第137話 最終決戦 獣王ヴィンメイ 3
※3人称
夜の冒険者ギルド、ロビー内には冒険者は誰もおらず、受付の奥の事務所内では僅かな灯りの中でクローディアの座る立派な机だけが照らされていた
彼女は仕事を終え、帰ろうと思えば帰れるはずなのに帰る事はなかった
机の上に乗る連絡魔石。それに向けて小さな声で『間に合わないと一生口を聞かない』と告げて通信を切る
その後、彼女は立派なリクライニングチェアに深くもたれ掛かり、溜息を漏らす
(打撃耐性さえなければ…)
元英雄五傑、全盛期よりも衰えることはない彼女でも打撃が殆ど効かない獣王ヴィンメイは厄介過ぎる敵だった
普通ならば一撃で倒せるであろう彼女の切り札、ビッグヴァンで倒せていたからだ
過去、Aの魔物ですら深いダメージを与える事を可能にしたクローディアの技
それが殆ど効かない
『ロイヤルフラッシュだけでもいれば…』
彼女は腕を組み、悔やんだ
そうしていると2階からオイルランタンを片手に夜勤のギルド職員2名がロビーに降り、受付からクローディアさんに声をかけた
『勝てるでしょうか』
『明日の昼には近くの街から冒険者が到着するように手配してるわ。魔物は問題じゃない…』
『獅子の化け物、本当に獣王ヴィンメイとなると大変な事態ですよ』
『わかってるわよ!歴史上じゃ彼が王の時代は無敗を誇っていたらしいからね』
『夢と思いたい出来事が最近起こりますね。』
『現実よ。緊急警報が鳴ったら速やかに動きなさい、私は鬼退治よ』
『御武運を』
職員は小さく頷き、ギルド内の見回りを再開する
机のいちばん下の引き出しから紙袋を取り出すと、彼女はその中から冷たいおにぎりを取り出す
トンプソン爺さんの屋台で売られていたおにぎり
明日が休みと知って出来立てを買っておいたのだ
(冷えても美味しいわよね、あの人のおにぎり)
ツナマヨ、海老マヨ
2つのおにぎりを美味しく食べるこの時だけはクローディアの顔から雑念が消えた
具が多く、大きい
十分に腹を満たす量のおにぎりを無言で食べていると、ふと2階から誰かが降りてくる
ギルド職員ではないと直ぐに歩き方で彼女は悟る
足音が小さいからだ
『聖騎士坊やね?』
『クローディアさんは凄いなぁ』
現れたのは寝癖が凄いクワイエットだ
『トイレ』と彼は起きた理由を彼女に告げる
現在は2階のトイレは故障中で1階にある公共トイレしか今は使えない
職員しか入れない3階にトイレはなく、クワイエットは降りてきたのだ
寝間着のクワイエットは眠そうな顔のままロビー内をゾンビのようにふらつきながらもトイレに向かって歩いていく
すると急に彼は何かを思い出したかのように思いだし、受付にいるクローディアに顔を向けた
『無理でも寝といた方いいですよ?寝れないからって起きてる人って死にやすい、心と体は別れてるから』
『でしょうね…』
確かに、と彼女は納得を浮かべた
(危ない任務ばかりの1番隊、だからこそ言える言葉ね…)
クワイエットがトイレに向かっていく背中を眺め、クローディアは背後にあるドアを眺めた
そこはギルドマスター用の部屋だが、彼女はそこを寝室に変えている
『寝るしかないわね』
一息つくと、彼女は机の上にあるオイルランタンを手にし、灯りをつけてから立ち上がって部屋に入る
室内は10畳の広さ、殺風景なほどに家具は置いておらず、奥にベッドと小さなテーブルと安いタンスのみ
机の上には金属の小皿に乗った蝋燭
ドアに鍵をかけ。机にオイルランタンを置いたクローディアは蝋燭に火をつけてからオイルランタンの火を消し、ベッドに横になる
鉄鞭は抱き枕にするという悪趣味な光景が広がる
(ムゲン、ヴィンメイ、ゾンネ、イグニス…か)
残る敵が厄介過ぎる
たとえ今回を乗り切っても、同じ窮地が数回訪れるだろうと思うと頭を抱えたくなった
『ムゲンは食べて力を取り戻し、ゾンネは記憶、ヴィンメイは倒す…』
(なるほどね)
彼女は僅かに彼らが何故そのような手段で生前の力を取り戻せるのか予想をつけた
ムゲンは記録では浮浪児であったとも言われ、食べるものに困っていた
ヴィンメイは戦う事が好きな武人であった
ゾンネの記録こそないが、他の者の特徴で大抵は正解に近い答えが出てくる
『生きていた時に1番彼らの心を支配した欲ね』
彼女は確かな答えが出ると少し満足し、目を閉じた
するとロビー内にある椅子が倒れた音と同時に『いったぃ!』と声が聞こえる
クワイエットだろうなとわかると彼女は少し笑みを浮かべた
寝ないと駄目だ
そう思いながら寝静まろうと思った途端
ふと目を見開いた
理由はない
しかし、歴戦の彼女は僅かな空気の変化があるとそれに気づく
『鋭い奴だ』
『イグニスッ!!』
世界騎士イグニス、不気味な鳥の仮面をした黒い騎士
今、クローディアが横になるベットの前に彼がいた
いつ入った?何故ここにいる?
