第141話 最終決戦 獣王ヴィンメイ 7
※三人称
クリスハートとリゲルは囲まれながらも背中合わせで四方を囲む獣種の魔物に剣を構える
Cランクのブラック・クズリにチベタンウルフの多くが二人を取り囲み、今にも飛びかかろうと牙をむき出しにしていた
なんとかなるだろうと思っていたリゲルとは違い、クリスハートは多少の焦りと安心感を抱く
クリスハート
『どうしますか?』
リゲル
『動き止めたら死ぬからな?始まったら動き回れ、あと味方と離れれば獣は弱い奴を先に襲うから気をつけろ』
俺から離れたらお前は死ぬ、彼女はそう言われている気がした
『グルァァァ!』
途端にブラック・クズリが一気に飛び出す
それは光速斬のような速度、だが二人はいちはやくそれに気づき、武器を力強く握りしめた
『一刀』
リゲルはその場で剣を振り、大きな斬撃を発生させて両断すると他の魔物がそれが合図となり一斉に襲いかかる
(くっ!数が!)
クリスハートは足元に迫るブラック・クズリの顔面を切り裂き、側面から飛び込んでくるチベタンウルフの攻撃を避けてから近くのブラック・クズリの体を斬る
彼女の背後に迫るブラック・クズリをリゲルが腰にしまっていた投擲用ナイフを掴んで投げると、それはブラック・クズリの目を貫き、倒れた
『離れるな!』
『わかりました!』
リゲルは避けては斬り、爪を弾いては蹴って吹き飛ばす
足を止めれば一気に狙われる為、クリスハートも果敢に動き回りながら獣と交戦していると、地面に残る雪に足を取られてしまう
(あ…)
手をついて転倒を免れたが、顔を持ち上げるとブラック・クズリが口を大きく上げて飛び込んできていた
『くっ!』
彼女は剣を口に押し込み、間一髪だったが側面から襲いかかるチベタンウルフの爪を防ぐ為に剣をブラック・クズリの口から引き抜こうにも何かが引っ掛かって抜けない
焦りが限界を越え、体に無駄な力が入る
それは冷静を忘れてしまった事により間違った行動を生む
(早く抜かないと!)
そう思った判断を間違いだと訴えた声が彼女の耳に届く
『なんの為に上げた!?』
リゲルの声に彼女は目を見開いた
剣から手を離し、カランビットナイフを素早く手に取ると、チベタンウルフの爪を半身で避けてから首を切り裂き、地面に沈めた
『しゃがめ!』
途端にリゲルが彼女に迫る
クリスハートは言われるがままにその場にしゃがみこむと、彼女の頭上から飛び込んでくるブラック・クズリの側面を通過しながら斬り倒す
リゲル
『立て』
彼は彼女の腕を掴み、立ち上がらせると死んだブラック・クズリの口に突き刺さっていた彼女の剣を引き抜き、渡す
迂闊に襲いかかれないと本能が知ったのか、二人を取り囲む獣は威嚇しながら隙を伺っている
リゲルが彼女に顔を向けて魔物に意識を向けてないと思いきや
そうでは無いのを獣は感じていた
クリスハート
『ありがとう』
リゲル
『今度飯な』
クリスハート
『え?』
リゲル
『助けたから飯奢れ』
彼女は彼の言葉によって余裕が生まれた
ブラック・クズリが一気に彼女の背後から襲いかかると、リゲルはいちはやく気づき、クリスハートの腕を掴んで引き寄せてから飛び込んできたブラック・クズリの頭部に剣を突き刺す
素早く抜いたリゲルは直ぐに彼女を離し、『後ろ頼むぞ!』と叫びながら動き出す
クリスハートは返事はせずとも、彼の背中に向かって笑顔で返してから襲いかかる魔物に剣を振る
数が減ると思いきや、増える一方にリゲルは面倒臭いといった顔を浮かべた
倒しても倒しても別の魔物がくるからだ
低ランクならまだしも、Cの魔物ばかり
少しでも判断を間違えば一気に押し込まれる
それはクリスハートにも十分に伝わる
『くそ!多いな』
『大丈夫ですか!』
『俺はいい!自分の事だけ考えろ!』
リゲルは剣を振り、チベタンウルフの首を撥ね飛ばす
魔物の数が多く、クリスハートの様子も気にしつつ戦う彼にも限界はある
体一つで可能に出来る行動は限られているのだ
(見てない)
リゲルはクリスハートの側面から忍び寄るブラック・クズリを横目に投擲用ナイフを投げた
同時に彼の死角からチベタンウルフが彼の体を引き裂いたのだ
運悪く、リゲルはクリスハートに意識を向けた瞬間に飛び込んできた魔物に気づかなかった
二つ同時の情報に対して処理することはリゲルにも出来るが、見えてなければ困難だ
ましてやこの魔物数
リゲルの視野に限界があった
『ぐっ!』
転倒してたまるかとバランスを崩しながらも下半身に力をいれて踏ん張るリゲルは痛がる素振りを見せないまま、噛みつこうとするチベタンウルフを斬り倒す
『リゲルさん!』
『いいから集中しろ!』
リゲルは叫びながら魔物を斬る
(傷は浅くも深くもないか…)
流れる血の量で彼は判断した
今は無理してでも動くべきだ、と
だがリゲルにとってはまたそこまで深く考えなくても良い怪我であり
増える敵を出来るだけ一撃で倒すべく、避けるよりも前に出て敵を斬り倒す
クリスハートは彼から離れないようにしながらも敵を斬るが、一撃で倒すのは困難を極める
チベタンウルフの噛みつきを避け、素早く側面を斬っても魔物は怯むことなく彼女に顔を向けて飛び込む
(不味い!)
しゃがみ、下腹部を斬り裂いてから側面から突っ込んでくる赤猪の顔面に剣を突き刺し、立ち上がる時にブラッククズリが彼女の肩を爪で引き裂いた
『ぐっ!』
痛みを堪え、剣を離さずそのままブラッククズリの前足を斬り飛ばしてから蹴って吹き飛ばす
切羽詰まった状況でいつもより体力の消耗が激しいと気づき、この状況をどう打破すべきか考えてたくてもそんな暇はない
一瞬リゲルに視線を向けた彼女が彼が自身と目があい、こちらに近寄るのを見て背後を振り返る
『グルァァァァ!』
チベタンウルフは大きな口を開け、目の前に迫っていたのだ
(この間合いはっ!)
避けれない
彼女はそう思い、剣を前に出してガードしようとすると足元に転がっていた魔石を踏んでしまい、バランスを崩す
『クリ坊!』
リゲルは彼女の腕を引っ張り、抱き寄せてからチベタンウルフの顔面に剣を突き刺す
『ガァァァ!』
『つっ!』
リゲルの肩に向かって噛みつくエアウルフ、クリスハートは素早くカランビットナイフでエアウルフの首筋に突き刺し、地面に落とす
『リゲルさん!』
『余所見すんな!死にたいのか!』
『ですがこの状況…』
『まぁ不味いな』
先ほどよりも多く、低ランクの魔物も彼らを囲んでいた
シエラ、アネット、ルーミアは未だミノタウロスだけじゃなく、周りの魔物の相当に時間をかけてしまい、彼らの援護に向かえずにいる
50メートル先にいるのに、それでも近づく気配はない
2人で乗り切らなければいけない状況で彼女はふと今のうちに聞きたいと無駄口をリゲルに問いかけた
『何故助けに来たんですか』
『は?せっかく訓練してやって俺のカランビットもあげたんだ。んな野郎が目の前で死んだら後味悪いだろ』
彼女は危機的状況でもリゲルの言葉で僅かにホッとした
自然と『助けてくれてありがとう』と彼女が口にすると、リゲルは言葉を詰まらせ、魔物に視線を向ける
返事はない、しかし彼女はそれが彼なりの返事だとわかった
リゲルの肩や胸部から血が流れても彼は弱みを見せない
それは強がりなのか、平気なのかクリスハートにはわからないがダメージを負っていることに変わりはない
2人は背中合わせで四方を取り囲む魔物に武器を構えていると、予期せぬ魔物が姿を現す
『グルルルル』
『待てよおい、今は洒落になんねぇぞ』
リゲルが愚痴をこぼす
魔物が道を開けたと思ったら、そこから現れたのはランクBのサーベルタイガーであった
この魔物の数にBがいるとなると、2人では最悪が悪すぎる
顔を真っ青に染めたクリスハートは僅かに剣を下げてしまうが、それは体が僅かに生きる事を諦めた証明でもある
『諦めんな、諦めたらおっぱい揉むぞ』
『この状況でも破廉恥ですね』
『俺は生きても意味はない、だがお前はある』
彼女はその言葉に首を傾げた
リゲルは溜息を漏らすと、牙を剥きだしにして敵意を向けてくるサーベルタイガーを睨みながら口を開く
『生きるって俺にはわからない。俺は恨みさえ晴らせればそれでいいと思っていたが。他の道が見えてきてもきっと歩けないだろうな…俺には何もない、クワイエットしかいねぇ』
『見つければいいじゃないですか』
『そんな能力ねぇよ。お前は良いよな…仲間が多いし周りに信頼されてるし美人だ。俺には何もねぇ、恨みを晴らすだけにこの歳まで来ちまった。つまんねぇ人生を送るしかないだろう』
『でも今はクワイエットさん以外にもいると思いますよ』
『あ?』
リゲルはしかめっ面を浮かべると、クリスハートは口元に笑みを浮かべた
途端に襲い掛かるサーベルタイガーに2人は武器を力強く握りしめ、覚悟を決める
絶望的な状況、しかしクリスハートは僅かに生きようと願う
そこでリゲルは自然と本音が口に出たのだ
『お前とここで死ぬのも悪くねぇ』
彼はそう呟き、我先にとサーベルタイガーに突っ込んだ
だが事態はそこまで悪くなることはなかった
彼らの元に救援が訪れたのだ
『龍斬!』
リゲル
『!?』
リゲルの前の前に現れたのは彼が一番知る男。聖騎士1番隊、隊長ルドラ
歯を食いしばり、剣を振ると巨大な3つの斬撃が龍の爪のように繰り出されてサーベルタイガーを斬り裂き、吹き飛ばした
魔物もそれには驚き、足を止めると同時にルドラは剣を鞘に納め『刀界』と叫ぶ
前方に無数の斬撃が交じる衝撃波を飛ばし、魔物を斬り刻みながら吹き飛ばしていった
リゲル
『あんた!?何してんだよ!』
彼は驚愕を浮かべながらルドラに歩み寄る
いる筈がないのだ、1番隊は公爵の指示によりコスタリカに帰省しなければいけない
逆らえばどうなるかリゲルにもわかっているのだ
しかし戻ってきたルドラは苦笑いを浮かべ、剣を抜いて肩に担ぐと僅かに下がる魔物たちを横目に口を開く
ルドラ
『聖騎士としての判断は間違っているが、俺自身の信念としては間違ってはおらぬ』
リゲル
『馬鹿かあんた!』
ルドラ
『そこまで言える余裕があるなら大丈夫そうだ。よく守ったなリゲル』
リゲル
『は?』
クリスハート
『ルドラさん…!?』
ルドラ
『やぁルシエラ殿、こいつは素直じゃないが良い男だろ?。見てやってくれ』
リゲル
『勝手な事言わないでくださいよ』
ルドラ
『無駄口叩くならばまず敵を倒せ!そのあと聞いてやる!動け!』
ルドラは鬼にも負けぬ気迫を見せ、周りの魔物を斬り倒していく
その姿は流石聖騎士の精鋭と言われる1番隊の隊長に相応しい武勇だ
リゲルは今は目の前の事に集中しようとし、クリスハートに『行くぞ!』と叫んで武器を奮う
1人加入しただけで彼らには余裕が生まれ、危なげなく敵をどんどん倒していく
(なんで来たんだよこの人、聖騎士追放は免れないぞ)
昔は真面目な性格であり、指示を的確にこなす男とリゲルは聞いていた
しかし徐々にその性格も変わっていき、失態をすることも少なくはない
指示通り動かぬ者ほど寿命は短い、それはルドラがリゲルに対して放った言葉
リゲルは魔物を倒しながらいつもより強く感じるルドラを見て昔を思い出す
(そういやこの人が俺とクワイエットを聖騎士に推薦してくれたっけな)
まだ若すぎた頃の彼らは聖騎士に入れるはずもなく、協会に向かった時に誰も話を聞く者がいなかったのだ
しかしルドラは2人を見て聖騎士に相応しい者に育てると言い、最年少で聖騎士に所属することが出来た
他の聖騎士よりも訓練は厳しく、毎日歩けない程まで訓練をする日々が続いていたが
気づけばリゲルとクワイエットは徐々に才能を開花させ、1番隊にまで昇り詰めていた
性格に難があるとここ数年思い始めていたリゲルも、戦うという1点に関しては誰よりもルドラを評価していたことを今思い出す
クリスハート
『本当に強い…』
彼女はルドラの姿を見て呟く
ルドラは聖騎士で残された古参であり、ロイヤルフラッシュ聖騎士長の次に強い男だ
弱いわけがない
リゲル
『クリ坊!後ろ!』
クリスハートは振り向きざまに剣を振り、エアウルフを両断するとリゲルに向かって『クリスハートです!』と反抗を見せた
『生きてたら呼んでやるよ』
リゲルの言い放つ言葉でクリスハートは少し驚く
息を整え、飛び掛かってくる魔物を避けながら斬り倒していく彼女は名前で呼ぶ彼がどんな顔をして言うんか気になり、少し笑ってしまう
ルドラの加入もあり、他の冒険者の頑張りもあってか魔物の数も彼らの目からも減っていると気付いた
クロウラウズ
『ぐはははは!避けてみよ!』
戦況は有利に傾く
鳥人族の烏種、クロウラウズが低空飛行しながらキリモミ回転し、魔物をズタズタに切り裂きながらリゲル達の近くを通過する
クリスハート
(流石!)
リゲル
(あいつ凄いな…)
ルドラ
『道だ!向かうぞ!』
クロウラウズが通過した魔物が倒れ、道が出来る
そこからならば冒険者達と合流できると直ぐに察知した三人は素早くその場から離れることに成功した
シエラ
『クリスハートちゃん!』
アネット
『大丈夫!?』
クリスハート
『大丈夫よ』
仲間と合流できたクリスハートは顔に笑顔が戻る
彼女らが相手していたミノタウロスは先程倒れたらしく、すぐ近くて息絶えていた
すると奥の方から巨大な何かが彼らの近くまで吹き飛んでくると、それはリゲルの目の前で止まる
ミノタウロス
『くそ!下等な人間めが』
体中傷だらけのミノタウロスだ
それは獣王ヴィンメイが操る肉体であり、その右腕は欠損している
普通ならば死んでも可笑しくはないダメージを負っているが、操る事によってまだ動く事が可能となっていた
リゲル
『武器を落としたか、馬鹿王』
『貴様!まだ生きて…ん?』
ミノタウロスはリゲルの隣にいるルドラを見て言葉を止めた
起き上がる事を止め、何かを思い出したミノタウロスを操る獣王ヴィンメイは大きく笑い、口を開いた
『貴様は覚えているぞ!思い出した!いつだったかお前と追いかけっこしたなぁ!がははは!』
ルドラ
『貴様など知らん、死ぬがいい』
ルドラは剣をミノタウロスに向け、トドメを差そうとした瞬間に言い放たれた言葉に誰もが驚きをみせた
『俺がブラック・クズリを操って貴様を切り裂いたのにお前は必死で血を流しながら俺を追いかけていたなぁ!行くな!そっちは駄目だ!と』
ルドラ
『!?!?』
『小さい人間の村だったが…女一人しか殺せなかったのは惜しかったな。子供を殺そうとしたが女が割って入ったせいで一気に計画が崩れ『うわぁぁぁぁぁぁぁ!』っ!?』
ルドラは誰にも見せた事がない悪魔の用な顔をし、ミノタウロスの首を撥ね飛ばした
息を荒くし、何度も何度も動かなくなったミノタウロスをルドラは剣で斬る光景に誰もがゾッとするが、リゲルは驚愕を浮かべたままルドラを見つめていた
クリスハート
(まさか…そんな)
リゲル
『ルドラさん…教えてくれませんか』
彼の言葉で我を取り戻したルドラはハッとし、剣を止める
しかしリゲルに視線を向けることはなかった
ルドラ
『今は、敵を倒す事が…』
リゲル
『それよりも大事なんすよ、俺にとって』
周りでは冒険者達が魔物と戦っているのに、この場だけは空気が違った
僅かにリゲルに視線を向けたルドラは、彼が真剣だと気づくとうつむいたまま事実を話したのだ
ルドラ
『聖騎士の魔物隊の隊長をしていた。俺のブラック・クズリは突然、俺を攻撃して逃げていったが逃げた先がお前の村だった。』
リゲル
『なっ!?』
ルドラ
『必死に追いかけた。しかし村までいくとお前の母が俺の魔物によって殺されていたのだ』
リゲルは知った
ルドラは魔物隊であった知り合いを知っていると言い、時がたてば教えると告げていた
まさかルドラがその本人だとは思いもよらなかったのだ
ルドラ
『俺の不甲斐なさでお前の母が死ん…』
ルドラは言葉の途中で一気に詰め寄ったリゲルに頬を殴られる。
クリスハートがリゲルをおさえようとするが、直ぐに振りほどくとルドラに乗っかかり胸ぐらを掴む
ルドラは抵抗しようにもする気が起きない
歯をくいしばり、涙目のリゲルを見てしまったからだ
リゲル
『あんたが仇だとは思ってねぇよ!母さんをやったのは獣王ヴィンメイだってわかったからな!』
ルドラ
『すまない、すまなかった』
リゲル
『なんで黙ってたんだよ!なんで俺とクワイエットを聖騎士にいれたんだよ!』
ルドラ
『強くなって欲しかったんだ』
リゲル
『何をいってんだ…』
ルドラ
『全ては獣王ヴィンメイを倒すまで待ってくれ…頼む。俺はお前を立派に育てる義務があるんだ』
リゲルはそれが単なる罪滅ぼしだと悟る
だが途中で姿を現していたアカツキの父ゲイルはそうじゃないとわかっていた
リゲル
『あんたは恨んじゃいねぇよ!だけどなんで誰も本当の事を話してくれないんだよ!なんでだよ!ロイヤルフラッシュさんも、どうせ知ってるだろうよ!』
ルドラ
『その通りだ。だがその口止めは俺がしたんだ、お前が立派になったら俺の口から言うつもりだった』
リゲル
『何が立派だよ…。教えてくれてもよかったじゃねぇかよ』
ルドラ
『ゆ…許してくるリゲル』
リゲルはルドラの胸ぐらを離し、立ち上がる
煮え切らない思いあってか、足元に転がる魔物を蹴って吹き飛ばすとクリスハートが駆け寄る
だがそんな彼女をゲイルは引き留めた
クリスハート
『ゲイルさん』
ゲイル
『当たられるぞ?今はソッとしときなさい』
クリスハート
『それだと駄目なんです』
彼女はゲイルの制止を振りきり、リゲルに近づくと彼の両手を掴んだ
何を言われるかわからないのにもかかわらず、クリスハートはリゲルに声をかけた
『リゲルさん、もう少しだから…その感情はここで出したら駄目です。森の中にいる獣王ヴィンメイでしょ?』
『うるせぇわかってるよ。』
『みんないるから大丈夫。今の貴方はクワイエットさんだけじゃないんですよ』
『うるせぇよ、俺はそう思ってない』
不貞腐れた子供のように吐き捨てるリゲル
クリスハートはそれでも幾分はマシかと思い、それ以上の言葉を止める
リゲルが気持ちを紛らわそうと魔物に向かって走ると、エーデルハイドも動き出す
その間ゲイルはルドラに歩み寄ると手を伸ばす
顔を持ち上げて驚いた顔を浮かべたルドラは渋々ながらも彼の手を掴み、立ち上がる
ゲイル
『今言わないと、後悔するかもしれませんよ』
ルドラ
『何の事かわかりませんな。』
ゲイル
『それで本当にいいのですか?』
ルドラ
『あいつには必要のない言葉だ。』
ゲイル
『それは貴方が勝手にそう思ってるだけです。彼を助けれるでしょう?』
ルドラ
『…』
ルドラはその言葉に対する返事をすることはなかった
だだ一言、『獣王ヴィンメイを倒す』と言い放ち、リゲル達の元に走る
アカツキ達はヴィンメイに操られたミノタウロスの驚異が去り、森に向かおうとしたときに新たな邪魔者によって行く手を防がれてしまう
アカツキ
『くそ!』
リリディ
『マジですか…』
目の前を魔物が埋め尽くしていたのだ
これを倒さなければ先には進めない、アカツキ達は悔しさを胸に仲間と共に魔物の群れに飛び混む
リゲルはアカツキ達に魔物が集まっているとわかると、魔物があまり密集していない外側のルートを選び、魔物を倒していく
そこにクワイエットとルドラが加入するが、クワイエットはルドラがいることに驚きながらも目の前の魔物を倒す
クワイエット
『ルドラさん?』
ルドラ
『話はあとだクワイエット、このまま魔物を倒しながら進むぞ!』
三人の後ろには遅れてやってきたエーデルハイド、そしてクローディアが追従しながら周りの魔物を倒す
アネット
『ついてくの!?クリスハートちゃん?』
クリスハート
『行きます!』
ルーミア
『あの化け物怖いんだよねぇ』
クローディア
『みんな怖いのよ、ついてきなさい!』
リゲルはがむしゃらに目に写る魔物を倒しながら進むと、ようやく森の中に入ることに成功した
嘘のように魔物がおらず、驚く
(やっぱアカツキ君に魔物が集まってる)
クワイエットはそう感じながらも追い付いたエーデルハイドとクローディアに気付く
クローディア
『息を整えるわよ、わかってる?』
リゲル
『そんな時間はねぇ、すぐ行く』
クローディアの言葉も届かないリゲルはそのまま1人で森を進もうと考えた
それは誰から見ても最善とは言い難く、止めるべきだ
『リゲル、休むよ』
『駄目だ』
クワイエットでもこの有り様
感情的になっていると彼は悟り、溜め息を漏らす
クリスハートはリゲルを止めようとした途端、ルドラがリゲルの首根っこを掴んで引き戻した
リゲル
『なんですか』
ルドラ
『明日から俺の指示は従わなくてもいい』
目を細めて言い放つルドラにリゲルは目を開いて驚く
こんな事、言うような人ではないとリゲルが考えていると、ルドラは『だが今日だけは従え、1分だけ休むぞ』と強めに言ったのだ
クワイエットはリゲルが返事もせずにその場に座り込んだのを見てホッとし、自らも座る
クローディア
『魔物はほとんどアカツキ君の方に行ってるわね』
ルドラ
『こちらには眼中無し、といった所が好都合だ』
クリスハート
『上手く利用して辿り着ければいいですね』
リゲル
『お前ら来なくても良かったんだぞ』
シエラ
『クリスハートちゃん!リゲル君心配って!』
クリスハート
『えっ!一言も口にしてませんが!?』
アネット
『行動に出てるでしょ?母性愛全力だねぇ』
仲間がクリスハートを茶化してもリゲルは特に絡むことはなかった
(変わった女だな)
リゲルはそう感じていた
この休憩は疲弊した彼らにとって最も大事な時間だ。
肉体は休むことを望んでいたのだ
ルドラ
『ルシエラ殿、カルテット家との嫁ぎの件は気にしなくても良い』
クリスハート
『ルドラさん?なんででしょうか?』
ルドラ
『いずれわかる。あの男は私も好かぬからな、そのうち吉報が貴方の親に届く筈』
リゲル
『ちょっとちょっと、あの面食い貴族が来たらまた脅し返せばいいのに、何をしたんですかルドラさん』
ルドラ
『俺は一部の貴族に顔が利く、今日を生きれたらお前らは自由に生きていいんだ』
クワイエット
『初耳ですね』
ルドラ
『だろうな、時間だ…行くぞ』
彼の言葉によって座っていたものが立ち上がる
誰もが無言のまま森を歩くが、魔物の気配がまったくない
暫くすると大きなクレーターがある一帯に足を踏み入れた
そこは獣王ヴィンメイがノヴァツァエラを発動した場所であり、その魔法スキルの強力さを物語るには相応しい
(これ絶対にあれだ…)
アネットは直ぐにわかり、息を飲む
強力な魔法によって殆どが吹き飛び、陥没した場所を呆然と眺めていると、ルドラが口を開く
ルドラ
『覚悟など何度決めてもこれじゃあな』
リゲル
『わかります?化け物ですよ』
ルドラ
『だが倒す』
(なんでこんなやる気なんだこの人)
リゲルはそう思いながらもクレーターの反対側を見る
日暮れまでまだ時間があり、視界は良好だ
奥まで見えるが、魔法スキルによってへし折れた木々が見えるのみ
クローディア
『気配はないわ、でも遠くで魔物を操るのも可能とは思えない』
シエラ
『でも空気、重い』
クワイエット
『重いね。どこにいるんだろうか』
リゲルはルドラが奥の森をジッと見つめている事が気になっていた
クリスハートやクローディアもそれに気づき、武器を自然と構えた
ルドラ
『敵意ある視線を感じるな』
リゲル
『まさか』
ルドラ
『深呼吸しながら森全体を集中して感じてみろ』
ある程度の敵意を察知することはリゲルとクワイエットにも出来るが、広範囲となると無理なのだ
言われるがままに試してみても、直ぐにはできないクワイエットは不満そうな顔を浮かべる
しかし、リゲルは感じた
やけに気になる森の一部から理由もなく視線を外せなかったのだ。
(何でだ?)
リゲルは僅かに首を傾げた瞬間、その森の奥から何かが飛んできた
透明で空間を歪ませる何か、見たことがあるの者はそれが空気弾だと悟り、身構える
クローディア
『長距離とか!』
飛んできた空気弾を鉄鞭で弾き飛ばし、森を睨む
それを飛ばした者はようやく遊べると思いながらも不気味な笑みを浮かべながら周りの木々を押し倒し、姿を現した
ルドラ
(これが…獣王ヴィンメイ)
クレーターの反対側にある森から姿を見せた3メートル以上はある大きな獅子人族、鉄球がついた鉄鞭を引きずる
誰だって1度見たら忘れる事などない程のインパクトを放つ化け物をルドラは直ぐに獣人ヴィンメイだとわかった
『アカツキが来るまでお前らが前座をしてくれるのかな?』
クローディア
『前座であんたは終わるのよ』
『がははは!打撃は効かぬぞ!?学習せぬ豪腕女め』
リゲル
『自称最強さんよ、お前は前座で十分なんだよ』
『黙れ下等種めが、最強は世界に1人だけが許された称号だ!スキルを手にし!この時代でこの名を轟かすのだ!』
ルドラ
(スキル?なるほど…そう言う事か)
ルドラは聖騎士とアカツキとの協力関係の意味を知る
しかし彼には興味がなかったのだ。
それよりも大事な事があるからだ
『まぁいい、アカツキが来るまで遊んでやろう』
獣王ヴィンメイは跳躍し、クレーターの中心に大きな音を立てて着地すると、リゲルが我先にと走り出した
その顔は無表情であり、ルドラは彼が感情的になるやもと不安であったが、意外と冷静と判断するには十分だった
クローディア
『行くわよ!』
クワイエット
『帰れたらシエラちゃんとデートしたいなぁ』
唐突な願いを口にしてから飛び込むクワイエットを、シエラは目が飛び出そうなほどに驚く
ルドラ
『行くぞルシエラ殿!』
クリスハート
『わかりました!みんな!』
クローディア、ルドラ、リゲル、クワイエット
クリスハート、シエラ、アネット、ルーミア
彼らは獣王ヴィンメイに向かって走り出した
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