第151話 クワイエットさん 4
クワイエットは自身の家と貸したグリンピア冒険者ギルドに戻る
冒険者はおらず、ロビー内は静まり帰っており、勤務を終えた受付嬢アンナが帰ろうとしてた時だった
『おかえりなさいクワイエットさん』
『やぁアンナさん、もしかしてエーデルさん達まだいる?』
『今はアネットさんとクリスハートさんならいますよ』
彼女はニコニコしながら告げると、『ではでは!』と言って入り口に歩いていく
(熱が下がればなぁ)
彼は受付の奥を眺めながら考えた
1番奥ではリクライニングチェアーの背もたれを倒して寝ているクローディアがいたが他にギルド職員は見当たらない
そのまま2階に上がり、1番奥が彼の仮の住まいだ。
ドアを開けると7畳ほどの小さなリビング、その先にはドアがあり、寝室となっている
この部屋にはテーブルと椅子そして衣装ケースしか無く、最低限の家具しかない
『あ、クワイエットさんだ』
椅子に座っていたアネットが口を開く
立ち上がろうとした彼女をクワイエットは止め、反対側の椅子に座って一息ついた
『ごめんね、リゲルどう?』
『解熱剤飲ませたらすっかり良くなったね。お粥も4杯おかわりするくらい元気』
『それなら大丈夫そうかな、クリスハートちゃんは?』
アネットは不気味にニヤニヤしながら奥のドアに視線を送る
その意味はクワイエットにはわからないが、ちょっと入るにはタイミングが悪そうな事だけは理解ができた
『なんだかんだクリスハートちゃんも世話焼きなんだよクワイエット君』
『らしいね、アネットさんは明日どうする?』
『勿論参加するわよ?』
クワイエットやリゲルには助かる話だ
来年にはリゲルが地下にある安易訓練施設にて有償の稽古を毎週土曜日に行う事になっており
そのお試しとして明日は無償なのだ
二人が聖騎士の仲でも精鋭として優れている1番隊だったことは既に冒険者の中では知られており、誰もがどんな稽古なのか興味を持っていた
元聖騎士ではあるが、戦いに優れた者に変わりはない
リゲルがギルドで稽古をつける日々が始まると、クワイエットは実績で冒険者に同行して指南するといった役回りを週に何度かする予定であり
ローゼン率いる夢旅団の他にエーデルハイドやソードガーデンにも同行したことはある
その甲斐あってクワイエットにとってお得意様チームが増えそうなくらい良い流れが出来ていた
『君らは無償で同行するからね』
クワイエットはニコニコしながら告げると、水筒の水を飲む
色々と身の回りの世話をしてくれている恩返しとして彼はそれが1番いいと判断したのだ
アネットは『助かるよ』と笑顔で答えると欠伸をする
『シエラちゃんは家かな』
『早めに帰ったよ。クワイエット君はご飯大丈夫?』
『僕は大丈夫だよ』
『食べてきたってことだね』
そこまで話すと、奥のドアからクリスハートが顔を出す
彼女は溜息を漏らし、アネットの隣の席で座るとリゲルの熱が下がって変わらず元気な事を告げる
『早めに寝かしつけときました』
『助かるよ。明日は問題なく稽古できそうだね』
『だと思います、稽古というより知識寄りの稽古といったので体を動かすようなことはあまりしないと聞いてますから大丈夫かと』
それならば安心だとクワイエットは胸を撫でおろす
彼は外まで送ると、と2人に話して3人でギルドの外に向かう
近くを通る警備兵2人に軽く挨拶をし、去っていく背中を見守りながら3人は空を見上げた
小雪が降ってきたがそこまで積もることはないだろうと3人は軽く会話を交える
(いい街だ)
クワイエットはそう思いながらも背伸びをする
ここに来てからというものの、彼は人と同じような生活をすることが楽しいと感じていた
もう聖騎士として生活する意味はない、自身のしたい事をしてもいいのだろうと感じていたのだ
(リゲルに付き添ってきたけど、結果を見ればそれが正解だったね)
そう感じながらも彼は2人に別れを告げようとした時に、ふと道の向こうに視線を向けた
アネット
『クワイエット君?』
クリスハート
『クワイエットさん?』
『…』
なんだ?と彼は思いながら道の向こうを見る
雪を踏む足音、数は多い
こんな夜に大勢の足音とは奇妙だなと感じつつも別の感情を彼は感知していた
憤怒、それは人間の感情でつまらない感情
それが足音の音の乗って彼の耳に届く
クワイエット
『足音が重い、感情が強いね…』
アネット
『どうしたの?』
クワイエット
『そのうちわかるさ』
そのうちは直ぐに訪れた
道に向こうから20を超える冒険者風の男達が姿を現した
中には女性が数人見受けられるが、その誰もが顔色が険しい
クワイエットは腕を組んでその光景を眺めていたのだが、その大勢は彼の前で立ち止まったのだ
(ここの冒険者じゃない、これは…)
アネット
『緊急依頼はない筈だけど…』
アネットは驚いた様子で口を開くと
大勢の者の先頭にいた男が答えた
『緊急だ。こっちの仲間がお世話になって帰ってないらしいが』
クワイエット
『思い出した。君らイーグルアイで見たことある』
『…』
友好的な感情ではない、それは3人は感じた
ただならぬ雰囲気を放ちながら静寂が数秒間流れると、クワイエットは自身に用事があるとわかって彼らに話しかける
何しに来たの?と
先頭の男だけじゃなく、その後ろに控える者たちの顔色もクワイエットを敵視しているかのような眼差し
アネットやクリスハートでもそれくらい感じるには十分すぎる顔をしていたのだ
『イルドゥンがお世話になったらしいが、誰がやった?』
クワイエット
『あの屑ね!僕だよ?』
堂々と声高らかに笑顔で言い放つクワイエットに男たちは僅かに驚く
しかしその顔は次第に目を細めていく
クワイエット
『2人共、邪魔だからギルドの中に入っててね』
アネット
『え?』
クリスハート
『ですが…』
クワイエット
『邪魔だよ』
彼は凍てついた声でそう告げると、2人はギョッとした様子を見せてからそそくさとギルドに入っていく
これで準備万端、とクワイエットは感じて笑顔のまま男達を前にし、先頭の男に近づく
あまりにもよくわからない行動に先頭の男は少し戸惑う
『何故戻した?』
クワイエット
『邪魔だから。んでどうしたいの?イルドゥンの二の舞を体験したいの?それともそれ以上?』
『数を考えれるのか貴様』
クワイエット
『ゴブリンが30体?問題ないじゃん…数で押し寄せるって弱い証拠だよ、ほらかかってきなよ?こっちは加減せず腕の1本は斬り飛ばすからさ。さっさと来てよ』
馬鹿な事を口にする男だ、そう大勢の者はクワイエットを嘲笑う
そこまで自信があることを不気味に感じた先頭の男は首を傾げるが、剣を抜くことを躊躇った
(…不吉な目だ)
男はそう思いながらも目の前で腕を組んでこちらの行動を待つクワイエットを見つめる
なぜこの数で来たのか。ある程度彼の調べはついていたからだ
冒険者ランクBクリジェスタ、それも2人だけのチームとなれば個人の能力は非常に高い
それと同時に2名は元聖騎士会であり、その中の1人は1番隊の副隊長という圧倒的なブランドを持った実力者である
数で来た理由は相手の力量もあるからだが
クワイエットはそれを怯えだと感じた
クワイエット
『来なよ。まぁそういうことばかりしてるから周りから見下されるって気づかない知能なんだから救い無いよね君ら、』
『っ!?』
先頭の男はカッとなり、我を忘れて剣を抜いた
しかしその行動後、直ぐに我に返ることとなる
ヒュンっと風を切る音が聞こえると、剣を持つ自分の右腕が宙を舞っていることに気づく
クワイエット
『脅しだと思った?』
不気味な笑みを浮かべるクワイエットは既に剣を振っており、男の腕を斬り飛ばしていたのだ
腕を組んでいたのに、それよりも速く動いた彼に驚愕を浮かべた男は腕に走る激痛に耐えかねてその場に膝をつく
クワイエットは知っていた、目の前にいた男がグリンピアにある慈善団体イーグルアイの非冒険者で一番強いと言われているカグラという者だという事をだ
カグラ
『ぐわぁぁぁぁぁ!』
クワイエット
『弱すぎ、ランクCくらいかなぁ君の動き…んで他の取り巻きは来るのかな?』
人を斬る事に戸惑いの無い行動を見た誰もが足を止めた
カグラが動き出したと同時に動くと決意していた者たちは予想外な光景にその決意が一気に消し飛んだのだ
クワイエット
『このこと君らバレたらって考えないの?イーグルアイは慈善団体、やりすぎると解体されて君らの居場所も無くなるよねぇ?素直に更生に繋がる行動取ればいいのに。やっぱり社会不適合者の集まり』
『て…てめぇ』
クワイエット
『僕は君らがかかってきたら動くからさ、ハンデだよ?』
挑発ととらえた多くの者は怒りを顔に浮かべると、我を忘れたかのように剣を抜いてクワイエットに襲い掛かった
(怒る理由は単純すぎて)
彼は心の中で彼らを嘲笑い、首を軽く回してから走りだす
無駄な自尊心を守るための間違った行動、その原動力である怒りは彼らにとって脅威ではなかった
『死ねぇぇぇ!』
荒げた声で飛び込む男
クワイエットは彼の振り下ろす剣を弾き返してから側面からやってきた女剣士の攻撃を避け、その腕を掴むと正面の男に投げ飛ばす
2人仲良く吹き飛ぶ光景を途中まで眺めてから倒れた2人の上を飛び越え、奥にいるイーグルアイ冒険者達に襲い掛かった
攻撃を弾いては腕を斬り飛ばし、剣を突きを避けては太腿に剣を突き刺してから回し蹴りで吹き飛ばしと淡々とその数を減らしていく
クワイエットに攻撃がかすりもしない事に怒りよりも焦りが生まれ、それは次第に怯えへと変わっていく
『なんだこいつは!』
クワイエット
『わからないで挑んだのかなぁ』
首を傾げながら男の剣に向かって自身の剣を叩きつけると、その男の持つ剣が宙を舞う
それに気を取られた男の腹部を蹴って吹き飛ばし、落下してきた剣を左手で掴んだクワイエットは背後から飛び込んできた男の肩に剣を投げて突きだした
30人いた数のうちの7人は大怪我をして戦意を失い、体を震わせながら後退りしている
クワイエットは一度攻撃が止んだと見るや、剣を肩に担いだまま『潮時だね』と囁く
不気味過ぎる強さを目の当たりにしたイーグルアイの冒険者達はたった1人に対し、恐れを抱く
重い空気が漂う最中、ギルドの扉が開いた
誰もが視線を向けると、現れたのはクローディアであった
クローディア
『不良集団めが…誰を相手にしていると思ってるんだ!』
『うぐっ…』
『クローディアだ…』
クローディア
『警備兵は直ぐにかけつけるぞ!。このことはそっちのトップに話しておくが…最悪の場合はこのグリンピアからイーグルアイの解体を求めるから覚悟しておけ屑どもが』
彼女もこのイーグルアイが嫌いなようであり、凄みを見せながら彼らを威圧した
クワイエット
『1つ言いますけど、先に剣を抜いたのはそこの雑魚ですよ?』
クローディア
『そうじゃないと警備兵に言い訳出来ないから助かるわ。』
彼女はそう告げると、『私にボコボコにされたくなければ武装を解除して膝をつけ!』と大声で言い放つ
その気迫に負けた大勢は武器を手放し、力なくその場に座り込んだ
タイミング良くそこで大勢の警備兵が雪崩れ込んでくると、怪我人は治療施設に搬送させるが、武器な者たちは警備兵に拘束されて御用となってしまう
辺り一面には血が雪に染み込み、赤く染まっている
次々に捕らえられるイーグルアイ冒険者を眺めながらクワイエットはクローディアに顔を向けると、彼女は怠そうな顔を浮かべながら口を開く
クローディア
『半分闇ギルドみたいな団体がグリンピアにあるとはな』
クワイエット
『更生する人なんて限られた少数ですからね』
クローディア
『そうね。まぁ明日にイーグルアイの建物に叩きこみかけるから貴方は警備兵の聴取に呼ばれたら素直に従っときなさい』
クワイエットはまた聴取かと思いながら苦笑いを浮かべた
誰があの慈善団体をまとめているのか、彼はクローディアに尋ねてみた
貴族の小遣い稼ぎだという言葉を聞いたクワイエットは『面倒だぁ』と笑顔で答える
(でもまぁ馬鹿な貴族じゃない限り本腰はいれないだろうな)
彼はそう感じながらもギルドの中に入る
飽くまでこれはとある貴族の小遣い稼ぎのための慈善団体となると、ここまでの問題にそこまで足を踏み入れる事はきっとしないとクワイエットはわかったのだ
蜥蜴の尻尾切りが大好きな貴族だと知る彼はグリンピアの慈善団体イーグルアイに責任を背負わせるだけで終わるとわかっていた
ギルド内、ロビーにはクリスハートやアネットが心配そうな顔を浮かべながら防具が血だらけのクワイエットを見つめる
だがそれは返り血であると2人は直ぐに気づいた
彼がやられるイメージがまったく想像つかないからだ
2名の夜勤をしていたギルド職員はクワイエットに近づくと、その手に握るココアを彼に渡す
ギルド職員
『大変でしたね』
クワイエット
『ありがとう、それにしても面倒臭い性格ばっかだね』
クリスハート
『大丈夫ですか?』
クワイエット
『僕は大丈夫さ、でもまた明日聴取されるだろうなぁ』
それを考えると、疲れを感じるクワイエット
しかし楽しかったという感情がその面倒くささを潤す
これも昔とは違う変わった日常だと思えば退屈ではないのだ
そうしていると2階からリゲルが姿を現し、降りてくる
誰もが驚きながらクワイエットに近づくリゲルを見つめていたが、外の騒ぎをなんとなく感じてきてみたと彼は口を開いて話す
クワイエットは何があったかを彼に話すと、リゲルは引き攣った笑みを浮かべ『やり過ぎてないだろうな?』と彼に言う
クワイエット
『大丈夫大丈夫、僕ら聖騎士じゃないから後ろ盾無いことぐらい考えて倒したよ』
リゲル
『ならいい』
クリスハート
『休んでてくださいリゲルさん』
リゲル
『大丈夫だよ。それよりも行くぞ』
クリスハート
『へ?』
リゲル
『へ?じゃねぇよ、残党がいたら不味いだろ、面倒だが送ってやるよ』
アネット
『素直になりなさいよ?』
リゲル
『何がだよ…』
クワイエット
『大丈夫だよリゲル、外はきっと警備兵が警備固めて巡回しているから襲われはしないよ』
なんとか彼を説得したクワイエット
アネットは(自分に不器用な人だなぁ)と思いながらもリゲルとクワイエットのやり取りを聞き、クリスハートを連れてギルドを出ていく
不満そうなリゲルを見てクワイエットはクスリと笑うと、直ぐにそれに気づかれてしまう
『なんだ?』
『何でもないよ、明日は大事な日だよ?ちゃんと寝ないと熱が蘇っちゃう』
『大事を取って早めに寝るさ、にしてもお前…ここに来てから変わったな』
『そうかい?リゲルだってそうだろ?暇しない毎日、普通にここが好きだな僕は』
『好きかどうかは俺はわからないが、悪くはない』
リゲルはそう言いながらもクワイエットと共に受付奥の机で機嫌を悪くしているクローディアを見て微笑んだ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます