第134話 王とはなにか 2
ゾンネは体を引きずるように歩く冒険者の前を歩き、森の中を歩く
人でも魔物でもない姿となった彼でも、利益ある事をされたとなれば多少なりとも相手が納得する結果を出す
だがしかし恩を売った覚えのない冒険者は打って変わった様子のゾンネに不安を覚えつつもしっかり彼の後をついていく
『貴方は…誰なんですか?魔物が喋るなんて…』
『先ずは名乗るのが基本だ。冒険者』
『あ…すいません、僕はインクリットと言います』
『我はゾンネだ』
『凄い名前ですね』
『よく言われる』
ゾンネは適当に答えた
記憶混濁した頭がかなり正された事により、下手なりに言葉の受け答えを他人に出来るようになったと感じる彼は顔には出さないが、機嫌が良かった
ちらつく小雪が大雪へと変わっていくと、インクリットは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる
『なんの魔物に襲われた?ゴブリンか?』
『いえ、グランドパンサーです』
雑魚だ、ゾンネは心の中で言い放つ
今年からの冒険者にランクDのグランドパンサーを倒すこと事態が難しい
アカツキのように開闢スキルがなければ尚更だ
(スキルもゴミしか無いだろうな)
魔物と遭遇してもインクリッドは戦力にはならない
ゾンネは人間の気配も感じる事が出来る為、救助依頼の冒険者が近くまできたら退散し、コスタリカに向かう事を決める
(ヴィンメイめ…馬鹿王でも流石に聖騎士連中が撤退する頃合いを見て街を襲う筈だろうが…)
内心では一ミリも信用なとしていないゾンネは期待などしていなかった
確かに強い、しかし強いだけならどこにでもいる
そう思っていると、インクリッドが背後から話しかけてきた
『お強いのですね』
『まだ感覚が戻っておらぬ』
『意味はわかりませんが、本調子ではないと?』
『そうだ。貴様も本気で強くなりたいと願い、そして動けばなれる』
『そこまで強くなるなんて…』
『試さず諦めるは生きる権利を捨てるに等しい、人は死ぬために生まれ、同時に生まれた意味と道を作る為に足をついて歩く…王族も貴族も同じくそれは平民にも平等に与えられた供物だ』
『王族と貴族は僕らとは生きる世界が違いますよ』
『生きる世界と考えるから貴様は今こんなにも無様なのだ。同じ時間を生き、同じ時間が進むということは平等の証だ。金色の血など流れておらぬ、王もまた赤い血…特別ではない』
ゾンネはそう告げると、ソードブレイカーを抜いて地面に引きずるようにして持つ
すると正面から汚いコートを羽織るゴブリン2体とハイゴブリン1体が姿を現す
『ギャギャ』
『ゴブブ』
(雑魚か…)
一瞬で倒すゾンネは退屈を覚える
どのくらい力が戻ったのかと試したくなっていた
だが丁度良い相手がいない
Aなど都合良く出てくることもない
彼は落胆し、魔石を拾わずに進む
インクリッドは疑問を浮かべながらゾンネの倒した魔物の魔物を拾いながら歩く
徐々に歩く速度が落ちていくと、ゾンネは『休憩だ』とインクリッドに話す
積もった雪の上に躊躇いもなく座り込むインクリッドはうつむき、小刻みに震える体を労る
『貴様、寒いのか?』
『いえ…』
『ふむ、まだ生き抜くイメージがつかぬ故の不安が一定数を越えた歪みか』
『なんだか難しいですが、そうだと思います。』
自分は死ぬ
そう諦めかけた時にゾンネが現れた
普通ならば危険人視する彼にインクリッドは助けを求める
切羽詰まった状況では0%に等しい賭けをするしか生き残る手段が無かったのだ。
本当に帰れるかどうか、インクリッドはわからない
信頼されていない事をゾンネは不満に思い、立ち上がると声をかけた
『我は人外、わかるな?』
『はい』
『過去に沢山の人間を縛り、燃やして殺した。』
『……』
『だとしても貴様の知らない所で我は恩恵を受けた。返すぐらいの心はある、いや…思い出した』
ゾンネは彼に背を向け、進むべく森を見る
(こやつの歩く速度に合わせるならば、あと1時間か)
『立て、窮地こそ時間は敵だ』
『はい、わかりました』
ゾンネは先頭で彼の歩幅に合わせて進む
途中、低ランクの魔物を一撃で葬りながらインクリッドの様子を伺い、30分を過ぎた頃
僅かに彼の顔から不安という感情が消えていく
見覚えのある道、そこは川の下流付近だった
最後の小休憩だとゾンネが言い、インクリッドは地面に腰をおろすと直ぐに質問を投げる
『ゾンネさん、ですよね』
『そうだ。我と出会った事は口外しないと誓えばこのまま返してやろう』
『する気はありません。でもマグナ国初代国王と同じ名前って絶対いないなって思って』
『何故だ?』
『不吉な名前って言われてますから』
『だろうな、暴君と同じ名を子につける親は馬鹿だ』
『そうですか…。でも僕は結果論からしてみれば他人事のように言ってしまいますが、彼がいたから戦争は終わったと思ってます』
『馬鹿馬鹿しい、ダークヒーローとでも言うのか?』
『それはわかりません。ですが100年続くと言われた戦乱時代を30年あまりで終わらせた事で次の世代が犠牲にならずに済んだんじゃないですか?100年、もっとかかるかもしれない時代で何世代の人間がその時代に巻き込まれていたのか…。大胆な方法を取った初代国王ですが。次の世代に戦乱を背負わせずに済んだことは大挙だと思います』
『そうか』
ゾンネは少しホッとした
だがそれを顔には出さない
インクリッドの顔から笑顔が飛び出すと、ゾンネは羨ましがる
(笑顔か、どうしたら笑えるのか…忘れた)
嘲笑う
それが今の彼の限界だ
福を感じる為の表情は今の彼にはあまりない
まだ記憶が足りないと感じたゾンネは何が足りないのか考える
『家族との思い出か…』
『え?』
『独り言だ』
愛していた筈の妻の名前、そして笑顔を振り撒いていた日常が彼には無い
1番大事な、本当の彼はまだ今の記憶の中にはいなかった
(妻を愛していた?いやそれは確かだ…シュナイダーを愛していたからな…、しかし…)
考えれば考える程、頭痛がするゾンネは一先ずはインクリッドを街に返す事に意識を向ける事にした
そうしないと頭が割れるほどに痛いからだ
『む?』
人間の気配を感じたゾンネは自然と武器を構えた
インクリットは魔物と勘違いしているが、森の奥から灯りが見えてくると救助隊だと知る
『どこだ!インクリット!』
『広がってくまなく探せ!』
そんな声が聞こえてくると、ゾンネは鼻で笑う
声のする方とは別の方向に体を向けると、インクリットの横を通って森に歩き出す
『あの!ありがとうございます』
インクリットはゾンネに感謝を告げる
しかし、ゾンネは聞こえていないように反応せず、森の中に消えていく
(独善者、か…。しかしそう言われる覚悟で我は生きた)
彼はある程度森の中を歩き、足を止めると心の中で口を開く
遠くからインクリットがいた場所に意識を集中し、目を閉じる
『インクリット!無事だったか!』
『僕はゴキブリと同じくらいしぶといよ』
『遭難者発見、直ぐにギルドの治療室に運ぶぞ』
『ここまでよく歩いて来れたな!魔物が活性化しているというのに』
『神様が生きろって言ってくれたんだ』
『変な事言う余裕があるなら大丈夫そうだ』
(大丈夫そうか)
ゾンネは背を向け、歩き出そうとしたが招かれざる者がいる事に気づき足を止めた
小さく溜息を漏らし、肩を落とすと彼に問いかける声が森から声が聞こえてくる
『なんで人間を生かした?』
静かに現れた者は獣王ヴィンメイ
不満を浮かべた表情のままゾンネを睨んでいる
『悪いか?孤島の王』
『貴様、何を企んでる?』
『お前が知ってどうする?お前は言われたとおりに動けば良い』
『お前がいうな』
ゾンネは目の前まで歩いてきたヴィンメイが左手に握り締める鉄鞭を振り下ろす光景を目の当たりにする
右手は手首から切断されているため、片手での攻撃
仲間同士ではないが、協力者に対する行動とは思えない事をヴィンメイは実行した
前々からゾンネに孤島の王と小馬鹿にされていたヴィンメイは自身がスキルを手に入れ、その存在を知る者を殺そうとしていた
その考えを彼が持っている事をゾンネは薄々勘づいている
(我の力が戻らぬうちに消すつもりか、しかし…)
