第129話 リゲル 2
グリンピアにある北の森にまだいるやもしれない獣王ヴィンメイの足取り調査
その為に聖騎士協会の1番隊メンバーはこの街に来ていた
クワイエット1番隊副隊長にリゲルはルドラ1番隊隊長の厚意でカルビという高級肉料理店に向かう事となった
時刻は20時前、数分歩くと直ぐにこの建物だとわかる光景を彼らは目にする
入口の上にデカデカとある看板は牛の形をしており、カルビと書かれていた
建物は2階建てであり、その中に入る人々の服装は周りよりも良い物だとリゲルは瞬時にわかった
(本当にこの格好で入っていいのか)
彼でも少し迷うほどに立派な建物
しかし、クワイエットはリゲルの不安など微塵もくみとる気すら起こさない
『いつでも入れます!』
『クワイエットは気に入ったみたいだが…お前はどうだ?』
ルドラがリゲルに顔を向け、口を開いた
冒険者風の格好をしていても小奇麗にしていたリゲルはこれなら大丈夫かもしれない、といったどこから湧いたか説明できない理由を胸に、頷く
『ここは冒険者でも入ることはあるようだぞ。だが1か月に1チームいるかどうかだがな』
『マジ高そうなんですけど』
『お前らが支払うわけじゃないだろうリゲル』
『そっすけど』
『気にしてくれていると捉えていこう、行くぞ…ついてこい』
ルドラは少し胸を張って2人を誘導し、店内へと入っていく
(すげ…)
リゲルは驚いた
冒険者の格好をした自分達が入って大丈夫そうではない立派な内装だったからだ
それと同時に今まで体験したことのない空間に入った事で僅かな高揚が沸く
各テーブルが広々と展開しており、彼らがいつも見る4本足の椅子では無かった
テーブルの底の中心に太い柱が地面まで延びており、それがテーブルを支えている
『穴空いてるな』
リゲルが肉を食べる家族客を見て口を開いた
テーブル上の中心に円状の穴があり、その中の網で肉を焼くのだ
炭火焼きである
煙は穴の側面にある細かい穴に吸い込まれていく
『どんな原理で吸い込まれてるかはわからんがな』
ルドラはそう言いながらも近づく店員に顔を向けた
『いらっしゃいませ、3名様ですね?』
『無作法な格好で悪いが大丈夫か?』
『お気になさらず…。それに、冒険者にしては仕草の荒さが無いですね』
ルドラだけじゃなく、クワイエットやリゲルも驚く
そこまで見ているのかと思いながらも彼らは目利きが優秀な店員に関心を抱く
『凄いな…冒険者の格好をしていてもわかるのか?』
『なんとなくですので。では席にご案内します』
ルドラはリゲルとクワイエットを連れ、店員と共にテーブルへ向かう
客は3組しかいない、しかしテーブルの数は10もない
テーブルを囲むようなソファーのような椅子に座ったリゲルは一息つき、天井を見上げる
(すっげ)
クワイエットが隣で向かいにはルドラ1番隊隊長
上官がいるという気疲れなど彼は忘れる程に寛ぎだす
『どうだお前ら、これくらい簡単よ』
『ルドラさん、金あるんすね』
『今は無駄に溜め込んでてな』
ルドラはそう告げると、店員を呼んで注文を告げた
その内容にリゲルは驚いた。
上カルビメニューというこの店で一番高い食べ物を軽く注文したのである
王牛のシャトーブリアンという1頭から取れるのはわずか500g~800gのみしか取れない最高級品だ
それを3人分だ
『かしこまりました』
僅かに店員が驚きを隠しきれずに顔に出していた
ルドラはそれに対し、眉を動かして笑顔で接する
店員が下がると、クワイエットは口を開く
『ルドラ隊長、凄いっす』
『まぁな』
