第172話 幻界編 12

リゲルとクワイエットは階段近くで見張りをしながら地面に座って寛いでいた

他の聖騎士とは違い、黙視で確認するなど彼らはしない


気配感知が機能せずとも感じる事ができるからである


(ねむ)


リゲルは欠伸をしながらもウトウトしているクワイエットの頭を叩いて起こす

そんな一連の流れを彼は1時間もこなす


『リゲル、下になんかいるね』


『引きずり方が重い、多分大きい』


『だろうね』


『にしてもなんでカイさんが隊長だ?バッハで良いだろ』


『本人の前じゃ呼び捨て駄目だよ?上官』


『お前も見てない所で呼び捨てだろが』


『あはは』


笑って誤魔化すクワイエット

勿論、二人の会話は小声に近い

だからこそ聞こえるティアマトの僅かなイビキに二人は溜め息を漏らす


『熊だな』


『熊だね』


『女の姿をした鬼もいるけどな』


リゲルはとある女性をそう表現した

すると運悪く、その女性が廊下の先から歩いてやって来てしまう

クローディアだ


彼女は地獄耳であり、先程の会話が聞こえていたので『次に鬼とかいったらこれでペチャンコにするわよ?』と満面の笑みを顔に浮かべたままリゲルに鉄鞭を向ける


『こわ…冗談だよ』


『あらそう?』


『あんた寝たのか?』


『寝たわよ?あと3時間すればエーデルハイドが来るからそれまでここの見張りに参加するわね』


『クローディアさんも…』


クワイエットは囁いた

彼女は階段下の踊り場を見てから手すりから顔を出して下の階を覗こうとするが、直ぐに顔を引っ込めてリゲル達のもとに戻る


『何かいるわね』


『まぁ登ってくることはないと思うけどね』


クワイエットは余裕だった

彼もティア同様に何故この階は安全なのか理解していたからだ


元聖騎士二人にグリンピアのギルドマスターとなったクローディアの異質なコンビ

元英雄五偈と言われた1人である彼女に対し、リゲルはとある質問を投げた


『本当に気分で動いた組織だったのか?』


『そうよ?行き過ぎた力は権力以上だけど今の私は全盛期ほどの力は無いわ』


『あったらどのくらい強い』


『まぁヴィンメイならギリギリ倒せたかしらね』


ビックヴァンという彼女の切り札での攻撃でもヴィンメイは耐えた

打撃へと高い耐性はクローディアさんの天敵でもあったが、昔ならば3発あれば関係なくボコボコに出来たと胸を張る


(今は昔より弱いっていっても…)


クワイエットはそれでも彼女は強いと断言出来た

全盛期の初代英雄五傑は『自身が気に入らない指示は聞かない、無理に服従させようとすると暴れて甚大な被害が出るから王も手を焼く程の力の持ち主』だ


権力でも止めるのが容易ではない傑物の集まり

その中にひっそりといたロイヤルフラッシュ聖騎士長、彼は王の勅命にて五傑にされるという地獄を味わった事を、部下にも未だ愚痴っているのをクワイエットは思い出す


『クローディアさん、ロイヤルフラッシュ聖騎士長は昔どうでした?』


ふとクワイエットは彼女に聞いてみた

するとクローディアは鼻で笑い、予想通りの答えを口にする


『泣き虫よ?いつも足引っ張ってたし』


『強いんですがねぇ』


『今は確かに成長してるわ、でも昔は酷かったのよ…。パワーは凄いのに上手く使えないから私にも負けてた』


『でも五傑にいたから相乗効果であの人は強くなれたんですよね』


『まぁね、昔の嫌な思い出を間違った感情に毒されてるの見て哀れと思ったけどリゲル君のおかげで気づいたみたいよ?ありがとね』


『いきなり俺かよ、なんだ?』


『君は知らなくていいのよ、でも貴方の出した全力の感情があの馬鹿を直したと思ってる。恨みに動くは何も残らないからね』


リゲルはなんの事だと思いながらも首を傾げた

だが彼はアカツキと違って馬鹿ではない


(あれか…)


思い出したリゲルは僅かに笑みを浮かべ、見張りを続けた


【あんたはいいよな、奥さんが残ってるんだから】


ロイヤルフラッシュを変えるには十分な言葉であり

あの時のリゲルだからこと重い言葉だった

全てを奪われ、不幸を嘆くリゲル

愛する者が残ったロイヤルフラッシュ

そこには大きな差があった



『リゲル君、彼女作らないの?』


『クローディアさん、あんたがそれ言う?』


『あら?どういう事かし…っ!』


階段下からの物音に三人は目にも止まらぬ早さで武器を構えて立ち上がる

下の階層を徘徊する魔物が地面に転がる瓶のような物を倒したような音だ

クワイエットはホッと胸を撫で下ろして地面に座る


この階層は無事だとわかっていても気が休まらないクワイエット

彼は動いてないのに疲れを徐々に感じ始める

リゲルは欠伸をし、緊張してない様子にクローディアは(凄いわね)と心の中で関心してしまう


『下の魔物、やっぱ蜥蜴っぽいなクワイエット』


『結構おっきい気がする、でも肉質は柔らかい感じの引きずり方だね』


『だろうな、まぁ下に降りてお見合いする気はねぇからこのままのんびりしようぜ。明日には運が避けりゃ帰れる』


『あら?運が避ければかしら?』


『ここの主にバレてんだ。何も起きないなんて保証はないね』


『起きる前に逃げるのよ?』


『理想は空想、現実は非常って言葉知ってるかいクローディアさん』


『ゾンネの残した言葉の1つよ』


『まぁ予定通りにいかないってのはあんたも覚悟してんだろ?』


『否定はしないわ。見張りに意識を向けるわよ』


こうして三人は時間通りに見張りを終えた

次の見張りはエーデルハイドとゲイルだ


(ったく)


リゲルは廊下の奥から歩いてくるエーデルハイドを見て溜め息を僅かに漏らす

その様子にクリスハートは『何かあるんですか?』と聞くと、リゲルは『髪の毛、女だろ』と言って彼女のちょっとした寝癖を直した


それには一同は驚いた

クワイエットは他のエーデルハイドを見てみると、クリスハート以外の女性ですら普通に寝癖が見受けられる


『破廉恥です』


『うるせぇ寝癖増やすぞ』


とは言っても抵抗しないクリスハートを見たシエラは悪魔の様な笑みを顔に浮かべたが誰も気づきはしない

全員の視線はリゲルとクリスハートに向けられているからだ


(どっちも気付いてないのかな)


ルーミアはそう思いながらもクワイエットに見張りの引き継ぎで情報を仕入れた

階段下には行くな、物音を立てるな

会話は小声で済ませる事の三点


クローディア

『ここは明かりがあるから階段下の魔物はこれないと思うわ』


アネット

『でも怖いねぇ』


ゲイル

『俺は階段に腰を下ろして様子を伺っとくよ』


リゲル

『あんた大丈夫かい?』


ゲイル

『慣れてるさ』


アカツキの父であるゲイルは苦笑いを顔に浮かべたままリゲルに返事を告げた

数日前だけ寝るために三人はその場を離れる際、リゲルは一瞬だけ後ろを振り向いたが直ぐに前に顔を向けた

それにはクローディアさんも思わずクスリと小さく笑う


『ねぇリゲル、帰ったらカルビ食べよ』


『だな』


『あんたら余裕ねぇ』


『不安がるよりマシですよ、なぁクワイエット』


『そだね』



こうして階段前をゲイルとエーデルハイドが見張る事となる

アネットは暇そうにしながらも近くに落ちている小石を拾い、地面に書きなぐったかのような落書きを書き始めた


『マイペースだねぇ』とルーミアはそれを見て口にすると、アネットはアハハと小さく笑った


静寂と思いきや、廊下の奥からは獣のようなティアマトのイビキが僅かに彼女達の耳に届く

それには流石の女性陣も僅かに不安を抱く


クリスハート

『ティアマトさん…』


ゲイル

『大丈夫だ。問題ない』


アネット

『あるなら今ごろ問題起きてるしね』


シエラ

『でも眠い』


クリスハート

『頑張りましょうシエラ』


ゲイルは階段下の踊り場から視線を外さずにちょっとした会話に混ざると、ふと気になることをクリスハートに聞きたくなった

しかし今それは関係ない内容であり、もし違ったら少し不味いかもしれないという葛藤が彼に渦巻く


(だがパッと見でそう感じたんだよなぁ)


だがゲイルは口にはしない

下の階層から何かを引きずる音が聞こえると、彼は目を細めたまま拳を握る


(…行ったか。重量感溢れる音だったが爬虫類か)



こちらには無関心、ゲイルはそんな気がしていた

明かりのある場所には姿を現さず、暗闇の中を好む魔物

いかに自分達が音に気をつけようとしても、直ぐ下の階層には聞こえているだろうとゲイルは察していた


暗闇の中で動く生物は聴覚が研ぎ澄まされていると思ったからだ


『まぁ大丈夫だろうけどよ、マジで何が下にウヨウヨしてんだ?』


『眠いよリゲル』


『別に寝ててもいいぞ』


『わぁい』


リゲルの言葉が冗談だと言う確証などクワイエットには必要ない

寝ても良いなら寝る、それだけだ

彼はニコニコしながら堂々とリゲルの目の前で横になると、ヨダレを垂らして寝始める


『元副隊長か』


『そっすよ』


『…今来ている聖騎士で強いと思う奴はいるか?』


『ジキットとシューベル、あとはバッハですね』


『やられた聖騎士はどうだ?』


『死んだのは残念だけどそこそこかな。』


『なるほど、お前らはどうだ』


『俺達がいれば他はいらねぇ』


リゲルが思い切ったことを口にすると、ゲイルは呆気に取られた

冗談に聞こえぬ口調、リゲルは鼻で笑うと欠伸をしながら寝そべって天井を見上げる

ティアマトのイビキだけが聞こえる最中、誰もが何事もなければそれでいいと思っていた

しかしリゲルが見上げる天井、視線の外側にある魔石の光がチカチカと点滅し始める


(ちっ)


リゲルはしかめっ面のまま起き上がると、ゲイルと共に天井を見上げる

それは魔石の寿命とも思える光景であり、これには自然とクワイエットも起きた


『ここ消えるとあれだよ』


『わかってる』


クワイエットの言葉に半ば突っ張った口調で返したリゲルは辺りを見回した

そこが消えれば自分たちがいる場所は薄暗くなるのだ

ゲイルは『さがるぞ』と告げた瞬間に3人がいる近くの魔石の光が消えて暗くなる


階段の近くにいらゲイルは少し驚きを浮かべつつも元聖騎士2人と共に素早く後ろに下がり、灯りがある場所まで退いた

廊下でたたずむ3人は階段のある場所に視線を向けながら、静かに目を細める


リゲル

(何かが…)


照明が無くなったことにより、何かが体を引きずりながら階段をゆっくり登っている

ゴロロと喉を鳴らす音が彼らの耳に入り始めると、目にも止まらぬ速さでリゲルとクワイエットは武器を構えた


『あれか…』


ゲイルは囁いた

階段下から目を赤く光らせた何かが2体、薄暗い場所から3人を見ている

クワイエットは少しギョッとしたが、目の前の魔物はやはり明るみに姿を現せれない事に気づいた

僅かに大きな前足が暗闇から伸びると、その前足が僅かに煙を上げて火傷を負った


『ゴル…』


前足を引いて僅かに下がる魔物

3人はホッと胸を撫でおろすと僅かに見える姿の魔物と睨み合う

全長は5メートル、刺々しい真っ黒な鱗が僅かに見えた

見た目は蜥蜴、しかしドラゴンに似た風貌ともいえる


その魔物が暗闇の中から何かを飛ばしてきた

チョロチョロと出し入れする舌から飛ばしてきた唾液だ

高速で飛んでくる唾液を3人は素早く避けると、リゲルは唾液の行方を横目で追う


『マジか…』


彼は驚愕を浮かべた

容易く地面が溶けていったからである

直ぐに穴が開いた地面から察するに、それは人間が直撃してはいけない攻撃

リゲルは驚いているとクワイエットに肩を掴まれてしゃがませた

余所見をしている隙に2発目が飛んできたからだ


『もう…』


『わりっ』


『お前ら大丈夫か?こいつ殴って追い払っても良いのか?』


『ゲイルさんよぉ。5体もか』


ぬ?とゲイルは嫌な答えに反応を見せたまま階段先に意識を向けた

2体だった魔物の後ろに同じ魔物が3体も現れたのである


『ねぇリゲル…どう思う』


『どうだろうな、ゲイルさんはどうだい』


『ランクB、俺はそう思うぞ』


『ケッ…。5体はちっとな』


『別に俺が3体でもいいぞ』


リゲルとクワイエットはゲイルの拳に魔力が大量に流れていくのを目で捉える

冗談ではない、本気だった


(あのバカの親父か、養子じゃねぇのかって思うくらい別人だな)


