第184話 幻界編 24

その頃、エーデルハイドとクリジェスタ

彼女達はリゲルとクワイエットの先導によって予期せぬ者と遭遇する


ここは渓谷の底であり、元々は川が流れていたであろう場所を薄暗い中を歩いていた

時刻は早朝、空を見上げても森の木々が太陽の光を遮っているために明るくはならない


リゲル

『あ?』


ドミニク

『あっ』


バウエル

『リゲルさん!?』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長が率いる聖騎士の一部と合流出来たのだ

だがそこにはバッハやジキットそしてアメリーの姿はない


1番隊の隊長カイが『見なかったか?』とリゲルに聞くが、彼らはまだ会ってはいなかった

溜め息を漏らし、近くにあった大きな意思に腰かけるリゲルを見てカイはそれが答えだと悟る


(クローディアと共に入れば良いが)


ロイヤルフラッシュ聖騎士長はそう思いながらも一度みなを集めた


このまま谷を進むべきか引き返すかだ

リゲルは(進めばいいじゃん)と内心で答えを出していたが、ドミニクがリゲルの顔を見て何を思っているかを悟り、とある場所に目を向ける


『なんだよ』


リゲルはそうぼやきながらドミニクが向ける視線の先を見た

それによってロイヤルフラッシュ聖騎士長が何故進むのを躊躇うかを知る


クワイエット

『うわっ…』


シエラ

『これ、凄い』


アネット

『ヤバいよ、鬼…』


全長3メートルもあろう全身が筋肉の塊にしか見えない鬼の亡骸だ横たわっていたのだ

死んで間もないそれはロイヤルフラッシュ聖騎士長たちが数時間前に必死の思いで倒した魔物

鬼種の赤鬼だった


『体感ではランクAはあると思うぞ。久しぶりに本気を出した』


リゲル

(マジかよ…)


聖騎士長が疲れた面持ちでリゲルに口を開いた

そこでエーデルハイドとクリジェスタは知る

ここは幻界の森の中間地点であり、鬼の住むエリアなのだと


悩みたくなる気持ちはわかる

リゲルはそう思ったが、進まないという決定は間違いだと話した


カイ

『わかってるのか貴様?これがウヨウヨいる森だぞ?』


シューベルン

『死にに来たわけではないのだぞ』


リゲル

『あんたらがわかってないだけだろ、ロイヤルフラッシュさんもなんで言わねぇ』


カイ

『何様だ貴様』


カイはリゲルの言い草に腹を立てた

それに便乗するかのようにシューベルンも怒りをあらわにし、バウエルとドミニクはあわてふためく


クリスハート

『リゲルさん』


リゲル

『うるせぇ。みんな覚悟して来たんだろうがよ?今さら優しいルートなんて探すなんざどうかしてるぜ』


クワイエット

『地獄みたいな場所だしね。危険しかないのに危険をどうさけるのさ?進むしかないのに』


シューベルン

『マシな道を探すしかないだろう』


リゲル

『そんな道ねぇよ。人間お断りな森で夢見てどうする?これが死ぬ気で生きるって事だ。』


彼は落胆した

聖騎士がこうまで情けないのかと

どんな森にいるのか、どんな覚悟できたのか


考えが甘すぎると感じて苛立ちが募る

今、ルドラが生きていたら彼はどんな指示を出していたが

リゲルには手に取るようにわかる


カイ

『元聖騎士だからと容赦はせんぞリゲル』


リゲル

『へいへい』


クリスハート

『リゲルさん…』


リゲル

『進むぞルシエラ』


クリスハート

『ですが…』


リゲル

『進むしかねぇんだよ。ここに常識はない』


彼はそう告げると歩き出す

止めるものは誰もおらず、クリスハートは焦りを顔に浮かべた


彼女だけじゃなく、アネットやルーミアそしてシエラもだ

聖騎士と共に行動するかリゲルとクワイエットについていくか


双方共に仲が悪いとはいえ、結託するしかないのに彼女達は選択を強いられる 

しかし、答えは行動に現れた


無意識に彼女達はリゲルとクワイエットについていこうと歩きだしたのだ

ロイヤルフラッシュ聖騎士長はそれを見ても彼らを止めようとしない


(ルドラにリゲルそしてクワイエットか)


ロイヤルフラッシュ聖騎士長は思った

もしルドラが生きており、リゲルとクワイエットが今も聖騎士を止めずにいた世界線があった場合、自身が知る歴代でもっとも強い聖騎士1番隊が完成していただろう、と


カイ

『どこに行く!リゲル』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『やめよカイ』


カイ

『しかし…』

 

ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『作戦通りいかぬ可能性は高いとは言っていた筈だ、その場合…楽な道などないこともな』


カイ

『マシなルートもある筈です。何故あなたはあのようや者らを気にかけるのです?』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『あれが聖騎士だからだ』


彼はそこまで話すと思い腰を持ち上げ、部下に『進もう、生きるために』と告げた

赤鬼との戦闘は死闘であり、ロイヤルフラッシュ聖騎士長も無傷ではなかった


(ぐっ…)


脇腹に鈍痛

赤鬼が腕を振り回した際に僅かに触れてしまった脇腹

彼は骨を折っていたのだ。

それだけではない


背中には爪で引き裂かれた後が装備を貫通し、血を流した跡が残っていたのだ

Aランクと戦える力を持つ事が英雄五傑の条件

それは初代の者達がそうであっただけのこと


当時のロイヤルフラッシュ聖騎士長は他の五傑と違い、Aは死闘を意味している

あの頃から強くなったとしても強敵に変わりはない


(流石に強いな、赤鬼)


彼は応急処置を部下から施されたものの、傷はまだ塞がってはいない

聖騎士達はロイヤルフラッシュ聖騎士を気遣いながら歩幅を合わせ、リゲル達のあとを追うために歩き出す


シューベルン

『ロイヤルフラッシュ殿、ルドラ殿ならわかりますがリゲルとクワイエットにそこまで固執するのは何故ですか』


ロイヤルフラッシュ

『言っただろう、あれが聖騎士の姿だ…』


シューベルン

『あれが?わかりかねますが』


ロイヤルフラッシュ

『正しき判断などここでは誰もわからない。あいつらは無意識だろうが…正しき判断を自力で見つけようとしている』


カイ

『正しきとは?』


ロイヤルフラッシュ

『答えは1つではない、どんな選択にしてもどう動くかで答えが変わる…。無謀な策だとしてもだ』


ドミニク

『自ら危険な場所に行く選択だとしても、という事ですか』


ロイヤルフラッシュ

『ああそうだ、あいつらはルドラに似てる…。時には指示を無視してでも動くヤンチャな奴等だが、最終的に理に叶っている』


バウエル

『あの二人を慕う2番隊以下は沢山いますからね』


カイ

『やめんかバウエル』


バウエル

『あはは、すいません』


ロイヤルフラッシュ

(正直、羨ましいな…)


感情的になりやすい彼は遥か遠くを歩く二人の姿が羨ましく思えた。

あそこにいるべきは自分の筈なのに、元部下がいる

だから彼は戻ってきて欲しいと願っていた


(しかも気を使われているか、五傑なのに…情けない)


怪我をしたロイヤルフラッシュの足取りは重い

だがリゲル達を見失わない、明らかに同じ速度で歩いていたのだ


(ルドラ…お前の息子は確かに聖騎士という鳥籠では狭すぎるかもしれぬな)














クワイエット

『リゲル、少し休も』


アネット

『賛成っ!』


ルーミア

『足が疲れたよ…』


リゲル

『しゃあねぇ、何分必要だ…』


クリスハート

『15分ください』


リゲル

『なら足休めとけ、上に気を付けろ?俺はクワイエットと前を見とく』


谷底であるため、上からの奇襲もありえる

リゲルは女性陣に休みながらの警戒を頼み、自身はクワイエットと共に近くの岩に腰をおろした


『リンゴ1つあるからみんなで分けて食べて』


クワイエットは懐からリンゴを取り出した

幻界産のリンゴであり、それは食べるとある程度の魔力回復や満腹感そして自然治癒能力が上がる


ルーミアは『ご飯!』と嬉しそうにしながらも彼からリンゴを受け取ると双剣で切り分けようとする


『僕はリゲルの持ってるラストを半分こするからそっちで分けてね』


『ったく、腹減ったらな』


『まだ大丈夫大丈夫』


ちょっとした休憩

しかしリゲルは追い付いてきたロイヤルフラッシュ聖騎士長を眺めると、懐からリンゴを取り出して半分に割る


半分をクワイエットに投げ渡し、残りの半分を持ったままロイヤルフラッシュ聖騎士長に近づいた

何をしようとしているのか、それはエーデルハイド達やクワイエットはわかっていた


ロイヤルフラッシュ

『どうした?』


リゲル

『これ食べればある程度は元気になりますよ』


カイ

『危ないですぞ?』


ロイヤルフラッシュ

『…すまぬが頂こう』


ペロリと平らげたロイヤルフラッシュは溜め息を漏らすとその場に座り込み、部下と共に小休憩を取る

カイとシューベルンは毒リンゴかと最初は疑ったが、それは数分後に否定される事となった


『痛みが和らいでいく…これは何だ?』


『俺とクワイエットが飛ばされたエリアに生えてたリンゴっすよ。食べると自然治癒力が凄い上がるし、満腹感もあれば魔力もそこそこ回復するとんでも食材っすね』


『何故俺に渡した?』


『さあ?』


リゲルは首を僅かに傾げた

素直になれない性格から出た言葉、ロイヤルフラッシュ聖騎士長は持ち場に戻ろうと背を向けたリゲルに無意識に口を開いてしまう


『すまなかった…私の選択が誤ってなければルドラは死ぬことはなかったやもしれん』


何を思い、彼が謝ったのかは二人にしかわからない

リゲルは足を止めると、振り向かずに『子供でも作ってみたらどっすか?』と告げて仲間の元に戻って行った


(部下に学ばされるか…。だが悪くない…)


ロイヤルフラッシュ聖騎士長は笑みを浮かべた


『後方から何か来ている』


黒豹人族である彼の聴覚は人間よりはるかに優れており、数百メートル先の音さえも集中すれば聞くことが出来る

聖騎士達は険しい顔を浮かべたまま、武器を構えて後方に体を向ける


また鬼か?と誰もが内心では億劫な感情を抱き始める

それをいち早く感じたロイヤルフラッシュ聖騎士長は『鬼の足音ではない、もう少し小柄だ』と言って部下たちの不安を消し去る

だがしかし、だからと言って手ごろな敵がいるという事にはならない



カイ

『…あれは』


後方から現れた魔物に聖騎士は深い溜息を漏らす


リゲルとクワイエットを苦戦させたジャックという魔物

両手が剣となっている腕の長い人型の魔物であり、体は赤い模様をしている、

頭部は鎖で巻かれていて不気味さを放つ

そして聴覚がかなり鋭く、能力値も全体的に高い


それが3体も現れたのだ

ロイヤルフラッシュ聖騎士率いる聖騎士達も相手をしたことがあり、この魔物の面倒さを知っている

だからこそ鬼じゃなくても重たい雰囲気を漂わせたのだ


リゲルとクワイエットは後方の様子に気づき、視線を向けるとクワイエットをその場に残して聖騎士達に近づいていく


リゲル

『ジャックって名前で呼んでる、強ぇぞ』


シューベルン

『…知っとるわ。3体もいるとは』


ドミニク

『どうしますか…聖騎士長』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『リゲル、1体頼めるか?』


リゲル

『はいよ』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『カイはシューベルンと組んで1体を撃破しろ、俺にはバウエルとドミニクがつけ』


指示を終えた瞬間にそれは起きた

力なくユラユラと歩いてきたジャックがいきなり駆け出してきた

その速度はかなり早く、直ぐに聖騎士達の前にまで迫る


『ゴォォォォ!』


地の底からわき上がるような低い声を上げながら飛び込んできたジャック

ロイヤルフラッシュ聖騎士長は『戦え!』と叫ぶと怪我をした体に鞭を打つ

鋭く長い両爪が振り落とされると、彼は両手に握り締めた大斧を大きく振り上げてジャックの攻撃を弾き返した


力では圧倒的にロイヤルフラッシュ聖騎士長が上、いや全てにおいてジャックより上回っているだろう

弾かれたジャックがバランスを崩すと、そのタイミングでバウエルとドミニクがトドメを刺さんと差し迫る


しかし、本能的に危険と判断したジャックはロイヤルフラッシュ聖騎士長の胸部を蹴り、宙を舞う


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

(ずる賢い奴めが!)


『くそっ!』


『ゴァァァ!』


『やべっ!』


ジャックが両爪に魔力を流し込んだ

それは両断一文字という厄介な技であり、触れた物質を確実に斬ることが出来る特徴を持つ

このスキルでも斬れない物質は存在するが、彼らはそれを知らない


バウエルとドミニクは頭上から爪を振り落としてくるジャックの技が何なのか体感的に感じると、大袈裟に飛び退く


間一髪であったが、彼らがいた場所の地面は大きく斬り裂かれて威力の高さを物語っていた

あれに当たったら確実な死。

ドミニクはゾッとしながらもバウエルと共に駆けだした


『この雑魚が!』


ジャックに土台にされたロイヤルフラッシュ聖騎士長は腕を振り回すジャックの攻撃を大斧で受け止めながら押し込んで尻もちをつかせる

直ぐに足を掴み、後方から近づく部下2人に向かって敵を投げた


それには2人共ビックリしてしまうが、飛んでくるジャックの赤い目が自分たちを見ていると気づき、足を止めてしまう

彼らは嫌な予感を感じたが、それは正しかった


『ゴォォォ!』


ジャックは吹き飛びながらも体を回転させ、2人を斬り裂こうとしたのだ

それには2人共たまらず地面に倒れ込む形で伏せて避けることが出来た

相手はBランクであり、予定通り倒せるはずがないのだ


『やべぇだろあいつ』


『つべこべ言わずに行くぞ』


2人は受け身を取ったジャックが一直線に自分たちに向かってくると、勇敢にも立ち向かう

だが彼らの横をロイヤルフラッシュ聖騎士長は追い越し、大斧を振り落とす


『くたばれ!』


『ゴッ!?』


ジャックはロイヤルフラッシュ聖騎士長の気迫に一瞬気を取られ、避けれないとわかると両爪を使って大斧を受け止める

金属音が響き渡ると同時に、力の差が瞬時に現れる


ロイヤルフラッシュ聖騎士長の一撃を受け止め切れずにガードしたまま地面に背中から叩きつけられたのだ

流石のジャックもこれには驚き、彼から離れようと横に転がるがロイヤルフラッシュ聖騎士長はすぐさま足を掴んでしまったために逃げる事が出来なかった


何が起きるのか、それは単純だった

玩具を貰った子供の様にロイヤルフラッシュ聖騎士長はジャックの足を掴んだままビタンビタンと放物線を描きながら地面に何度も叩きつける


これにはバウエルとドミニクも戦いの手を止め、見ているしかなかった


『ゴッ!?ゴガフッ!?』


『力が正義だ!くたばれ!』


彼は最後に全力で地面にジャックを叩きつけ、流れるようにして大斧を振り落として頭部をカチ割る

頭を割られて生きている生物などこの世には殆どいない、パペット種でなければだ

ジャックはアンデット種であり、人型となると頭部破壊で活動を停止してしまう


ピクピクと痙攣しているジャックは直ぐに動かなくなると魔石を体から出す

それによって聖騎士2人もホッとし、ロイヤルフラッシュ聖騎士長に歩み寄る





その間、カイとシューベルンは必死の思いでジャックの首を刎ね飛ばし、息を絶え絶えにしながらも『やったぞ…』と小声で自身を褒め称える


リゲルは無駄に長引かせた戦闘を避けるため、ジャックの引き裂く攻撃が来ると同時に龍斬を発動し、爪を破壊しつつもジャックの体を龍の爪の様な斬撃で引き裂いた


彼はそこで運が味方する

倒したジャックの魔石が光っていたからだ

両断一文字という技、彼は既に手に入れていたが更にレベルが上がる事に僅かながら機嫌を良くする

魔石のスキルを吸収してから仲間の元に戻り、『楽勝』とクリスハートに告げて休み始めた


カイ

『とんでもない魔物ですな、スリムな将軍猪と言えば良いのか』


バルエル

『動き回り過ぎですよアレ』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『捕まえれば大したこと無いのだがな』


シューベルン

『ロイヤルフラッシュ聖騎士長殿は無理をなさらずとも』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『良い、今休むからな』


彼はそう告げると、戦いの熱が冷めぬうちにリゲルのもとに歩き出す

言っていかないといけないことがある、彼にはそういった思いがあったのだ

自分だけが知っている情報を、できるだけリゲルに話すために


(それにしても…)


ロイヤルフラッシュ聖騎士長はふと感じたのだ

聖騎士協会に入団した時のルドラにそっくりだ、と

最初はリゲルよりも口が悪く、指示をあまり聞かないヤンチャな人間の小僧っ子だという思い出が彼の脳裏に呼び覚まされる


何よりも目が似ている、似過ぎているのだ


(あの時を思い出す、お前を見ているとな…。ルドラから教わったことも多々あった、お前も父の意思を無意識に継いでいるのが面白い)



『なんすか?』


『ルドラの話を聞きたくはないか?』


『ここでっすか』


『いや、俺の独り言だ…勝手に聞け。あいつは母を亡くしたショックもあったが、父として息子を絶対に守るという意思は誰よりも強かった…お前が初めて幻界の森に行き、逃げ遅れた時の事は詳しく聞いてるか?』


『バッハさんから少しですよ、あんたに怒鳴ってから指示を無視して助けに来たって』


『昨日の事の様に俺は覚えている、俺は行くなと言うとあいつは確かに俺に怒りを見せてきた、その中でも飛びぬけて強く言った言葉がある…。息子を助けない親がどこにいる、とな』


『…』


『この俺に殺意を剥き出しにして目だけで殺そうとしておったわ…くふふ。あれはお前に対する罪の意識での行動ではない、真っ当な父としての感情から湧き出た言葉だ。あと数年生きていればあ奴が聖騎士長として登る積めていたかもな』


『…』


『金を貯め始めていた。どうして節約してるんだと聞くとあいつは言ったんだ…息子は時期に聖騎士をやめる。あいつはここで開花する男じゃないからそのための金を貯めている。もし俺が死んだら息子に渡してください。やりたいことの殆どに金が要りますからと笑いながら言っておった』


『他には』


『誕生日に何が欲しいのかわからず、不安になりながらも靴下をプレゼントしたら嫌そうな顔しながらも笑ってくれた事に喜んでいた…馬鹿親とはこういう事なんだなと俺は知った』


『あの真っ白い靴下か…汚れ目立つのにまぁあれで悩んだのかよ』


リゲルは乾いた笑みを浮かべ、地面に座る

彼の記憶にも当時のルドラが思い出された

いつも生真面目そうにしていた人間なのに、裏では自分の知らないところで馬鹿な親を見せていた

それを見たかったかもしれないと、リゲルは静かに思った


『一緒に飯を食いに行ったときに話した会話だが、どんな女がリゲルに似合うかという内容で俺が美人でいいんじゃないかといったらあいつはしかめっ面しよったな、それだけじゃ駄目だ。心が綺麗な女性が一番魅力的だとな』


『勝手にそんな話すんなよな…』


『その話の無いようなあいつが死ぬ前に連絡魔石での報告の中で再度したことがある』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長は周りで座ったまま聞いているエーデルハイドの中で1人の女性を見つめた

クリスハートだ

彼女はギョッとした様子を見せると、ロイヤルフラッシュ聖騎士長はリゲルに視線を向けて言い放ったのだ


『息子の面倒を見れそうな女性がいた。案外気が強い綺麗な女性だった…もしかしたらあれくらいが息子に丁度良いのかもしれない、あいつは素直じゃない性格だし優しすぎる女性よりかはあれくらいが良い。父として少し頑張ったぞって自慢げに話したのが最後の連絡だったな』


『勝手に変な取り決めしてんじゃねぇよ…』


リゲルは思い出に浸りながらも、思うことがあった

父は素直かどうかは別として本当に不器用な人だった

勘違いされるような行動をする人だったことは聖騎士時代で彼はわかっている


好きだけど一緒に入れない、ルドラは妻から離れて精神を鍛える為に聖騎士に入団した

酒を完全に絶ち、一人前で家族に会うためにだ

しかし、自身の失態によって妻が死んだと思い、彼は嘆いた


そして幼いリゲルに絶望的な罵倒をされた

それでも彼は父としてリゲルを育てた


不器用で運が悪い父を持ったリゲルだが

悪くない父だったと心から思う事が今ようやく完全に出来たのだ


(馬鹿親はよぉ…母さんが死んだのはヴィンメイだっつぅの。あんたは酒癖悪かっただけだろ。)


クリスハート

『破廉恥な事を考えてますね?』


リゲル

『お前調子良いな』


クリスハート

『何がですか!?馬鹿にしている気がしますけど』


リゲル

『されてないと思うか?』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長は(ほら始まった)と笑みを浮かべ、彼らに背を向けて聖騎士達のもとに戻る

楽しそうな会話が彼の耳を通り、僅かに心を癒していく


クリスハート

『てかこの先に鬼が沢山いる危険があるんですよ?本当に進むんですか?』


リゲル

『進むしかねぇ。人は前に歩くために生きてんだ、黙ってついてこい』


クリスハート

『少し良い言葉に聞こえますが状況が悪くなったらどうする気ですか…』


リゲル

『そんときゃ一緒に死んでやるよ』


無意識に放ったリゲルの言葉

それには聖騎士達のもとに戻ったロイヤルフラッシュ聖騎士長も『ん?』と振り返る


クワイエットはいつも通りニコニコ

アネットは少しキョトンとしており、ルーミアとシエラはアハハと笑っていた

しかしクリスハートだけが反応が違ったのだ


彼女の顔はこの世に存在する熱よりも熱く、炎よりも赤く

いかなる物質よりも体が硬くなっていたのだ


『はははははは破廉恥すぎますっ!ここでプロポーズとか何考えてるんですか!?』


『はっ!?プロポーズとかしてねぇだろ?お前何を勘違いしている!?』


『一緒に死んでやるって天寿を共に全うするって事じゃないですかかかか!?』


『凄い英才教育されたんだなお前、魔物相手に一緒に死んでやるって意味だったのわからねぇ!?』


『普通はプロポーズに使う言葉だと母に聞きました!』


『母の言葉は忘れろぉ!おいアネット!シエラ!ルーミア!お前ら今ので勘違いすっか!?』


シエラ

『クリスハートちゃん、超ピュアだからする』


アネット

『サンタさんをまだ信じてるんだよ?勘違いするに決まってるでしょ』


ルーミア

『リゲル君の言い方が駄目だよ。真剣にクリスハートちゃんの目を見つめて言いすぎ、そりゃ貴族生まれで育ってるから勘違いしちゃうって…』


クワイエット

『リゲル楽しそうだね』


リゲル

『おい』


クリスハート

『本当に破廉恥ですっ!』


リゲル

『だぁわかったわかった!今日は負けてやるよ』


こうしているうちに、休憩の時間は終わりを告げる

本調子ではないロイヤルフラッシュ聖騎士長はリゲル達を先頭にし、聖騎士を後方に置いて歩き出す


いまだ熱冷めやらぬクリスハートではあるが、それをリゲルがなんとか鎮めつつ次なる場所を目指す

どこにつくかもわからない彼らだが、谷底を抜けた先では思いもよらぬ出会いがあった













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