第189話 幻界編 29
倉庫内、2階の控室内で聖騎士達が見張りと睡眠を交互に行っていた
室内には錆びたパイプ椅子が散乱していたが聖騎士が片づけて部屋の隅に並べている
2つの窓は薄汚れており、外を眺める為に僅かな部分だけを拭いて外が見えるようにしていた
起きているのはバッハ、アメリー、ジキットだ
彼らは隅で眠る聖騎士達を他所に錆びたパイプ椅子に座る
だがバッハは外が気になるようであり、何度も立ち上がると窓から暗い外を眺めた
バッハ
『真っ暗だな』
アメリー
『殆ど何も見えないですね、月も見えない』
バッハ
『当たり前だ。空は巨大な木々の枝木で遮られているからな』
ジキット
『日中でも薄暗い場所ですねきっと』
バッハ
『だろうな…しかしとんでもない森だ。帰れるのだろうか』
ジキット
『副隊長がそういう事言ったら不味いのでは?カイさん起きてたら怒られますよ?』
アメリー
『そうですよバッハさん』
バッハ
『弱音は生き物の特権だ。素直に生きたほうが広々と生きれる』
彼は小声で告げると、切なそうな顔を浮かべたまま窓を眺めて話し始めた
『何故生物は逃げる判断が出来るのに、我ら人間は逃げる事を恥と感じる傾向があるのか俺にはわからない、弱音もそうだ…俺は変な美学は嫌いなんでな。嫌ならそれから逃げればいい…それが出来たのはあいつらだけだったな』
バッハはとある者たちを思い出した
その者たちと同じように伸び伸びとした生活が出来たならと羨んだ
(聖騎士か…ルドラさんは奴らならば帰れるといつも自信満々に話していたな)
懐かしい人物を思い出し、彼は微笑む
この場に酒があれば、勝手に通夜ぐらいは出来るだろうと考える
ふと彼は腰に装着した水筒を掴むと、それを窓に向けた
『ルドラよ、お前が鍛えた2人はきっと化けるぞ…お前が作ったんだ。罪悪感からじゃないく、お前が父として真っ当な感情で作り上げたんだ。クワイエットも息子の様にお前は育てたんだろうな』
彼はそこまで告げると、少量だけ水を飲んだ
アメリー
『なんだかんだあの2人って後輩たちに懐かれてましたね』
ジキット
『お前もその一人だろう?てか冒険者の女に取られるぞ?良いのか』
アメリーは焦り、挙動不審となる
それにはバッハがクスクスと笑いだす
アメリー
『あの人は誰にでも優しいんです』
ジキット
『余裕見せてると取られるぞ?相手は貴族嬢だぞ?』
アメリー
『そういう感情で見てませんっ』
バッハ
『虐めるなジキット』
ジキット
『ははっ…そっすね、すいません』
バッハ
『てか外がカサカサいってるな』
ジキットとアメリーは窓に近づく
そこから見える光景は暗闇、しかしカサカサという音が多くなると何がいるかを彼らは悟ったのだ
アレだ
洞窟内、聖堂前で追いかけてきたゴキブリの足音に似ていたのだ
女であるアメリーは身を強張らせ、部屋に隅に逃げた
ジキット
『夜もヤバいっすね』
バッハ
『流石のグリモワルドも夜はきっと移動していない。無謀過ぎる』
ジキット
『辿り着けるんでしょうかね。最深部』
バッハ
『辿り着けたとしても生きて帰れる保証はない、帰れる可能性が僅かにあるだけだ』
ジキット
『でしょうね。もうどうにでもなれ…ですよ俺は』
バッハ
『それで良い、感覚で動くしかない…だが今の俺達にはそれが欠けている』
アメリー
『…』
バッハ
『本当に状況が悪くなったらお前らはリゲル達を頼れ。悔しいがあいつらの先輩である俺よりも奴らの方が本能的に判断が出来る』
ジキット
『とんでも発言ですよそれ』
バッハ
『自分の能力は弁えているつもりだジキット、実際どうだ?』
彼の問いにジキットは答えなかった
バッハはそれが答えだと知る
(気を使わせたか…俺もそれなりに嫌われてないらしいな)
バッハ
『ゴキブリは去ったな…』
アメリー
『よかった…』
バッハ
『異常は無し…いやありまくりか』
窓から眺めると、巨大な何かが窓の前を通過していく
それはとても大きく建物よりも大きかった
巨大なのに足音は静かであり、呼吸は荒い
『ゴロロロロロォ』
バッハ
(デカすぎる…こりゃAは確実にあるな)
彼は遠くに歩き去る見えない魔物が何なのか考えた
コスタリカから出版されたおとぎ話の絵本、ナグナ夢物語という本のシリーズが沢山ある
幻想の森にはその絵本に現れる魔物が現れていることは彼らも知っていた
そしてバッハは今見た魔物が何なのか、子供の頃に父に呼んでもらった本を思い出した
(夜を食らい、無音の中で生きるそれは夜に騒ぐ子供を食べに静かに忍び寄る…。喉を鳴らす音が聞こえた時には巨大な口がうるさい子供を丸のみにする…か)
アドラメルク、見た目はリュウグウの世界にいるオオサンショウウオを刺々しくした姿であり
2足歩行で歩く全長30メートル級の巨大な魔物だ
バッハ
『あれよりもここの主は…』
彼は幸先は悪いと悟る
もし最深部に到達したとしても、森の主が自分たちを帰す気がなければ死を意味するのだ
どんな化け物の中の化け物がいるのか、彼は不安を忘れようとした
そんな最中、同時刻に見張りをしていたリゲルとクワイエットはシャッターの前で堂々と大の字になっていた
彼らも先ほどの気配を感じ、酷い疲れを感じたからだ
リゲル
『今のはやべぇ…マジやべぇ…』
クワイエット
『リゲル、少し漏らした』
リゲル
『大丈夫だ。バレねぇ』
静かに横切る静かな気配に彼らは体を強張らせた
休めた体が逆に得体のしれない魔物の通過によって意味を失くしてしまい
リゲルは見張りをやめて寝ようかと目論む
だがクワイエットはそれは不味いと彼を止める
『なぁクワイエット』
『なんだい?』
『帰ったらどうする?』
『シエラちゃんとデート約束してるんだ』
『お前は自由だな』
『リゲルも自由じゃない?クリスハートさんいるじゃん』
『馬鹿いうなよ』
『君にはまだわからない感情だよね。そのうちわかるよ』
『意味わかんねぇこと言うなよ』
『だよね。でもルドラさんが君に唯一教え損ねた感情でもあると思ってる』
『はぁ?』
『守りたいって感情を君は誰よりも近くで感じ、体験して失ってる筈だよ』
『…』
『それは君にとって最後に必要な感情だと思うよ。それだけできっとリゲルはもっと強くなれるさ』
『不吉なこと言うな。見張りするぞ』
リゲルは上体を起こし、立ち上がる
それに呼応されてクワイエットも立ち上がると、吹き抜けの2階のドアが開く
2人は同時に視線を向けると、ドアの前にはクリスハートが立っていた
彼女は眠い目をこすり、階段を降りて2人に近づく
どうやら心配で見に来たようだが、彼女はたまに怠ける癖を知っているから来たのだ
こんな状況でさえし兼ねない彼らを見に来たのだ
『ちゃんとしてますね』
『アホ毛つけていう奴のセリフか、ほら』
リゲルはクリスハートの後頭部から立つアホ毛を直す
そのやりとりを見てクワイエットは僅かに微笑んだ
『大丈夫だよクリスハートさん。流石にこの森で怠けないよ』
『クワイエットさんがそういうなら大丈夫ですね』
『おい俺は?』
『貴方はたまに怠ける』
『帰ったら覚えとけよ?みっちりしごくからな』
クリスハートはリゲルのワザとらしいガンつけに微笑む
みんなが先が見えない道を進んでいて不安を隠しているというのに、この人間はメンバーの中で一番不安を背負っていないと知る
だがそれは森に入る前にわかりきっていた事だった
『てかルシエラ、さっきの気配気づいたか?』
『何も感じませんでしたが何かあったんですか』
『凄いの横切った。ただのAじゃねぇぞあれ』
『聞きたくないので口にしないでください』
『わぁったよ…。たくつまんねぇな…怖がらせようかと思ったのに』
『子供ですか貴方は』
クリスハートは頭を抱え、溜息を漏らす
典型的な子供、だけどもこの時に彼女はとある事が脳裏によぎる
(あれ?)
確かに典型的な子供に見えるリゲルだが
それは何故そのような行動をしてくるのか彼女はまさかと思った
しかし、考え過ぎだろうと直ぐにその思惑を捨てる
『寝とけ』
『そうしますね。2人共おやすみなさい』
こうして彼女は去ると、リゲルは一息ついてから倉庫の奥に眠るイディオットに視線を向ける
アカツキの父であるゲイル、アカツキにリリディそしてティアマトがそこには横になって寝ている姿を彼は真剣な顔を浮かべて眺めた
(目が似ている…か)
『悪くねぇな』
『どうしたのリゲル』
『何でもねぇ。…っ!』
『っ!?』
会話の最中、彼らは異様に漂う気配に気づく
足音も無く、それはシャッターの前で立ち止まっている
それには流石の二人も動揺を隠しきれずに狼狽えながらも武器を構えた
(なんだろこれ、不気味だ)
(何なんだよこの森は!)
まだいる、まるでこちらに気づいているかのように
リゲルはクワイエットに顔を向けると、そのまま奥で眠るイディオット達に視線を流した
それは起こせと言う合図だとクワイエットは悟り、忍び足でイディオットのもとに行こうと動き出した
しかし、動いた瞬間に事態は一変する
『タタカウ、ナイ』
『『!?』』
シャッターの奥からの低い声
二人は声を聞いただけで金縛りにかかり、身動きがとれなくなる
体は鉛のように重く、立っているのがやっとだ
(な…なんだ…)
(ヤバイ、これはさっきのよりヤバイ…)
額から汗を流し、息苦しさを感じながらも二人は遠退きそうな意識を呼び戻すために気張る
今まで出合った何者よりも恐怖を声に乗せる正体が今、シャッター越しに彼らの前にいる
リゲルは静かに深呼吸をすると、目を細めたまま覚悟を決めた
『誰だ、殺すぞこら』
『ゲンキ、ヨイ』
『その声…お前』
あの声だ
彼らをシレンと言い放ち、強制的に転移させた者の声
となると正体は1つしかない
『マダ、オク』
『何が…目的だ』
『ヨキョウ、ヒサシブリ、ニンゲン』
『余興だぁ?』
『、サイシンブ、タカラ、アル、ニンゲン、カエス』
『…リゲル、これ…』
『片言かよ』
『ガンバレ、ジカンナイ、ナニカガキテル、オマエラノ、ジャマ』
『何がだ』
『クリア、ソレマデ、ミテル、ミズノミヤコ、サイシンブ、マツ
、ジャノモノ、マツ』
そこまで話すと、二人の緊張の糸は一瞬で溶けた
シャッターの向こう側の魔物が消えたからである
解放された二人は助かったと思い、その場に座り込んだ
『クワイエット、あれは主か』
『だろうね、多分イレギュラーな事が起きたから伝えに来たんだと思う。片言だったけど邪魔者がいるって事を知らせたかったのかな』
『イレギュラーか、ってことは答えは出てる。不味いぞ』
リゲルは何が来ているかが直ぐにわかった
だからこそ彼は全員が起きてから見張りでの出来事を仲間に教えたのだ
得体のしれない何かが来ている、と
それが何なのか、アカツキ達には到底理解できないだろう
しかし、出会えばきっと理解するだろう
幻界の森に何故それが来るのかを
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