そんな考えをしても彼女は体が勝手に動く
素早く起き上がり、全力で武器を奮うクローディア
イグニスは剣を抜かずに両手で彼女の攻撃を防ぎ、押し込まれない様に抵抗を見せる
『今日はそんな気分ではない』
『説得力がないわね!』
『ッ!』
彼女は彼の腕を弾き、鉄鞭をイグニスの顔面に押し込む
しかし間一髪それを避けたイグニスは彼女の腕を掴み、ベットに押し倒す
『まさか寝取りが趣味かしら!』
『ヒステリックだと男は寄り付かぬぞ?獣王ヴィンメイと戦うらしいが…』
『貴方もあの化けと結託しているのはわかってるわよ』
クローディアはベットの腕でしゃがみ込んだまま鉄弁を構える
だが敵意を彼から感じないと知ると、僅かに首を傾げた
(何…?この感じ…)
どこかを見られている気がする
思い返せばいつもそうだと彼女は昔を思い出す
自身と話すとき、仮面をしていても目を見て話している感じが全くしないのだ
自然と足元に鳥肌が立つクローディアはベットから跳躍し、ドアの前で構えた
『私を倒しておくつもりなのかしら?』
『馬鹿な…利益の無い事などせぬ』
『なら何のようかしら?』
『膂力だけの獅子に負けたくはないだろう?一先ずは良い事を教えてやろう…』
『は?寝返った癖に…』
『聞き捨てならんが、まぁ許そう…』
またどこかを見ている
視線の先を知ろうと考えていると、イグニスは壁に背中をつけて話し始めたのだ
『獣王ヴィンメイを倒すにはティアちゃんの力が必要だ』
『ティア…ちゃん?』
クローディアはイグニスの口から意外な人物の名を聞くと同時に、慣れ親しんだような名で言う事に困惑を浮かべた
イグニスは頭をおさえ、溜息を漏らすと再び話したのだ
獣王ヴィンメイには弱点がある、それはあいつ自身が知らない
俺だけが知る獅子人族の弱点があるというのだ
その内容を聞いたクローディアは開いた口が塞がらなかった
『なんであんたがそれを知ってるのよ、なんで教えるのか意味が分からないわ』
『あいつは傲慢すぎる。ゾンネのいう通り…獣王ヴィンメイは孤島の王。我の言葉で言うとお山の大将といったところだ。』
『それを教えて本当かどうかの確証はないわね?』
『本当かどうかは実戦で知れ。1つ聞きたいことがある…エルデヴァルド王の病はどうなった?』
『…』
彼女は下手に刺激して敵意を向けられては確実に死ぬと思い、この場をやり過ごす事を優先に考える
『ロイヤルフラッシュの泣き虫から聞いた話だと治る見込みはない、らしいわ』
『となるとゼファーが新しき王となるか』
『持病である白血病は治らない。そんな薬はないわ』
『お前らでは治せぬだろうな。奴は俺に嘘をついた…だから時期に殺すつもりだったが…その手間が省けるなら良しとする』
『嘘?』
『プライベートだ。ロイヤルフラッシュの故郷を滅ぼしたのも無駄となったからな』
王族とイグニスとで何かの約束が取り交わされている
それを知ったクローディアは僅かに目を細め、予測を張り巡らす
しかし、納得のいく答えが出ない
『ゾンネは警戒心が強く、俺の前にあまり現れぬ…スキルを狙う者同士は仲間ではなく…競争相手。いつかはこの手で殺そうと思ってはいるが…勘付かれているようで距離を置かれている』
『私としては殺し合ってほしいわね…』
『馬鹿から先に死ぬ、最後に残るは強き者…ゼペットか、俺かゾンネか』
『…』
『長話をした。一応忠告しておこう…どうやらゾンネは王都コスタリカに向かった』
『なんで教えるのかしらね』
『さてな…奴は完全に記憶を取り戻せば力を取り戻す。面倒になる前に俺が片づけに今から向かう予定だったのだ。そしてお前らは俺の情報で獣王ヴィンメイを倒す』
もし本当なら、美味い話だ
ゾンネが消える、それだけでも皆の負担が軽くなるからだ
イグニスはスキルを奪う競争相手を消すつもりだとクローディアは瞬時に悟り、心の中で一先ずは従った振りをしようと目論む
『獣王ヴィンメイは全盛期の力を取り戻したが、傲慢な性格が身を滅ぼす…ワンチャン倒せるやもな』
『どうかしらね』
『お前ら次第だ。さて…俺は面倒な暴君と遊んでくるか』
イグニスは背中を預ける壁を黒く染め上げ、その中に入っていくと壁は元通りとなる
彼の特殊魔法の空間転移術だ
久しぶりに見た彼女は驚きもせず、彼が先ほどまでいた壁に近づくと武器を肩に担ぎ、溜息を漏らす
(内部争い、ね)
上手く利用するしかない
イグニスからの予想外な助言を半信半疑であったクローディアは一先ずは聞いた事実をティアに話すことに決めた
『私じゃあれは勝てないわね』
イグニスは強い
彼女でもわかっている事だ
それが悔しく、壁を殴って穴を開けてしまう
『なんだ!』
その音を聞いてか、リゲルがドアを強引に開けて入ってくる
壁に開いた穴に手を突っ込んでいる彼女を見たリゲルは険しい顔を一変させ、不思議そうに眺めた
『何してんだ…あんた』
『発情期よ?添い寝してほしいの坊や?』
リゲルは光の速さでドアを閉め、退散した
『…彼氏が欲しいわね』
クローディアは独り言を呟き
ベッドに横になった
イグニスはまだ牙を向かない、ゾンネは王都
ゼペットは不明だが今完全にアカツキを狙いに来ているのが獣王ヴィンメイだけだと知った彼女は荷が軽くなる
『あいつだけなら』
別の刺客がくる不安があった彼女は全力で獅子に挑めるとわかり、拳を握った
……………
『やべぇ、食われるとこだったぜ』
リゲルは冷や汗をかきながら欠伸をし、階段を上がる
部屋はベッドが2つと机、そして衣装棚があるのみ
クローディアの計らいでここで寝泊まりしているリゲルとクワイエットはここに慣れてしまい、我が家のように使っていた
『明日、肉』
トイレを済ませ、スヤスヤ眠るクワイエットに視線を向けながらも空いているベッドに腰かけた彼はおもむろに壁にかけていた防具に手を伸ばして何かを手にする
それは折り畳まれた紙
リゲルは天井に設置されている僅かな灯りを出す照明魔石の光だけで紙に書いている文字を読む
聖騎士となると殉職する可能性は高く、一部の者は手紙を残す
(まぁ、俺には無縁な夢だ…)
書かれている彼の願い
クワイエットにも話した事もない
紙を防具の中にしまい、横になったリゲルは母親の仇を取った後の事を考える
父を探す?いや無理だと言い聞かせた
情報が無さすぎるからだ
仕送りを届けた鳥人族さえ見つければ、まだ未来はある
だがどの街にもその種族は一定数いる
リゲルは一度探したことがある
だが配送会に聞いても、当時働いていた鳥人族は退職して行方知れずと聞いて挫折した。
行き止まりなのだ
なら新しい人生を歩む?
彼は真実を知るために聖騎士に所属した
今となっては聖騎士会にいる意味も薄い
獣王ヴィンメイを倒したらやめる気でいたリゲルは新しい人生とは何なのかわからなかった
(新しい人生で馬鹿っぽい夢か、俺には縁がない夢だな…)
深い溜め息を漏らすリゲルは布団を被り、頭だけを出す
『でも、悪くない』
聖騎士でいるよりも暇しない
それは敵がくるからではなく、それとは別にある
(母さん…頼む、力を貸してくれ)
リゲルは布団の中でうずくまり、祈った
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