第142話 最終決戦 獣王ヴィンメイ 8

ルドラ

『衝撃波は身を屈めたり低くしろ!』


彼はそう叫びながら駆け出すとリゲルの横につく

獣王ヴィンメイは鉄鞭で地面をえぐり飛ばすと、土や石が弾丸のように彼らに襲いかかる


『シールド!』


シエラが後方から手を伸ばし、ルドラとリゲルの前に魔力で構成された盾を作る

ティアのシールドよりも僅かに大きく、獣王ヴィンメイの攻撃は盾によって防がれた


だが1度切りの盾はその場で砕け散る


『チッ!』


獣王ヴィンメイは目の前まで迫る二人に向かって武器を振り落とす。

ただ避けても衝撃波で吹き飛ばされると知っていたリゲルは光速斬でヴィンメイの股下を潜りながら足首を切り裂いて背後に回る


『光速斬』


同時にルドラも加速を使い、ヴィンメイに向かって斜めに跳躍して飛び込み、首筋を切り裂いて通過すると体を反転させた


二人の攻撃は深傷にはならない

それは獣王ヴィンメイの体が頑丈過ぎるからだ

鉄鞭は地面を叩き、衝撃波が発生するとクローディアは武器を振って衝撃波を消し飛ばす荒業を見せつけた


(すご…)


流石に驚くアネットはクローディアの近くで戦うことを決めた瞬間でもある


『ちょこまかと!』


愚痴をこぼしながらも口から圧縮した空気弾を、正面から襲いかかるエーデルハイドやクローディアに飛ばし、背後から迫るリゲルとルドラを鉄鞭を振って衝撃波で吹き飛ばすと、ヴィンメイの頭部にクローディアのフルスイングが叩きこまれた

 

『がっ!?』


僅かにふらつくヴィンメイ、ダメージは無くても威力は消せない

四方に目がないヴィンメイが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、クローディアを見た


『どう?』


『馬鹿力めが!ブォアッ!』


『くっ!』


吐息で彼女を吹き飛ばし、アネットの真空斬を蹴って掻き消すと、足元に近づこうとするルーミアとクリスハートを鉄鞭の一振りで起きる風圧で吹き飛ばす


リゲル

『おらぁぁぁぁぁ!』


『ひっこんでろ!』


ヴィンメイが背後から跳びかかるリゲルに向かって体を回転しなら鉄鞭を振った

間一髪リゲルは剣でガードするが、隕石のように吹き飛び地面に叩きつけられる


ルドラは僅か数秒の戦いを見てヴィンメイの戦い方を理解した

単純すぎる攻撃と思考回路だが、それで敵を制圧するだけの腕力と防御力が十分にある

ヴィンメイの脇腹を光速斬で斬りつけて通過するが、傷は浅い


(光速斬では駄目だ)


飽く迄、この技は加速して斬る技

その威力は普通の技スキルよりも乏しい


『死ね』


ルドラは振り返ると同時にヴィンメイの口から圧縮された空気弾が3発飛んでくると2発を避け、避けれないと悟った最後の空気弾を剣で斬り裂く


(重い!)


剣を握る両手に痺れを感じたルドラは何かの感覚に近い事を思い出す

金属の棒を全力で地面に叩きつけたような感覚に近い、彼はそう思った


クローディア

『こっちよ!獅子!』


彼女は足元に潜り込むと、鉄鞭でスネを全力で叩く

打撃耐性が強くとも流石にそこま弱い筈と彼女は思ったのだ

ヴィンメイは脛当てという防具を装着しているが、それを破壊することは出来る


金属音が響き渡ると、ヴィンメイの脛当てが破壊された

しかし、その先にある部位に命中してもヴィンメイは不気味な笑みを浮かべてクローディアを見ていた


(ここも駄目なの!?)


『残念!』


クローディアは蹴り上げられ宙を舞う

苦痛を浮かべたまま体を回転させ、突きだしてくる鉄球を鉄鞭でガードするが直ぐに押し込まれて吹き飛んでいく


クワイエット

『デットエンド!』


『!?!?』


クワイエットは自身が持つ最大の技を使う

技スキルによって一瞬だけ目を赤く染め、ヴィンメイの太腿に向かって振った剣は赤い斬撃を残して深く斬り裂くことを可能にした


効果範囲は非常に狭い

しかし、その代わりに鬼にも勝る力で攻撃することができる

それだけじゃなく、貫通性能も高い

いかに獣王ヴィンメイが頑丈だとしても深く斬り裂くことが出来るのだ


『ぐっ!貴様!』


ヴィンメイの太腿から大量の血が飛び出した

その場から飛び退こうとしたクワイエットを睨み、素早く鉄鞭で叩きつけて地面を転がす


入れ違いにリゲルと、ルドラが迫るのを見てヴィンメイは空気弾を放とうとするが、背中に痛みが走る

クリスハートが強撃という力強く剣を振る技スキルでヴィンメイの背中を斬ったのだ


『雑魚が!』


クリスハート

『シエラ!』


『ぬっ!』


飛び退くクリスハートに攻撃をしようと目論んだ瞬間、目の前に大きな火球が飛んでくる

シエラのファイアーボールがヴィンメイの顔面に命中し、ボンと軽い爆発が起きる


(目が…くそ!)


視界を一瞬奪われたヴィンメイは手のない右腕で顔を覆い隠して左手に持つ鉄鞭を乱暴に振り回す

そこでルドラはリゲルと飛び込みながら感じたのだ


こいつは強くても見下す傾向が強すぎて隙だらけなのだ

本気になる前に倒すべき相手、今はまだ遊んでいるのだとリゲルは悟る

今視界を奪われたヴィンメイはただ乱暴に武器を振っているだけ、今はそのチャンスだと思いながらもリゲルがヴィンメイの首筋を斬り裂いて通過すると、ルドラは剣に魔力を流し込むと技を放つ


『龍斬!』


歯を食いしばり、全力で振りぬいた剣からは3つの巨大な斬撃

それはヴィンメイの肉体にダメージを与えるには十分な威力を誇る

ルドラが持つ最高の技でもあり、彼を1番隊の隊長にせしめた技だ


龍の引き裂く攻撃に似たその技でヴィンメイの体から血を吹き出し。叫ぶ


『がぁぁぁぁぁぁぁ!』


リゲル

(本当に凄い技だ)


アネット

(あの人すごっ!)


クローディア

(流石ロイヤルフラッシュの馬鹿の後釜ね)


クリスハート

(すごい…これなら勝てる!)


誰もがそう思うには相応しい光景

獣王ヴィンメイは胸部に大きなダメージを受けるとバランスを崩して転倒し、地面に亀裂を走らせた


復帰したクワイエットは起き上がる瞬間を狙うため、リゲルと共に駆け抜けた

しかし、ヴィンメイは起き上がらずに欠損した右手を空に掲げるのみ


それを見た誰もが背筋が凍る思いを思い出してしまう

掲げた右手、そこから現れが神々しい光を放つ球体を見てリゲルは足を止め『伏せろ!』と荒げた声で叫ぶ


ルドラはとあることをその時に走馬灯のように思い出す

魔法騎士であったハイムヴェルトと仲が良かった彼は偶然にも近くにいたルドラは彼らを襲う魔物を倒すべく、向かったのだ


あの時に見た魔法スキルと同じ

この距離で受けてしまうと即死は免れないが、生きていたルドラは対処法を知っていた

2足歩行の黒い猛牛、禍々しく赤黒く光る曲がった角、目が赤く染まり、全身の体毛は黒い

両手の爪は鋭く、1メートルも伸びる魔物

口は肉食獣よりも牙が鋭く、口の中は歯で埋め尽くされた魔物以上の魔物


同じ技だと彼は強く思い出す


『武器に魔力を全力で込めてガードしろ!逃げても無駄だ!』


その声に誰もが反応を見せると同時に魔法は発動した


『ノヴァツァエラ!』


強力な光と共に甲高い音が鳴り響き、辺り一面を強力な衝撃波が飛ぶ

この魔法の威力は衝撃波が一番強く、近くで受けると人間など即死しても可笑しくはない


誰もが衝撃波を防いだとしても、その後に襲い掛かる爆発の風圧によって吹き飛ばさる人間が知る中では最強最悪な魔法スキル

雪が舞い上がり、視界はゼロに近い

静かになった場所で獣王ヴィンメイは静かに起き上がる


(吹き飛んだか…それにしても、くそ)


自身の体を見て舌打ちをする

重傷ではないが、ダメージを負ったことに苛立ちを思えたのだ


『龍斬、か』


初めて見た技に油断をしたと感じ、ルドラを警戒することにしたヴィンメイだが

その考えも直ぐになくなる

ヴィンメイは吐息で舞い散る雪を飛ばし、辺り一面を裸にして思ったのだ


生きていないだろうと


『そういえば、あの小僧も思い出したぞ…村で子供を殺して力にしようとした時にそやつをかばって女が死んだが…やはりあの時のガキだったか。母親の仇は取れなかったな』


ヴィンメイは空を見てあざけ笑った

所詮人間など撃たれ弱い、強靭な体を持つ獅子人族には敵いはしないと

しかし彼は大事な事を忘れていた


人は弱いからこそ頭を使う

油断しないと決めていた彼は根本的な土台からそれを生んでいることに気づいていなかった


『まだだ糞が』


『!?!?』


ヴィンメイは背後からの声に振り向いた

そこには全身血だらけで鬼のような形相を浮かべたリゲルが彼の顔面に向かって突っ込み、剣を向けていた


(馬鹿なっ!)


避ける事よりも驚愕を浮かべてしまい、ヴィンメイはその右目にリゲルの剣を突き刺されてしまう


『ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


リゲル

『目は鍛えとけばよかったな!』


『死ねぇぇぇぇぇ!』


ヴィンメイは欠損した右手でリゲルを地面に叩き落とし、踏みつけようとするとルドラとクワイエットがリゲルを掴んで救出したおかげで踏みつぶされなくてよかった

だがこの2人もダメージが深く、血を流している


『くそっ!目が!目がぁぁぁぁ!』


クローディア

『黙りなさい!ビッグヴァン』


痛みで暴れるヴィンメイに傷だらけのクローディアの切り札が顔面に命中する

放電した鉄鞭が顔面に触れた瞬間に炸裂音を響かせ、ヴィンメイは大きく吹き飛ぶ

地面を転がり、遠くで止まると直ぐに立ち上がり、怒りをあらわにして彼らを睨んだ


(全員生きてるだと!?)


そこには自身と戦う人間全てがリゲルの周りを囲むように立ちはだかり、武器を向けていた

しかし無傷じゃない、ノヴァツァエラでかなりのダメージがあり、数人が前屈みになっている

中でも一番酷いのはリゲルだ、先ほどの攻撃をモロに受けてしまい、フラフラしていたのだ


『生きていても、先ほどのように動き回れまい』


ヴィンメイが言い放つ言葉は戦う者たちにとって図星だ

立つだけが精一杯、それほどまでにノヴァツァエラは強力過ぎるのである


リゲル

『あと1つ目を潰す』


ルドラ

『その怪我では自殺行為だ、やめろ』


リゲル

『やる!もう少しなんだ』


ルドラ

『焦るな…、時期に奴は醜態を晒す』


クリスハート

『立つのがやっとの怪我ですよリゲルさん、今は体を休めてください』


そんな声、彼には聞こえなかった

冷静を保って戦っていた彼はヴィンメイに傷つけることが出来たことが焦りを生む

もう少し、もう少しだといつもの彼とは違う感情論が湧きだしたのだ


誰もが彼を静止しようとしたが、ヴィンメイは利口にもリゲルを挑発した


『お母さんの首は簡単に折れたぞ?お前も折ってやろうか?』


それだけでリゲルはカッとなり、怒りを浮かべたままギリギリの体で走りだした


クローディア

『馬鹿!誰か止め…』


彼女はそう告げながら駆け出そうとすると、誰よりも素早く動く者がいた


『貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


ルドラだ

彼は鬼の形相でリゲルの背を追い、ヴィンメイに襲い掛かる


クリスハート

『行きますよ!』


遅れて皆が駆け出す

しかし追い付けない、二人は速すぎたのだ

クワイエットでも離されないのがやっとであり、二人は直ぐにヴィンメイの目の前まで到達する


『馬鹿が』


凪ぎ払うかのように左手に持つ鉄鞭を振ると二人は飛び上がる

ヴィンメイはそのまま回転し、振り向いた時にはリゲルとルドラが剣を顔面に向けて振ろうとしていたのだが



それは罠だった


リゲル『!?』


ルドラ『なっ!?』


ヴィンメイが大きく開いた口が赤く光っていた

それは今までの戦闘で見せなかった技であり、この距離から避けることは不可能だった


『さらばだ、バクダード』


爆発を帯びたブレスがヴィンメイの口から吐き出される

リゲルは瞬時にガード体制に入るが、ルドラはそれは無駄だと悟った

ガードしても意味がない、ロイヤルフラッシュも持つ魔法の切り札だと知っているのだ

防御力無効、それは魔法耐久力スキルも無駄になる


ルドラはリゲルを掴み、無理矢理引き寄せると自身の体を盾にしたまま爆炎に飲み込まれていく


クワイエット

『リゲル!!』


クローディア

『ちっ!』


シエラ

『あれ不味い!死ぬよ!』


アネット

『ルドラさんまで…』


誰もが絶望を覚えた

クローディアと同じく戦力として心強い二人が爆炎に飲まれたのだから

明らかに無事では済まないと悟ると、その足を皆が止めた


『まず二人』


不気味な笑みを浮かべ、爆炎の中から火だるまの物体が目の前で落ちていくのを見たヴィンメイは笑いが止まらなかった

しゃがみこみ、黒ずんだ元人間を楽しそうに眺めながらも舌なめずりし、足を止めた人間に視線を向けて口を開く


『人間では我は倒せぬ、誰も倒せなかったのだぞ?』


『…お前は許さないよ、絶対に』


クワイエットは目をカッと見開き、ヴィンメイを強く睨みつけた


クローディア

『100回殺さないと気が済まないわ』


クリスハート

『悪魔め…!』


『ならどうする?最強の王に挑む愚かさを味わうか?』


クリスハート

『貴方は王なんかじゃない!』


彼女は叫び、ヴィンメイに走る

クワイエット、クローディアや他の者もこの場でこの化け物を倒すべく覚悟を決めた


(愉快なり、人間)


ヴィンメイはそう思いながらも立ち上がろうとした瞬時に聞こえぬ筈もない声を耳にする


『死ね』


驚きながら声のする足元に顔を向ける

同時にヴィンメイの首元にリゲルの剣が深々と突き刺さる


『なっ!?貴様なぜ!』


あり得ない

死んだ筈だとヴィンメイは火だるまの物体を見た

それは爆炎に飲まれた二人ではなく、盾となってその身に受けたルドラだった


しかも彼は生きており、仰向けになると重度の火傷の体でニヘラと笑って見せた


ルドラ

『お前は強いが、強いだけだ』


『がっ!!』


リゲルに剣を押し込まれ、左手に持つ鉄鞭を離してしまったヴィンメイは歯を食い縛りながらリゲルを掴んで握りつぶそうとした


リゲル

『ぐ!』


『お前は…先にころ、す!』


ルドラ

『やめろ!』


いつ死んでも可笑しくないルドラは最後の力を振り絞り、起き上がるとリゲルを掴む左手に向かって飛び上がり、竜斬でその手を斬り飛ばした


『うがぁぁぁぁぁ!』


落下するリゲルを両手で受け止めようとしたルドラは力が入らず、そのまま自身の体で彼を受け止める形となる

ヴィンメイは首にリゲルの剣を突き刺されたまま、二人を睨む


クワイエットとクローディアはヴィンメイが二人をヴィンメイが踏み潰す前に攻撃を仕掛けようとしたが、口から放たれた衝撃波よって吹き飛ばされた


リゲル

『ルドラ…さん』


リゲルは体力もダメージも深刻であり、意識がとびそうになる

だがそれよりもルドラの状態が深刻であることに気づき、一瞬ヴィンメイを忘れてしまったのだ


ルドラ

『お前が倒せ。母さんの仇はお前がとれ…。1人にしてすまなかった…。きっと俺は地獄にいくだろう、頼むぞリゲル!』


ルドラ

『!?』


彼の言葉に可笑しな点が多かった

涙を浮かべるルドラが何故泣くのか意味がわからなかったのだ

それを知るものが不気味に笑いながらも口にする


『やはり貴様らは同じ匂いがする、親子だったか!』





リゲルは今までの疑問が全て繋がった

色々な感情が込み上げ、混乱したリゲルはただただ衰弱していくルドラを見つめた

自然と彼はルドラに歩み寄る

これが父なのか、父親だったのかと先頭には関係の無く、彼には大事な感情が渦巻く


ルドラ

『俺は父失格だ、せめてお前の道を作れたらと…俺は…』


『悪いが退場しろ、見るに耐えんわ!』


リゲル

『!?』


慈悲なとヴィンメイにはない

リゲルが顔を上げると、二人を叩き潰すために右腕を振り落としていたのだ

逃げるにも足に力が入らないリゲルは剣も無いことに悔しさを顔に出し、叫ぶ


『お前はもう1人じゃない!』


ルドラは自身の持つ剣をリゲルに掴ませ、蹴り飛ばす

強い目で見つめる姿にリゲルは無意識に叫んでしまう


『父さん!』


ルドラは一瞬だけ驚いた顔を浮かべると、そのまま笑い

獣王ヴィンメイに叩き潰されていった



今、リゲルの最後の親が目の前で死んだ


『貴様の父もこの俺が殺したぞぉぉぉぉぉ!』


首に剣を突き刺したまま、ヴィンメイは馬鹿にするような笑みを浮かべでリゲルに言い放った

本当に父さんなのか?と何度も彼は自問自答を繰り返す

しかし、先ほど叫んだ自身の言葉に答えがあることに彼は気づいた


何故聖騎士に入れたのか、誰よりも厳しく育てられたのか

酒だけは絶対に飲ませなかったのか、時には特別扱いのように接してきたのか

その全てがリゲルの肉体に熱として現れた


クローディアの鉄鞭での攻撃でバランスを崩しているヴィンメイを見ながらリゲルはクワイエットに起こされるが

視線はいまだに父と名乗ったルドラを見つめていた

それはもう動く事など2度とない


クワイエットが何か叫んでいても、彼には聞こえない

クリスハートや他がかけより、肩を揺さぶってもリゲルはずっと父と名乗ったルドラを見る


目を離せなかったリゲルは何故ルドラが本当の事を言えなかったのか理解することを恐れた

それが本当ならば、自分の家族は本当にいなくなるからだ


『あ』


リゲルは心を無くしたかのように小さく口を開く

その顔は無表情であり、ルドラから出てくる発光した魔石を見て自然と体が動いた


無音の世界で彼はヴィンメイの足元をくぐり抜け、魔石を掴んだままルドラが残したスキルを吸収し始める


『貴様らここで死ねぇぇぇぇぇぇ!本気で相手してやる!』


ヴィンメイが地面を強く踏み、衝撃波で全員を吹き飛ばしてから欠損した右手を空に掲げた

唯一、リゲルだけはルドラの剣を地面に刺して堪えた


眩い光を放つ球体が辺りを照らす

ノヴァツァエラでトドメを差す気なのだ

誰もが焦りを顔に浮かべ、なんとしてと阻止せんと走り出す

2発目は防げないとわかっていたからだ


クローディア

『く!間に合わない!』


クワイエット

『リゲル!』


リゲルは瓦礫に埋もれかかるルドラを見ながら考えた

やはり考えれずにはいられなかったのだ


(母さんの遺体に近づいた魔物隊の男、顔は見てない)


だが奴はリゲルの名を告げ、謝った

それがルドラだとしたら、全てが繋がる


リゲル母が死ぬ前の日、母がリゲルにこう告げていたのだ


『あの人に会える、あなたの父さんのライガーが来るのよ』


だが来なかった

ルドラが父なら?

顔を出せる筈かなかった


仕送人がルドラならば?

昔は金を使っていたが今はその必要もない事を彼はリゲルに話している

仕送りの必要が無くなったから


何故父さんは母さんの元から離れたか?

ルドラは酒だけはやめろと執拗にリゲルに話した

酒癖が悪かったからだろうと彼は答えをだす


それでもリゲルの母は父を好いていた

きっと自身の知らないやり取りがそこにはあった

自分は知らずに父の近くで育っていたのだと思うと、とある答えが導きだされた


今、この場にいる全員を消し去ろうとする獣王ヴィンメイはリゲルの父と母を殺した張本人であり

全てを奪った


クリスハート

『リゲルさん!』


リゲルは勇気を振り絞り、答えを出した

自分は1人になった、家族はもういない

不気味に笑うこいつが全てを奪った

父らしさを最後に見せた息子を守ったルドラを強く見つめたリゲルは叫びながら手に握りしめた剣を目の前にいるヴィンメイに向かって飛び上がり、振る


『龍斬!!』


リゲルは涙を浮かべ、技を繰り出した

ルドラの魔石から得たスキル

それは龍斬であり、レベル1でも高い威力を誇る

巨大な3つの斬擊は獣王ヴィンメイの右腕を捉え、根本から切り裂くと腕が吹き飛んだのだ


『グァァァァァァァ!』


ノヴァツァエラが阻止され、悶え苦しむ獣王ヴィンメイは欠損した部分をおさえながら空中にいるリゲルを睨み付けた


こんな小物にこれほどまでの傷をつけられ、怒りを浮かべたヴィンメイは口を大きく開けて叫ぶ


『貴様ぁぁぁぁあ!死ねぇえ!』


口から赤く光が漏れだすそれはバグダードという爆炎を吐きだす技

リゲルは空中にいて避ける事は出来ない

それは本人が一番知っている


リゲル

『死ぬのはてめぇだ!お前は絶対に許さない!!』


彼は涙を流しながら訴える

避けれなくてもいい、せめてあと一撃を父の残す技で一矢報いる覚悟を決めた


クワイエットやクローディアそしてクリスハート達が一斉に飛び込み、ヴィンメイの攻撃を阻止しようと必死に駆け出すが

それよりも速く攻撃を仕掛ける者がいたのだ


『!?』


リゲルは空中でとある者を目にした

ヴィンメイの遥か後方から白い翼を背中に生やし、白く光る剣を持って光速で低空飛行で飛び込んでくる者がいたのだ


『お待たせ!』


イディオットのティアだ

彼女だけじゃない、それを追うようにしてアカツキ、ティアマト、リリディ、リュウグウ、そしてシグレやゲイルが駆け付けたのだ


リゲルは笑う

悪くはない、と



ティアはその手に握る特殊な武器を振り、ヴィンメイの右足を斬り飛ばして通過すると、ヴィンメイはバランスを崩す


『ギャァァァァァァ!』


ティア

『おまけ!』


彼女は通過すると直ぐに反転し、左腕を斬り飛ばしてホーリーランペイジの効力が消える

空中で効力が消えた彼女はアカツキにキャッチされながらも共に吹き飛んでいく光景を見てリゲルは小さく囁いた


『ありがとう』


大きな音を立てて背中から転倒したヴィンメイに落下していくリゲルは大声を上げ剣に魔力を流し込むと空に掲げる


『馬鹿めがぁぁぁぁ!』


上体を上げ、それでも口から爆炎を吐きだそうとするが

リゲルは1人じゃないのだ


クリスハート

『はぁぁぁぁぁぁ!』


クワイエット

『リゲルゥゥゥゥ!』


ヴィンメイ

『がっ!?』


クリスハートの剣はヴィンメイの胸部を貫き、クワイエットの剣は残る目を突き刺した

2人はその場で断末魔を上げて暴れるヴィンメイによって吹き飛ばされたがリゲルはそれが好都合だと考えた


リゲル

『馬鹿にし過ぎだ!世界を知れ獅子馬鹿王!』


ヴィンメイ

『この俺が下等種如きに負けるはずが!』


リゲルは全身全霊をもって剣を振り、叫ぶ


『龍斬!』


剣はヴィンメイの頭部に食い込み、3つの巨大な斬撃はその頭部を深く斬り裂いた

血が一気に噴き出すと、ヴィンメイは口を大きく開けたまま赤い光を失くしていく


ヴィンメイ

『俺…は、王、世界の王に…』


リゲルは剣を振りぬき、落下しながらヴィンメイの首に突き刺さる自身の剣を掴むとそのまま横に斬り裂く


(下等種に…俺が、出し抜かれるか…)


ヴィンメイは息を絶え絶えに暗闇の中でそう強く思った

彼は何故負けたのか理解せぬまま、意識が薄れていき

起こした上体を地面に倒す


飛び退くリゲルは着地で足元がふらつき、転倒しそうになるとクワイエットとクリスハートが彼を支えた


クワイエット

『リゲル!大丈夫かい!』


クリスハート

『リゲルさん!』


リゲル

『あ…』


弱弱しくも彼は目の前で倒れるヴィンメイに視線を向けた

それはもう動くことはないだろう

だがそれよりも彼には見なければならない者がいる


『父さん…』


体を支える2人を振りほどき、彼はふらつきながらも息絶えるルドラの元に向かい、しゃがみ込んだ

完全にこと切れており、顔には僅かに涙を流していることに気づくリゲルは無意識に彼の肩を叩いた


先ほどまでの激戦が一瞬にして終わりをつげ、静寂に包まれた


リゲル

『なんで、みんな黙ってるんだよ』


クワイエット

『リゲル…』


リゲル

『お前は知ってたのかクワイエット』


クワイエット

『僕は知らなかったよ、でも何故だかルドラさんは君だけは変に特別扱いしてたじゃないか』


リゲル

『特別扱い…』


聖騎士会でリゲルがカッとなって仲間とひと悶着を起こしても、追放されることはなかった

勝手に動いていた時もそうだ。それは全てルドラが周りを鎮めていたことをリゲルは思いだす



誰のおかげで1番隊に入れたと思ってる貴様


そんな言葉をよく聖騎士の仲間から言われるリゲルはルドラに特別扱いされていたことを深く思い出す

それを良い事に周りの雰囲気とは別な事をしたりしても、お咎めなどない

怒るのはいつもルドラだった


ゲイル

『お前は不器用なんだな』


リゲル

『何がですか』


ゲイルが近づくと、しゃがみ込んでいるリゲルにそう話す


ゲイル

『目がルドラさんに良く似ていた。俺は親子なんだろうと思ったが…その人はまるでお前に隠しているように振舞っていたのは気づいていた』


リゲル

『何が言いたいんですか』


ゲイル

『家庭の事情は知らん。だが本当にルドラさんがお前の父ならばきっとお前を守って死んだのではないか?』


リゲル

『この人は…父さんじゃない』


クワイエット

『リゲル…』


リゲル

『父ならなんだゲイルさんよぉ!?そうじゃないほうがいいじゃないか!』


アカツキ

『リゲル…』


アカツキは彼に近づく

しかしゲイルはその行動が不味いと思い、ギョッとした

何故駄目なのか、ゲイルは父という立場からこそリゲルが何故アカツキに強くつっかかるかわかっていたのだ


リゲルは怒りをあらわにし、立ち上がるとアカツキの胸倉をつかんだ

驚くアカツキは彼の懐から何かが落ちるのを見た、それは紙切れであり。彼が大事にしているであろう物だと悟る


リゲル

『お前は良いよなぁ!危なくなれば直ぐに親父が助けに来るんだからよ!恵まれてる癖に何を偉そうに!』


クワイエット

『リゲル!やめて!』


ティアマト

『お前!』


リゲル

『離せ!』


クワイエットとティアマトはリゲルを掴み、アカツキから引き剥がす

暴れるリゲルはボロボロと泣きながらアカツキを睨む

アカツキはその時に初めてリゲルが自分にだけ強く当たるのかわかった


それは僻み、嫉妬、それに近い理由だった

自分が出来ないことをアカツキが出来るからだ

家族に甘える事も出来ないリゲルは恵まれているアカツキを心の底から羨んでいたのである


『離せ!お前らもみんな良いよなぁ!こっちはもう誰もいないんだよ!この人が父さんなら俺には何も残っちゃいねぇんだよ!何もねぇんだよ…仇をとってもなんでこんな虚しくなんなきゃいけねぇんだよ』


リゲルはその場で座り込むと、頭を抱えて泣き始める

誰もが彼の姿に言葉をかけられずにただ見つめることしか出来ない


『なんで俺だけこうならなきゃいけねぇんだよ、なんで普通に暮らしちゃいけねぇんだよ』


その中でクリスハートだけは、彼の懐から落ちた紙を拾い、それを開いた

聖騎士が自分のしたい事や願いを書き、懐に持つ習慣がある

金持ちになると書く者もいれば、強くなると単純な願いもいるがリゲルは悲しい過去を想い、書いた願いがそこにはある


(・・・・リゲルさん)


クリスハートの開いた紙にはこう書いてあった




家族が欲しい




全てを奪われたリゲルにはそれが一番欲しいものだった




その時、リゲルの懐から連絡魔石が反応を示す

それはロイヤルフラッシュ聖騎士長との連絡手段である魔石であり、彼は静かに取り出すとそこからロイヤルフラッシュ聖騎士長の声が聞こえてくる


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『リゲル、そちらはどうなった』


リゲル

『ルドラさん、死にました』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『なんだと!?何が起きた!』


リゲル

『あんた、知ってただろ…』


ロイヤルフラッシュ聖騎士長

『何のことだ!?ヴィンメイはどうなった!伝えよリゲル!』


リゲル

『リゲルさんの名前、もしかしてライガー・ホルンですか』


その問いにロイヤルフラッシュ聖騎士長は口を詰まらせた

リゲルはそれが答えだと悟り、上官にあるまじき言葉を荒げた声で言い放った


『あんたも黙ってたじゃないか!なんでみんな俺に黙ってるんだよ!あんたは良いよなぁ!?奥さんが残ってるんだからよ!』


『リゲル…待て。一度話しを…』


『母さんも父さんも俺にはもういねぇんだよ!みんな黙っていやがって!もう聖騎士にいる意味のねぇよ!家族みんな死んだんだからなぁ!あんたが話していれば!あんたが俺に真実を話していれば…俺もこんな形で父さんと出会う事もなかったのに…なんでだよ!』


『リゲル…』


『大人はみんな嫌いだ!俺にだけ内緒にしやがって!』


彼はそのまま連絡魔石を地面に強く叩きつけて割った

破片が辺りに飛び散る最中、リゲルは泣きながらルドラの肩を何度も何度も揺さぶる

だが起きることはない


子供のように感情をあらわにするリゲルにどう声をかけるか皆が悩んでいると

クリスハートがリゲルの目の前でしゃがみこみ、彼の頬を両手で触る


『大丈夫、大丈夫だから』


彼女から放たれた言葉にリゲルは思い出す

母親が死ぬ間際、何かを口にして死んでいった

何を口にしていたのか、それは以前にテラ・トーヴァから協力の報酬として教えてもらっていた


大丈夫、大丈夫よ、生きて

それに近い言葉だと知るや、リゲルは彼女に抱き着いて泣き叫ぶ


ムゲンを倒し、獣王ヴィンメイを倒したのに誰も喜ぶ気にはなれず

リゲルを見る事がこの場にいる者の出来る行動だった


アカツキ

『…父さん』


ゲイル

『お前が出る幕じゃない、下がってろ』


《俺も人間の過去が覗けるから気づいてたけどな》


クローディア

『クワイエット君、彼を頼むわね』


クワイエット

『うん』


アネット

『こんな話、酷すぎだよね』


リュウグウ

『親に甘える事も出来ないまま、か』


ティア

『アカツキ君…』


アカツキ

『俺はリゲルを刺激してしまうようだ、ちょっと下がってお…ん?』


そこでとあることが起きたのだ

ヴィンメイの体から発光した魔石が顔を出すと、それはリゲルに飛んでいったのだ

クリスハートに抱き着いた泣きじゃくる彼は僅かに我に返り、背後で光り輝く魔石が浮遊していることに気づくと無意識にその魔石を手にする


光は彼の体に入っていくと、リゲルは立ち上がり驚愕を浮かべた


リゲル

『なんだ…これは』


《ムゲンの時もそうだが…どうやら倒した奴に魔石は飛びつくらしいな》


リゲル

『何が起きるんだよ…』


《道が出来る。お前はその力を使ってどう生きるか…見つけろ。目的が無いからやることがないは聞かぬ。やるべきことをしろ…》


誰もがリゲルが僅かに発光を始める事に驚く

あれは称号を手にした証でもある


リゲルはその光が消えると。その場で自身のステータスを見てみたのだ

ちゃっかとクリスハートが横目で彼のステータスが気になり、見ようとするとその能力の高さに目が飛び出る程に驚いてしまう


・・・・・・・・・

リゲル・ホルン


☆アビリティースキル

スピード強化【Le5】MAX

気配感知  【Le5】MAX

動体視力強化【Le4】

斬撃強化  【Le4】

耐久力強化 【Le4】

筋力強化  【Le3】

体術強化  【Le5】MAX


☆技スキル

インベクト  【Le3】

光速斬    【Le4】

真空斬    【Le4】

一刀     【Le2】

パワーブレイク【Le2】

龍斬     【Le2】up↑


☆魔法スキル

シールド   【Le2】

アンチマジック【Le2】

ノヴァツァエラ【Le1】New


称号

竜騎士



☆称号スキル

特殊魔法『ブレス』

特殊技『衝撃波』

動体視力強化  【Le3】

耐久力強化   【Le4】

スピード強化  【Le4】

・・・・・・・・・


あり得ないほどの能力が高い事に気づく

しかしそれを見ているのはクリスハートのみ

彼女の反応だけでいかにリゲルが高いステータスを保持しているのか、明らかだった


リゲル

『…おい』


クリスハート

『ふゃっ!?』


リゲル

『何見てる?飯奢れ』


クリスハート

(どう反応すれば…)


リゲル

『疲れた。2人分の敵討ちをしたんだ…、今は休みてぇ』


クリスハート

『わかりました。お疲れ様です』


リゲル

『あぁ…。今は冷静になった、助かる』


ゲイルはルドラの遺体を背負い、皆は傷ついた仲間に肩を貸してその場を後にする

クローディアは冒険者をその場に集めると、この騒動の根源であるヴィンメイの遺体を荷台に乗せて運ぶように指示するが


誰もが巨大な獅子の体を見て畏怖を覚える

死んでいても、その体から発せられる歴戦を感じ取ったのだろう


素直に喜ぶことが出来ない勝利と共に、アカツキ達は街に戻る






最終決戦 獣王ヴィンメイ 終





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