リゲルがゲイルを評価していた

しかし、自身の父ほどではない

それはリゲル自身、同じにしたくないのだろう


2人がゲイルを止めるという考えはこの時なかった

それはきっと彼の実力をこの目で見たいという気持ちがあったからかもしれない

だがそれを見てることはなかった


3人の背後から別の者が近づいてきており、口を開いたのだ


『楽しそうだが一先ずやめてもらいたいな』


それはロイヤルフラッシュ聖騎士長だった

リゲルとクワイエットは心の中で(タイミングわるっ)と悔しさを顔に浮かべる

ゲイルは魔力を戻し、構えを解くと微笑みながら『冗談ですよ』と告げた


リゲル

(お?)


ロイヤルフラッシュ聖騎士長が来たことによって階段にいた魔物は後ろに下がっていく

完全に姿が見えなくなるとゲイルは溜息を漏らしてからロイヤルフラッシュ聖騎士長に話しかけた


『もうそんな時間ですか』


『見張りをしていると時間経過が早く感じるだろう?もう朝の5時半だ』


1時間だけしか経過してないと思いきや、既に早朝ともいえる時間になっていた

それほどまでに無意識に3人は真剣になっていたという事だ


『起きるのが早いですね』


『ふむ、皆が起き始めているから30分後にはここを発つ』


『出れればいいのですがね』


ゲイルはそう口にしながらもその場を離れてアカツキ達がいる部屋に歩き出す

リゲルも見張りが終わったとわかると『お疲れっす』と口にしてからクワイエットと共に歩き出した


その場に残されたロイヤルフラッシュ聖騎士長だけはまだ階段の先の暗闇を見つめている

先ほどの魔物の姿は見えないが、踊り場付近にいる事に気づいているからだ


(…古代種が記載された本に乗っていた容姿と同じだな)


グラバードラゴン

古代の龍種は蜥蜴から始まったという確証の無い伝承が言い伝えられている


神に光を奪われた龍は怒りで鱗を棘と化し、唾液を強酸へ変化させた

始まりの人間を誤って殺してしまったことによって神に裁かれ、正当な進化が出来ずに当時の姿のまま進む時間を求めて未知なる場所で神が現れる事を望んでいる内容文をロイヤルフラッシュ聖騎士長は思い出す


『ランクB、あれがグラバードラゴンならば…』


それは幼体の名

成体となると別であった


彼は階段に背を向け、部下の元に向かいながら考える


(推定ランクは闘獣同等と言われるA+の神殺龍ジャバウォック、あれもまた…光を嫌う)


彼が脳裏で浮かべた魔物

それはアカツキ達が今後、エドにある剣山洞窟にあるホンノウジ地下大迷宮の地下50階層で戦う事になる最悪な魔物の名前だった


『急いで帰るか…何事もなければいいが』





































『ムリダ』



『っ!?!?』




直ぐ背後からの声にロイヤルフラッシュ聖騎士長は目にも止まらぬ速さで振り返りながら大斧を振り下ろした

その一撃は本気に近く、地面を容易く破壊して進行できないほどまで損傷してしまう

あと僅かで地面が崩落していたであろう光景にロイヤルフラッシュ聖騎士長は半ば息を絶え絶えに武器を構え続けた


(何だ!?今のはっ!?)


耳元で聞こえた事は間違いない

しかし振り向いても何もいない

未知な出来事に生き物は恐怖を感じるが、ロイヤルフラッシュ聖騎士長はこの時ばかりはそれを感じた


大きな物音を聞きつけた誰もがロイヤルフラッシュ聖騎士長がいる場に早急に近づく

彼はそれを横目で捉えながら、小さく囁いた


『見られているのか…』


彼は大きな不安を抱えてしまう

帰れるのか、と

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