第131話 リゲル 4
聖騎士会
コールソン・オール 聖騎士会、会長
ヴィーヴィー・ガーグ 聖騎士会、副会長
ロイヤルフラッシュ 英雄五傑、聖騎士長
ニルヴァー・ローリス 聖騎士会、副聖騎士長
ルドラ・サリュー 聖騎士会、1番隊の隊長
クワイエット・モンタナ 聖騎士会、1番隊副隊長
リゲル・ホルン 聖騎士会、1番隊
ジキット・ローレンス 聖騎士会、1番隊
バッハ・フォルテア 聖騎士会、1番隊
シューベル・ジュイン 聖騎士会、1番隊
トーマス・スタン 聖騎士会、1番隊
カイ・ラーズ 聖騎士会、1番隊
・・・・・・・・・・・・・・・
雪が足首の高さまで積もる北の森、その入り口では警備兵が20人も森に顔を向けて警戒を敷いていた
リゲルとクリスハートはその場に辿り着くと、アカツキの父であるゲイルがいる事に気づいた
ゲイル
『ほう…息子じゃなかったか』
リゲル
『今頃家じゃないですかね』
クリスハート
『タイミングが合わなかったですねゲイルさん』
ゲイル
『そのようだ。しかしサーベルタイガーとなると相棒のいないお前でも辛いだろう?』
リゲルはそれを言われ、多少ムッとしたが感情的になる事を止めた
『問題ない』、彼はそう告げると前にいた警備兵からオイルランタンをぶんどり、森に歩いていく
クリスハートも彼の後を追いかけた
ゲイルは森に入る2人の背中を見守ると、部下に口を開く
『念のために息子たちを呼べ、今すぐにだ』
『了解です』
真っ白な森の中で2人の足音だけが静かに響き渡り、武器を構えて音に意識を集中させる
2人で大丈夫だろうかという不安を2人はしていたが、緊急は時間を要する
仲間を探している暇などないのだ
(馬鹿の親父がくればいいじゃねぇか)
リゲルはそう思いながらもクリスハートと共に森の中を歩く
無駄に力む彼女に彼は『力抜け』と言って緊張をほぐそうとする
『初めての魔物なので…』
『でかいと全長3メートルまでいくが平均は2メートル半。銀色の毛並みに頭から背中にかけて赤黒い刃がつらなった虎だ。機動性の持った将軍猪だと思え』
『あれより強いんですか!?』
『当たり前だろ!Bランクの王だぞ!』
何が強い?何が最強だ?
そんな情報は魔物の本にはない
Bランクは沢山いるが、その全てがこの森にいるわけじゃない
しかし、冬にはどこの地方にもサーベルタイガーは姿を現す
山の山頂付近で冬まで身を潜めながらも狩りをするため、登山をする際に真夏でも遭遇するケースは珍しくない
寒くなると山を下りて大きく活動をする魔物だ
『2人で大丈夫ですか…』
『今更言うな、俺でもキツい相手だ…守ってもらえると思うなよ』
リゲルはそう言いながらも木の陰から飛び出してきたモフモフのエアウルフを斬り倒す
それを合図に4頭のエアウルフが2人を取り囲んだ
(酷く痩せているな…)
冬の毛並みで膨らんでいるように見えても、実は痩せていると彼はわかった
食糧難の家族だろうと感じたリゲルは嫌な気分となる
取り囲む4頭の他に、2体の小さな個体が茂みから顔を出しているのだ
『ガウウウウ!』
『!?』
考え事をしていた彼は側面から飛び込んできたエアウルフに反応するのが遅れてしまう
『はっ!』
クリスハートが飛び込んできたエアウルフを斬って地面に沈めると、リゲルと背中合わせで四方を囲む魔物に剣を向けた
『悪いな』
『謝るんですね…』
『口があるからな。にしてもやりずらい野郎だこいつら』
『家族ですね…』
『あっちは逃げる気はないらしい。相手してられん!行くぞ!』
『えっ!ちょ!』
リゲルは地面に左手を伸ばし、赤い魔法陣を発生させた
彼の手の先から小石サイズの赤弾が放たれ、それが地面に触れると小規模な爆発で雪が舞い上がる、ボムという小規模な爆発スキルだ
『いくぞクリ坊!』
『まっ!ちょっと!どこ触ってるんですか!』
『二の腕だろが。走れ!』
彼らは雪の煙幕の中を走り、エアウルフの包囲から逃れた
数分走り続けると、彼はクリスハートが息を切らしていることに気づき、足を止める
人が歩くような道はなく、足場はデコボコしていて不安定だ
彼女は膝に手をあてて肩で息を切らしながらも後ろに顔を向ける
『なんで逃げたんですか?』
『面倒臭いから』
彼なら問題なく倒せたはず、彼女はそう思いながら顔を逸らすリゲルに視線を向ける
だが何かに気づいたクリスハートはアッとした顔を見せると、小さく微笑む
魔物が嫌いとは言っても、倒せないときがある事に彼女は気づいたのだ
(そんな一面、あるんですね)
普通の冒険者ならば倒すはずの状況で彼は逃げた
それは彼の弱点であり、良いところでもあると彼女はわかった
(くそ…)
リゲルは心の中で舌打ちをし、辺りを見回す
直ぐに進まない彼にありがたく思ったクリスハートは一息つくと、ゆっくりと上体を上げた
冬の防具に上着を羽織っていても、微弱な風が彼らの体温を下げていく
『ゆっくり歩いていくぞ、温まった体を一定に保て』
『わかりました』
『両側面と前は見る、後ろ頼むぞ』
彼女は頷き、彼の後に続く
気配感知には魔物の気配はなく、先ほどのエアウルフも追ってくる様子はない
途端に大きな咆哮が森を震わせた
夜の森に慣れてないクリスハートは何故かしゃがみこみながらリゲルの腰にしがみつく
『おまっ!破廉恥な』
『真似しないでください』
左手にオイルランタン、右手に剣を持つリゲルは腰を振って彼女を振りほどこうとしていると、気配感知5の彼のスキルが巨大な気配を感知する
直ぐにクリスハートもその気配に気づくと、素早く立ち上がって森の向こうに剣を構えた
『隠れるぞ。初手は奇襲からだ』
『出来ますかね』
右側に開けた場所がある、そこまで走るぞ
リゲルは彼女を連れて100メートル先にある開けば場所に向かう
気配はまるで彼らを追うようにしてついてきている事にリゲルは気づく
(くそ!匂いか…風向きが悪かったか)
そのまま目的の場所に辿り着くと、彼は木の枝にオイルランタンを引っ掛け、上着を道端に置き、彼女を連れて近くの茂みに隠れる
自然と彼は茂みに隠れた際、彼女の肩を掴んでいたが本人は気づきはしない
しかし、クリスハートは光速で何度も自身の肩を掴んでいるリゲルの手を何度も何度も見て驚いた顔を見せている
『足場が悪い、滑るなよ…俺が飛び出して一撃を与える』
『わ…わかりました』
ようやく彼の手がクリスハートの肩から離れると、リゲルは両手で剣のグリップを握り締めて飛び込めるように待ち構えた
どんな魔物か。彼女は本でしか見たことはない
Bランクは沢山倒してきたという自信を持つ彼女は仲間がいたからこそ十分に動けていた
しかし、今その仲間はどこにもいない
タイミングの悪さ、あと少し長居していればこんなことにならなかったのだろうなと待ち構えながら彼女は考えた
『グルルルル』
白い森の中から姿を現したサーベルタイガーは大きく、彼女は無意識のリゲルの腕を強く掴んでいた
彼はそれに対し、言葉を口にしない
魔物ランクBの虎は道端に落ちているリゲルの上着に静かに近づくと、鼻を近づけた
頭部から背中の終わりまでつらなる赤黒い刃は鋭く、普通の剣では砕くことは出来ない
脅威はそれだけではなく、両前足の爪で引き裂かれると人間など一撃で葬るほどの膂力を持つ
(3メートル、まではいかないな)
彼はそこでクリスハートの耳元で『言ってくる』と告げ、身構えた
『光速斬』
囁くようにして言い放つと、茂みの中からサーベルタイガー目がけて突っ込む
『!?』
上着に気を取られていたサーベルタイガーは振り向いたと同時に体の側面を剣で刺され、暴れ出す
(くっそ!)
『グラァァァァァ!』
刺した箇所から血を流しながらもリゲルを振り飛ばそうと懸命に体を振る
両手でしっかり剣を掴み、振り飛ばされないように力を入れるリゲルが唸り声を上げながらも片手で毛を掴んだまま剣を押し込んでいく
『ガゥゥ!』
サーベルタイガーは近くの木に向かって走りだす
彼をぶつける気だ。リゲルは直ぐに悟ると、木に激突する前に両足で剣を引っこ抜き、宙を舞う
激突した魔物は木を容易くなぎ倒し、宙を舞うリゲルに顔を向ける
『いまだ!』
リゲルは叫ぶ
すると茂みに隠れていたクリスハートが飛び出し、サーベルタイガーの背後を取る
『こっちよ!』
彼女が叫ぶと、タイミングよく強撃という技スキルを使って剣を振った
このスキルは大きな斬撃を発生させる技であり、範囲は狭い
対象が近くにいないと意味がない技だが、背後からなら問題はない
振り向いたサーベルタイガーはそれを顔で受けてしまい、斬り裂かれると右目を失う
『グルァァァァァ!』
怒りを顔に浮かべ、牙を剥きだしにするサーベルタイガーはクリスハートに向かって襲い掛かろうと体を向ける
『こっちだ馬鹿!』とリゲルが叫び、奴の体を剣で斬った
血が噴き出し、白い雪が赤く染まる
『グルル!』
サーベルタイガーは横目でリゲルを睨みつけた
不吉な予感を感じた彼はその場から離れようとしたが、運悪く雪に足を取られてバランスを崩した
途端に襲い掛かるは猛獣の後ろ足の蹴り
剣を盾にしてガードするが、猛獣の強力な膂力を前に彼はもの凄い勢いで吹き飛ばされ、木に背中を打ち付ける
『ぐっ!』
しかし倒れない
落下しながらも体を半回転させ、着地するとクリスハートと共にサーベルタイガーに飛び込む
初手の奇襲で大きなダメージを与えたのに、サーベルタイガーの動きは鈍る様子はない
顔から滴る血を舌でなめとり、2人を睨みつける
唸り声を上げ、姿勢を低くする様子にクリスハートは鳥肌が立つ
『グルルル』
『少しでも動き鈍ると思ったが…元気だな』
『そのようですね』
『調子はどうだ?怖いか?』
『興奮していてわかりません』
『だろうよ…っ!くるぞ!』
サーベルタイガーは一気に駆け出す
クリスハートは横に飛び込むようにして避け、リゲルは宙を舞い、水平に回転しながら飛び込んでくるサーベルタイガーの背中を軽く斬り裂く
嫌がるサーベルタイガーは直ぐに反転し。クリスハートの放つ真空斬の連続をジグザクに動いて避けると、彼女に襲い掛かる
『強撃!』
彼女は避けれないと悟り、正面の地面に剣を振って雪を舞い上がらせる
自然の煙幕で目くらましをしようと考えたが、それは相手している魔物には効かなかった
『馬鹿!無駄だ!』
リゲルは荒げた声で口を開くと、その意味を彼女は知る
『ガウウウ!』
『なっ!?』
雪の煙幕の中から姿を現したサーベルタイガー、リゲルは『逃げろ!』と叫ぶが、逃げれる間合いではなかった
前足を僅かに発光させ、彼女の前で振り下ろす
すると強烈な炸裂音が鳴り響き、衝撃波が彼女を襲う
(あっ…)
逃げきれない。全力で地面を蹴ってもきっと足を取られ、バランスを崩すのみ
冬の魔物退治とは人間には酷であり。冬のBランクの魔物との戦いもそれを吟味した上でランクが付けられる
ここで終わりなのだろうか、彼女は一瞬でそんな考えが頭をよぎった
だがしかし、終わりではない
『!?』
何かが彼女の横から飛び込んできた
それは光速斬で加速し、突っ込んでくるリゲルだ
彼はクリスハートを抱きかかえ、吹き飛ぶようにしてその場から離れる
それでもサーベルタイガーの技から逃れること敵わず。衝撃波に巻き込まれて2人は地面を転がるようにして遠くまで吹き飛んだ
木の枝につるしたオイルランタンの灯りが届かない場所。リゲルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたまま彼女を起こす
『灯りが無いと駄目だ。戻るぞ…』
『ごめんなさい・・・』
『言うの忘れてたよ。猛吹雪の中でも普通に活動する奴に雪の目つぶしは意味はねぇ』
彼は彼女の肩を叩き、先ほども場所に戻ろうとした
そこでクリスハートは気づいた
(あ…背中が)
リゲルの背中が斬り刻まれたかのように傷がついており、血が流れていた
先ほどのサーベルタイガーの技。それは刀界と同じ技であり
アカツキが持つ刀界はこの魔物が所有しているのである
周りの木々にも斬られた痕跡が残っており、彼女はまともに食らっていれば生きてはいなかったのだろうと悟る
30メートルも吹き飛ばされた彼らは先ほどの場所まで戻ると、サーベルタイガーは余裕そうな素振りを見せたまま顔を上げ、戻ってきた2人を見下す
まるで下等な種族を見ているような眼
リゲルは舌打ちをし、剣を構えた
『グルルルルル』
『足場が悪いなぁ…』
『ですがやるしかありません』
『そうだ、来たからにはやるしか…』
リゲルが言葉を言い終わる前に、サーベルタイガーは動き出す
その場で前足の爪を僅かに伸ばすと、腕を振って3つの斬撃を飛ばしてきたのである
真空斬は1つの斬撃、しかしサーベルタイガーは3つの斬撃を飛ばす、伸ばした3つの爪の形のままだ
これは避けるしかないと思った2人は連続で飛んでくる凶悪な真空残を避ける
すると直ぐにサーベルタイガーは飛び込みながら体を丸め、縦に回転しながら飛んできたのだ
頭部から背中まで連なる刃を使った攻撃、それを受け止める技量はリゲルにもない
『くそ!』
『わっ!』
左右に避け、サーベルタイガーの攻撃で彼らの後方にあった木は縦に両断される
すかさず奴は飛び込みながら体を丸め、回転しながら飛んでくる
狙いはリゲルだ
彼は間一髪、横に飛び込むように飛んで避けると体をサーベルタイガーに向け、真空斬を放つ
着地したサーベルタイガーはその真空斬を爪で弾き飛ばし、側面から飛び込んできたクリスハートの剣による薙ぎ払う攻撃と飛び退いて避けた
『このままじゃこっちの体力がなくなる!隙を作る!』
彼が声を上げ、サーベルタイガーに向かっていく
剣を振り、爪で弾かれると両腕に激しい痺れを感じた
(力じゃ無理だよな!)
後ろに素早く回り込んだサーベルタイガーの噛みつき、それはリゲルの頭部を狙っている
その大きな口は彼の頭などすっぽり入るほどに大きく開けていた
『ぐっ!』
しゃがみ込み、薙ぎ払うようにして剣を振るとサーベルタイガーは跳躍し、リゲルの頭上から襲い掛かる
両前足の爪を伸ばし、リゲルを捕まえようとしている
『面倒な犬だ』
飛び退いて避けると、サーベルタイガーは着地と同時に一瞬で彼の目の前まで迫る
流石に不味いと感じたリゲルは避けようとしたが、雪で足を取られてガクンとバランスを崩す
(やべ!)
前屈み状態、目の前には巨大な虎の魔物
リゲルは剣を前に出し、逃げれないならば体の一部を差し出す覚悟で迎え撃つ覚悟を決める
しかし、彼の真横からクリスハートが飛び込んでくると、サーベルタイガーの振る爪を剣で受け止めた
彼女の剣は容易く弾かれ、武器は宙を舞う
力の差は歴然であり、彼女は肩を引き裂かれた
『きゃ!』
(なんで飛び出した)
苛立つ暇はない
僅かにふらつく彼女の肩を掴んで支えると、サーベルタイガーは縦横無尽に2人の周りを走る
背中の傷が痛むリゲルは息を切らし、体が熱くなってくるのを感じながらも目だけでサーベルタイガーを追う
『頼むぞ。』
『え?』
彼は彼女の肩を離し、剣を肩に担いだまま数歩、前に歩く
弱っている者から狙う。それは獣も魔物も同じことだ
リゲルは深呼吸し、きっとくるであろう敵が飛び込んでくるのを待つ
『来いよ虎』
その声に呼応するかのように、サーベルタイガーはリゲルの真横から飛び込んでくる
剣に魔力を流し込み、発光させた彼はこの一撃に賭けるために剣を力強く握りしめた
全力で地面を踏みこんだ彼は飛び込んできたサーベルタイガーの真下を通りながら体を回転させ、叫ぶ
『パワーブレイク!』
腹部を大きく斬り裂き、そこから血がボタボタと地面に落ちていく
これで終わりだろうとリゲルは思いながらも勢いを止めれずに前のめりに転倒し、敵に体を向けた
パワーブレイクとは斬った対象の筋力を低下させる効果がある技スキルであり、彼の切り札でもある
だがしかし、傷だらけのサーベルタイガーは悲鳴を上げながらも鬼の形相を浮かべ、リゲルに飛び掛かった
『いまだ!やれ!』
彼が荒げた声を上げると、サーベルタイガーの口に剣を咥えさせて間一髪噛みつかれずに済んだ
普通ならばすぐに押し切られる状態。しかし技の効果とダメージの蓄積が相まってリゲルの力でもギリギリ抵抗出来ていた
『唐竹割!』
クリスハートが飛び上がり、サーベルタイガーの背後から剣を振り下ろして深く斬り裂いた
血が噴き出し、咥えた剣を離したサーベルタイガーは目を大きく開きながらその場でふらつく
『おおおおおおおおおお!』
起き上がるリゲルはサーベルタイガーの口に剣を押し込んだ
『ガボッ!?』
その瞬間、サーベルタイガーの動きが止まる
プルプルと震えだすその巨体は最後の抵抗として前足でリゲルを強く叩いて吹き飛ばす
『ぐ…』
地面を転がって吹き飛んだ彼にクリスハートが駆け寄り、起こそうとするとサーベルタイガーは口から大量の血を流しながら首を垂らして動かなくなる
倒れない事態に2人は驚愕を浮かべた
まだ死なないのか、と
『リゲルさん』
『マジかよ…どんなけタフなん…ん?』
するとどうだろうか
サーベルタイガーの体から発光した魔石が顔を出し、地面に落ちた
魔物は立ったまま絶命したのだ
その様子に2人はこの魔物の意地を見たような気がした
『助かった…』
クリスハートはリゲルを起き上がらせながら囁く
冬という慣れない環境の中での戦闘は人間には難しい
もし滑るという事態が起きなければリゲルは今よりもっと安全に戦っていただろう
『早く魔石のスキル回収しろよ、消えるぞ』
『え?えっ!?』
『明後日、お前誕生日だろ?やる』
クリスハートはキョトンとした顔を浮かべると、ハッと正気に戻る
早くしないと発光した魔石の光が消える、1分以内に吸収しないとスキルは消えるのだ
彼女はふらつきながら魔石の触れた
刀界
アカツキも持つ非常に高価な技スキルである
この魔物がこれを持っており、討伐は難しいと言われている魔物だ
彼女は光を体に吸収し、魔石を回収するとリゲルのもとに戻る
『くそ…背中どうなってる』
クリスハートは地面に座り込むリゲルの言葉を聞き、背中を見た
サーベルタイガーの刀界によって斬り刻まれた背中は防具を突き破り、血を流している
彼女の肩の傷も酷いが、それよりもリゲルの背中の怪我の方が深刻だと彼女は悟った
(酷い怪我)
彼女はリゲルを起き上がらせようと手を伸ばすが、彼は『自分で立てる』と小さく言い、立ち上がる
自力で上着を拾いに行き、雪をほろってから着るとクリスハートに近づき、口を開いた
『猪みたいに突っ込んでくんなよ、死ぬぞ』
『でも死んでません』
微笑みながらリゲルに答えた
彼女は肩をおさえ、ぐったりした様子を見せながらも『どうせ誕生日とかも以前に調べたんでしょう?』と彼に聞く
『当たり前だろ。その技スキルあればある程度は楽になる…。ただ全方位に使うな』
刀界とは衝撃波に無数の斬撃を乗せて飛ばす技
片手剣でも鞘さえあれば発動可能であり、任意で飛ばす範囲を決めることが出来る
しかし、全方位となると技の威力は格段と下がるため、レベルが低いうちはアカツキのように正面のみと決めて使用しなければダメージにはならない
『ありがとうございます』
『は?』
『男性から初めて貰いました』
『技スキルだぞ』
リゲルは鼻で笑い、剣を肩に担ぐ
『帰るぞ…』
彼は溜息を漏らしながらクリスハートの頭を軽く叩いて歩き出す
唐突に叩かれた事に頭をおさえながらも不満を顔にし、彼の後を追う
2人の足取りは重く、どちらも傷ついていた
(くそ…目が…)
リゲルは瞼が重くなるのを感じ、心の中で舌打ちをする
体が鉛のように重くなり、背中の傷がズキズキと響く
最後に前足で吹き飛ばされたときの痛みもあるが、幸いな事に折れてはいない
『倒せましたね』
ふと、クリスハートが口を開くとリゲルは前を向いたまま彼女と話し始める
『やりゃ出来る。今回は雪が積もっていたからやりずらい相手だったが…死ぬ気で行けばなんとかなる』
『死んだら意味がないじゃないですか』
『俺は別にどっちでもいい、家族はみんないないからな…やることは獣王ヴィンメイを倒すことだけだ』
彼は復讐をするための対象を見つけた
もう少しだ、彼はそう思いながらも拳に力をいれる
『もしお母さんの仇を取れたらどうするんですか?』
『知らん…聖騎士を止めて。自由に生きる』
『自由ですか…何か決まってますか?』
『知らねぇよ。知らない世界だ…きっと俺は仇を取った後の事なんて考えれないだろうよ』
『お父さんとか探したりすればいいじゃないですか…』
リゲルは考えた
物心覚えたころにはそんな人間いなかった
しかし、僅かに誰かの笑顔が彼の思い出の中にいる
捨てられた?違うと彼は信じたかった
大人の事情だろうと何度も言い聞かせ、マイナスに考える事をしないことにしている
彼の母、アウラは『お父さんは私達を愛しているから近くに入れないの』と話していたことを思い出す
毎月の仕送りを送っていたのは匿名だが、リゲルはきっと父なのだろうと予想する
探す?情報がまったくない
蒸発したであろう父を探すことは困難だ
『探したい衝動はない』
彼はそう告げ、前を歩く
数秒の沈黙。話し続けていないと倒れそうな気がしたリゲルは話し続けないと不味いと感じ、クリスハートに声をかけようとした
だが彼よりも先に、彼女がとある事を彼に聞く
『聖騎士は殉職したときに備えて遺言書みたいな紙を書いていると聞いたんですけども、リゲルさんは書いてるんですか?』
『書いてるよ』
『何かいたんです?今なら誰にも言いませんよ?』
痛みを堪えながらもクリスハートはニコニコしながら聞きだそうとする
でも話さないのが彼だ
『紙は俺の家だ、勝手に入るな』
どう言う意味だ?と彼女は首を傾げた瞬間、リゲルと共に魔物の気配を感じた
遭遇せずに帰れることはない。そんな単純な事を2人はすっかり忘れていた
現れたゴブリンは汚い上着を羽織っており、冬用の格好をしている
『ギャギャ!』
陽気に錆びた短剣を手に持つ魔物が3体
それくらいならばと彼女は思いながら剣を抜くが、リゲルの様子が可笑しかった
目がうつろであり、何度も倒れそうに体をふらつかせていた
『リゲルさん!』
『あの虎…背中に深々と傷跡残しやがって…』
吐息を吐き、小刻みに体を震わせるリゲルはぐったりしたまま剣を抜こうとするが、抜く力すらない
(私しかいない)
彼女は肩の傷のみ、利き腕の右ではないために彼女は剣を抜くと痛みを我慢したまま襲い掛かるゴブリンを1体ずつ斬って倒していく
『終わりましたよ。リゲルさ…』
彼女が振り向くと、リゲルは地面に倒れていた
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