第165話 幻界編 5

俺が起きたのは8時くらいか

起こしてきたのは人外であるギルハルド、何故俺の耳を甘噛みして起こしたのかわからん


『ニャハハン』


『リリディ、これはなんて言ってるんだ』


『起きろ馬鹿、だそうです』


本当か?


支度をし、洞窟の外に向かうがテントはそのままだ

帰還するときにはここにもう一度来るため、あえて荷物を減らす方向でロイヤルフラッシュ聖騎士長が指示したのだ


持ってきた大荷物の食材は昨夜分だけのため、大きなリュックをテントの中に置いても問題ない

今度来た時は自給自足になっている


必要最低限の道具だけを持ち、俺達はロイヤルフラッシュ聖騎士長の出発指示と共に前を歩く

聖騎士達は後方と側面を見ている為、イディオットにエーデルハイド、クリジェスタの3チームは前だけを見て進むことが出来る


クローディアさんと俺の父さんは最後尾のロイヤルフラッシュ聖騎士長と何かを話しているようだが、会話が聞こえない


『ミャハーン』


ティア

『なんだかご機嫌だねギルハルド君』


リリディ

『天気が良いからじゃないですかね』


リュウグウ

『今の鳴き声は翻訳できんのかメガネ』


リリディ

『全部は無理です』


仲間が話している傍らで聖騎士の若手は眠そうな顔を顔に浮かべていた

普通に話せば意外と悪くはない感じなのだが、ロイヤルフラッシュ聖騎士長ではない上官がいるから気軽に俺達に話しかけれないのだろう


『アカツキ君、寝れた』


ティアはいつもよりも会話するときの距離が近い気がする

それは彼女自身、何も気にしていないだろうけども俺は敏感だ

少し驚くけども、気にせず俺は話すか


『大丈夫だよ、そっちは?』


『リュウグウちゃん抱き枕にしたら暖かかったから大丈夫』


するとリュウグウがその会話を耳にし、俺に向かって自慢げな顔を浮かべる

何を誇っている?俺はもっと誇れるぞ?と思いながらも俺は満面の笑みを返す


ティアマト

『遠くの森でっけぇな…』


俺達のいる森からでも僅かに見える

ここいらの木々よりも高い木々が遠くに見えている

ロイヤルフラッシュ聖騎士長は『あの森を抜ければ幻界の森が見える』と告げた

門森(モンシン)という俺達が向かう地獄の手前の森であり。入ったとしても抜けるのは1時間あればいけるらしい


クローディア

『魔物が見当たらないわね、ここらならば面倒なのが出ても可笑しくないんだけど』


ゲイル

『前はゴロゴロいただろ』


僅かにそんな会話が後方から聞こえる

俺は気を引き締め、前に意識を向けて歩くが、徐々に仲間の会話は少なくなっていく

天気は快晴、1月にしては暖かい方だ


だからこそほとんどの雪が溶け、地面が見えるが…

歩くとグチャグチャするから滑りそうだ


アカツキ

『あの奥の森はそんな狭いのか』


リゲル

『幻界の森を隠しているみたいだが、何故そうなのかはわからねぇ』


アカツキ

『その幻界の森ってどのくらい広い?』


リゲル

『王都コスタリカぐらいだ』


デカすぎる!

グリンピア10個分!


クワイエット

『門森には魔物はいないよ、だからあの森は休憩地としては丁度良い』


シエラ

『いない?なんで?』


クワイエット

『幻界の森に一番近い場所だからだよシエラちゃん、魔物は勘が鋭いから近づこうとしない』


なるほどな

幻界の森の正面は俺達が見ている門森で隠れており、左右と後方は絶壁の山で囲まれている

入るには正面からでしか無理のようだ


《でけぇ野郎がいるぞ。気をつけろ!》


その声を聞き、俺達は足を止めて身構えた

テラの声が聞こえないロイヤルフラッシュ聖騎士長以外の聖騎士は何事かと一瞬困惑するが

直ぐに事態を理解して剣を構える


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『俺の気配感知でも感じぬぞ』


クローディア

『不気味ね』


『シャーー!』


ティア

『ギルハルド君が凄い警戒してる』


毛を逆立て、正面に何かを感じているようだ

しかし何も感じない、ティアの気配感知にも反応は無い


《俺がいない間に沼地が近くに出来たようだな!クロコディルだ!》


その魔物の名前に、俺は体を強張らせた

ランクAの肉食獣、鰐のような頭部をした恐竜種の魔物だ

全長は13メートルと凄い巨大


こげ茶色の頑丈な鱗で覆われ、特徴的は鰐のような口は鉄をも砕く力を持つ

噛まれたら人間は即死だ。


『ゴォォォォォォォ!』


低い唸り声が鳴り響き、森が揺れる

俺の体までも揺らすその咆哮は流石はランクAだと認めざるを得ない

嫌な汗だけが流れ出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていると、ロイヤルフラッシュ聖騎士とクローディアさん、そして父さんが前に躍り出る


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『肩慣らしだ。口と尻尾だけ気を付ければ問題ない』


クローディア

『牙全部砕こうかしら』


ゲイル

『俺には面倒な魔物だが、この面子なら勝てそうだな』


なんだか俺達の出る幕じゃない、てか協力しても足手まといかもしれん

だが見ているだけというのも気が引けるのも事実だ

隙があれば…


ゲイル

『お前らは見てろ。戦わずに魔物がどう動くか勉強しろ』



いつにも増して父さんが真剣だ

こういう時は素直に従わないと、ゲンコツされる


《風向きが不味かったな、バレたぜ!》


途端に感じない気配を感じ始めたティアはギョッとした様子を見せると、体を解そうと頑張り始める

俺達にも気配が届くと、彼女の気持ちが理解できた

とてつもない強力な気配だ、感じるだけで息苦しい


アメリー

『何が…』


カイ

『ロイヤルフラッシュ殿』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『クロコディルだ。お前らは辺りの警戒をしろ!無駄に応戦しても邪魔だ!』


カイ

『ははっ!』


奥からバキバキと木々をへし折る音が聞こえてくる

それは俺達に近づいてくると、とうとう姿を現した

いざ目の前にすると、デカい…こんな魔物がいるのかと疑いたくなるよ


ティアマト

『やべ…逆に食い殺される』


リュウグウ

『熊でもこれは…』


アカツキ

『まだ俺達には早い敵だ』


経験不足が悔やまれる

一生のうちに出会えるかわからないランク帯を前に傍観しかできないのだ

だがいつかはまた遭遇することにはなる、俺はそう思っている


クローディア

『いくわよ!』


ゲイル

『ふむ!』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長、クローディアさん、父さんが飛び出す

クロコディルは鰐のような口からヨダレを垂らしながらも迫る3人に向かって半回転し、大きな尻尾で薙ぎ払わんと動く


父さんとロイヤルフラッシュ聖騎士長は跳躍して避けた、しかしクローディアさんは違った


『パワーダンク!』


両手に持つ鉄鞭を全力でフルスイングし、襲い掛かる尻尾にぶつけたのだ

普通そんなことしようとか考えない、しようとすること自体が可笑しい

しかし、クローディアさんはそれを遂行した


激突時、強烈な炸裂音が鳴り響く

クローディアさんは僅かに押されただけで尻尾の薙ぎ払いを受け止め、額に血管を浮かべたまま耐えしのいでいる


『ガロッ!?』


流石のクロコディルも驚くしかない

父さんがその隙に頭部に向かって拳に魔力を纏ったまま、『炸裂拳』と叫んで頬を殴る

爆発音と共に仰け反るクロコディルだが、目はしっかりと空中にいる父さんを睨んでいる


アカツキ

『なっ!?』


ティアマト

『マジか!?』


父さんの攻撃は命中しているし弱くはない

Bランクの魔物でも致命傷を負わせる威力はあると俺でもわかる光景だった

だがクロコディルは仰け反っただけ、それだけだ


『かた…』


『ゴァァァァ!』


口を大きく開いたクロコディルはそのまま顔を前に出し、俺の父さんを噛み砕く気だ

だがそんなことさせる筈がない


『嘗めるな!』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長が父さんの前に現れると、左手を前に伸ばして叫んだ


『バクダード』


彼の伸ばした左手には赤い魔法陣、そこから放たれる爆炎のようなブレス

どう見ても半端な魔法スキルではない

上級魔法であると俺でもわかる

クローディアさんは巻き添えは御免だと言わんばかりに飛び退く


『ゴァ!?』


クロコディルは顔を逸らし、爆炎に包まれると同時にロイヤルフラッシュ聖騎士長は俺の父さんと共に地面に着地し、距離を取る


クロコディルは爆炎の中で見えず、クローディアさんは体の前に赤い球体を発生させると、それを鉄鞭のフルスイングで撃ちながら言い放つ


『砲無鸞(ホウムラン)』


その球体は一瞬にして業火の姿をした鳥と化し、爆炎の中に跳んでいく

これも半端な技スキルじゃない、クローディアさんは本気だ


『ゴウ!』


爆炎の中から顔を出したクロコディルは多少の火傷を負いながらも飛んでくるクローディアさんの攻撃を尻尾で叩いて消す

ロイヤルフラッシュさんの魔法スキルでもダメージが少ない事に俺は驚きを隠せない

普通、そこで死ぬだろ…


『こっちだ馬鹿めがぁ!』


ロイヤルフラッシュさんはクロコディルの足元に迫り、大きな斧を唸り声を上げたまま振って足に食い込ませる

斬撃は僅かに有効のであり、クロコディルは足を僅かにふらつかせる


『流れ星ダイナマイト!』


ロイヤルフラッシュさんに目を取られたクロコディルの顔の前にはクローディアさん

彼女は鉄鞭のフルスイングを顔面に叩きこみ、再びクロコディルを仰け反らせた


『グゥゥゥ!』


歯を食いしばるクロコディル

素手で殴る打撃より、鉄鞭での打撃でようやくクロコディルは苦痛を顔に浮かべる

父さんはその隙に全身に魔力を流し込むと、『鬼走り』と囁いてクロコディルの足に体当たりだ

バランスを崩していたクロコディルは父さんの攻撃で片足を大きく上げると

そこで思わぬ出来事が起きる


『アンコク!』


俺は目を開いて驚いた

気づけば近くにいたリリディがいなかったからだ

彼はどうやらグェンガーという黒魔法スキルでの瞬間移動でクロコディルの頭上高くに移動し、アンコクという黒魔法を展開したのだ


リリディの掲げた左腕には3メートルほどの真っ黒い剣が生成され、腕を振り下ろすと黒剣は真下にいるクロコディルに落ちていく


クローディア

『やんちゃな子ね』


彼女は苦笑いを浮かべてボソッと告げる

だが止める様子はなかった


リリディの発動した黒魔法は頑丈な敵に特化した貫通性能を持ったスキルだ

命中精度はまだ低いアンコクはクロコディルの頭部ではなく、右肩付近に突き刺さると赤い血が噴き出す


『ゴァァァ!』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『あやつを思い出すわ!』


何を思い出したのかはなんとなく察する

するとクロコディルは目をぎらつかせ、その場で暴れまわる

その姿に俺は驚くが、流石はAランクの魔物だ


クロコディルと交戦している3人は攻撃を避け、僅かな隙を見て攻撃を与えながら荒げた声で会話をしていた


クローディア

『五傑はAランクに対抗できるんじゃなくって!?』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『お主が言うな!それはあの時の4人だけだぞ!お前はどうなんだ!』


クローディア

『現役から退いた乙女に言わないで!』


ゲイル

『懐かしい喧嘩してないで突破口探せ!不味いぞ!』


『ゴォォォォォ!』


途端にクロコディルが息を大きく吸った

父さんは『吹き飛ばされるぞ!気をつけろ!』と叫んだ

俺は身構えながら後方に下がると同時にクロコディルは口から大きな声を出しながら衝撃波を放つ

周りの木々はなぎ飛ばされるほどの破壊力であり、遠くの俺達はそれでも耐える事は出来なかった


ティアマト

『ぬぁぁぁぁぁ!』


クワイエット

『ちょちょちょ!?』


俺は自然とティアを掴んでおり、彼女と共に地面を転がりながらも素早く立ち上がった

クロコディルは尻尾を振り回し、近くで注意を逸らしているクローディアさんを狙っているようだが、当たらない


『ニャハハーン!』


『ゴォ!?』


活路を開いたのはギルハルドだった

彼は毛の中から短刀を取り出すと、それを投げてクロコディルの右目に突き刺す

大きな悲鳴を上げ、動きを止めた瞬間に我先にと動いた者がいた


リリディ

『アンコク!』


彼はグェンガーという移動技で上空に逃げていたから吹き飛ばされずに済んでいた

落下しながらも頭上に黒い剣を魔力で構築すると、それを真下にいるクロコディルの背中に突き刺さる


『ゴェアァァァァァ!』


苦痛を浮かべるクロコディルはそこで怒りをあらわにする

体の色が赤みがかり、目がギラつき出す

地面を踏みしめるだけで強風が起き、俺達の体にビリビリとAランクだと言わんばかりの覇気を放つ


アメリー

『化け物…』


カイ

『隊列を崩すな…く…』


リュウグウ

『あれだけ攻撃受けても平然なのか…』


ティア

『凄いねAって、あの3人相手に全然立ち向かえてる。リリディ君の攻撃も当たってるのに』


アカツキ

『これは…』



これがAか、と俺は自身の強さと比較してしまう

まだ倒せる見込みなどない、あの人たちだからこそ立ち向かっているのだ

僅かでも力を見せる事が出来ればと考えていると、父さんはクロコディルの尻尾を掻い潜って飛び込み、クロコディルの頬に一撃を与えた


『マグナム・パンチ』


炸裂音と共に顔を仰け反らせるクロコディル

父さんの放った技は超強力な拳の一撃を与えるスキルであり、人間には出すことが出来ないパンチを繰り出す事が出来る


だがクロコディルはまだ元気だ

飛び込んでくるロイヤルフラッシュ聖騎士長を息を吹きかけて吹き飛ばすと、尻尾で父さんを殴ろうと動く


『ぬっ!』


間一髪飛び退いた父さん

しかし振り下ろされた尻尾は地面を叩き割り、辺り一面に大きな揺れを起こす


『ゴロロロロロロ』


喉を唸らせ、餌としてではなく敵として3人を睨むクロコディル

動きは俺でも見えるのだが、その一つ一つから繰り出される攻撃は周りの地形を変えるほどの威力を持っている


クリスハート

『凄い生き物…』


シエラ

『援護したくても、したら不味い』


援護すればどうなるか?

クロコディルは向かってくる生き物に対して行動している

俺達は向かわなければ、攻撃してくることはない

まだ無力な俺達が半端な攻撃をすれば戦っている者の邪魔になるんだ


悔しいが、この場は俺の出る幕は無い


ゲイル

『どうする!こいつは俺も苦手だぞ!』


クローディア

『出し惜しみできなさそうね!』


ロイヤルフラッシュ聖騎士

『おいおいビッグヴァン討つ時は言えよ!』


クローディア

『なんとなくで感じて動きなさい!』


ロイヤルフラッシュ聖騎士

『昔何度あれで俺も巻き込まれたと思ってるお前!』


クローディア

『ノロマのあんたのせいでしょ!』


ゲイル

『だから今はやめろっ!来るぞ!』


クロコディルは大きく雄叫びを上げ、そして3人に走りだした

クローディアさんは切り札を撃つべく、鉄鞭に魔力を大きく流しむ

誰もが長引いた戦いは不利を招くと知り、一気に畳みかける覚悟を出した瞬間


クロコディルはギョッと目を見開きながら立ち止まると後方に振り向いた

まるで俺達など眼中にないかのような行動にクローディアさん達も驚く


『ゴォォォ…』


《幻界の森を見てる》


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『だが門森だぞ手前は』


《景色の向こうにある何かに気づいたんだ》


『グルルルル…』


そこで驚くべく行動をクロコディルは起こした


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