『お酒は飲まないんですか?聖騎士の上層部はお酒好きが多いと聞いてますけど』
クワイエットの質問でルドラ1番隊隊長は気難しそうな顔を浮かべる
聖騎士は酒好きが多く、二十歳を超えている者は殆どが飲んでいる者が多い
しかしルドラからはそのような酒に関しての話は一切ない
彼は昔、飲んでいた頃はあるが今は禁酒していると告げた
15年前からずっと口にしていないらし事にリゲルは関心を示す
『お酒ってどうなんすかね、ルドラさん』
来たる最高級の食材を待つリゲルはウキウキしながらルドラに聞いた
だが肝心のルドラはリゲルの問いに対し、険しい顔を浮かべる
不味い事でも言ったのだろうかと内心、面倒な感情が湧いたリゲルだが、ルドラは真っ当な事を口にする
『お前は酒なんて飲むなリゲル、家族を持っても酒で日常を壊すこともある』
『酒なんて興味ないっすよ』
『それでいい。お前もいつか家族を持ちたいと思うはずだ…絶対に飲むな』
真剣な隊長に冗談を挟むことが出来ないリゲルは家族という言葉に苦笑いを浮かべる
『俺が家族なんて無理ですよ』
『お前は出来る、素直じゃない性格は元々だろうが…わかってくれる者はいずれ現れる、その女を大事にしろ』
『何変な事を言ってんですか、似合わないですよ』
ルドラは『そうだな』と真剣さを一変させ、笑って見せた
場の雰囲気が良くなったとホッとするクワイエットは周りから漂う美味しそうな匂いで口からよだれを垂らす
リゲルとルドラはその姿を呆れた顔を浮かべて見つめた
店員がトレーに3人分のミネラルウォーターの入ったグラスを持ってくると、クワイエットは我先にと飲み始めた
美味しい!と幸せそうな顔をしたまま、グラスをテーブルに置くと彼は思い出したかのように話し出す
『そういえばリゲル、お父さんどこいったんだろうね』
『わからねぇよ。離婚ではないとは母さんは断固として言ってたし…てか母さんは体が弱かったから働けなかったな』
『どこで稼いでたの?』
『父さんが遠くで稼いだ金を仕送りしてるって聞いた。でも一度も父さんは顔を見せに来たことが無いからきっと離婚だ』
『教育費、だね!』
そんな話をしながらリゲルは昔をふと思い出した
父の顔は覚えていない。だが物心がつく前までは母さんと共に自身を育てていたという事は聞いたことがある
だが彼は遠くで仕送りを送る父の顔を見ていないことから離婚だと内心は感づいていた
『俺が父なら自分の子供は近くで面倒を見る』
リゲルは腕を組み、思いつめた様子でそう告げた
グラスに入ったミネラルウォーターを一口飲むと、彼のその表情は変わる
水なのに美味しいな、と先ほどの感情が一気に消えたのだ
『俺もそれが一番だと思うぞ。』
『そうっすよね。てか話変わるんすけど…アカツキの件でロイヤルフラッシュさんから怒られました?』
『ぐ…』
ルドラは言葉を詰まらせた
なるほどという様な顔をクワイエットとリゲルは浮かべ、ニヤツく
自然と2人は上官という立場の者なのに、気づかすそういった話に持っていってしまっていた
頬杖をついたルドラは溜息を漏らし『静かに怒られたよ』と彼らに教えた
『指示から逸脱した行動を取った俺に否があるのは重々承知だ。まぁ言い訳だけさせろ…指示通り動かない奴は早死にするとお前らに教えたのは俺だが。それでも時には自身の判断で動かないといけないこともある、それを俺は大きく間違えたがアカツキ達の成長を目の前で感じたくて待ち伏せしたのは不味かったが、それがあいつらにとっては幸いしたのだろうと俺は勝手に都合よく思ってる』
『聖騎士長狙ってるって噂は本当です?』
クワイエットの問いに対し、ルドラは即座に否定する
