第121話 魔物大行進編 4

リゲルとクワイエットは運よくグリンピアに帰った時、街の状況に異変があることに気づいた

力なき人を避難させる警備兵に話を聞き、北の森から獣の大群が来ているという異常すぎる事態を聞いて真っすぐここまで来たのだ


会いたい敵があっちから来ている、と


ヴィンメイはクレータの中にいるクローディアとエーデルハイドの4人の近くに集まる4人の男を眺め、首をゴキゴキと鳴らす


ゲイル

『クローディア、エーデルハイドと共に退け』


クローディア

『そうするわ…』


彼女は加勢が来たと知ると、僅かに足元をふらつかせた

直ぐにシエラとアネットが彼女を支え、肩を貸す様子をクリスハートが見つめる


リゲル

『お前ら一度退け、あとはこっちでやるわ』


クリスハート

『まだ戦えます、怪我はそんな…』


それを口にする彼女の顔にリゲルは顔を近づける

クリスハートは少し驚くが、彼の口からは情け容赦ない言葉が彼女に向けられた


『今のお前は無理だ。邪魔だ』


『…』


彼女はその言葉に何も言えず、うな垂れる

シエラは『言葉、酷い』とリゲルに怒りながら言うが、彼はヴィンメイに体を向け、彼女らを背にして答えた


勝てないってわかってる相手に挑む勇気ないなら邪魔、と

アネット、ルーミアもその言葉には苛立ちを覚えるが、言い返すことが出来ない

ゲイルとシグレはそんな言葉に対し、口を開こうとしない


数秒の静けさのあとにゲイルが放った『クローディアを頼む』という低い口調が彼女らを動かした

リゲルは横目でその場を撤退しようと背を向けたクリスハートを見て、最後に声をかける


『今はそれが正しい、意固地になって死ぬ奴は弱ぇ』


僅かに彼女の足が止まったが、返事はない

直ぐに歩き出す姿を見たリゲルはクレーターの上で自分たちを眺めるヴィンメイを睨みつけた


獣王ヴィンメイ

『お別れ会は終わったかな?』


リゲル

『気を使えるなんざ余裕だな』


獣王

『俺は歴代最強の獣王であるぞ?そのくらい当然だが…そこの2人は俺に何か恨みでもあるようだが見覚えがないな』


ゲイル

『お前が狙ってる男の父だ』


シグレ

『その男の彼女が俺の妹さ』


(よくわからんが…アカツキの父と言うわけか)


ヴィンメイはしかめっ面を浮かべ、武器を引きずりながらその場でしゃがみ込む

敵は4人、その中の2人は以前の戦闘で戦ったことがある者

まだ初見が2人、彼はそのことに対し…いきなり襲い掛かることを止めた


クローディアの件があったからだ

獣王ヴィンメイはこの2人も先ほどの剛腕女と同様に、同じ穴の狢かもしれないという考えをしていた


『帰れ虫けらが!アカツキを連れてこないならば貴様を人質にしてもいいのだぞ!』


ヴィンメイは叫び、激しい咆哮を上げた

地響きと突風が発生しても、クレーターの中の4人は狼狽える様子はない

それでも変わらず敵意を向けていることに対し、ヴィンメイは更に疑った


(先ほどの剛腕女と変わらぬ…か)


馬鹿力だけで時代を圧倒した男は珍しくも深く考える

普通ならば暴れるだけでどんな人間が来ても吹き飛んでいくだけ

しかし、先ほどと同じ力を持つ者が2人のうち、1人でもいれば面倒臭くなるだろうと


勝てる勝てないではない


『先ずは俺の後輩を虐めたようだから数発ぶん殴るぞ』


ゲイルは腕をゴキゴキと鳴らし、獣王ヴィンメイを睨みつける

まるて臆してない様子に更にヴィンメイはあまり使わない知能を回転させた


(あの剛腕女が後輩?なるほど・・あのアカツキの父という男、易々と人質には出来ぬか。)


獣王ヴィンメイ

『何故、俺がここに来たかわかるか?』


シグレ

『俺に怒られるため?』


リゲル

『俺に殺されるため』


ヴィンメイは可笑しな返答に深く溜息を漏らし、右腕で額をおさえる

彼はここで暴れればおのずとアカツキ達が来るだろうと読んでいた、しかし来たのは予想外にもそれ以上の猛者が1人、そして力がわからないシグレという者


ここまで騒ぎ立てても来ないという事はアカツキがここにいないという事でもあり、彼はこれ以上ここで暴れても大して意味はないのだろうなと答えを出す


ゲイル

『悪いが息子は今旅行中だ』


獣王ヴィンメイ

『なるほど…呑気なものだな』


リゲル

『おい獅子野郎、1つ聞かせろや』


獣王ヴィンメイ

『なんだ?』


リゲル

『15年前くらいか、ここから西側の小さな村付近で犬笛で人間がしつけしてる魔物を操った記憶はあるか?』


彼はそう言いながら剣を抜こうとした

しかし、ゲイルはそれを止めて鞘に戻させる

すると獣王ヴィンメイは目を細め、深く考えながら答えた


『小さい事など覚えておらぬな、思い出すまで踊っていてもいいんだぞ?』


リゲルは舌打ちをし、殺気を目に込めた

途端に獣王ヴィンメイは武器を掲げ、不気味な笑みを浮かべると『出直そう』と告げる

地面を強く叩きつけて地面を揺らし、衝撃波と共に砂煙が辺り一面を深く覆った


『くそっ!』


『追ったら駄目だよリゲル!今はまだ!』


リゲルとクワイエットの会話だけが砂煙の中で響き渡る

ゲイルは片腕を強く振り、砂煙を空に舞い上がらせて視界を確保すると、辺りを見回して肩を落とす


(逃げられたか、いや…逃がした方が良い)


シグレ

『流石にクローディアさんボコボコにした奴だしねぇ。こっちよりも街の安全確保してから挑みたいけど…逃げられたなら仕方ないや』


ゲイル

『シグレ!今すぐ冒険者の救援に行け!』


シグレ

『了解しましたよ。』


シグレは颯爽と森の中に走って消えていく

一難が去り、全員がホッと胸を撫でおろすかと思いきや、ゲイルは後ろの2人がどことなく納得がいかない様子なのに気づく

聖騎士のリゲルとクワイエット、その中でもクワイエットは1番隊の副隊長という実力を持つ男というのはクローディアから聞いていた


煮え切らない彼らの顔に向かってゲイルは『何故追いかけなかった?』変わった質問を投げた

クワイエットは唸り声を上げて考える最中、リゲルは答えた


『まだ勝てねぇ。綺麗に勝つ気はない…汚くても卑怯な手を使って勝ってでも俺はあいつを倒す必要がある』


ゲイルは実家でアカツキから聞いた彼の話を少し思い出した

それ以上、ゲイルは彼に何かを聞くことはなかった


『悪いが聖騎士2人、冒険者を助けてきたらこの街のステーキ専門店で1食無料にしてやるぞ』


クワイエット

『よし!リゲル!行こう!』


リゲル

『おまっ!今そんな気分じゃ…』


しかし、クワイエットは彼の腕を無理やり引っ張り、去っていく

ゲイルは獣王ヴィンメイが逃げたであろう方角に目を向け、独り言のように囁く


『また来るとなると、あれは厄介だぞ』


《だな…だがあいつは賢い奴じゃねぇからまたこの森で暴れるとなるとここの主がそろそろ怒る》


『興味があるぞテラ、この広大過ぎる森の主と獣王ヴィンメイ…どっちが強いんだろうな』


《そりゃ俺にもわからねぇ…。それとお前の息子はあと1時間後に戻るぞ。それまでに終わらせないと息子に心配されるぞ》


『あいつが俺を心配なぞ千年早いわ。だがな…』


《どうした?》


『俺は腐っても元冒険者だ。あの化け物の目を見ればわかる…、あれは人間が倒せる生き物なのか?』


《それはそのうちわかる》


ゲイルは納得が難しい言葉を聞き、険しい顔のまま冒険者達の元に急いだ



急いで辿り着いた時には魔物がほぼ全滅した後であり、ティアの兄であるシグレがランクCのブラック・クズリの首を腕を巻いて締め上げていた


『おら、犬…おすわり』


『グゲ…ガゴゴ』


疲れ果てた殆どの冒険者はその場に座り、そんなゾッとするような光景を目の当たりにしていた

息を飲み込んで横目で様子を伺うゼルディムはこの時、絶対にティアにはつっかかってはいけないと強く心に決めた


バーグ

『死ぬかと思った』


バーグは大の字に地面に寝そべり、グランドパンサーに噛みつかれた腕を仲間のドラゴンが手甲を外し、アルコールをぶっかけて消毒する


『いって!』


『我慢しろバーグ、次は血を拭いたら止血する薬塗ってからガーゼに包帯だ』


『助かるよ。正直死ぬかと思った』


誰もがそう感じる瞬間があった

それはバーグの見つめる視線の先にある

ランクBのミノタウロスが絶命し、倒れていたからだ

丁度良くそこにシグレにリゲルそしてクワイエットが現れ、冒険者は危機を脱した


ミーシャ

『明日は休むわ』


ドラゴン

『当たり前だ、一生分戦ったろこれ』


フルデ

『まぁ明日はギルドはスカスカかも』


これ以上、誰も戦えない程まで疲弊しているとわかったゲイルは『体力が戻ったのち、魔石回収して撤退』と告げた

シグレが彼の指示に反応するかのように締め上げていたブラック・クズリの首をボキン!とへし折り、立ち上がると笑みを浮かべて頷く


ゲイル

『シグレ、怪我人の数は?』


シグレ

『重傷者はちらほら、でも死亡者はいないだけ奇跡ですよ』


ゲイル

『そうだな。クローディアは?』


シグレ

『エーデルハイドが護衛しながら街に送り届けたと思います』


ゲイルはホッと胸を撫で下ろすと、『緑の発煙弾を上げろ』と全員に告げた

すると一人の冒険者が懐から緑色の発煙弾を取りだし、地面に叩きつけるとそれは空に舞い上がる

高い位置で爆発した弾は緑の光を放ちながらゆっくり落ちていく


終わりの合図である


その後、冒険者達は冒険者ギルドに戻る者と近くの治療施設の建物に運ばれる者がいる

どうやら医者は逃げずに残っていたらしく、街を守る冒険者が来るからこそ待っていた


ギルドの治療室では限界があり、しかも数もあまり入らない

そんなときのために民間用の治療施設が役に立つ


ゲイルとシグレは直ぐにクローディアの元に行き、彼女の容態を見ようとしたが、医者は『今日は寝かせましょう。相当疲れてます』と言うので二人は仕方なくその場を後にする


『ゲイルさん、そろそろ』


シグレが告げると、ゲイルは小さく頷く

彼らは飽くまで警備兵、避難した街の人を戻すために向かわなくてはいけないのである


『そうだな。あとは大丈夫だ』


『急ぎましょ』


『ああ』


ゲイルはシグレと共に警備兵の仕事を全うする為、静かな街の中を走る


その頃、リゲルとクワイエットは静かすぎる冒険者ギルドに足を運んだ

扉を開け、中に入ってもロビーには数人しか冒険者がおらず、テーブルにふせながら寝ている者が殆どだ


リゲル

『逃げたなあいつ』


クワイエット

『まぁ脳筋にしては引き際をわきまえてたね』


悔しくも逃がすしかなかった事はリゲルも承知だ

彼は近くの椅子に座り、溜め息を漏らしながら隣接する軽食屋に顔を向ける


喉が乾いていたからだ

だが店員はおらず、閉店しているとわかったリゲルは肩を落とす


(部屋にある水筒の中の水で我慢するか)


リゲルは諦め、受付の奥に目を向けた

受付嬢はいないが奥でギルド職員が数名だけあわただしく動いているのをただ見つめる


『クワイエット、どう思う?』


彼は隣の席で眠そうになっている仲間に話しかけた

しかしハッと我に返るクワイエットには何の話かは理解していない

話しかけられている、とだけはわかる


『朝はベーコンが良いよね』


(タイミング悪かったな)


リゲルはそう感じながらも『そうだな』と言葉を返す

彼は治療室から姿を見せる数人の冒険者に顔を向けた

近くの治療施設に行かなくてもギルド内の安易な治療で大丈夫な者はここで簡単な処置を行っていた


それを思い出したリゲルは直ぐに顔を逸らし、今のところ住処としている2階に戻ろうかと考えていると、治療施設のドアから見覚えのある者が出てきた


エーデルハイド達だ

大きな怪我はないが、魔物との戦闘でついたかすり傷などを見てもらっていたのだ

消毒程度で終わり、彼女達は暗い顔をしている


『リゲル、お腹空いたね』


『まぁな、このまま起きていても意味はない…どうせ飯は明日まで食えない』


『そうだよね…ベーコン食べたいなぁ』


クワイエットは明日の食事の事ばかり考えている

そんな最中、リゲルは重苦しい雰囲気のまま丸テーブルを囲んで席に座るエーデルハイドを横目で見た


特にクリスハートの表情が酷い

リゲルは彼女が何を考え、落ち込んでいるのかわかったが声をかけることはない


(めんどくさ)


彼はその顔が嫌いだった

勝手に機嫌を悪くしたリゲルはその場から立ち上がり、寝床に戻ろうとするとクワイエットが立ち上がりながらクリスハートに顔を向け、小声で言い放つ


『リゲルに似てるね』


『いつの話してんだお前、寝るぞ』


『わかったよ』


聖騎士2人は階段を上がり、寝床に戻ろうとした

しかしクワイエットはその時、ロビーで沈黙を貫くエーデルハイドを横目で見ているリゲルに気づく


(思い出してるのかな)


クワイエットはそう感じながらも彼と共に2階吹き抜けの奥にある部屋、彼らの今の寝床に向かった

彼ら2人はロイヤルフラッシュ聖騎士長から幻界の森にいくまでの間、ここにいるように言われている


1の月までグリンピア生活である彼らは今までとは違う生活に幾分、暇をしていなかった


こうして1時間後、グリンピアの街にアカツキとリリディそしてティアマトが辿り着いた






魔物大行進編 終わり ※次回からアカツキ視点に戻り

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