第179話 幻界編 19

デスペルの特殊個体であるベオウルフは襲い掛かるリゲルとクワイエットに向けて火の玉を飛ばす

その数は5つほどだが投擲速度は速く、生半可な強さの人間では避ける事が困難だ

たかが火の玉、しかしそれに触れてしまうと直ぐに燃え広がり、消す事は難しい

鬼火という魔法スキルであり、それを常時纏いながら他の魔法や技スキルを使用できるという優れたスキルである


(ちっ!)


その魔法スキルを知っているリゲルは当たらぬように避けつつクワイエットと共にベオウルフに駆け出す。

しかし、予想とは違ってベオウルフは距離を取らずに2人に突っ込んだ


全ての鬼火を体の周りに纏わせ、左手に握るツヴァイハンターという剣を大きく振ると、リゲルがそれを受け止め、クワイエットが攻撃をするために剣を突きだす


『甘い』


ベオウルフは顔を狙われていると直ぐに悟り、姿勢を低くして攻撃を避けるとリゲルと打ち合っていた剣に力を入れて彼を押し込み、クワイエット諸共吹き飛ばす


『うわっ!』


『瞬発力だとあっちが上か!』


吹き飛ばされながらも体を回転させ、飛んでくる鬼火をクワイエットと共に斬って消していく

相手はいつも戦っている魔物とは違い明らかに上位種であるランクB、それもいままでのBとは違う

その上であるAに匹敵しても可笑しくはない敵だ


リゲルとクワイエットは奴が他に何か隠しているのだろうと思い、迂闊に突っ込むのを止める

するとそこでベオウルフの遥か後方に落ちている右腕がいきなり動き出し、5本の指を使って地面を移動して本体をよじ登る


何が起きるのかと見ていると、それは単純な事だった

腕が本体と結合し、元通りになったのだ

くっついた右腕を見ながらも手を閉じたり開いたりと動作確認をするベオウルフは笑みを浮かべ、リゲル達に顔を向ける


『そういえばデスペルは初めてではないようだな。』


『悪いけど叫ばないでね』


『なら叫ぶか』


『っ!』


直接聞けば体力を奪われ、死に至るデスペルの叫び

それは耳を塞いだとしても僅かに効果があった

二人は直ぐ様に耳を塞ぐが、ベオウルフが叫ぶと別な現象が起きた


甲高い叫び声と同時に音の波動が飛んだのだ

それは明らかな攻撃であり、二人を狙う


『やばっ!』


クワイエットは口を開き、リゲルと左右に避けた

すると声の波動は建物の壁を容易く破壊し、見えぬ奥まで飛んでいく


流石に直撃したら命などないと悟るリゲルは自慢げな表情をするベオウルフに視線を戻しつつ武器を構える

これが切り札だと言わんばかりの顔に僅かに憎らしさを覚えるが、リゲルも切り札を持っている


それをいつ使うか彼は悩んでいた


『凄いねリゲル、叫んだら壁が吹き飛んだよ』


『ヤバい野郎だな、しかも避けれるように少し高めに放ったろ』


『ご名答、次は死ぬぞ?』


『そうかいそうかい、お前を倒せばなんかくれるのか』


『特殊個体となるとスキルの確定ドロップ、私が持つスキルでレベルが一番高いのが手にはいるだろうが、夢のまた夢』


『くれよ』


リゲルはクワイエットと共に駆け出す

鬼火を飛ばすベオウルフだが、彼らには当たらぬと悟ると直ぐに右手に炎を集め始めた


同時にリゲルは前から、クワイエットは後ろからと挟み撃ちでベオウルフに攻撃を仕掛ける


しかしデスペルの特殊個体というだけあって反応速度がずば抜けており、二人が同時に攻撃するとベオウルフは体を回転させながらリゲルとクワイエットの剣を弾き、背後のクワイエットを蹴り飛ばしてからリゲルに剣を振り下ろす


『ちっ!』


『甘い』


ベオウルフの攻撃を受け止めず、真横に避けたつもりだったリゲルは追従するかのように一瞬で目の前にベオウルフが現れた


『っ!』


ベオウルフの剣がリゲルの胸部を狙う

リゲルは体を半回転させて避けるが、僅かに体を斬られた

だが御構い無しで彼はベオウルフの左腕を掴むと、投げ飛ばそうと引き寄せた


しかし、寸前でベオウルフを体に力を入れて抵抗し、逆にリゲルの腕を掴むと背後から飛び込んできたクワイエットに向かって投げ飛ばした


『まだだぞ』


仲良く吹き飛ぶ二人に向かってベオウルフは右手の大きな炎玉を撃ち出す

リゲルは受け身をとれずに地面に叩きつけられたが、クワイエットは着地をすると目の前に迫る炎玉を剣で両断すり


すると左右後方に飛んでいった炎の玉は大爆発を引き起こし、粉塵を巻き上げた


(やっば…)


即死級の攻撃ばかり、それが上位種

クワイエットは目の前に一瞬で辿り着いたベオウルフが振り下ろす剣を受け止め、弾き返すと攻撃に転ずる


直ぐにリゲルも加勢したのだが、二人が相手しても剣は当たらずに避けられるか受け止められる

耐久面は高くはないからこそ一撃が難しい、それはわかっていても予想以上に当たらない事にクワイエットは苦笑いを浮かべる


『やられてくれないかな!』


『それは無理だ、久しぶりの人間で私も高揚している』


ベオウルフはそう言いながらクワイエットの剣を弾き、そのまま吹き飛ばす

リゲルの剣をスレスレで飛び退き、二人と距離を取ると彼は少し浮遊した状態のまま彼らの様子を見始めた


リゲルとクワイエットはまだ息が切れておらず、それにはベオウルフも(上物か)と彼らの評価を上げた

耳を塞いだとしても体力をそれなりに奪う叫び声、それを聞いたあとに先程の攻防をして息切れを見せない人間を彼は初めてみたのだ


『相当鍛えた人間か』


『まぁな。クワイエット大丈夫か』


『僕は平気、でもこの人形さん面倒だね…』


『だが倒さないと進めんぞ』


『お前らはいまだに生きれると思っているのか』


『悪いかよ』


『無駄な自由だ』


ベオウルフはリゲルに向かって襲いかかると、連続してツヴァイハンターを突き出す

当たるまいと剣で弾き、そしてある程度を避けながら凪ぎ払うような斬擊を全力で弾き返した


それは後方から迫るクワイエットの為の隙

しかしベオウルフは背後を見なくとも前後に敵がいることぐらい理解していた


『無駄』


囁きながらも弾かれた勢いを殺さずに回転すると、クワイエットが振り下ろす剣を受け止める

リゲルが直ぐに攻撃に移るが、剣を振ろうとした時にはクワイエットとの鍔迫り合いを止めて飛び退く


着地までの滞空中、ベオウルフは右手を二人に伸ばしたまま赤い魔法陣を展開すると、そこから炎球を撃ち放った


『やべ!』


『やばっ!』


エナジーフレア

触れたら即死である魔法であるため、二人は左右に跳んで避けた

彼らがいたであろう地面に炎球が落ちると、そこは激しく燃え盛る火柱隣、辺り一面を赤く照らす


(本当に面倒だ)


本気で剣を振っている、だがベオウルフは彼らの攻撃を受け止めてしまう

スピードもパペット種であるためかなり高く、同時に回避能力も高い


『パペット種は体力はほぼ枯渇せぬ、飲まず食わずの君たちでは私を倒すなど不可能だよ』


その場で剣を降り、斬擊がクワイエットに飛ぶ

彼は受け止めるよりも避けようと動き出した

体力を温存するための判断としては正しかったが相手がベオウルフならばそれは間違いだ


『!?』


二人の視界からベオウルフが一瞬で消えた

そこで彼らは大事なことを思い出す。

デスペルは転移魔法を使用することが可能だ


だから今ベオウルフはクワイエットが避けた先に姿を現したのだ。


『ちょっ!』


『馬鹿が!』


人間などちょろい、ベオウルフはそう思いながら慌てふためくクワイエットに剣を振り下ろす

しかし彼は大きな間違いを起こしていた

今まで迷子になってここにいた冒険者とはまったく質が違う人間だと知らなかったのだ


ベオウルフは今、それを知る


(ぬっ!?)


慌てふためいていたクワイエットの顔が真剣となる

不気味なほどに目を細め、ベオウルフの攻撃を剣で弾いたのだ

人形の体といえども、クワイエットの力は彼の腕にビリビリと伝わる


『貴様っ!』


『今本気だすよ』


『小癪なぁ!』


背後から近づくリゲルを右手から放つ衝撃波で吹き飛ばすと、ベオウルフはクワイエットと何度も武器を交えた

ようやくベオウルフもそこで全力を出すことになるのだが、クワイエットとの力の差は拮抗していた


力のクワイエット

技のリゲル

二人の関係はそのようになっているが、クワイエットはルドラと同等の筋力を持つ者としてロイヤルフラッシュ聖騎士長から太鼓判を押されていた

それほどまでに強いのである


『デットエンド!!』


赤く染まるクワイエットの剣、ベオウルフは危険過ぎる技だと察しつつも技で対応するために剣に魔力を流し、唱えた


『無双一天!』


アンデットに絶大なダメージを与えるデットエンド

音速を越えた雷を纏う強力な斬擊の無双一天

どちらも渾身の一撃だと言わんばかりに顔を強張らせ、武器をぶつけ合う



鼓膜が破れても可笑しくはない炸裂音が鳴り響くと、クワイエットは勢い良く遥か後方に吹き飛び、壁にめり込む


『ぐぬっ!』


ベオウルフは両腕に僅かな亀裂が走ったのを見て驚愕を浮かべる

もしクワイエットが別の技だったならば破損することはなかっただろう

だがデットエンドだけは訳が違う

デスペルはパペット種だが、この魔物はアンデットの技も有効なのだ


(くそ!面倒な技を持っておるか)


トドメを刺さねば、ベオウルフは直ぐに答えを出した

体の周りに浮遊する鬼火を飛ばせば今なら容易い

二人を相手していなければ


『龍斬!』


(こやつも!)


知っている技

ベオウルフはここで焦りを覚えた

魔物最強種とも言われる龍種にダメージを与える龍斬は他の魔物が受ければ致命的である

受けることはできない、避けるしかない技だ


飛び込んできたリゲルの振り下ろす剣、その斬擊は龍の爪のように3つに増える


『生意気な…』


ベオウルフはその場から一瞬で転移し、リゲルの背後に回ると剣を振り下ろす

寸前で半回転しながら飛び退くリゲルだが、完全に避けることはできなかった


『ぐっ!』


胸部から血が吹き出す、深くもなく浅くもないがこの戦闘では戦況に左右すると言っても過言ではない怪我に間違いは無い


『どうした小僧!』


リゲルは追従してきたベオウルフの横殴りの剣擊を武器でガードし、地面を滑るようにして吹き飛ぶ


(やべ…血が) 


流せば不味い

空腹が続けば今体内を流れる血液とは命よりも重いのだ

止血する暇もなく、彼は心の中で舌打ちをしながらも背後に瞬間移動してきたベオウルフの袈裟斬りを剣で受け止め、即座に胴体を蹴って吹き飛ばした


『どうした見世物野郎、力が出せなくなったか』


『口だけはいっぱしか。』


(だがしかし…)


彼はひび割れた両腕に視線を向けた

再生するはずのダメージが再生しないのだ


(デットエンドか)


『どうした?怖じ気たか』


『面白い人間だな。いつまで気絶したフリをしているデットエンド小僧』


『バレた』


クワイエットは壁から抜け出すと、平気そうにしながらリゲルの隣に並ぶ

彼も無事ではない、リゲルと同じくダメージは深刻だった


(背中のどこかヒビ入ったなぁ)


クワイエットは真剣な顔のまま、自身の怪我を悟られぬようにする

本当ならば安静にするほどの怪我だ

倒したら少し休めば良い、クワイエットは浅はかにも軽く考える


『何故ここに来た?小僧供』


『いきなり強制転移されたんだぜ?来たかったわけじゃねぇよ』


『家まで送ってくれるかな?』


『強制転移か、主様のお目にかかったというのか』


『幻界の森のボスの事か』


『左様、天呪様のゲームに貴様らは巻き込まれたのだ…生きて帰れまい』


『天呪様とかどこの村の宗教だよ、お前みたいなオモチャでも布教してんのか?』


『無謀な言葉は死を招くぞ?』


ベオウルフはそう答えると、二人相手に襲いかかる

リゲルやクワイエットは剣擊を剣でガードしつつ、二人同時に力を入れて弾き返す


リゲルが大声を上げ、今出せる全力を持ってベオウルフに飛び込むとクワイエットも続く

二人が振る剣はベオウルフの剣と交わり、大きな金属音が何度も鳴り響く


(チッ)


リゲルは舌打ちしながらも胸部に走る痛みを堪えた

この場に無傷などいない

ベオウルフの両腕はひび割れており、リゲルの胸部にはそれなりに深い斬られた傷、クワイエットは背中の肩甲骨のヒビ

この中で痛みを感じない分ならばベオウルフが有利だ


実際ベオウルフは自身が有利だと思っていた


『おらぁ!』


瞬時にベオウルフの背後に回ったリゲルは剣を振る

だが振り向き様に右手で掴まれて止められてしまい、リゲルは驚く


『ふん!』


『うわ!』


耐久性の低さがあるパペット種の筈が、リゲルは素手で剣を掴んだのを見て悟る、一撃与えたとシテモこいつは倒れない、と

ベオウルフは剣ごとリゲルをクワイエットに投げるが、クワイエットは容易く避けてからベオウルフの袈裟斬りを剣で受け止め、胴体を蹴って大きくバランスを崩す



チャンスだと二人は思い、リゲルも直ぐに起き上がるとクワイエットと共に飛び込んだ

決める気なのだ


しかし、相手はBでも最上位に位置するデスペルの特殊個体

そう易々とやられる存在ではない

相手がこの2人じゃなければ


『面白い人間だが疲れが見えてきてるぞ!』


『なら倒してみろや!』


リゲルは荒げた声を上げながら我先にと前に出る

瞬時にベオウルフの正面に出ると、このチャンスに賭けようと胸に誓う

その決意は後方のクワイエットにも伝わっているのだろう、彼は目を細めて剣に魔力を流し込むと赤く染め始めた


ベオウルフは一瞬クワイエットに視線を奪われる

デットエンドを内心では恐れていたからだ

そのせいで彼はリゲルに先制を許してしまう事となる


『くっ!』


『おらぁ!!』


カキン!と大きな金属音が響き渡る

剣を振る時に力の入れるタイミングがずれてしまったベオウルフは大きく弾かれ、仰け反りそうになると右手を前に出し、リゲル諸共後方のクワイエットを倒さんと赤い魔法陣を展開した


自身を巻き込む可能性が高いエナジーフレア

止む無しでも撃つしかなかったベオウルフは放とうと魔法を発動しようとした途端、リゲルの左手に視線を奪われた


腰付近、ペンのようなものを持つリゲルだが、彼が持っていたのは1発限りの玉を放つスティンガー


(あれは…)


知らない小道具だとしても自分を窮地に追い込む物に違いない、ベオウルフはそう感じた

だが時すでに遅し、リゲルの持つスティンガーが先に放たれると弾はベオウルフの顔面に命中し、ひび割れる


『ガッ!!』


(右目が…)


右の視界が無い、右目をやられたのだ

即座にその場から転移して逃げなければ不味いベオウルフは技を止めて瞬時に発動できる転移魔法を使用しようとしたが、思わぬ事態に見舞われる


リゲルが口元に笑みを浮かべ、『逃げれねぇよカス』と囁く


(転移できぬ!?)


ベオウルフは転移魔法を発動できなかった

理由はきっとわかるはずもない、リゲルの放った弾は普通のスティンガー弾ではなく、魔石を削って作られた貴重な弾だったのだ

それを受けてしまうと、一定時間だけ魔力操作に弊害を起こす


『くそ!』


『おらよ!』


『ぬぅ!』


リゲルの剣を受け止めても、これに賭けている彼の攻撃を完全にガードすることは出来なかった

ことごとく弾かれ、大きくバランスを崩してしまったのだ

瞬時に目の前に飛び込んでくるクワイエットを眺め、ベオウルフは悟る


(数百年振りの敗北か)


『デットエンド!』


魔力によって赤く染まるクワイエットの剣はベオウルフを右肩から斜めに両断して吹き飛ばした

静寂と化した戦場で真っ二つになったベオウルフが地面に落下するのをリゲルとクワイエットは息を切らしながら様子を見守る


立つなと心の中で何度も願いながらだ

2人の体力も殆ど底をついているからである


動く事が無い敵、しかし2人は構えは決して解かない

クワイエットが僅かに半歩前に出ると、地面に倒れるベオウルフが顔を持ち上げる


『只者ではなかったようだな』


『Bは慣れてる筈なんだけどねぇ』


『デットエンドか、まぁ良い…。俺が死ねばデスペルの特殊個体であるベオウルフは襲い掛かるリゲルとクワイエットに向けて火の玉を飛ばす

その数は5つほどだが投擲速度は速く、生半可な強さの人間では避ける事が困難だ

たかが火の玉、しかしそれに触れてしまうと直ぐに燃え広がり、消す事は難しい

鬼火という魔法スキルであり、それを常時纏いながら他の魔法や技スキルを使用できるという優れたスキルである


(ちっ!)


その魔法スキルを知っているリゲルは当たらぬように避けつつクワイエットと共にベオウルフに駆け出す。

しかし、予想とは違ってベオウルフは距離を取らずに2人に突っ込んだ


全ての鬼火を体の周りに纏わせ、左手に握るツヴァイハンターという剣を大きく振ると、リゲルがそれを受け止め、クワイエットが攻撃をするために剣を突きだす


『甘い』


ベオウルフは顔を狙われていると直ぐに悟り、姿勢を低くして攻撃を避けるとリゲルと打ち合っていた剣に力を入れて彼を押し込み、クワイエット諸共吹き飛ばす


『うわっ!』


『瞬発力だとあっちが上か!』


吹き飛ばされながらも体を回転させ、飛んでくる鬼火をクワイエットと共に斬って消していく

相手はいつも戦っている魔物とは違い明らかに上位種であるランクB、それもいままでのBとは違う

その上であるAに匹敵しても可笑しくはない敵だ


リゲルとクワイエットは奴が他に何か隠しているのだろうと思い、迂闊に突っ込むのを止める

するとそこでベオウルフの遥か後方に落ちている右腕がいきなり動き出し、5本の指を使って地面を移動して本体をよじ登る


何が起きるのかと見ていると、それは単純な事だった

腕が本体と結合し、元通りになったのだ

くっついた右腕を見ながらも手を閉じたり開いたりと動作確認をするベオウルフは笑みを浮かべ、リゲル達に顔を向ける


『そういえばデスペルは初めてではないようだな。』


『悪いけど叫ばないでね』


『なら叫ぶか』


『っ!』


直接聞けば体力を奪われ、死に至るデスペルの叫び

それは耳を塞いだとしても僅かに効果があった

二人は直ぐ様に耳を塞ぐが、ベオウルフが叫ぶと別な現象が起きた


甲高い叫び声と同時に音の波動が飛んだのだ

それは明らかな攻撃であり、二人を狙う


『やばっ!』


クワイエットは口を開き、リゲルと左右に避けた

すると声の波動は建物の壁を容易く破壊し、見えぬ奥まで飛んでいく


流石に直撃したら命などないと悟るリゲルは自慢げな表情をするベオウルフに視線を戻しつつ武器を構える

これが切り札だと言わんばかりの顔に僅かに憎らしさを覚えるが、リゲルも切り札を持っている


それをいつ使うか彼は悩んでいた


『凄いねリゲル、叫んだら壁が吹き飛んだよ』


『ヤバい野郎だな、しかも避けれるように少し高めに放ったろ』


『ご名答、次は死ぬぞ?』


『そうかいそうかい、お前を倒せばなんかくれるのか』


『特殊個体となるとスキルの確定ドロップ、私が持つスキルでレベルが一番高いのが手にはいるだろうが、夢のまた夢』


『くれよ』


リゲルはクワイエットと共に駆け出す

鬼火を飛ばすベオウルフだが、彼らには当たらぬと悟ると直ぐに右手に炎を集め始めた


同時にリゲルは前から、クワイエットは後ろからと挟み撃ちでベオウルフに攻撃を仕掛ける


しかしデスペルの特殊個体というだけあって反応速度がずば抜けており、二人が同時に攻撃するとベオウルフは体を回転させながらリゲルとクワイエットの剣を弾き、背後のクワイエットを蹴り飛ばしてからリゲルに剣を振り下ろす


『ちっ!』


『甘い』


ベオウルフの攻撃を受け止めず、真横に避けたつもりだったリゲルは追従するかのように一瞬で目の前にベオウルフが現れた


『っ!』


ベオウルフの剣がリゲルの胸部を狙う

リゲルは体を半回転させて避けるが、僅かに体を斬られた

だが御構い無しで彼はベオウルフの左腕を掴むと、投げ飛ばそうと引き寄せた


しかし、寸前でベオウルフを体に力を入れて抵抗し、逆にリゲルの腕を掴むと背後から飛び込んできたクワイエットに向かって投げ飛ばした


『まだだぞ』


仲良く吹き飛ぶ二人に向かってベオウルフは右手の大きな炎玉を撃ち出す

リゲルは受け身をとれずに地面に叩きつけられたが、クワイエットは着地をすると目の前に迫る炎玉を剣で両断すり


すると左右後方に飛んでいった炎の玉は大爆発を引き起こし、粉塵を巻き上げた


(やっば…)


即死級の攻撃ばかり、それが上位種

クワイエットは目の前に一瞬で辿り着いたベオウルフが振り下ろす剣を受け止め、弾き返すと攻撃に転ずる


直ぐにリゲルも加勢したのだが、二人が相手しても剣は当たらずに避けられるか受け止められる

耐久面は高くはないからこそ一撃が難しい、それはわかっていても予想以上に当たらない事にクワイエットは苦笑いを浮かべる


『やられてくれないかな!』


『それは無理だ、久しぶりの人間で私も高揚している』


ベオウルフはそう言いながらクワイエットの剣を弾き、そのまま吹き飛ばす

リゲルの剣をスレスレで飛び退き、二人と距離を取ると彼は少し浮遊した状態のまま彼らの様子を見始めた


リゲルとクワイエットはまだ息が切れておらず、それにはベオウルフも(上物か)と彼らの評価を上げた

耳を塞いだとしても体力をそれなりに奪う叫び声、それを聞いたあとに先程の攻防をして息切れを見せない人間を彼は初めてみたのだ


『相当鍛えた人間か』


『まぁな。クワイエット大丈夫か』


『僕は平気、でもこの人形さん面倒だね…』


『だが倒さないと進めんぞ』


『お前らはいまだに生きれると思っているのか』


『悪いかよ』


『無駄な自由だ』


ベオウルフはリゲルに向かって襲いかかると、連続してツヴァイハンターを突き出す

当たるまいと剣で弾き、そしてある程度を避けながら凪ぎ払うような斬擊を全力で弾き返した


それは後方から迫るクワイエットの為の隙

しかしベオウルフは背後を見なくとも前後に敵がいることぐらい理解していた


『無駄』


囁きながらも弾かれた勢いを殺さずに回転すると、クワイエットが振り下ろす剣を受け止める

リゲルが直ぐに攻撃に移るが、剣を振ろうとした時にはクワイエットとの鍔迫り合いを止めて飛び退く


着地までの滞空中、ベオウルフは右手を二人に伸ばしたまま赤い魔法陣を展開すると、そこから炎球を撃ち放った


『やべ!』


『やばっ!』


エナジーフレア

触れたら即死である魔法であるため、二人は左右に跳んで避けた

彼らがいたであろう地面に炎球が落ちると、そこは激しく燃え盛る火柱隣、辺り一面を赤く照らす


(本当に面倒だ)


本気で剣を振っている、だがベオウルフは彼らの攻撃を受け止めてしまう

スピードもパペット種であるためかなり高く、同時に回避能力も高い


『パペット種は体力はほぼ枯渇せぬ、飲まず食わずの君たちでは私を倒すなど不可能だよ』


その場で剣を降り、斬擊がクワイエットに飛ぶ

彼は受け止めるよりも避けようと動き出した

体力を温存するための判断としては正しかったが相手がベオウルフならばそれは間違いだ


『!?』


二人の視界からベオウルフが一瞬で消えた

そこで彼らは大事なことを思い出す。

デスペルは転移魔法を使用することが可能だ


だから今ベオウルフはクワイエットが避けた先に姿を現したのだ。


『ちょっ!』


『馬鹿が!』


人間などちょろい、ベオウルフはそう思いながら慌てふためくクワイエットに剣を振り下ろす

しかし彼は大きな間違いを起こしていた

今まで迷子になってここにいた冒険者とはまったく質が違う人間だと知らなかったのだ


ベオウルフは今、それを知る


(ぬっ!?)


慌てふためいていたクワイエットの顔が真剣となる

不気味なほどに目を細め、ベオウルフの攻撃を剣で弾いたのだ

人形の体といえども、クワイエットの力は彼の腕にビリビリと伝わる


『貴様っ!』


『今本気だすよ』


『小癪なぁ!』


背後から近づくリゲルを右手から放つ衝撃波で吹き飛ばすと、ベオウルフはクワイエットと何度も武器を交えた

ようやくベオウルフもそこで全力を出すことになるのだが、クワイエットとの力の差は拮抗していた


力のクワイエット

技のリゲル

二人の関係はそのようになっているが、クワイエットはルドラと同等の筋力を持つ者としてロイヤルフラッシュ聖騎士長から太鼓判を押されていた

それほどまでに強いのである


『デットエンド!!』


赤く染まるクワイエットの剣、ベオウルフは危険過ぎる技だと察しつつも技で対応するために剣に魔力を流し、唱えた


『無双一天!』


アンデットに絶大なダメージを与えるデットエンド

音速を越えた雷を纏う強力な斬擊の無双一天

どちらも渾身の一撃だと言わんばかりに顔を強張らせ、武器をぶつけ合う



鼓膜が破れても可笑しくはない炸裂音が鳴り響くと、クワイエットは勢い良く遥か後方に吹き飛び、壁にめり込む


『ぐぬっ!』


ベオウルフは両腕に僅かな亀裂が走ったのを見て驚愕を浮かべる

もしクワイエットが別の技だったならば破損することはなかっただろう

だがデットエンドだけは訳が違う

デスペルはパペット種だが、この魔物はアンデットの技も有効なのだ


(くそ!面倒な技を持っておるか)


トドメを刺さねば、ベオウルフは直ぐに答えを出した

体の周りに浮遊する鬼火を飛ばせば今なら容易い

二人を相手していなければ


『龍斬!』


(こやつも!)


知っている技

ベオウルフはここで焦りを覚えた

魔物最強種とも言われる龍種にダメージを与える龍斬は他の魔物が受ければ致命的である

受けることはできない、避けるしかない技だ


飛び込んできたリゲルの振り下ろす剣、その斬擊は龍の爪のように3つに増える


『生意気な…』


ベオウルフはその場から一瞬で転移し、リゲルの背後に回ると剣を振り下ろす

寸前で半回転しながら飛び退くリゲルだが、完全に避けることはできなかった


『ぐっ!』


胸部から血が吹き出す、深くもなく浅くもないがこの戦闘では戦況に左右すると言っても過言ではない怪我に間違いは無い


『どうした小僧!』


リゲルは追従してきたベオウルフの横殴りの剣擊を武器でガードし、地面を滑るようにして吹き飛ぶ


(やべ…血が) 


流せば不味い

空腹が続けば今体内を流れる血液とは命よりも重いのだ

止血する暇もなく、彼は心の中で舌打ちをしながらも背後に瞬間移動してきたベオウルフの袈裟斬りを剣で受け止め、即座に胴体を蹴って吹き飛ばした


『どうした見世物野郎、力が出せなくなったか』


『口だけはいっぱしか。』


(だがしかし…)


彼はひび割れた両腕に視線を向けた

再生するはずのダメージが再生しないのだ


(デットエンドか)


『どうした?怖じ気たか』


『面白い人間だな。いつまで気絶したフリをしているデットエンド小僧』


『バレた』


クワイエットは壁から抜け出すと、平気そうにしながらリゲルの隣に並ぶ

彼も無事ではない、リゲルと同じくダメージは深刻だった


(背中のどこかヒビ入ったなぁ)


クワイエットは真剣な顔のまま、自身の怪我を悟られぬようにする

本当ならば安静にするほどの怪我だ

倒したら少し休めば良い、クワイエットは浅はかにも軽く考える


『何故ここに来た?小僧供』


『いきなり強制転移されたんだぜ?来たかったわけじゃねぇよ』


『家まで送ってくれるかな?』


『強制転移か、主様のお目にかかったというのか』


『幻界の森のボスの事か』


『左様、天呪様のゲームに貴様らは巻き込まれたのだ…生きて帰れまい』


『天呪様とかどこの村の宗教だよ、お前みたいなオモチャでも布教してんのか?』


『無謀な言葉は死を招くぞ?』


ベオウルフはそう答えると、二人相手に襲いかかる

リゲルやクワイエットは剣擊を剣でガードしつつ、二人同時に力を入れて弾き返す


リゲルが大声を上げ、今出せる全力を持ってベオウルフに飛び込むとクワイエットも続く

二人が振る剣はベオウルフの剣と交わり、大きな金属音が何度も鳴り響く


(チッ)


リゲルは舌打ちしながらも胸部に走る痛みを堪えた

この場に無傷などいない

ベオウルフの両腕はひび割れており、リゲルの胸部にはそれなりに深い斬られた傷、クワイエットは背中の肩甲骨のヒビ

この中で痛みを感じない分ならばベオウルフが有利だ


実際ベオウルフは自身が有利だと思っていた


『おらぁ!』


瞬時にベオウルフの背後に回ったリゲルは剣を振る

だが振り向き様に右手で掴まれて止められてしまい、リゲルは驚く


『ふん!』


『うわ!』


耐久性の低さがあるパペット種の筈が、リゲルは素手で剣を掴んだのを見て悟る、一撃与えたとシテモこいつは倒れない、と

ベオウルフは剣ごとリゲルをクワイエットに投げるが、クワイエットは容易く避けてからベオウルフの袈裟斬りを剣で受け止め、胴体を蹴って大きくバランスを崩す



チャンスだと二人は思い、リゲルも直ぐに起き上がるとクワイエットと共に飛び込んだ

決める気なのだ


しかし、相手はBでも最上位に位置するデスペルの特殊個体

そう易々とやられる存在ではない

相手がこの2人じゃなければ


『面白い人間だが疲れが見えてきてるぞ!』


『なら倒してみろや!』


リゲルは荒げた声を上げながら我先にと前に出る

瞬時にベオウルフの正面に出ると、このチャンスに賭けようと胸に誓う

その決意は後方のクワイエットにも伝わっているのだろう、彼は目を細めて剣に魔力を流し込むと赤く染め始めた


ベオウルフは一瞬クワイエットに視線を奪われる

デットエンドを内心では恐れていたからだ

そのせいで彼はリゲルに先制を許してしまう事となる


『くっ!』


『おらぁ!!』


カキン!と大きな金属音が響き渡る

剣を振る時に力の入れるタイミングがずれてしまったベオウルフは大きく弾かれ、仰け反りそうになると右手を前に出し、リゲル諸共後方のクワイエットを倒さんと赤い魔法陣を展開した


自身を巻き込む可能性が高いエナジーフレア

止む無しでも撃つしかなかったベオウルフは放とうと魔法を発動しようとした途端、リゲルの左手に視線を奪われた


腰付近、ペンのようなものを持つリゲルだが、彼が持っていたのは1発限りの玉を放つスティンガー


(あれは…)


知らない小道具だとしても自分を窮地に追い込む物に違いない、ベオウルフはそう感じた

だが時すでに遅し、リゲルの持つスティンガーが先に放たれると弾はベオウルフの顔面に命中し、ひび割れる


『ガッ!!』


(右目が…)


右の視界が無い、右目をやられたのだ

即座にその場から転移して逃げなければ不味いベオウルフは技を止めて瞬時に発動できる転移魔法を使用しようとしたが、思わぬ事態に見舞われる


リゲルが口元に笑みを浮かべ、『逃げれねぇよカス』と囁く


(転移できぬ!?)


ベオウルフは転移魔法を発動できなかった

理由はきっとわかるはずもない、リゲルの放った弾は普通のスティンガー弾ではなく、魔石を削って作られた貴重な弾だったのだ

それを受けてしまうと、一定時間だけ魔力操作に弊害を起こす


『くそ!』


『おらよ!』


『ぬぅ!』


リゲルの剣を受け止めても、これに賭けている彼の攻撃を完全にガードすることは出来なかった

ことごとく弾かれ、大きくバランスを崩してしまったのだ

瞬時に目の前に飛び込んでくるクワイエットを眺め、ベオウルフは悟る


(数百年振りの敗北か)


『デットエンド!』


魔力によって赤く染まるクワイエットの剣はベオウルフを右肩から斜めに両断して吹き飛ばした

静寂と化した戦場で真っ二つになったベオウルフが地面に落下するのをリゲルとクワイエットは息を切らしながら様子を見守る


立つなと心の中で何度も願いながらだ

2人の体力も殆ど底をついているからである


動く事が無い敵、しかし2人は構えは決して解かない

クワイエットが僅かに半歩前に出ると、地面に倒れるベオウルフが顔を持ち上げる


『只者ではなかったようだな』


『Bは慣れてる筈なんだけどねぇ』


『デットエンドか、まぁ良い…。俺が貴様らを殺さずともいずれ死ぬ』


『悪いが死なねぇ』


『ならば進めばよい、人間が立ち入ってはならぬ場所であるとすれば知るほど今の余裕はなくなる…。次に出会うは邪悪な傑物、お前らの常識など通じぬ事を知るが良い…城の後ろに人間でも食える赤い果実がある、剣はやる。せいぜい頑張ること…だ』


ベオウルフは言葉を残すと、徐々に灰となって魔石だけを残して消えていった

発光している魔石を見ても2人は喜ぶことが出来ない

怠そうな様子を見せながらもリゲルは魔石を拾うと、それをクワイエットに渡す


『炎スキル欲しかったろ?』


『いいのかい?超レアスキルのエナジーフレアだけど』


『次の獲物は貰うぜ?』


リゲルはクワイエットの肩を軽くポンポンと叩くと彼と共に城を抜けるため、歩き出す

幻想によって立派だった城が、今では廃墟と化して今にも崩れそうなほどに朽ちていた


城を出る前、不思議と魔物は現れない

クワイエットはそれに関して首を傾げるが、出ないほうが彼らにとって良いだろう


ベオウルフの武器であるツヴァイハンターはクワイエットが手にし、城の裏側に出る

庭園が広がり、奥まで石床の道が続いている

その先には彼らが知る幻界の森、この城は森に囲まれていたのだ


『庭園の中の木々は朽ちてるね、一部以外』


『あれが食べれる果実ってか』


『リンゴにしか見えねぇが…』


2人は庭園の中で赤い果実が実っている木々に近づくと、1個ずつ掴み取る

見た目はリンゴ、しかし僅かに発光して美しさを感じたリゲルは毒には思えなかった


(…背に腹は代えられないか)


無暗に口に含むのは危険だが、食べるしかない

あそこまで体力を消費する戦闘をしてから森の中に入るなど無理なのだ

彼は決死の思いで食べる事に決めるが、隣ではクワイエットが美味しそうに既に食べていたのだ


『おまっ!?』


『凄い美味い!ヤバい!』


注意力散漫しているのはかなり空腹だったからだろうとリゲルが感じても、浅はか過ぎる行為に頭を抱えた

しかし、クワイエットに悪い異変は起きない

それよりも彼は『疲れが取れていく感覚』と口にし始める


(そこの宣伝文句だよ)


リゲルはそう思いながらもリンゴを食べる

そして思った、(美味い)と


気づけば2人は何個もリンゴを平らげ、いつの間には木の下で眠りについてしまった

寝ている隙に襲われることもなく、彼らは数時間の仮眠を済ませると怪我がある程度治っていることに驚きながらもリンゴを持てるだけ持って森に向かう


同時刻、エーデルハイドは飛ばされたエリアにて焦りを顔に浮かべ、逃げていた









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