『部下に良いところ見せたかっただけだ』
彼は顔を逸らす
しかも声がやけに小さい
これは本心だなとリゲルとクワイエットは納得を浮かべ
前回のアカツキ捕縛の件の勝手な行動は目を瞑るかと考えた
『人は死ぬまで経験っすよ。』
『リゲルにそう言われるとはな』
ルドラは微笑み、そう答えた
そこで店員が3人分の王牛の最高級の部位を使った肉と小皿をテーブルに持ってくる
直ぐに彼別の店員を呼ぶと、網を外してから用意した鉄バケツの中から熱々の炭をテーブルの中心の穴に入れ、再び網を敷く光景にクワイエットの目は星になってしまう
『熱の調整は出来ません、責任をもって全て食べないと店からは出れませんのでご了承ください』
この店の決まりは食べ残しは厳禁であり、食べきるまで外に出さない
食べ残す馬鹿なんている筈がないと思いながらもリゲルは目を開き、更に乗る油の乗った肉をただただ眺めてしまう
『すまない店員よ。米の大盛りを3人分だ…あとノンアル1つ』
『直ぐにご用意いたします。』
去る店員の後ろ姿を眺めるクワイエットは、今日ここで死んでもいいかなぁと可笑しなことを考え始める
一生に一度口にできるかわからない食材を前にできる経験は来るかわからないからだ
(連れてきて正解だったか)
ルドラはそう思いながらホッと胸を撫でおろす
『俺が焼いてやろう。焦げる前に食えよ?』
リゲルとクワイエットは強く頷く
食欲を最大にまで満足させる食材を前に2人は焼きあがる肉を専用タレを入れた小皿にいれ、そして口に放り込む
(こりゃ凄いな)
リゲルは驚いた
こんな美味しい肉がこの世に存在しているのかと
1人前、金貨5枚は伊達じゃない
納得の味、納得の値段にリゲルは黙々と焼きあがる肉をクワイエットと半ば取り合う様な形で食べていく
『足りないなら追加するから奪い合うなよ』
ルドラが苦笑いを顔に浮かべ、彼ら2人に口を開く
腹が壊れるほど食べれるとわかれば大人しくなると思いきや、ルドラの予想は外れる
この味をいち早く口に放り込みたいという感情が早い者勝ちという肉の取り合いを生む
殆どがリゲルの勝ち、副隊長であるクワイエットは焼けた肉を箸で掴む前にリゲルに取られていたのだ
『リゲル、ずるいっ!次は僕だよ?』
『わかったよ。2枚食え』
『やったね!』
ウキウキするクワイエットをルドラは肉をどんどん網で焼き、裏返しながら2人の様子を眺めた
その顔は楽しそうには誰も思わないだろう。真剣な顔を浮かべるルドラに2人は気づかない
(身体能力はリゲルが上、しかし実践稽古や実技審査ではクワイエットに負けてしまう…か)
リゲルには決定的な弱点がある
それを知る者はクワイエットのみであり。力が全ての聖騎士では実技試験でリゲルはクワイエットに一度も勝てたことはない
そして聖騎士で唯一、リゲルだけが人を殺めた事が無いのだ
殺したくない?違う
終わるまでは殺さないと決めていた
自身の母を殺した者を殺すまではと
リゲルは今までの国内任務の際、犯罪者との交戦も幾多もこなしてきた
それでも彼だけは力加減の難しい不殺を貫き、人を相手に倒してきている
ルドラはそれを彼の能力だと知る、しかしそれが上に登るための妨げとも思っていた
(思い切り剣を振れ、リゲル)
ルドラはそう思いながら。ひたすら肉を焼いていると気づいた
自身の食べる肉も焼いており、3皿が空になってしまったことに驚愕を浮かべる
(いかん…俺の分が)
彼は素直に追加注文することに決め、店員を呼んだ
更に3人前。自身が食べてなかったことを笑いながら話すルドラに対し、リゲルは『仕方ないから俺が次焼きますよ。夜食分働かないと怒られますからね』と言う
『ふ…ははは!』
不意に彼は笑った
『食った分は焼いてもらうぞ?』とルドラは告げ。グラスに入ったミネラルウォーターを一口飲む
そこで思わぬ客が来たことにリゲルとクワイエットが『ヤバッ!』と小声で驚き、入り口から入ってきた男2人から顔を隠すために下を向く
『どうした?お前ら』
『ルドラさん。アカツキの親父とシグレっつぅ問題児です』
『アカツキ君のお父さんはめっちゃ強いよね。シグレ君も見ただけじゃわからない何かを感じるからちょっと苦手かな…』
『あれが…ふむ。リゲルとクワイエットがそこまで評価するとは…』
アカツキの父であるゲイル
そしてティアの兄であるシグレが似合わずにこの店に入ってきた
怖くはないのに、自然と2人はバレたくないという意思が働いてしまい、顔を隠す
『1週間早い誕生日だ!今日は死ぬまで食えシグレ!』
『遠慮なくゲイルさんの財布を破産させてアカツキ君の明日の夜食費用失くしますね』
『意外とエグイ言葉を言うじゃないか…』
どうやらシグレという男の誕生日が近いため、上官であるゲイルがここに連れて来たと聖騎士3人は直ぐに理解する
警備兵の格好の2人は店員に案内され。反対奥のテーブルに歩いていくのを見てリゲルはホッと胸を撫でおろす
『どんな強さなんだ?』
『ルドラさん。あんたは強いのは俺も認めてる』
『リゲル、いきなりどうした?少し照れるぞ』
『そんなあんたが襲い掛かっても勝負が見えない戦いをアカツキの親父はすると思いますよ』
『お前はそういうならそうなのだろうな。シグレとは確かティアというアカツキのガールフレンドの兄だったな』
『まだガールフレンドじゃないですよルドラさん。アカツキはチキンなので手を出せないでいるんです』
『ピュアか』
クワイエット、笑う
するとそこで問題が起きた
普通わかる筈がないのに、この店内に野性的な本能を持つ人間がいたのだ
椅子に座り、ゲイルと共に寛ぐシグレは笑顔を真顔に変え、鼻を利かせながら立ち上がる
『シグレ、どうした?』
『面白い匂いがするんですよゲイルさん』
面白い匂い、そう告げるシグレはゆっくりと、そして静かに顔をリゲル達が座る奥のテーブルに振り向かせた
明らかに可笑しい、可笑しすぎると流石のリゲルもド肝を抜かしたまま。遠くのシグレと目が合う
(絶対あいつ人間じゃねぇ!)
視線を逸らすリゲルは焦りで額から汗が流れた
なんでわかった?どうやって気づいたかどんなに思考を働かせてもかすることはない
自身の知らない能力でしかないならそれは人間じゃないという答えになるのだ
『あれは…強いな、上物だ』
ルドラは小声で囁く
すると彼は立ち上がる
何をする気だとクワイエットとリゲルは思いながらルドラを見ていると、なんと彼はゲイルとシグレが座るテーブルに歩いて言ったのだ
(ちょちょちょっと!)
動揺したリゲルは無意識に立ち上がるとルドラのあとを追う
しかし、彼に追い付いた時にはそこは逃げる事なと無理に近い場所だった
ゲイルとシグレがいるテーブルである
『…』
ゲイルは目を細めたままルドラを見つめた
まるで言葉を待つかのように
シグレは座ると、笑顔に戻る
獣の檻に入った感覚のリゲルはまたルドラがやらかすのではないかと思いながら溜め息を漏らす
予想とは違い、ルドラはアカツキの父であるゲイルに向かって深く頭を下げるとリゲルは驚く
『私は聖騎士会の1番隊の隊長であるルドラ・サリューと申します。先日は私の勝手な行動により、アカツキ君に多大なる迷惑をかけたこと、深く謝罪いたします』
(え?)
思わぬ言葉がルドラの口から放たれた
リゲルは口を開けたまま固まり、目だけでゲイルを見る
すると意外にもアカツキの父は真剣な表情を口元だけ笑みを浮かべたまま、腕を組むとルドラに話す
『そちらの事は息子から色々聞いた。そしてこの場に大人は二人のみ…今は味方同士で間違いはないか?』
『間違いありません。今日の所は私の奢りという事で過去の事は一度忘れて貰っていただけないでしょうか?』
『気持ちは受け取ろうルドラさん。先程も言ったが私達は大人だ…過去をとやかく言う歳じゃない、息子も今は気にしていないから私達が掘り返す事は避けたいし、そもそもこの前の件に関しては貴方もいなければ息子は危なかった。今日は部下の誕生日祝いで来たからあなたの奢りは受けとれん、気持ちだけ受け取り、関係の再生をしようか』
『寛大な言葉、感謝します』
ルドラは頭をあげる
息子を狙っていた男を前にゲイルは感情的になるのを拒んだ
お互い大人ならば過去を清算するために今どうするかが大事だというのがゲイルの考えだ
『ん?』
ゲイルは僅かに気づいた
数回、ルドラとリゲルを交互に見てからとある言葉を口にしようとしたが、それはリゲルの言葉によって言うことをやめた
『ルドラさん、大丈夫すか』
『大丈夫だ。謝罪しないと今後は味方として十分に動けないことぐらいわかっている。お前もアカツキと仲良くしろ』
『チキンと仲良くなん…あっ!』
ゲイルのわざとらしい満面の笑みがリゲルをとらえた
自然と口からでた言葉にリゲルは自分を呪いたくなる
冷や汗がドッと溢れ、苦笑いで誤魔化そうとしても無理があるだろう
『この馬鹿!お前は言葉を選べ…クワイエットは直したというのに』
『いった』
リゲルはルドラに頭を叩かれた
再度、ゲイルに謝るルドラだが、ゲイルはその様子を見て笑った
『チキンは事実だ。』
『こりゃ妹に男の襲い方を教えないと駄目かなぁ』
(なんだこの兄)
そこで店員が追加の肉を持ってきたことにより、ルドラとリゲルはテーブルに戻る
いきなり疲れたリゲルはフカフカのソファーにもたれ掛かり、一息ついた
(にしても…謝るんだあの人)
上官の意外な一面に、彼は少し評価を上げた
『食い直しだ』
ルドラが言い放つ
またあの肉が網に投入されていくと、3人は焼けた肉をどんどん食べていく
店内にゲイルとシグレがいても、肉の誘惑で雑念が消える
こうして満足いくまで食べた3人は店を出る
(冬だな、完全に)
リゲルはちらつく雪を眺めた
故郷で暮らしていた時は好きだった季節が今ではそこまでの感動はない
冬にはシチューを作ってくれていた母親との思い出を脳裏に浮かべ、懐かしんだ
真実を知るために聖騎士に入った彼は目的の終わりは近いと悟
聖騎士の演習での事故、しかしそれは外部の手によって引き起こされた
倒すまでは自分の人生なんて考えられないリゲルは深い溜め息を漏らし、囁いた
『母さんを殺した獣王ヴィンメイを倒す』
独り言だった
誰かに反応してほしかったわけではなく、意思が自然と口から漏れただけ
だがルドラはその言葉が耳に入ると、驚愕を浮かべる
『どういう事だ、リゲル』
彼は理由もなく、ルドラに聖騎士に入った理由を告げ、獣王ヴィンメイの事を話した
話している最中のルドラは目を見開き続け、話が終わると拳を握りしめる
『…魔物部隊か、俺はその時代には聖騎士にはいた』
『そりゃそうでしょうよ、ルドラさん古株ですから』
ルドラは若い時から聖騎士としていた記録がある
丁度、今のリゲルと同じ歳の頃に
そんな彼はルドラにも聞いたことがあった
村で起きた騒動を知らないか?と
答えは知らない、だ
だが今、違う答えがルドラの口から放たれた
『魔物部隊がお前の村にある近隣の森で演習していた記録は消えているだろうな、不可解な事件過ぎて上層部が記録から消したからな』
『それは聞きました。ルドラさん知ってたんですね』
『…魔物部隊にいた者を知っている』
『!?』
クワイエットとリゲルは大きく驚いた
ルドラは『詳しく聞きたいなら時間が欲しい、せめて幻界の森での任務が終わってからじゃないとだめだ』と話した
どうやら魔物部隊にいたものは当時の事件を口止めされており、口外禁止の指示がきていたのだ
リゲルは『絶対に教えてくださいよ?』とルドラに口を開き、歩き出す
『俺にも別な野暮用ができたか…』
ルドラがそう言う
その時の彼の顔を見たクワイエットはあり得ないものを見るような目でルドラに視線を向ける
今まで見たこともないくらい、ルドラは鬼すら怖じ気づくような怒りを顔に浮かべていたからだ
3人は多目的施設の隣にある宿の前に辿り着くとルドラが『明日は早いから早く寝ろよ?』とリゲルとクワイエットの肩を軽く叩いてから宿に入っていく
寝るまでまだ早いとクワイエットが口にすると、リゲルは『念のために休める時に休もうぜ』と言って宿に入ろうとする
『あっ、片言シエラちゃん』
『は?』
後ろからクワイエットの声
リゲルは振り向きながら反応を示した瞬間に片言ガールというネーミングに納得を浮かべる
エーデルハイドの魔法使いのシエラがモコモコした上着を羽織って彼らを怪しい目で見ていた
『名前、可愛くない』
どうやらクワイエットの口から飛び出したシエラのあだ名が気に入らなかったようであり、彼女は文句を垂らす
『ロリガール、迷子か?』
『その名前はもっと酷い、私、乙女』
リゲルのネーミングセンスも認められず、彼女は頬を膨らます
いったいこの女は何歳だろうと思いたくなる聖騎士二人だが
見た目は明らかに未成年と思いたくなる容姿でもリゲルより年上という事実は知らない
『何してたんだい?』
クワイエットが優しく声をかけると、シエラは少し考えてから『散歩』と答える
『夜に散歩かよ』
『日課』
リゲルは取っつきにくい相手だと感じ、クワイエットと宿に戻ろうかと考える
風が冷たく、露出している肌が寒いからだ
吐息もハッキリと白くて指の先も僅かに痛みを感じていた
(ここは王都よりも寒いな)
彼はシエラに帰る事を告げ、クワイエットと共に宿に戻ろうと彼女に背中を向けた
するとシエラは『もっと冷えてくる、夜は暑いぐらいに厚着で寝た方が良い』と彼らに教える
『覚えとくよ』
『じゃあねシエラちゃん』
リゲルとクワイエットは返事をする
だが彼女はなにやらニヤニヤしているのにリゲルは気づくと、首を傾げた
それに関して何かを聞くこともなく、2人は多目的施設の隣にある宿に戻った
フロントで鍵を貰い、部屋を見つけたリゲルは向かいの部屋のクワイエットに『また明日な』と口元に笑みを浮かべながら言い放つ
『起こしてね』
クワイエットは答えると、部屋に入っていく
廊下でも寒いと感じたリゲルは直ぐに自分の部屋に入ろうとすると他の冒険者が廊下を歩き、別の部屋に入っていく
貸し切りにはしてない、他の冒険者なども普通に泊まっているのだ
彼は顔を合わせても挨拶することなく、顔を逸らして部屋に入る
廊下も寒ければ、部屋も寒い
(寒いな)
リゲルは狭い部屋の中を見下ろす
机には部屋を暖める為に置いてある魔石が設置されており、彼はそれに軽く触れた
すると魔石は赤く発光し、熱風を出し始める
『暖かくなるまで少しかかるか』
このまま布団に入ることも出来ない彼は暖かいであろう1回のロビーに行くことにした
寝静まる時刻であり、1階に降りた彼は辺りを見回すとフロントマン以外の人は見当たらない
休憩所スペースに向かい、のフカフカの長椅子に座ると腕を組んで一息つく
『飲み物はいりますか?』
若いフロントマンがフロントから笑顔でリゲルにそう告げた
(寝る前に飲むと途中で起きそうだし…)
しかし、喉が渇いている事には変わりはない彼は懐から銀貨1枚を取り出すと、親指で弾いてフロントマンに飛ばした
放物線を描き、緩やかに飛んだ銀貨をフロントマンは慣れた手つきでキャッチした
リゲルは少し驚き、口笛を吹くと彼に答えた
『余りはチップだ。ホットでおすすめはあるかい?』
『冬ならば勿論ホットココアにミョウガ茶、コーヒー各種がありますよ?』
『コーヒーは苦手だ、ホットココ…』
リゲルは言葉を止めた
その理由は見覚えのある者が階段から降りてきたからだ
『リゲルさん?』
クリスハートである
エーデルハイドのリーダーの彼女はリゲルに気づくと足を止めた
フロントマンはそこで2人を交互に見てから間違った解釈をしてしまう
それを口にすることなく、彼は笑顔のままフロント後ろのドアに入っていく
リゲルは立ったままのクリスハートに『何している?』と聞くと彼女は近くの椅子に座って答えた
『ここに泊まってるんです。』
『家を出た先の住処はここだったか』
『まぁそうですよ。貴方は何をしてるんですか?』
『極秘任務で北の森の調査だ。ロイヤルフラッシュさんの指示で獣王ヴィンメイの行方をな』
『喋ったら極秘じゃないんだけど』
リゲルはアッとした様子を見せた
なんで口にしたのだろうと考えるが答えは出ない
溜息を漏らす彼に、クリスハートはリゲルに気づかれないように笑う
顔を正した彼女は『アカツキ君の支援の為に行動?』と聞くとリゲルは嫌そうな雰囲気を出しながら頷く
聖騎士はイディオットと協力する立場であり、危惧しているゼペットの手下の獣王ヴィンメイの行動が今後過激になると見込んでロイヤルフラッシュ聖騎士長は広大な北の森の調査を1番隊に指示したのだ
戦うわけではない、まだいるかどうか
クリスハートには内密だと告げ、教えた
『んでお前は大丈夫なのかよ。春までにBランクだろ?』
『あと1体ですっ』
彼女は嬉しそうに話す
リゲルは何故か彼女を僅かに羨ましいと思った
『ところでよ、本当に春までにBランク冒険者になればお前の父さんは嫁ぎに行く話を無しにしてくれるのかね』
『まぁそこは疑いますよね』
『当たり前だ、お前も察しているだろうが無理そうな事を口にしたに等しい…だがお前は予想外にものし上がったわけだ』
『馬車馬のように頑張りましたからね、まぁBになっても父は別の家系に嫁ぐ話を口にするでしょうね、どうせ情報はわかってるんでしょう?』
クリスハートはリゲルに顔を向けて話した
すると彼は『勿論』と自信ありげに答え、話し出した
『お前の父であるリクゼン男爵はまだ貴族会に入っていない、理由は男爵から次の子爵級じゃないと貴族会に参加できないからだ。お前の嫁ぐ先はパウエルンの街にいるアルスター子爵の長男であるオコーネル。嫁げばアルスター子爵から貴族会にダンカート家の貴族会の介入の件を進め、お前の家系も子爵家となれるってわけだな』
『ストーカー並みですねその情報』
『見知らぬ人間と行動を共にしたくないだろう?お前のチームの女の事も調べてるぞ』
『それを言わなくて良かったですね』
『キモいからな』
リゲルは苦笑いを浮かべ、長椅子に深くもたれ掛かる
調べつくしたことを軽く口にすれば引いてしまう者ものは彼でもわかる
だがしかし、この能力は彼ら聖騎士が生き残るためでもあるのだ
『ホットココアをお持ちしました』
フロントマンが姿を現すが、何かが可笑しい
トレーの上にはココアが2つ
リゲルが驚いた目でフロントマンに顔を向けると、答えが飛んできた
『ガールフレンドにも必要かと』
2人は固まる
フロントマンは『ごゆっくり』と告げてフロントに戻っていく
クリスハートは苦笑いを浮かべながらも『勝手に奢られますね』と言ってココアを手に取る
(仕方ないか)
リゲルは頭を掻き、トレーのココアを手にして飲み始めた
『そういえばリゲルさんは何かしたいとかないのですか?』
彼女の質問に彼は深く悩んだ
聖騎士は死んだときの備え、懐に遺言書をしまっている者がいる