気に食わない
ゾンネは心の中で強く感じた
孤島の王。このフューリー大陸よりも遥か小さな大陸が東に存在している
それは現在、獣族の領土となっている獣人里と言われる国、大陸名はクロウ大陸
ヴィンメイは獣族の国で歴代最強の武人として名を別の大陸にも轟かせており、侵攻してくる人間を返り討ちにする日々を過ごしていた
彼はこの大陸に来たことはない
そんなヴィンメイをゾンネは孤島の王と幾度となく言い放っていた
『死ね、半端生物めが』
鉄球のついた鉄鞭を地面に叩きつけた時にはゾンネは一瞬で飛び退き、迫りくる衝撃波をソードブレイカーで斬って掻き消す
そのまま後方の木に背中を預け、視線を向けるヴィンメイに向かって首を傾げて見せた
『弱い奴は決まって逃げ足は速いな』
『生前の力を取り戻しても知性は変わらず…か』
『何が言いたい?』
鉄鞭を持ち上げ、今にもゾンネに襲い掛かろうとする
だがゾンネは彼に手を伸ばし、話し始めた
『その調子だとどうせムゲンを先に消すつもりだったのだろうな』
『わかっているじゃないか。人間にしては理解が早い』
『お前が単調過ぎてわかるのだ。子供でもわかる』
嘲笑うゾンネに苛立ちを覚えたヴィンメイは口で圧縮した空気弾を飛ばすと同時に突っ込んだ
(単純だ…芸がない)
ゾンネは目を細めた
ヴィンメイは不気味な笑みが迫ってくる。彼に突っ込みながら空気弾を容易く斬り、突きだすヴィンメイの鉄鞭を顔に向かって跳躍しながら避け、ヴィンメイの顔の前で手を伸ばして口を開く
『シュツルム』
黒い魔法陣が現れると同時に黒弾が飛び、ヴィンメイの顔に触れた瞬間に大爆発が起きる
『ぐっ!!!』
ヴィンメイの口から鈍い声。爆風によってゾンネは美味く吹き飛ばされて距離を取る
体を回転させ、木に両足をつけて水平状態になると蹴って再び彼に飛び込む
(攻撃後の隙が大きい。以前はそこまでなかったはずだ)
力を取り戻したからこそ、本来の隙が現れたのだろうとゾンネは考える
爆炎の中に飛び込んだ彼はヴィンメイの顔の側面をあえて軽く斬って後方で着地をすると、黒煙の中から飛んでくる3発の空気弾を綺麗なステップで全て避けた
『力を取り戻したのだろう?』
『俺を侮辱するか、人間の王めが』
黒煙を吐息で吹き飛ばすヴィンメイが姿を現す
その顔は鬼も負けるほどの怒りを浮かべ、ゾンネに殺意を全力で向けていた
『何故力を取り戻したお前が未完の我に手をこまねくのか、わからぬだろうな…』
『本気を出せば終わる』
ヴィンメイはあろうことか、あれを使おうとした
欠損した右手を掲げ、強力な光を放つ小さな球体を発生させる
ノヴァツァエラ、それはアカツキ達を絶望にまで追いやった最悪な魔法スキルだ
『俺にはこれがある』
勝ち誇る顔を浮かべるヴィンメイは逆にゾンネを嘲笑う
(動いたらすぐに発動するだろうな。効果範囲は…)
計り知れない
アカツキ達と対峙した時はヴィンメイは未完、このノヴァツァエラのレベルも同じ
今、ヴィンメイがこの魔法スキルを行使すれば逃げたとしても森の一部の地形を変えるほどの威力を持っている事はゾンネも知っている
『許しをこえば下僕にしてやらんでもないぞ?』
『…』
ゾンネはとんでもない行動を取る
普通に動き、彼に背を向けて歩き去ろうとしたのだ
流石に予想外だと言わんばかりの驚愕を顔に浮かべるヴィンメイは言葉にならず、去ろうとするゾンネをただじっと見つめる
『我がお前ヲ殺さなくとも、お前は死ぬ』
『…』
『世界は広い、歩けば歩くほどに終わりなどないと思うほどに…それを知らずして孤島という小さな檻の中で生涯を終えたお前にいつかそれが訪れる…』
『どうかな?』
『王になったつもりで生きたお前には難しいだろうが…、追い詰められたネズミは獅子より質が悪いぞ。覚えておけ』
ヴィンメイはノヴァツァエラを起動しなかった
光が弱まり、球体が消えた時にはゾンネの姿が消えている
消えた方向に無言のまま、ヴィンメイは見つめると囁くように口を開く
『ネズミは死ぬまでネズミだ。馬鹿者が』
ヴィンメイはゾンネの言いたいことを理解していなかった
それは今後、どうなるかは誰も知らない
だがしかし、それを知ることが出来る物語が彼に舞い降りる
『化け物だ!』
(人間か…)
しまった、とヴィンメイは悔やむ
インクリットの救助を行っていた残りの冒険者が3名、彼を発見したのだ
3メートルを超える巨体を前に冒険者は畏怖し、剣を向けながら後ろの身を引いていく
ヴィンメイは一度姿を隠そうと考え、それをやめた
今がスキルを手に入れるチャンスだと勝手に思ったからだ
3人の冒険者のうち、1人が懐から発煙弾を地面に叩きつけて爆発させると、発光した玉が空に舞い上がり、2回目の爆発で真っ赤な光を遠くまで放ちながらゆっくり落下を始める
(人を呼ぶか…まぁ機は熟した)
ヴィンメイは冒険者の後ろから集まる別の冒険者が来るのを見ながら、欠損した右手から再び眩しい光を放つ小さな球体を発生させながら彼らに大声で言い放つ
『明後日は19日!、その日に貴様らの街は消滅する…獣王ヴィンメイが戦いの始まりを謳おう!』
彼は言葉の最後に、ノヴァツァエラと呟いて広い範囲で全てを吹き飛ばした
その範囲は彼を中心に半径500メートル先まで届き、彼の近くにいた冒険者達は一瞬で消し飛ぶ
爆風は北の森の入口まで届き、その場にいた警備兵数十名は衝撃波によって数人が転倒するほどだ
『なんだ!?隕石か!』
シグレ
『…困ったね。』
入り口を警備していたティアの兄であるシグレはヴィンメイの声を聞いていた
あれが来た、そう悟った彼は同僚に『僕が事態を説明しに冒険者ギルドに戻ります。先輩たちは今の爆発でやられた遺体を回収してください』と告げて街に走り出す
足を止めずに街の中を走り、直ぐにギルドに入ったシグレは誰もいないロビー内の中を突き進み、受付に辿り着く
奥では夜勤のギルド職員が机に伏して悩んでいる様子が数名。さらに奥では長椅子でぐっすり寝ているクローディアさんだ
『おや…シグレ君』
ギルド職員のロキは彼に気づくと椅子から立ち上がり、業務を止めて受付に向かう
最初は首を傾げていた彼だが、シグレの真剣な表情に気づくと何かを察し、目を細めた
『クローディアさんを起こすほどの事ならば覚悟して起こしますが』
『赤い発煙弾。獣王の出現…警戒レベル5を超えています』
ロキはカッと目を見開く
街に危険が近づく時、警戒するべくレベルがある
その最大が5、それは街の消滅を意味するのだ
Aランクレベルの魔物が街の近くに現れると発令されるレベルが、今ロキの耳に入る
(クローディアさんを打ち負かしたあの化け物か)
ロキはそう考えながらも受付に置いてあるペンを掴み、それを振り返りながらクローディアさんに投げた
見事に彼女の額に当たり、『いたっ!』という声と共にクローディアさんが起きると、ロキを睨みつける
『あんた…勝手に起こすとどうな…る、か?』
彼女でもロキとシグレの真剣な顔を見て直ぐに悟る
上体を起こし、素早く彼らの近くに歩み寄るとシグレが先ほど同様の言葉を放ち、クローディアさんを驚かせた
クローディア
『なんで聖騎士1番隊が去ったあとすぐなのよ!』
シグレ
『きっと前以上の自慢の軍を用意してる…次を戦うとなると聖騎士1番隊は欲しかったですね』
クローディア
『あのバカロイヤルフラッシュ!なんで撤退させたのよ!』
ロキ
『クローディアさん、落ち着きましょう…』
クローディア
『無理よ!あっちは前以上になってる筈、こっちは何も変わってないのよ!打撃耐性が高くない獅子だったら勝てるのに、もう!』
荒げた声で受付を蹴るクローディアのロキは驚き、ビクンと体を反応させる
クローディアとシグレだけが異常すぎる事態をどのように捉えているかロキにはわからない
2日後、獣王ヴィンメイとの決着が始まる
全滅か、生き延びるか
救援が来る時間はなく、コスタリカから新五傑が来たとしても4日はかかる距離
街の運命と、アカツキ達の今後が決まるであろう戦いが近づく
次回、 最終決戦 獣王ヴィンメイ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます