第132話 リゲル 5


クリスハートは倒れたリゲルに肩を貸し、森の中を歩く

オイルランタンは途中で切れてしまい、荷物になると思った彼女は捨ててきた

歩いている途中でリゲルは『歩ける』とわかりやすい強がりを口にするが、どう見ても歩けるような状態ではない


『もう少しですから…』


『くそ…虎野郎め』


弱弱しくもリゲルは愚痴をこぼす

魔物なんて現れないでくれ、彼女はそう願う

強い魔物が森に現れれば他の魔物は危険を感じ、離れていく

倒されると森は元通りに戻り始めるのだが、今回はそれが早かった


『アアアア』


『俺をゾンビと勘違いしてくれないかね』


側面の森の中から片足を引きずるゾンビナイトが2体、姿を現す

剣を両手に握り締め、2人に向けながらじりじりと距離を詰めてくるゾンビナイトは小走りで彼らに襲い掛かる


『こんな時に!』


クリスハートは一度リゲルを離し、襲い掛かるゾンビナイトに突っ込んだ

敵の剣を弾き、1体の首を刎ね飛ばして最後の1体を倒そうとすると、その1体がクリスハートを無視して中腰状態のリゲルに走りだしたのだ


(だめ!)


彼女は振り返り、追いかけようとする

しかし神は彼女に味方をしなかった


『あ…』


雪に足を取られ、転倒しそうになる

地面に手をつき、顔を上げるとゾンビナイトがリゲルに向かって飛びついた瞬間だった

うつむいたままの彼は襲い掛かるゾンビナイトに気づいている様子はない

ずっと地面を見つめ、息の絶え絶えの状態


『リゲルさん!』


彼女は叫んだ

するとリゲルは歯を食いしばった

顔を持ち上げ、ゾンビナイトの振り下ろす剣を防ぐために右手で腕を掴んで止めると、引き寄せてから顔面にヘットロックをかます


バランスを崩したゾンビナイトは離れようとしても、彼に腕を掴まれていて引き剥がすことが出来ない


『雑魚に負ける気はねぇよ』


彼は左手で腰の後ろに装着していたクナイのような小さな投げナイフを1つ手に取ると、ゾンビナイトの目に突き刺した

前屈みになる魔物の腕を離したリゲルは素早く剣を抜き、その首を斬り落とす


(凄い…)


殆ど戦力外だと思っていた男が、まだ動ける

流石聖騎士の精鋭と言われる1番隊だと再確認したクリスハートは驚きながらも彼に近づく

プツリと糸が切れたかのようにその場に倒れるリゲルを抱き起こす彼女は何かおかしい事に気づく


熱がある

額に触ると熱く、寒がっていた


『リゲルさん、もう少しですから』


彼女は彼を引きずるようにして森を出ようと必死になる

自力で歩くことすらできないリゲルはクリスハートの耳元で何かを囁く


(ん?)


何を口にしているのだろうかと懸命に彼に肩を貸すクリスハートはリゲルの口元に耳を近づけた



『なんで、いなくなったんだ…なんで俺は1人なんだ』


クリスハートは彼が何を求めているのか、薄々気づき始めた

駄目だとわかっていても、リゲルに同情するクリスハートは何としてでも帰らないと駄目だと思い、歯を食いしばって彼を引きずる


あと100メートル、そんな近場まで来た時にそれは起きる


『嘘でしょ…そんな』


クリスハートの表情から感情が抜け落ちていく

現れたのは魔物ランクCのコンペール、以前にアカツキ達を苦しめたアンデット種の犬だ

全長は1メートル半、毛が無い灰色の肉体の至る所は腐食しており、口は大きく裂けている

体の両側面には黒い腕が生えており、それで殴りかかったり掴んだりもしてくることも可能だ


一番の厄介といえばこれだ


『ワオォォォォォン!』


遠吠えを上げた瞬間に周りの地面から腕が伸び、ゾンビナイトとゾンビ犬が姿を現す

その数は8体、奴は他の低ランクのアンデットを呼ぶことが出来る


(もう…無理)


クリスハートは心の中で小さく囁いた

彼らを取り囲むアンデット種は直ぐには襲い掛からず、コンペールが舌なめずりをしながら2人を睨みつけている

2人が万全であれば問題なく倒せる相手でも、今は最悪なタイミング


覚えたての刀界を使うにしても、その場しのぎだと感じた彼女はリゲルの肩を強く掴んだ


『お前はよく頑張った。置いて逃げろ』


らしくもない言葉がリゲルの口から放たれた

生死の分かれ目に人は黒く染まりやすい

彼女はその言葉を聞くと、確かに彼を置いていけば自分は助かるだろうとわかっている

でもそうできない。


一生それを引きずって生きていくのだろうと彼女はわかっていた

仕方なかった、そんな言葉で納得が彼女自身出来ない

生き地獄を味わうくらいならば、数秒の恐怖を彼女は選ぶ


『私は人が良いみたいです』


『馬鹿な…女だ。何にもねぇ野郎と共倒れとかあっちで一生笑えるぞ』


リゲルは弱弱しく笑う


コンペールは唸り声を上げ、裂けた口を大きく開いて今にも飛び掛からんとしている時

ようやく神は彼らの味方をした


『消えろ』


『グワッ!?』


コンペールの背後からの声

素早く振り返ったコンペールは何者かに両断され、地面に転がる

驚愕を浮かべるクリスハートは正面に人影があるのを目にした

しかし灯りはなく、誰なのかはわからない


『アアアア!』


『ガウゥゥゥ!』


全ての魔物がその者に体を向け、襲い掛かった

立ち尽くす2人は闇の中から聞こえる魔物の断末魔だけが耳に入る

誰?味方?彼女は目を細めながら敵を斬り倒していく男を見るが、暗くて顔が見えない

冒険者風の格好なのは確かであり、声はどこかで聞いたことがある


『よくもやってくれたな雑魚が』


大きな剣の一閃、ゾンビナイトやゾンビ犬が一気に斬り裂かれて地面に倒れていくと、その場が静かになる

鞘に剣を納める音が聞こえると、その者は立ったまま2人に顔を向けた


『誰ですか…』


『…息子を頼むぞ、ルシエラ殿』


『!?』


彼女は目を見開いた

声をかけようとすると、別の声が街のある方向から聞こえてくる


それはアカツキやティア、シエラやクワイエットの声だ

イディオットとエーデルハイド、そしてリゲルの親友であるクワイエットが今しがた到着したのだろう


安堵を浮かべるよりも、彼女は逃げるようにしてその場を立ち去る男を目で追った


『待ってください!』


しかし、その願いは聞き届けられない

灯りが近づいてくると、それはリリディとアネットが持つオイルランタンの灯りだ

傷だらけの2人を見て誰もがギョッとし、クワイエットが真剣な顔を浮かべたままリゲルに素早く近づく


『リゲル!起きて!』


無理やり頬をビンタするクワイエットにアカツキは少し驚く

するとリゲルは怠そうな顔を浮かべたまま顔を持ち上げ、辺りを見回す


リゲル

『…お前らも死んだのか?』


リリディ

『ゾンビナイト?』


ティア

『リリディ君、リゲルさんだよ』


シエラ

『怪我、凄い!大丈夫?』


傷だらけの2人は助かったことを知る

ティアマトが2人の後ろに移動し、リゲルの上着が赤く染まっていることに気づくと、上着を上げて背中を見て険しい顔を浮かべた


ティアマト

『うわっ!背中すっげぇ怪我だぜこりゃ!』


クリスハート

『私よりもリゲルさんを…』


アカツキ

『ティア!』


ティア

『わかった!』






こうして2人はティアにケアによって傷を癒すが、リゲルの熱まで治すことが出来なかった

キュアで治せるだろうかとティアは試したが、隣街を襲った疫病と違って根源が無い為にキュアを施しても治すことが出来なかった


グリンピアの冒険者ギルド1回、治療室に運ばれたリゲルは個室のベットで横になり静かに眠っている

そんな彼の傍らでは椅子に座るクワイエットとアカツキ、そしてクリスハートが沈黙したまま彼女の話を聞いている


クリスハート

『リゲルのお父さんと名乗る人が本当に森にいたんです…』


クワイエット

『君も肩の傷は酷かったんだよ…ティアちゃんのケアのレベルが高いから治ったけどさ。それまでは危険な状態だったんだよ?幻覚とかじゃ…』


クリスハート

『違います!』


ムッとした彼女は声を大にして答える

肩を力みながらも驚くアカツキは自身の口元に人差し指を当て、小さく『静かに』と言い放つ

アッとした顔を浮かべるクリスハートは体を小さくし、大人しくなる


幻覚にしては可笑しい、それはクワイエットも思う所はある

話しても答えは出ないと感じた3人は話をやめ、アカツキが立ち上がるとその場を立ち去る


残されたクワイエットとクリスハート

クワイエットは『お疲れ様』と彼女に笑顔で言い放つ


『ですが、殆どリゲルさんがサーベルタイガーを倒したようなもんです。私はあまり…』


『気にしすぎだよ。彼強かったでしょ?』


『それは勿論…』


『リゲルは僕より強いからね』


クリスハートは予想外な言葉に言葉が出ない

聖騎士の1番隊、その副隊長であるクワイエットから予期せぬ事実を告げられた彼女は何故リゲルが副隊長じゃないのか問いただす


『リゲルは僕にだけ勝てない、彼の弱点を知ってるからさ…。僕らは何かを制圧するときに殺生はするけど、リゲルはしない。難しいんだよ…殺さずに誰かを負かすってさ』


犯罪者や裏組織の制圧では命にかかわる

武力が行使されると、加減を考えては自身が死ぬ危険が高い

だがリゲルは器用にも殺さずに敵を倒す技術があるのだ


強くなければできないことを、彼とルドラ1番隊隊長はできる

まだリゲルは人を一人も殺したことがない

その理由は彼でもわからない事をクリスハートは聞く


『実戦稽古じゃリゲルはいつも僕と戦うから聖騎士会長は僕の方が強いって勘違いしたんじゃないかな』


『弱点って…』


『それは秘密、それを知ったとしてクリスハートさんは彼を救える?』


『それはどういう…』


『リゲルはね、暗い世界に今いるんだよ…。僕がいるから普通でいるけど…昔は荒れてたよ。』


彼女は無意識にそれ以上を聞くのを躊躇う

薄々感じる何かが真実となることを恐れたからだ

きっと、過去を背負っていると彼女は悟る


だから森の中で遭遇した際、エアウルフの群れと戦いのを拒んだのだとわかった


『僕は彼の最後の拠り所さ。リゲルの素直じゃない生活は昔からだけど…、良い奴だから仲良くしてね』


『…少し聞きたいんですが』


『どしたの?』


『あの…その…』


たどたどしい彼女の様子にクワイエットは首を傾げる

森で何かあったのかと思ったが、どうやらそのようだったと彼はクリスハートの話しで確信する



『明後日、誕生日だろって言ってサーベルタイガーの発光した魔石を貰ったんです……が?』


クワイエットの顔が凄い

口を大きく開き、目が飛び出そうなのだ

爆発するんじゃないかと心配性するクリスハートだが

人間は爆発しない




『そっか…』


彼が落ち着きを取り戻すと、一息ついてからクリスハートに告げた


『リゲルは歩きたがってるのかもね』


『歩く?』


『じきにわかるさ…僕はいくよ。明日はシエラちゃんとご飯行くんだ』


『はっ!?!?』


変な声が出たクリスハートは咳払いで誤魔化す

何が起きたかと聞けば、単に明日は美味しい店があるという話を聞いたからクワイエットが行きたいと行ったらシエラが『了解』と答えて連れていってくれると言うのだ


(この人、食べるの好きなんだなぁ)


太ってはいない

しかし気づけば干し肉を食べている姿を彼女は何度も目撃している


クワイエットは『ちゃーお!』と言葉を残して部屋を出ていく

肩の傷が消えたクリスハートは何度も肩を気にし、ティアの回復魔法の凄さを知る


(傷痕もない…)


骨折していなければティアの治癒で殆ど治る

致命傷となるとまだ完全回復とまではいかないが、それでも多少マシには治すことが可能だ


『お前…剣変えたほういいな』


『わっ!』


クリスハートは驚いて身を僅かに引く

寝ていたと思っていたリゲルが目を閉じたまま口を開いたのだ

『貸せ』と彼が彼女に手を伸ばす


(剣…?)


彼女はわけもかわらず、腰の剣を抜いて彼に渡した

リゲルはクリスハートの剣を受け取ると、上体を起こす

入院用の服は白く、首元からは包帯が見え隠れしているが、彼の怪我はティアのケアでも完全に回復できなかった


傷口を塞いだだけ、彼の怪我は予想以上に深刻だったからだ

少し痛そうな顔を浮かべるリゲルは剣を軽く数回振り、首を傾げる


『お前、この想い入れは?』


『いえ、ありませんけど…丁度良い重さの剣を買っただけなので』


それでも彼女の選んだ剣は周りの冒険者が使う片手剣よりも高い

ミスリル鉱石という高価な代物を使用しているからだ


『重量調整で軽めにしたロングソードにしとけ、お前は身軽に動く…基本的な片手剣は男に合わせた重量が多いがお前の持つこの件は女性用じゃないからお前の戦い方を妨げてる』


『確かに最初は重く感じて特訓しましたが、今ではそれなりに慣れましたよ』


『お前は剣で攻撃を防ぐな、その体はなんのためにある』


『避けろ、ですか』


『そうだ。強くなれば剣で受け止めきれない攻撃なんて当たり前に多くなるぞ?俺の持つインベクトみたいに技スキルでガードするならいいが…お前は攻撃速度に特化した剣を選べ。だからロングソードだ』


ガードを捨て、身軽さを取れ

リゲルはそう言い放つ

基本的に鍛冶屋で売られる片手剣は男性用であり、重量も女性にとっては重いと思い

敵の攻撃を避けきれないと思ったら素直に剣で防がず、流す気持ちでいればいいと言いながらもリゲルはクリスハートに剣を返すと、直ぐに机の上に置いてあった自身の防具をゴソゴソと探り、とある武器を見せた


それは彼女でも見たことが無い武器の形をしており、短剣とも小刀ともいえない物だ


『カランビットナイフだ』


これは鎌状の刃物を武器としたものだ

鎌や鉤爪のように屈曲した刃体をもち、ハンドルエンドに指を通す輪、別名フィンガーリングがついている

様々なサイズのものがあるが、リゲルが見せるそれはブレードが小型のカランビット

両刃になっており、基本的には逆手に持ち、人差し指をリングに通して握る。

順手に持つ場合もあり、その時は小指を輪に通すのだ


黒いナイフケース付き、クナイのような小さな武器以外にもリゲルはカランビットという便利な武器も持っていた


『これは初めて見ました』


リゲルは彼女の目の前で逆手持ち、順手持ちと素早く持ち替えて武器を軽く振る

引っ掻いたり、斬り裂いたりとする動作の後に人差し指をフィンガーリングに通したまま回転させてナイフケースに収納すると、彼女に渡す


『小さい武器は疲れ難い。剣を弾かれて仰け反ったりしたら素早く抜けれるし、低ランクの魔物相手に素早く攻撃できるのも魅力的だ。勿論剣を離してしまった際、これを使うのもありだ』


『え?え?』


『やるよ。大きく振るなよ?目の前で振るイメージだ…今度使い方を教えてやる。』


彼はそこまで言うと、ベットに横になる

受け取った武器をまじまじと見つめ、ナイフケースからカランビットを抜く

フィンガーリング部分は銀色、グリップと刃は黒だ

クリスハートは初めて見た軽すぎる武器を軽く左右に振る


(軽い…かなり軽い)


折れないだろうかという不安が過る

それを悟ったのか、リゲルは『そうそう折れねぇよ』と吐き捨てるように言う


自分に合うからくれたのか、彼女にはわからない

しかし、素直な感情が沸く

無関心ではないのだろうという事実がそこにはある


『大事に使いますね』


『大事に使って死んだら元も子もないがな』


彼の言葉にクリスハートは笑った


『これは誕生日プレゼントですか?』


『魔石渡しただろ。これは別だ…』


『別?』


『なんとなくだ』


リゲルは布団を被ると『もう帰って寝ろ』と彼女に言い放つ

確かに夜も遅いなと気づいたクリスハートは椅子から立ち上がり、彼に軽く頭を下げるとドアに向かう


ふと、聞きたいことが浮かんだ彼女は足を止めると振り返る

布団にもぐっているリゲルを見たクリスハートは少し笑いそうになるが、気にせずに気になる事を聞いたのだ


誕生日はいつのなのか、と

だがリゲルは『もうずっと来ていないから忘れた』と彼女に告げる


(来ていない?)


その意味がわからなかった


『おやすみなさい』


クリスハートは小さく口を開くと、部屋を出ていく













『俺も12の月だったな…』


リゲルは布団の中で小さく囁いた


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