第144話 惨劇の起きた夜

とある夜、1人の男が溜息を漏らす


『はぁ…なんとも言い難い状況だな』


コスタリカの街、その中に城にも勝りそうな領地を持つ大きな館がある

そこは公爵家の館であり、王族と連なる権力を持つ戦争貴族と謳われるフルフレア・ロード・ランド・コスタリカ公爵が住まう

マグナ国内全ての貴族の中のトップであり、貴族会の会長でもある

彼は先日に親友から頼まれた頼みをクローディアに連絡し、自室にて文書を書き終えた頃に溜息を漏らす


『本当に死んだのか…ライガー』


フルフレア公爵は誰もいない広い自室にて呟いた

連絡魔石にて彼は以前、ルドラが連絡してきたことを思い出していた




ルドラ

『すまぬ友よ、お前の指示を聞くことは俺には出来ない…息子が危ないのだ』


フルフレア

『伝えたのか?本当の事を』


ルドラ

『まだだ、ここは友人としての話は無しだ…他の1番隊はそちらに戻すが俺は残す。すまないフルフレア…ことが終われば俺を服務規程に基づき、処罰しても構わない』


フルフレア

『そこまでの覚悟か…例のヴィンメイという蘇った獅子王だな』


ルドラ

『そうだ。それと1つだけ友として頼みがある』


フルフレア

『出来るだけ叶えよう、なんだライガー』


ルドラ

『息子がカルテット家とダンカート家の嫁ぎ問題で困っている、ルシエラお嬢を自由にしてほしい…そなたの力でダンカート家をどうか貴族会に参入することは出来ぬか?』


フルフレア

『それくらい容易い、願いは叶えよう…お前はどうする気だ』


ルドラ

『すまない友よ、もしかしたら俺は戻れないかもしれない』



そんな会話を思い返していた


(リゲルを守って死んだか…ライガー)


フルフレアは公爵として命を狙われるときはある

その時に護衛としてルドラが何度も派遣され、危機を脱したことがある

絶対の信頼をルドラにしていたのだ


長い付き合いである彼が死んだ事にフルフレアは頭を抱え、机に伏した


『きっとお前の息子は聖騎士を辞めるだろう。最後に親として動けたならばあいつも本望か』


そう囁き、顔を上げるとドアの前の廊下から物音がする

彼の館には屈強な貴族騎士が多く館に住んでおり、聖騎士とも戦えるほどの力を持つ

フルフレア公爵は目を細め、静かに開く正面のドアを見つめた


そこに現れる者に驚愕を浮かべ、椅子から立ち上がる

蛸頭でマグナ国王族が切るような服装に似た衣服を着ているおぞましい魔物が彼の前に現れたのだ

だが一目見た瞬間、それが聖騎士の報告であった者だと悟る

暴君ゾンネ、半信半疑であったがそれが本当ならと思うと公爵はとあることを聞かなければならなかった


『私が生きていた時と住んでいる場所は変わらぬ…な』


『どこから入った?正面は堅い警備であり、侵入者がいれば直ぐに警報が鳴る筈だ』


『お前ら公爵に作った地下の脱出口からさ』


『なに!?』


何故知っている?

フルフレアはそう思いながらも静かに歩いてくる男を凝視した

その者は『天井に透明化して今か今かと待ち構えているヒヨッコは出さないほうがいい』と不気味な笑みを浮かべ、机に前まで来ると両手を机に乗せる


(気づかれていたか)


フルフレアの背後の天井には彼の特殊な護衛が張り付いていたのだ

鬼のワルドという鬼の仮面をし、忍者のような服を着た現在の英雄五傑である


(なっ!?我の偽装を)


流石のワルドも驚き、動くにも動けなくなる


ゾンネ

『500年前、貴様の家系を公爵家にした意味を覚えているか?』


フルフレア

『私は戦争貴族である。それ以外に何もない』


ゾンネ

『初耳だ…闇の生きる者がそんなことを言うのかな?』


フルフレアは悟った、本物だと

目を細め、不気味な容姿の魔物を見つけていると彼は溜息を漏らし。天井に張り付いて透明化しているワルドを見ながら口を開く


『あいつに聞かれてはならない話があるが。殺してもいいかな?』


『駄目だ。あいつも私の持つ暗殺ギルドの者だ…同志だ』


『ならば聞こう。何故お前は今の王族を殺さない?私の代で貴様らコスタリカ家を公爵にするかわりに頼んだはずだ…王族がスキルに溺れそうな時。殺せと』


全てを知っているとフルフレアは理解した

今の王族、いや初代マグナ国王じゃないと知らぬ事実を目の前の魔物は知っている


本物の初代マグナ国王であり暴君ゾンネだと知るやフルフレアは椅子に座り、自身は安全だと考えた


『私は王族がスキルに溺れれば死が近くなると言い伝えるように言っているが、お前が動かないとなると理由でもあるのかな?』


『先代から話は継がれている…戦争に発展した際。マグナ国内の暗殺ギルドを持って王を撃つと』


『十数年前に戦争をしただろう?何故だ?』


『毒を盛った…だから今エルデヴァルド王は難病で伏している…体が限界になっているだろう』


『生温い。何故私は自身を犠牲にしてまで暴君になったかお前は理解してないのならばここでお前を殺すことになるが…』


『次は殺す。そうだろうワルド』


ワルド

『招致しております』


ゾンネ

『ふむ…さすればシュナイダーという今の王子も臆するであろうな』


フルフレア公爵

『本当に…蘇ったというのですか』


ゾンネ

『ああそうだ。少し城に向かって荒らしてくる…私は蘇った時に記憶がないのだ。宝物庫に行けば私の私物もある筈だが…ところで聞きたい。私の妻の名は何だったのだ』


フルフレア

『それは聞いておりません。しかし城内地下2階にある王族だけが入ることが許されない部屋に貴方の所有物はあるのですが…貴方専用の部屋には鍵があり、非常に強固なドアです』


ゾンネは懐から鍵を見せた

フルフレアは汗をかきながらも『情報を掴むだけですか?』と聞く

しかしゾンネは不気味な笑みを浮かべると、机から離れていき、近くの窓を開けてフルフレア公爵にこう告げたのだ



人の生きる権利は平等だ、進む時間が同じなのだから


そう話して3階の窓から飛び降りていく

解放されたと知ったフルフレアは深い溜息を漏らす


小刻みに体が震えていることに気づくと、不思議と苦笑いが顔に浮かぶ

鬼のワルドは透明化を解き、地面に着地すると窓を見つめながら口を開く


『あれは何者なんですか』


『絶対に逆らうな…我々一族がこのように生活できるのもあのお方のおかげだ。今の王族はスキルに目が言っているからこそ我らも判断を強いられている』


『それにしても、面白い事を口にしていってしまいましたが』


『あれは初代マグナ国王の言葉だ、闇に染まる前のな』












ゾンネは闇夜に紛れ、城に向かう

その場所は高い城壁によって上ることがほぼ不可能になっているが

彼はそんなことを考えなかった

大きな鉄格子の扉の前にいるマグナ国総合騎士会の騎士が門の前を10人で警備している


以前は4人だったが、ゾンネが警告で殺してから増えたのだ

黒いローブを羽織り、フードを被って門の前まで行くゾンネはフードの中で不気味に笑う


(弱い、感じる気からは笑いたくなるほどに弱い)


自身が王であった時より格段に質が下がっている

半分落胆をしながらも彼は可笑しさのあまりに笑ってしまったのだ

そうとはつゆ知れずに門を守る騎士10人は身をローブで隠すゾンネに近づき、目を細めた


『何用だ?また慈善団体か?』


『今はどこもピリピリしてるんだ。さぁ帰った帰った』


そんな声を耳にし、ゾンネは『王が帰ったのに無礼な奴だ。死罪なり』と告げる

騎士達は頭の可笑しい者なのかと首を傾げるが、近くにいた3人は目にも止まらぬ速さでソードブレイカーを抜いて振りぬいた攻撃を避ける暇もなく、斬られたという実感も沸くこともなくその首が飛ぶ


『うわぁぁぁぁぁ!』


ゾンネは叫びながら剣を抜く騎士の顔面を剣で貫くと、側面から一斉に飛び込んでくる6人の攻撃を弾きながら素早く全員を斬り倒した

ソードブレイカーを振り、武器に付いた血を地面に飛ばすと同時に城から警報が鳴る


(警備だけはいっちょ前か。だが…)


ゾンネは鉄格子のような大きな扉の前に歩くと、ソードブレイカーで数回門を斬って破壊する

堂々と正面から両脇の園芸を見ながら真っすぐ進んでいくと多くの騎士が奥に見える大きな扉の中から出てくるの


少し遊んでみるかと彼は思いながら剣を抜いて血相を変えて襲い掛かる城内騎士に向かって走りだした


1分も立たないうちに城までの道全てが赤く染まり、騎士達は地面に倒れる

ゾンネの流した血は一滴もなく、彼は『つまらん』と不貞腐れた顔をフードの中で浮かべたままそのまま城の扉の前に辿り着く


警報は鳴り響いているが彼には関係はない

飽く迄、それは好都合なのだ

扉を蹴って開けると、広大なロビーには騎士がひっきりなしに集まり、ゾンネを待ち構えている


『来たぞっ!』


『何者だ!』


そんな意味のない声に溜息を漏らすゾンネは黒いフードを脱ぎ取った

異様な姿をするゾンネに誰もが開いた口が塞がらず、ギョッとする者も少なくはない


ゾンネ

『王族に会いに来た。悪いがここを通してもらおうか』


凍てついた顔を浮かべたゾンネはそのまま騎士の波に突っ込んだ




・・・・・・・・・・・






ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『こんな夜に!』


警報を聞き、自室で跳び起きたロイヤルフラッシュは直ぐに装備を体に装備してから大斧を担ぐ

そんな彼の様子を警報で起きてしまった妻のマリアが困惑した様子で起き上がり、彼に口を開く


『イグニスなの…?』


『きっと違う!あいつはこんな堂々過ぎる行動はとらん!ゾンネだろうな』


『本当に王族が蘇ったというの?』


『だがここで倒しておけばアカツキ達にも強引な頼みを聞いてもらえる』


『でも聖騎士は今ボロボロよ…倒せるの?』


それはそうだとロイヤルフラッシュは思い、溜息を漏らす

ルドラが死に、リゲルとクワイエットはきっと戻らない

あんなに部下に荒げた声で反抗されたと今になって彼は思い出すと昔の自分も同じだったのだろうなと感じ始めることが出来た


イグニスは親と故郷の仇

しかし討ったとしても戻ってこないのは知っている

彼はリゲルという男の感情をぶつけられて感情が別の方向へと変わりつつあるのだ


感情的に倒したいという気持ちの他に、同じ境遇に立つ者が現れないためにも使命としてイグニスとその仲間を倒す、と


『俺が倒す。無理そうなら逃げるがな』


珍しい返答にマリアは驚く

直ぐにロイヤルフラッシュは『感情的になり過ぎるとまたクローディアに弄られる』といってドアを開けて部屋を出る


マリア

『凄い声で怒鳴られたもんね』


リゲルとの会話は、彼女も聞いていた

連絡が切れた時のロイヤルフラッシュの顔をマリアは思い出す

親に怒られた後の子供のように耳を垂らし、うつむく様子は小さな時にしか見せなかった彼だった


(あなたも、リゲル君と同じだったのよ…)



ロイヤルフラッシュは大きな城の中にある廊下を無我夢中で走ると、2階大広場で待機する聖騎士と出会う

何かあった時はここで集合することになっているのだ

1番隊から5番隊まで勢揃い、しかし肝心の精鋭である1番隊は穴だらけだ

ルドラが死に、リゲルとクワイエットがいない

それは超致命的な戦力の減少を意味する


1小隊8名、5小隊で40名だが3人が抜けて今は37名

6番隊から10番隊はコスタリカの街の中の警備をしているため、この場にいない


ジキット

『聖騎士長!』


カイ

『聖騎士長殿!』


ロイヤルフラッシュ

『敵はイグニスと同じ強者だと思え初代五傑に並ぶ力を持つぞ!』


シューベルン

『覚悟しております』


ロイヤルフラッシュ

『行くぞお前ら!下の騎士達はきっと止められん!他の五傑が来るまで持ちこたえよ』


『『『はっ!』』』


彼は走りだすとそのあとを聖騎士の者たちが追う

警報は城内に鳴り響き、途中で魔法騎士とも合流するがロットスターの姿は見えない


(あいつ!そういえば鉱山で現れた魔物の討伐か)


馬鹿な男だが、いるだけでも戦力になる

しかしタイミングが悪く五傑である魔法騎士長ロットスターがいないことに彼は理不尽にも苛立ちを覚えた


1階まで降り、城の入口まで来た彼らは足を止め、地獄絵図を目にしてしまう

辺り一面血だらけであり、生きているマグナ国総合騎士会の騎士は1人もいない

鎧ごと肉体を斬られ、五体満足とはいえない騎士の亡骸がそこら中に散乱していたのだ


あまりの光景に若い騎士はその場で吐いてしまうが、ロイヤルフラッシュはその場の匂いを嗅いでどこに向かったのか探る


ロイヤルフラッシュ

『駄目だ…血生臭くてわからぬ』


魔法騎士

『これ人がすることじゃないですよ・・・いったい何が…』


ロイヤルフラッシュ

『馬鹿ロットスターはいつ帰るんだ!』


魔法騎士会

『ひっ…明後日の予定で』


ロイヤルフラッシュ

『くそ!だがきっと侵入者は国王を狙っている…王室へ向かうぞ!急げ!』


その予想は大きく外れていた

ゾンネは地下2階の王族宝物庫に向かっており、逆方向だったのだ

記憶を欲していると気づいていたら、きっとロイヤルフラッシュは地下に向かったであろう








ゾンネは地下1階の地下牢獄地帯で目に止まった騎士達を斬り倒しながら階段を探す

倒しても倒しても後味の無い力の騎士に少し嫌気がさしながらも両脇に見える鉄格子の牢屋の奥でブルブル震えながら見ている囚人を見て笑みを浮かべる


ゾンネ

『お前は何をした?』


『ひっ…俺は…』


無慈悲にもゾンネはその男の牢屋の中にシュツルムを放ち、爆殺する

それを目の当たりにした近くの囚人は泣き叫び、壁に寄っていく


(つまらぬ欲望者どもめ)


彼は囚人をそう思い、前に顔を向けて歩き出す

地下へと続く階段が見えてくると彼はようやくと思い、笑みを浮かべる

だが階段を降りようとした時に後方から多くの騎士が向かってくることに気づき、体を動かすために殺そうかとゾンネは足を止めた


ゾンネ

『遊んでく…』


途端に騎士の中から黒い鎧を来た男が一気にゾンネに迫る

最後まで言葉を口に出来なかったゾンネはその男が振り落とす大きな大剣をソードブレイカーで受け止めてから弾き飛ばす


『少し出来る、か』


着地しながらも大きな剣を構える黒い鎧の騎士に囁くようにして言い放つと、その者が口を開く


『閻魔騎士ブリーナク』


『確か道楽五傑だったかね?』


挑発を込めて言っても、ブリーナクは目を細めてゾンネを見つめるだけ

意外に冷静と見るや、ゾンネは彼らに手を伸ばしてから黒い魔法陣を出現させる


それには騎士たちも驚き、初めて見る色の魔法陣に目を疑う

だがブリーナクは知っていた。だからこそ目を見開き、剣を盾にしようと動く


ゾンネ

『シュツルム』


魔法陣から黒弾が放たれると、それはブリーナクの手前の地面に着弾して爆発を起こした

粉塵が舞う中、ゾンネは階段を颯爽と降りていく

だが背後から追いかける気配があることに気づくと、振り向き様に剣を振る


それはブリーナクであり、彼はゾンネに飛びかかると剣を突き出す

ゾンネは彼の攻撃を弾き、腕を掴んで投げ飛ばす

階段下にゴロゴロと転がるブリーナクを追うようにしてゾンネは階段を降り追えると、目の前で彼が立ちはだかる


ブリーナク

『馬鹿力めが』


ゾンネ

『お前が貧弱なだけだ、どけ!』


ブリーナク

『断る!』


二人同時に駆け出すと、二人の武器はぶつかり合う

長い廊下で甲高い金属音が響き渡り、ブリーナクは押されまいと全力で力を込める


しかし、押せない

腕力ならば五傑の中でも随一だと自負していた彼は目の前で涼しい顔で見つめながら鍔迫り合いをするゾンネに不気味さを覚える


(なぜだ!)



『確かに腕力はある、片手でギリギリだ』


ゾンネはそう言い放ち、剣を弾くとブリーナクの頭を掴んで地面に叩きつけた

顔をおさえ、悶え苦しむ様子を見ながらソードブレイカーを肩に担ぐゾンネは彼を無視して奥に進む


すると一番奥に金色の扉が見えてくる

その手前は牢屋のように強固となっているが、ゾンネはそのドアを斬って破壊すると金色のドアを蹴り破る


ここが宝物庫、ゾンネは口元に笑みを浮かべると歩き出す

小綺麗な部屋は細長く、色々な財宝が棚やテーブルにあるのを見回すが、彼にとって価値はない


『金目の物ばかり、なんともつまらぬ王になったものだ』


ここは王族だけの宝がある場所

金目の物など不要だとゾンネは吐き捨て、奥に見える鉄の箱を見つけると近づいた


(これだ、私のが500年たってもあるとは…まぁ当たり前か)


僅かに懐かしむが、記憶はまだ取り戻せていないゾンネは懐かしさを手に入れるためここにきた

大半の記憶を取り戻したのに、彼にはまだ思い出すべきことがあるのだ


懐から鍵を取りだし、その箱を開けようとしたときにとある壁画を彼は見た


地面に投げ捨てられたかのような誰かの肖像画にゾンネは自然と箱からその絵に意識を奪われ、手にとって見つめた


『!?』


彼はそれが大将軍グンサイだと知る

忠実な家臣であり、暴君と化した自身を何度も止めようと必死に訴えてきた男


それは当時のゾンネでも認める程の力を持つ男であり、暴君として生きるゾンネを止めようとした者でもあった



『ゾンネ様!本当にいいのですか!?』


『くどいぞグンサイ、私は決めたのだ!誰かがやらねば罪のない未来の者が死ぬ!私がこの時代の恐怖の根幹となり!終わらせるのだ!』


『それでも今の貴方が間違ってます!どうか戻ってください!今ならまだ愛する父と母の無念で感情的になったとだけですみます!』


『グンサイよ!目を冷ます気はない!私のように親を無くす存在がこれから増えるのだぞ!一気に戦争を終わらせて我らの時代で終わらせなければならぬ!』


『シュナイダー様はどうするんです!あなたの妻の…』


(くそ!名前がでてこぬ!)


ゾンネは頭を抱えながら激しい頭痛に襲われ、膝をついた

体に魔力が膨れ上がっていくと、それは記憶を取り戻してさらに強くなったことを意味する


だが彼は生前の力をまだ取り戻せていない

まだあるのだ、あと一つ足りない


『私の妻は、誰だ?』


ゾンネは覇気もない声で呟き、鉄の箱に目を向けた

あの中にきっとあると思いながらも自分に最後まで付き添った大将軍グンサイの肖像画を持ち、近くのテーブルに置く


『すまなかった、グンサイ…。だが私はあれしか方法が無かったのだ』


ゾンネは囁き、鉄の箱に視線を向ける

懐から鍵を取りだし、歩き出した瞬間に彼に試練が襲いかかる


『終焉爆刃』


視線の先には黒い箱に向かって赤い魔力を帯びた剣を振るイグニスの姿があった


『やめろ!』


その願い届かず、剣が振り下ろされるとその場が大爆発で包まれていく

唐突な出来事にガードが遅れたゾンネは壁に激突し、地面に落ちる瞬間に受け身をとる

強い熱風で全身が焼けただれる感覚を覚えたゾンネは唸り声をあげたままその部屋から飛び出した


地面を転がり、さき程までいた部屋を見ると激しく燃えているのが見えた


(私の…記憶を!)


ゾンネは床を強く殴り、怒りをあらわにしたまま立ち上がる

イグニスが邪魔をしにきた、それだけじゃない

殺しに来たのだと悟ったゾンネは燃え盛る宝物庫から出てくる世界騎士イグニスを鬼の形相で睨む


『残念だゾンネよ。これで記憶の手掛かりもあるまい』


『もっと先に私を始末しにくると思っていたが…』


『貴様などもう殺す価値もない、ヴィンメイは死んだぞ?』


『驚く事ではないだろう?あやつが強いのは肉体だけ…お前と同じだ』


『ほう?俺とあいつが?同じか』


『同じだ。何も背負ったこともない軽い感情しかないと口調でわかる』


『だが俺はお前より強いぞ?試してみるか?』


イグニスは燃え盛る部屋の前でゾンネに剣を向ける

記憶を殺されたと感じ、ゾンネは心のそこからイグニスを恨んだが飽くまで冷静を装う


愉快犯に似た行動や心理に近いイグニスの行動は何を目的としているのか、この場でゾンネは何とか探ろうとしてもあまりにも引っ掛かる点が無いために答えが出てこない

自身を殺すならば、納得もいく

しかし殺す価値もないと言われると何のために記憶を取り戻す事を阻止されたのか、これがわからない


(私の力を知っている?いやそれはない…知っていたらこの場で絶対に殺す筈だ、私が奴の立場ならこのあと必ず息の根を止める!)


殺意を感じないことがゾンネを困惑させた


『殺さぬと?』


『死んだも同然、さらばだ』


『まて!貴様!』


イグニスは壁に黒い扉を出現させ、液体の中に入るかのように消えていくと黒い扉も消えていく

長距離移動も可能なイグニスの特殊過ぎる魔法にゾンネはため息を漏らし、燃え盛る部屋を眺める


(終わり、では無い筈だ…どこかにきっと…)


そう思いながらもゾンネは1度この場を退くことに決めた

何故自身を生かしたか


彼はそれを直ぐに悟る

振り返り、この場に用はないと思ったゾンネは撤退しようと歩き出すと

先ほど自身に立ち向かった黒い騎士が血を流して倒れていた

それは斬られて息絶えており、イグニスが殺したのだと彼は気づく


同時にその場に現れたのはロイヤルフラッシュ聖騎士長含む聖騎士会、そして魔法騎士会だ


五傑である閻魔騎士ブリーナクが死んでいるのを見たロイヤルフラッシュはゾンネを睨み、大斧を向ける

多くの殺意を体に感じ、彼は思った


(なるほどな…ヘイト稼ぎか)


意識を自身に向けさせる

愚直すぎるイグニスの行動にゾンネは彼の評価を1段階下げた

世界騎士と呼ばれ、この時代の最強と知らしめた男もこの程度かと彼は肩を落とす


ゾンネ

『私は考えすぎていたのだな、なんとも単純なやり口…』


ロイヤルフラッシュ

『逃げ場はないぞ!ゾンネ!』


ゾンネ

『逃げ場は作るものだ。わかるかね黒豹君』


ロイヤルフラッシュに向けてゾンネは不気味な笑みを浮かべて言い放つ

誰よりも先に動いたのはロイヤルフラッシュだ

彼は大斧を掲げ、ゾンネに飛び込む


ゾンネはお手合わせ程度にあえて彼の武器と交えることを決め、ソードブレイカーを全力で振る

大斧とぶつかった瞬間に甲高い金属音が鳴り響き、騎士達が僅かに肩に力が入る


(なっ!?)


ロイヤルフラッシュが打ち負けて弾かれた

質量差では明らかに黒豹人族である彼の方が分があるはずなのにだ

驚く男を前にゾンネは鼻で笑うと、彼の大斧を持つ右腕をガッチリと掴んで騎士達に投げ飛ばしながら口を開く


『流石に腕力は先ほどの男よりも遥かに上だ!』


ソードブレイカーを持つ右手に痺れを感じていたゾンネは単純な腕力は流石だと遠回しに彼を評価した

武器のぶつけ合いは面倒だと感じた彼は彼を騎士達に投げ飛ばすと、飛び込んでくる騎士達を斬り倒しながら道を切り開く

だが数が多く、予想以上に進むことが出来ないゾンネはロイヤルフラッシュに行く手を遮られ、今度は彼の攻撃を避けてからソードブレイカーを突きだす


大きな武器を持っているのに、ロイヤルフラッシュはゾンネの攻撃を見切ると大斧でそれを防ぐ

デカいだけじゃない、と微笑むゾンネは彼の大斧を弾き、逃げる為にその場から跳躍して騎士達の頭上を飛び越えようとする


だが逃がすまいと追いかけるロイヤルフラッシュはしつこく、素早い

騎士の波を突破しても直ぐ後ろをついてくるのに嫌気がさすゾンネは階段を登った先で足を止めた


ロイヤルフラッシュ

『逃がさぬぞ…ここで貴様を仕留める』


ゾンネ

『先ほどイグニスもいたぞ?』


ロイヤルフラッシュ

『何!?』


ゾンネ

(反応が濃いな。感情的だ…)


ゾンネ

『私は逃げるだけ、しかしイグニスは王を狙っているぞ?向かわなくていいのかな?』


ロイヤルフラッシュ

(こやつ、殺意がない…)


ゾンネ

『私は逃げるのみ、そしてお前はこの場で戦っても勝ち目がないことぐらいわかるだろう?』


ロイヤルフラッシュ

『…』


ゾンネ

『それが答えだ黒豹君。スキルに目が奪われると寿命が短い…王もまたその1人だぞ?早くいかねば出来損ないのエルデヴァルト国王は死ぬがあいつが死んでも国は死ぬことはないから貴様らには関係のない事…1つだけ良いことを教えてやろう』


ゾンネはそう言いながら階段に向かってシュツルムを放ち、追いかける騎士達を吹き飛ばした

ロイヤルフラッシュは彼を激しく睨み、大斧を力強く握りしめると、ゾンネが口を開く


『ゼペットは人に化けている…だがスキルの近くに行けばバレるから近付けぬ…』


『なんだと?』


『この国にはいないだろう・・・龍山の地下最深部にいるだろうがお前らの力じゃいける場所じゃない…イグニスもそれにてこずっている』


『何故だ?』


『地上よりも広大な地下迷宮だからだ…決して辿り着くことは不可能だ。ゼペットは競争心が激しい私らスキルの到達者が蘇ると声をかけて利用し、最後の1人がスキルを手に入れれば奪宝の名のもとに姿を現し、奪いに来るだろう』


『何故それを俺に教える、ゾンネ』


『わからぬ、だがイグニスはスキルを知らぬ…あやつは別の目的があるだろう』


『教えろ、今直ぐに』


『帰りたがっているとだけしか知らぬ…どこに帰るのか、私にはわからぬがな』


『くっ!』


『この世にもSランクの魔物は存在するだろう?奴らはこの世界を正しい道に導くための魔物。決して知識ある魔物にバレぬことだな。スキルが世に知られると奴らはきっと姿を現し、スキルを持つ者を殺して安全な場所に隠すだろう…生前は私もSと戦い、殺した』


『なっ!?』


凍てついた目で告げるゾンネは一瞬でロイヤルフラッシュに近寄ると、顔面を殴って吹き飛ばした

あまりにも強い力にロイヤルフラッシュは壁に強く体をぶつけ、咳込みながら立ち上がる

その時にはゾンネの姿はなく、彼は逃げられたと悟った


鼻から血を流すロイヤルフラッシュは底知れぬ者が蘇ったのかもしれないと思い、鳥肌が立つ


(Sを倒しただと!?ありえん!イグニスでもそれは御免被ると言っていた神の領域を知る魔物だぞ!?あ奴が全ての記憶を取り戻せば…)



ロイヤルフラッシュは感じた

誰も奴を止めれるものなどいなくなる、と

そしてその日のうちに城は混沌を極めてしまう


難病で王室で体を休めていたエルデヴァルト国王が何者かに暗殺された

近くにいたシュナイダー王子は部屋の隅で小さくなり、ガタガタと震える様子で駆け付けたロイヤルフラッシュ聖騎士長によって保護されるが


王を守るべく接近騎士の多くは王室内で無残な死を遂げていた


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