第173話 幻界編 13

俺達は朝の6時には廊下に集まった

リリディの寝癖が凄まじいが、誰もが今置かれた状況に活路を見出だそうと気にすることはない


何かに見られている

そんな言葉をロイヤルフラッシュ聖騎士長が発した時、俺達は辺りを見回す

変わった様子はない


《何も感じねぇが》


リュウグウ

『透明化してるという事ではないのか』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『わからぬ、しかし…』


この人自身もその時の状況が理解できなかった様だ

棒読みに近い声が耳元でしたが、背後には誰もいなかったという


クローディアさんや父さんが険しい顔を浮かべている

それを見ているとティアは『早く出ないと』と口を開く

聖騎士達も賛同し、ロイヤルフラッシュ聖騎士長は直ぐにここを出る事を決めた


急ぎ足で神殿内の廊下を進んでいき、誰もが恐る恐る外に顔を出した

そこには叫び声を上げる魔物はおらず、大きな蛇の姿も見えない


聖騎士ジキットがホッとしたような顔を浮かべると、カイはロイヤルフラッシュ聖騎士長に向けて『直ぐに抜けますか?』と訪ねる


『…行くしかあるまい』


『わかりました。皆の衆よ、離れずそれぞれのチームで固まってここを出るぞ』


『先頭は俺で良い』


《…なんか》


アカツキ

『どうした?』


《いや…嫌な予感がすんだよ》


リュウグウ

『余計な事いうな馬鹿』


《手厳しいねぇ》


ティア

『でも出ないと』


出るしかない

俺達は半ば走りながら階段を駆け降りると森に向かった

会話がないのがこれまた気が張る

聖騎士の1番隊に所属したばかりの新人3人の顔が強張っているが大丈夫だろうか


獣道を通らず、比較的に道と呼べるルートを通って進むこと1分


やはり問題は起き始める


『…っ!?』


一斉にそれに気づいた

急な無音、それはアンノウン襲来の合図だ


《来るぞ!》


テラの念術だけは聞こえる

俺は仲間達と背中合わせで迎え撃つ構えを取った瞬間に視線の先から2体のアンノウンだ

デカイコウモリだが口は大きい


(断罪!)


温存なんてしてられない

魔力消費は意外と多い特殊技だ

その場で刀を前に振ると、アンノウンの目の前に斬擊が現れる


1体は両断されると地面に落ちるが、残る1体は羽を斬られて生きたまま地面に叩きつけられた

さらに1体、それは刀を鞘に納めながらの刀界で攻撃だ


前方に衝撃波に混じる無数の斬擊を飛ばすと

残る2体の体を切り刻んだ


悲鳴を上げて落ちていくが俺にはその悲鳴は聞こえん


《兄弟!真上に直ぐ!》


『!?』


俺は抜刀と同時に視線を真上に向けた

アンノウンが口を大きく開いてティアの頭を飲み込もうと頭上から攻撃してきたのだ


(おらぁ!)


頭部を突き刺し、息の根を止めるとティアが俺の前方から現れていた別のアンノウンにラビットファイアーを放った

回避能力が乏しいアンノウンは避けれずに火だるまさ


そこで俺はとある光景を見てしまう

クリスハートさんが見る方向にはリゲル

彼は彼女に何かを叫んでいたのだ


まるで『しゃがめ!』と言わんばかりに手を使って焦りを見せるリゲルが珍しい

クリスハートさんの背後からはアネットさんが倒し損ねたアンノウンが抜けてきていたのだ

狙いはクリスハートさんで間違いない


避けないと死ぬ

だがクリスハートさんは瞬時にリゲルが伝えたい意味を察し、素早くその場でしゃがみ込んだ


アンノウンは大きく口を開き、噛みつくも舞うのはクリスハートさんの髪の毛

間一髪だ、あと少し遅れていたらあの大きな口で頭部を丸ごと食われていただろう


リゲルが咄嗟に動き、クリスハートさんを噛みつきそこねたアンノウンに向かって剣を投げて突き刺した

それによって最後のアンノウンが倒されたので音が戻り始める

無音が終わると、それぞれ無事かの確認だ


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『状況!』


カイ

『聖騎士問題なし』


リゲル

『こっちも無し、ルシエラお前髪大丈夫か?』


クリスハート

『私は大丈夫ですよ、って何人の髪を勝手に触ってるんですか!破廉恥な』


リゲル

『うるせぇ止まってろ』


止まるクリスハートさん

なんだかんだ見てて面白い、この状況でも


ゲイル

『楽勝』


クローディア

『楽勝』


アカツキ

『大丈夫です』


《おい、1人やべぇぞ》


テラの言葉に俺だけじゃなく、聞こえている者が反応を示す

どう言う意味なのか分からず誰もが疑問を浮かべているが、その中で険しい顔を浮かべる女性がいたのだ


『…』


非常にわかりやすい顔だ

隠そうとしても出来ない性格の持ち主といった所か

シエラさんは俺達に背を向けているが、まさかと思ったアネットさんが駆け寄るとその意味を知る


『シエラ…あんた』


『大丈夫、多分』


シエラさんは腕に怪我を負っていたんだ

何かに裂かれた感じだが、どうやらアンノウンの翼が鋭利であったために腕に触れた時に切ってしまったのだ


それに対し、俺はとあることを思い出す

きっと他の人も同じことを考えている筈さ

怪我をしたものは集中的に狙われる、そして血の匂いで魔物は寄ってくる

その答えは昨日のトーマスの最後を見れば明らかだった


聖騎士にどよめきが起きる最中、アネットさんやクリスハートさんは顔を真っ青にするシエラさんに何度も『大丈夫、大丈夫』と落ち着かせようと必死に声をかけている

だがそれは気休めだ


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『ぬ…怪我人か』


彼も険しい顔をしている

怪我人がいても置き去りという選択肢はないのだが

しかし、その話に変更点があったことを別の聖騎士の者が呆れた顔を浮かべたまま口にする


カイ

『悪いが昨夜の会議で怪我人は置いていくことになった。残念だが女と言えども共にいればこちらまで危ない』


アネット

『はっ!?そんなの私らに伝えてないじゃん!』


リュウグウ

『報連相って言葉を知ってるか馬鹿騎士め』


罵声が直ぐに跳ぶ

確かに誰もが聖騎士の言葉に批判したくなるだろう

俺もそれに関しては納得いかない

その事実を俺達まで流していないのだ


ロイヤルフラッシュ聖騎士長はバツの悪い顔をしているが

視線は新人聖騎士のドミニクだ、彼は何やら挙動不審だ


クローディア

『あら?面白い事言うわね…それ無効じゃないかしら』


ゲイル

『俺も納得いかないぞ?』


カイ

『決まりは決まりだ。伝えそびれたとしても生き残るためには必要だ』


クリスハート

『勝手すぎます!そんなの受け入れません!』


カイ

『生きて帰れなくていいのか?』


あちらが悪い筈なのに、何故この副隊長は悪びれる様子もなく言い切れるのか俺にはわからない

次第に苛立ちがこみあげるが、それは俺だけじゃない

誰だって帰りたい


カイは『知っていても知らなくても怪我をしたはずだ、こちらに被害が来ては敵わん』と可笑しなことを口にする

完全な仲間割れという最悪な結果が今この場で起き始めている


シエラさんは既に顔を真っ青にしてどうしていいかわからない様子

それなのに聖騎士と冒険者同士の言い合いにロイヤルフラッシュ聖騎士長は他人の振り

一番上なのに何故この場をまとめないのか俺にはわからない

だがその理由は別にあると俺は今知る事となる


クワイエット

『言い争いしてる時間勿体ないし、行こっかシエラちゃん』


シエラ

『え?』


クワイエット

『だって帰らないと家族待ってるよ?シエラちゃんいないと家大変じゃんね』


シエラ

『でも、私は』


カイ

『貴様、何を勝手な事を抜かしている!命令は我らが出…』


その一瞬、クワイエットさんは目にも止まらぬ速さでカイに近づいた

俺でもギリギリ見えなかった

あんなに動ける人だとは思わなかったよ、本当に強い人なんだな

彼はカイの喉元に剣を突き立て、いつも優しそうな笑みを浮かべる彼が今だけは目を細めてカイを睨んでいる


殺気という者は感じない

しかし殺そうと思えば殺せますよと言わんばかりの雰囲気だ、それにはカイという1番隊の隊長も焦りを見せた


聖騎士達は自然と武器を構えるが、ロイヤルフラッシュ聖騎士長は止めようとはしない

むしろ少し笑みを浮かべている


カイ

『お前…何をしているかわかるのか?』


クワイエット

『口出ししないでね?あんた弱いんだからさ』


リゲル

『1番隊の隊長?笑わさるなぁ…お前はルドラさんの代わりになれねぇよ、勝手に決めたことをこっちがはいそうですかと納得するわけねぇだろ?冒険者だしよぉ?』


リゲルも剣を抜き、仲間である聖騎士に向けて口を開いた

納得するはずがないのはこちらに沢山いる、その中でも一番面倒な2人が聖騎士にたてついている


カイは動いたり口を開いたりするとどうなるかわかってるようなので動きはしない

クワイエットさんの事をよく知っているからだろう


アネットさんは『いいぞいいぞー!』とヤジを飛ばすが、余計ではないかなぁ…


リゲル

『あ?やんのか聖騎士、俺達2人をお前らが止めれるか?』


クワイエット

『絶対無理でしょ、僕らとルドラさんがいたからそれなりに危ない任務も出来たんだしさ』


リゲル

『だろうな、まぁクワイエットの好きにすればいいさ…俺もそうする』


クワイエットさんは微笑むと、カイに視線を戻す

2人がどれほど強いか、どれほど貢献しているか一番知っている聖騎士達は決して動くことはない

武器を構えていても、歯向かえば死ぬとわかっているんだ


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『俺が許す』


クワイエット

『流石。』


クワイエットさんは後ろに下がりながら剣を納めると『シエラちゃん、帰ろ?』と言って彼女を落ち着かせる


冒険者一同はホッとしたものの、聖騎士達は動揺を隠せない

そもそもカイという男の鬼の形相が凄い、相当クワイエットさんを恨んでいるようだ


カイ

『この…ガキめが』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『ルドラならばどうしていたかな』


カイ

『何を急に…何故許すのですか』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『強い者が正義だ。だからルドラは俺の指示を無視してまで動くことがある…お前もそれを知れば今より強くなる』


その意味をカイは知らない

しかしリゲルだけはそれを理解し、少し微笑んだ


アメリー

『死なずに済んだ』


ジキット

『クワイエットはマジで平気で人斬るからなぁ』


ドニミク

『怖かった』


バッハ

『変わらんなぁクワイエット』


そういった聖騎士の声が聞こえる


シエラさんも落ち着きを取り戻し、応急処置としてティアが包帯を巻く

何故彼女の回復魔法を使わないか?



ここでは回復魔法が一切使用できないのだ

トーマスの時に試したのだが、魔法が発動しなかったんだ


ティア

『シエラさん!大丈夫だよ』


シエラ

『うん』


クワイエット

『さぁいこっか、なんかいるよ?アメリー後ろ気を付けて!』


アメリー

『えっ!?』


彼女は振り向いた

同時に茂みから飛び出してきた魔物はホロウというCランクのフクロウ

その顔は人間に近く、断末魔をあげたかのような異質な顔をしている

猛禽類特有の嘴を開き、アメリーに襲い掛かっていくが彼女は腕の盾でそれをふせぎつつ地面に倒れる


ホロウが次なる攻撃をしようと舞い上がろうとするが

ギルハルドが一瞬で首を刎ね飛ばした

地面に転がる魔石をクワイエットさんは拾うと『まだいるよ!走ろう!』と叫ぶ


何がいるのかと俺は周りを見渡すと、おぞましい光景が映し出される

数えるのも馬鹿馬鹿しい量のヘルディルという肉食浮遊魚が地面を這いながら森の中から姿を現してきたのだ


ギョッとしてしまうが、そんな暇はない


『走れ!』


父さんが叫んだ瞬間に全員が一斉に逃げに徹する

倒しても埒が明かないが、リリディは最後尾で懸命にシュツルムを放ってガンディルを駆逐していく

だが彼の爆発魔法でも数が減るどころか、増えていくだけだ


『ぬがっ!幻覚かこれ!』


ふとティアマトが叫びながらうつむく

俺の隣を並走しているが、苦しそうな表情だ

上に視線を向けるとイルズィオという幻覚を生み出す鱗粉を飛ばす厄介なチョウチョが飛んでいたんだ


リュウグウ

『ぐっ!?』


ルーミア

『ヤバッ…私も』


リゲル

『おい!腕掴んで誘導させろ!どんな幻覚かわかんねぇ!』


アネット

『ルーミア!行くよ!』


アカツキ

『ティアマト!落ち着け!』


ティアマト

『真っ暗だ!なんも見えねぇ!聞こえねぇ!』


ルーミア

『地面が凄い揺れてる!無理無理無理無理!』


クワイエット

『僕背負うよ!後ろお願い!』


クリスハート

『はい!』


アカツキ

『1分の辛抱だ!』


《3人かよ!不味いぞこりゃ!》


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『いいから走れ!前からも来る!』


先頭は聖騎士達

彼らは正面から襲い掛かる紫色の肉体をしたゴブリンを倒して進む

明らかに未知なる魔物、ゴブリンは低身長が普通なのにあれは2メートル近くありそうだ

さほど強くはないらしいが、斬って黒い血が飛ぶとそれは強酸だと言わんばかりに触れる物を溶かす


ドミニク

『手甲が溶ける!』


バッハ

『外せ馬鹿!』


ジキット

『絶対触れるな!』


アカツキ

『なんだよあのゴブリン!ティアマト聞こえるか?』


ティアマト

『くそ!いつ治る!どこ走ってんだ!誰が腕を掴んでる!』


《まだ聞こえてねぇ!》


ティア

『後ろ不味いよ!数が多すぎてどんどん距離が』


リリディ

『多すぎます!これ以上撃つとジリ貧です!』


誰もが手一杯

こんな事になるのが幻界の森なのかと再度実感させられたよ

いつ誰が死んでも可笑しくない


そうこうしているうちに前からどんどん押し寄せるゴブリンが増え始める

聖騎士達は出合い頭に斬り倒していくが、その返り血がリュウグウの肩に付着した


彼女はあまりの熱さに悲鳴を上げ、ティアの腕を振り解く

歩みを止めてしまうリュウグウを再度助けようとティアが足を止めるが、最後尾のリリディが半ばタックルするような感じでリュウグウを担ぎあげて走る


リリディ

『重い!』


ティア

『肩拭いてあげて!装備溶ける!』


リリディ

『持つので精一杯です!』


リュウグウ

『自分で拭く!声は聞こえる!』


症状が軽かったのか、彼女は服というよりも肩の装備を外す

それを合図に他の幻覚症状を見ていた者たちが現実に戻り始めていく


ティアマト、ルーミアさん、リュウグウが正気を取り戻す

しかし事態は更に不味くなっていくんだ


バルエル

『同じ道を通ってます!』


カイ

『馬鹿を言うな!帰り道を間違えるなどない!』


バッハ

『だがこんな道通った覚えないぞ!完全に迷っている』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『くそがぁ!どうなってる』


クローディア

『かなり不味いわよこれ』


ゲイル

『どうやら面白くなったようだな』


アカツキ

『父さん!こんな時に馬鹿な事言わないで!』


《おいおいおいどこだよここ!同じとこグルグル回ってるぞ!》


ティア

『コンパスがグルグル回ってる!意味ない!』


リゲル

『ケッ!活路はどこかなぁクワイエット』


クワイエット

『どこだろうね、全然わかんないや』


リュウグウ

『このままだと魚の餌だぞ!』


どうしようも出来ない

絶望しかない、どんな未来か想像できる

走れば疲れるのは当たり前、だが足を止めれば直ぐに俺達は背後に迫るおぞましい数のガンディルに襲われる


止まれない、今どうするかを体力が切れる前に導かないと

リリディが既に死にそうな顔をしているのが心配だ

あれは1分も持たない


『どうすれば…』


俺は囁くようにして声を出す

どう足掻いても奇跡のような確率で生き残るしかない

しかし藁をもすがるような思いですら意味など無い


《あっ・・・兄…弟、ま…っ》


『テラ?』


急にテラの声が遠くなっていく

何かに念術を遮断されたかのように彼の声は徐々に遠くなっていく

それに気づいた者は驚愕を浮かべるが、その瞬間にギルハルドが急に先頭に躍り出ると『ニャハハン!』と叫んで茂みの中に走っていく


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『続け!』


これしかない

野生の勘を頼りにギルハルドに頼るしかないのだ


俺はティアの手を強く握り、一心不乱で茂みの中に全員で駆け込んだ



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