かに大きく開く

この出来事は時間にしては一瞬だが、この場にいる者にとってはとても永く感じただろう

魔力で翼を生やしたティアはキリモミ回転しながら触手を避けるが、それでも両翼は触手で貫かれてしまった


でも良いんだ。

彼女は無事だ、そして翼が破壊されても彼女の技は消えてはいない

魔力を纏わせたサバイバルナイフは白く長い剣と化しており、彼女はダイブする形で荒げた声を上げたままトヨウケの目玉に向かってその剣を突き刺す


これで終わりかどうか?わからない

足を止める者もいればすかさず駆け出す者もいる


リゲル、クワイエット、ティアマト、クリスハートさん、ロイヤルフラッシュ聖騎士長、バッハさんがトヨウケの四方を囲むようにして迫ったんだ


目玉を貫かれたトヨウケは体をビクンと震わせ、僅かに硬直を見せる

確実に致命傷に近いダメージだとわかるが、それでも相手は推定ランクAの魔物


技が解けたティアはその場に座り込んでしまうと、トヨウケは体をブルブル震わせたまま触手の先を彼女に差し向けた


『ティア!』


無意識に俺は叫ぶ

だが彼女はあの技を使うと使用後の反動で数秒は動けなくなるんだ

自力では避けれない、誰かが助けるしかない

俺はいけない、ならば誰が?


それは意外な者だったよ

お前だとは思わなかったさ


リゲル

『そこで休むな馬鹿が』


こいつはトヨウケが移動しながら撒き散らしていた滑る体液を利用し、滑り込むようにしてティアに背後から現れすと彼女の腕を掴んでその場から共に脱した

本当に今だけはお前に向かって土下座してでも感謝したいと強く思うよ


ありがとうリゲル


間一髪

避けた瞬間に触手がティアが先ほどまでいた場所の地面に全て突き刺さる

彼がいなかったかと思うと、ゾッとするよ


『コポ…ポォ』


『たたき売りしてやる!ナグナム!』


爆発音と共に彼の腕は音速を超えた速度でトヨウケの顔面を全力で殴り飛ばした

遥か後方にある大きめの木にビタン!と音を立ててぶつかると、奴はそのまま地面に倒れて動かなくなった


その後に訪れる静寂に仲間たちの息遣いが聞こえ始める

誰もが前屈みとなり、体力の限界を見せていた

動き回るトヨウケを追うのにかなり体力を消耗したのだろう


あれは攻撃する時じゃないと足を止めない

誰かが狙われない限り攻撃なんて出来ないんだ

単騎で挑んでいたら、きっと倒せぬ敵だったとつくづく思う


みんながいて良かった


カイ

『化け物めが…』


アネット

『ぐ…うぅ…』


クリスハート

『動かないでアネット』


クワイエット

『やっばい奴だったね…ただのAじゃないでしょ』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『万全だとしてもこいつは死ぬ気で挑まねば無理だ』


クローディア

『そうね…闘獣クラス。Aの最上位レベルよ』


リゲル

『おい、仲間の看病先だ…このまま別の敵が来たらやべぇぞ』


バッハ

『急いで倒れている者を治療せねば』


こうしてトヨウケとの戦いをなんとか制した

トヨウケの体から顔を出す魔石、それは発光していたが誰も喜ぶ顔を浮かべない

ロイヤルフラッシュ聖騎士長が発光した魔石を俺達に持ってくるが…


『アカツキ、お前はこれをどう扱う?誰が正しいと思う』


父さんに包帯でグルグル巻きにされながらも俺は魔石に手を伸ばす


(テンタクル・アクション…か)


多数の緑色の魔方陣を体の周りに出現させる

そして魔法陣からは触手が伸び、対象を貫くという魔法スキルだ

しかもこの魔法は別の魔法の攻撃では消滅せず、実質的には阻害されることなく攻撃が出来る優れたスキルだ


『アカツキ、どうする』


『風魔法、確かそっちのカイさんが魔法スキルとして得意としてましたね』


『お前…』


カイ

『小僧、まさか』


アカツキ

『貴方が受け取るべきです。その代わり共に頑張ってください…みんな希望がなくても必死になってるんです。何かを見つける為に』


カイ

『…』


アカツキ

『貴方も人間です。不安だとしても今みたいにやる時はやる、それでいいんです。聖騎士なんですからいい所期待してます』


カイ

『小僧に言われなくてもわかってるわ…俺は1番隊の隊長だぞ。ルドラ殿の代わりなぞ出来るわ!』


彼は動揺した様子を見せながらも俺から魔石を受け取る

そんなカイさんは俺に背を向けると、ふと僅かに顔をこちらに向けた

何かを言おうとしているようだが、彼は小さな溜息を漏らすと顔を逸らしてスキルを吸収し始める


ティアマト

『リリディは気を失っていただけだ、リュウグウも同じさ』


アカツキ

『良かった…ティアは?』


ティア

『疲れたけど魔力水を少し飲んだら楽になったよ。でもアカツキ君…』


ジキットは左腕の骨折、アメリーは肋骨の骨折と至る所の打撲

アネットさんは右肩脱臼に肩甲骨の骨折

みんな酷い怪我をしてしまっている


俺は中でも一番酷かった

左太腿や脇腹そして右の二の腕を貫かれた際、骨が砕かれたんだ

先ほどまで痛みが走っていたのに、今は何も感じない

貫かれた部位に心臓があるかのようにドクドクと脈打つ感覚を感じるのみだ


そんな俺を、誰もが困惑した顔を浮かべて見ていた

自分でもわかってる、自立して歩く事すらままならない

まぁお荷物みたいなもんさ


こんなの抱えて歩くのはきっと無理がある

だから父さんは悲しそうな顔をしているのだろう


ゲイル

『アカツキ…』


アカツキ

『自分で歩くよ』


剣を左手に持つと杖代わりに使い、平気を装う

本当は眩暈がしているけども、ここでそれを見せなくはない

でも何故だろうか



近くで俺を見ているティアの悲しそうな顔が凄く心に刺さる

何故そんな泣きそうになっているのか、俺は平然としている筈なのにな


カイ

『どうすればいいんですか聖騎士長殿…』


彼はうな垂れた様子を見せ、ロイヤルフラッシュ聖騎士長に声をかける

ある意味、この問いは誰もかけられたくないと思う

でもこの団体のトップとしているロイヤルフラッシュ聖騎士長は答える義務があった


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『みんな帰るぞ、ここまで来たら行くしかない…』


クローディア

『どうしてそう思うのかしら』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『皆で帰りたいと思わないのか?』


クローディア

『聖騎士としての意見?』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『個人だ』


クローディア

『ならば良し』


ティアマト

『俺がアカツキ背負うぜ』


ありがたい反面、申し訳ない

背負うというより、担がれた

彼らしくて良いなと自分の怪我の状態など忘れてしまいそうになる


アネットさんは肩をはめてから仲間と共に歩き出すが

剣を振れる状態じゃない、肩甲骨を負ったとなると歩くのも一苦労だろう

彼女だけじゃなく、ジキットやアメリーですら歩くたびに苦痛を顔に浮かべている


俺達はどうなるんだ…


考えても意味は無い

ならば思い出したことを口にしてみるか


俺はティアマトに担がれたまま前を歩くリゲルに向かって口を開いた


『リゲル』


『なんだ串刺し野郎』


『ありがとう』


『不吉だやめろや』


ティア

『ありがとうねリゲルさん』


リゲル

『はぁ…気分だよ。はぐれた子犬見てぇな顔した馬鹿の面見れたしよ』


アカツキ

『子犬?』


リゲル

『鏡もってくれば良かったな』


彼はフッと鼻で笑うと、クワイエットと共に前を歩く

だがそこで俺は彼ら2人の優しさを感じた

歩く速度が極端に遅い、合わせてくれているんだ


やっぱりお前らは凄いな

どうしたらそんな人間になれるのだろうか










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