彼とクワイエットはそれを持っていた
クワイエットはお金持ちになりたい、という子供染みた願いが書かれているが
リゲルは彼とは違い、儚い願いが込められた事が書いている
『ないな。親の仇を取ったら自由に生きるさ』
『聖騎士を止めるんです?』
『今いる意味は情報だ。終わればいる意味もない』
『なら父親など探さないんですか』
『蒸発したからな。だが母さんが死んでからも仕送りが来ていた…変な鳥人族が現金書留で毎月届けてくれてたよ。だが父は俺には会いたくないんだろうよ。別に怨んじゃいないが…』
『会いたいと思わないんです?』
『一度はな。離婚したんだと思うが、でも父さんがいれば母さんは死なずに済んだのだのかと思うと少しもどかしい』
『そうですか』
彼女はこれ以上聞くことを躊躇い、口を閉じた
リゲルはそんな彼女の様子を見て鼻で笑うと『こっちの問題だ』と告げ、ココアを飲み干す
彼は部屋に戻ろうと思い、立ち上がる
そこで思わぬ者がまた姿を現したのだ
ルドラ1番隊隊長である
リゲルとルドラは目を合わせる
そんな様子にクリスハートが眺めていると、アッと驚いた顔を浮かべた
『リゲル、彼女か?』
『ルドラさん勘弁してくださいよ…アカツキの仲間ですよ』
『そうか。女は大事にしろよ?』
リゲルはちょっとギクッと体を反応させる
ティアの件だ、彼は殴ろうとしたというよりも寸止めしようと考えていたが
今更それを言い訳には出来ない
言われずとも彼は女性を傷つける性格じゃない、脅しはするが
『初めまして、クリスハートと言います』
彼女は律儀に立ち上がると、ルドラに頭を下げる
『振る舞いが綺麗だな。エーデルハイドのリーダーであり、実力は確かだと調べはしているが…』
彼はそこまで言うと、首を傾げながら続けて言い放つ
『エミに顔が似ている』
それにはクリスハートも驚く
リクゼン家の長女である彼女の母の名はエミ・ル・ダンカードであり、目だけを見てそう告げたルドラに驚愕を浮かべた
『凄い…ですね』
『リクゼンとは古い知り合いでな。娘が飛び出した話は以前に聞いた…偽名でここにいたとは』
『あはは…』
彼女は苦笑いを浮かべた
『ルドラさん、起きてたんですか?』
『ああ、トイレだ』
『そうですか』
『うむ、あとルシエ…いや今はクリスハート殿か』
途中でルドラはクリスハートに顔を向けた
『はい』
『貴族はよくわからん、好きでも無い相手と結ばれるなんざ俺には無理だ。リクゼンから聞いたそなたが嫁ぐ予定の子爵家の長男だが。ただの面食いで女好きだと色々耳に入る…俺なら嫌だな』
『私も嫌です。好きな人でもない人にいいようにされたくありません』
強い意志を感じたルドラは口元に笑みを浮かべた
するとルドラはリゲルに顔を向け『俺はトイレしてから寝る、夜這いせずに寝ろよ?』と告げてその場を去っていく
『何が夜這いだよ』
彼は頭を掻きながら溜息を漏らした
クリスハートは苦笑いを浮かべリゲルを見ている
『んだよ?すると思ってんのか?』
『わかりませんね』
『ココア飲んだんなら早く寝ろ、じゃないと本当に夜這うぞ』
彼女は笑いながら『ごちそうさまです』と告げると、階段を上がっていく
1人になったリゲルはようやく1人になったと思い、一息つく
だがそろそろ戻らないと寝る時間も無くなると感じた彼はある程度ゆっくりしてから部屋に戻った
部屋は温まっており、ベットに横になると程よく眠気が襲う
『聖騎士か…確かに仇を取ればいる意味はない。』
彼は懐にしまっていた遺言書を手に取った
しかし、それを広げてみる事をしない
聖騎士に入った時から、彼の願いは変わらない
今更それを見たとしても気持ちは変わらない
(できそうにもないな)
彼は再び紙を懐にしまい、部屋の灯りを消さないまま眠りについた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます