第110話 賢者録 5

グリンピア中央学園、魔法科実技講師の採用試験当日

リリディはイディオットと共に学園に来た

その日は学園の休日、しかし大きな正門の周りにはかなりの人がいたのだ

試験を見に来た学生や一般人、冒険者である


リリディが緊張していることに気づいたリュウグウは呆れた顔を浮かべ、彼の脇腹を小突いた


『なんて顔してる、シャキッとしろ』


『あはは』


わらって誤魔化すリリディは正門から学園を見上げた


(今日、ですか…)


やれることはしてきた

出来ることをするだけだと何度も言い聞かせていると、冒険者ギルド運営委員会のロキが彼らを見つけて声をかけた


『お疲れ様です、リリディ君はこちらの役員で控室に案内しますので他の方は客席へと移動をお願いします』


《頑張れメガネ、醜態晒したら尻を蹴り上げるぞ》


(神様に蹴られると死にますよね?)


そう思いながらも彼はティアにギルハルドを任せ、アカツキ達と一度その場で別れた。


ギルドの役員の案内で実技場近くの控室に連れてこられたのだ

室内はとても広く、ロッカールームのような構造に近い

長椅子にロッカーといった安易な部屋だ

そこには既に採用試験の参加者が勢ぞろいであった



夢旅団の近接戦闘特化型魔法使いドラゴン

グリンピア一番の冒険者チーム、エーデルハイドの炎魔法使いシエラ

時代を見据える熟練魔法使いミーシャ

若き原石ロズウェラ

ビッグエコーの早撃ちサンドラ

ソードガーデンのフレミー

アサシンドッグの岩使いロトム

そしてリリディである


(流石に緊張しますよこれ)


グリンピアの冒険者ならば知らぬ者はいないと言われるものが殆どだ

今、自分が何をし、誰といるか考えると自然と緊張してしまう


サンドラ

『お!リリディ君じゃん!』


リリディよりも年上、23歳の若手魔法使いで有名なサンドラである

水魔法が得意であり、グリンピアではその属性に関して随一なのだ

彼はリリディの両肩を掴み、リラックスさせようと揉み始める


サンドラ

『ダークホース、楽しみだから緊張すんなよ』


リリディ

『そんな過大評価』


サンドラ

『そうかな?楽しみにしてるよ?でも今回は譲る気はないけどな!』


すると彼はリリディの胸を軽く小突き、近くの長椅子に座ってから寛ぎ始めた


(変わらず、良い人だ)


顔もいい、性格もいい、だからこそ女性にモテる

今ならわかるとリリディはわかった


ミーシャ

『私はこれが駄目でも教員免許取得して聖騎士な魔法科担当の先生を目指しますがね』


リリディ

『ミーシャさん』


ミーシャは30代後半、魔法による知識も豊富であり、冒険者としても熟練された女性

彼女は今回の試験にはさほど本気ではないことを遠回しに言っていることにリリディは気づいた


ロズウェラ

『ティアちゃんどこリリディ君』


ロズウェラはティアの兄であるシグレと同期であり、仲が良かった友人でもあるのだ

ティアをアイドルのように彼は見ていたが、こう見えて秀才であり、運動神経もいい


リリディ

『客席にいますよ』


ロズウェル

『応戦してくれないかなぁ』


リリディは苦笑した

すると肩をポンポン叩く者がいた。エーデルハイドのシエラである

彼女は彼に何も言わず、両手でファイティングポーズを見せると直ぐに椅子に座った


ドラゴン

『よっ!未来の大賢者』


その言葉、単純なリリディはそれで緊張がほぐれた

メガネを触り、笑みを浮かべてドラゴンに言い放つ


『勿論!』


フレミー

『馬鹿じゃないの…』


ソードガーデンの魔法使いの女性、フレミーだ

リリディは『あ、はい』と言って彼女を極力接しないように心がけるように決める

彼も落ち着くために開いている椅子に座り、深呼吸をする

ふと壁を見てみると、採用試験のポスターが目に止まる


(ハイムヴェルトの意思を受け継ぐ男、イディオットの黒魔法使いリリディですか…なんとも長い)


情報量が多く、自分でも笑ってしまうのだ

しかし意味はある

昔の冒険者ならばハイムヴェルトを知らぬ者は愚かであると言われるほどの有名な人物だからだ

そのことは今の冒険者はあまり知らない、リリディも運悪く聞いてなかった時期がある


(緊張してたら駄目ですね)


彼はそう思いながら大きく深呼吸をした


ロズウェル

『1番目って不遇だよな。聞いた話によると本番でどんな試験内容なのかわかるってさ』


ロトム

『マジのマジ?』


ロズウェル

『らしいぜ?』


サンドラ

『しかも出てくる魔物もランダム、当たり前だよな…希望通りの魔物が来るとは限らねぇ。何が隔離場に潜んでいるか俺達はわからん、わかってるのはそこを監視しているギルドの運営委員会の野郎さ…』


ミーシャ

『運悪ければ強い魔物、それも魔法使いが苦手な魔物がいることもあるわね』


リリディ

『魔法が効かない魔物ですか』


ミーシャ

『そうなってもどう対応するかも魔法使いにとって重要よ。魔法があまり効かない魔物なんているんだからね』


確かにそうだ、リリディはそう納得を浮かべる

誰もが魔法が効かない魔物がいた時の為に対応はしている筈だとリリディは考え、気を引き締める


ドラゴン

『俺は魔法無くても全然構わないぜ?』


ドラゴンがそう告げると、皆苦笑いを浮かべていることに気づいた


(何故でしょう?)


それは試験になればわかる

全員が他愛のない話をしていると、ロトムがリリディに口を開く


ロトム

『黒魔法か、奇怪な魔法だと聞くが…』


ドラゴン

『リリディはすっごいぜ?魔法火力は俺はこいつの独断場だと思うぜ?』


ドラゴンは酷くリリディを買っていた

それが逆にリリディにとって緊張の一部となっている

殆どが黒魔法を知らない、しかし1人だけそれを知る者がいた

ミーシャという女性である


『お母さんも魔法使いだった、その時代に起きた戦争反対派の暴動で黒魔法を使う者がいたらしいけども。凄い威力を持った魔法だったと聞いているわ』


リリディ

『シュツルムですね』


『やはり持っていますか、反対派の暴動によって黒魔法のイメージは悪くなった…しかしそれを持つ者はあれ以降誰もいない…』


リリディ

『僕のお爺さんが完成させたんです。マスターウィザードが魔法使い最強じゃないって証明できた人でした。ですが夢の道中で怪我をして亡くなりました』


『母さんがあの人の凄いファンで、それで魔法使いになったって話を聞いてますよリリディ君』


リリディ

『嬉しい話です、死んだお爺さんに聞かせたい』


『貴方がその出番になればいいわ』


ミーシャは微笑み、リリディに告げた

すると控室にギルド運営委員会のロキが姿を現した

そこで彼から試験の内容を告げられることとなる


ロキ

『皆さん、10分後に1人目が始まります…客席が満席過ぎて立ち客もいます』


(うわぁ…)


引き攣った笑み、それはリリディだけじゃない

ロトムもだ。彼はあがり症である


ロズウェル

『大丈夫?』


ロトム

『うむ』


ロキ

『では試験内容です。よく聞いてください…ギルド運営委員会と冒険者少数の協力の元、隔離場に魔物を多数捕獲状態で閉じ込めることに成功しておりますが。実技場に上手く数を調整して魔物を入れるよう心がけますが誤差はご了承ください。数は5体目安…魔物も完全に何が飛び出すかわかりません…試験内容は魔法を使ってどのように敵を対処していくか。立ち回るかの単純かつ安易な試験です』


そのことに誰もがホッと胸を撫でおろす

しかしその言葉もロキの真剣な顔から放たれる言葉によって消される


『1体、とんでもない魔物がいます…相当頑丈に作った隔離場ですのですが壊されるかが心配です』


(何がいるんですか…)


リリディは僅かに不安が過る

そうしてロキが順番を口にしたのだ


『ミーシャさん、ロトムさん、ドラゴンさん、フレミーさん、サンドラさん、ロズウェラさん、リリディさんシエラさんの順番になります。全員で客席の一部に控えていただき、試験様子を見ていただきます。


ドラゴン

『おっしゃ!ロトム頑張れ』


ロトム

『やばい、緊張が裂ける』


ミーシャ

『一番危ないわねぇ…』


ロズウェル

『ロトム、緊張し過ぎだ…』


ロキ

『誰に番にどの魔物が出てくるかはこちらで調整しますが…運も実力のうちですので幸運を祈ります。それでは皆さん参りましょう』



(行きますか)


彼は誰よりも先に立った

ロキの案内で廊下を歩く最中、誰も会話をする者はいない

誰もが精神を集中させていた、しかしリリディは不思議と緊張することがなかった

土壇場で彼は誰よりも落ち着いていたのだ


ロトムが何度も深呼吸する様子を見ながら、彼は光の見える廊下の先に足を踏み入れた

そこでようやく、緊張よりも何をしに来たのか知ることとなる

実技場に足を踏み入れた全員は驚きのあまりに周りを見渡す


客席一杯にいる観客に学生たち、一般国民に冒険者と様々な者がそこにはいた

ロキにより、出番ではない者は近くの階段を登って試験参加者専用の席に座るように言われ、リリディはそこに向かって腰を下ろした


歓声はない、しかし期待を胸に来ていることはリリディでもわかる

客席を見ても、仲間を見つけることが出来ない

それほどまでに満員だ


(凄い人の数ですね)


隣の席に座るロトムが大人しいと思い、彼は顔を向けると

気絶していた

ミーシャは既に下で準備しており、リラックスしながら背伸びをしているのが彼の目にも見えた

そこへ冒険者ギルド運営委員会のロキが音を大きくする拡張魔石を使って口を開いた


『皆さん、それでは来年度に設立させる予定の魔法科の実技講師の採用試験を行いたいと思います。試験内容は簡単です、現れる魔物を倒す…それだけです。どう倒すか、どう動いて対処するかを私達冒険者ギルド運営委員会が試験官として審査しようと思います。扉の開閉の微調整が間に合わず。5体の予定に誤差が生まれますがそれも運のうちとして冒険者には通達済み、3分後には監視されます』


ワッと沸く客席にロキは続けて口を開く


『1人目はグリンピアの魔法使いでは熟練者と言われるミーシャさんになります。見学は自由ですが五月蠅くしないようお願いします。妨害行為があった場合。しかるべく対応をしますのでご注意ください』


彼はそう告げると、客席に一礼してから扉の開閉スイッチがある板の前に移動した


(さて、どうなるか)


彼は固唾を飲んでミーシャを見守った

不思議と客席は静まり返っており、誰もがその時を待っているのだろうとリリディは感じる


(お爺さん、僕はここから始めてみたいと思います)


きっと隣街からも見に来ている、そうとなれば名を売るにはもってこいなのだ

そうしているとあっという間に3分が過ぎ、ロキがカギを開けて鉄板を開けると、ボタンに触れたまま口を開く


『では1人目です、危険だと感じた場合…ただちに中止となりますのでご注意ください』


ロキはそう言い放つと、ボタンを押した


『さぁて、何がでるかなっ』


ミーシャは口元に笑みを浮かべ、轟音と共に僅かに開く扉を見つめたまま前に歩き出す

魔物は完全なるランダム、恨みっこ無し

それに関しては冒険者として変に納得してしまうのだ

森での出来事も何が起きるかわからないからこそリアルなのだ


5体といっても6体出る場合もあれば4体の場合もありうる

ミーシャが運が良いのか悪いのか

それは直ぐに答えが出たのだ


『グルァァァァ!』


グランドパンサー1体、エアウルフ3体が扉の隙間から現れた

扉は直ぐに閉じ、4体の魔物だとわかったミーシャは不気味な笑みを浮かべたまま首を回して余裕を見せた


『あらま?丁度いい感じね』


次の瞬間、ミーシャは不気味な笑みを浮かべ右手に黄色い魔法陣を発生させた状態で襲い掛かる魔物に向かって腕を伸ばす


『サンダーバルカン』


魔法陣が回転し、そこから小石サイズの雷弾の連射が撃ち放たれた

雷は弾速が早く、避けるのが難しい

そしてこの技は数はある


『ギャイン!』


『ギャン!』


それに1発触れるだけでは致命傷にならないが、1度当たれば一瞬動きが止まり、更に受けることになるのだ

それによって2体が犠牲となり、その場で転倒するとミーシャは飛び込んでくるグランドパンサーの攻撃を真横に跳んで避け、更に連射を放つ


『グルッ!』


『キャイン!』


グランドパンサーは巧みに避けるがエアウルフは避けきれずに感電し、その場に倒れて魔石を落とす


『残りはお母さんかな?』


『グラァァァァ!』


蛇行しながら突っ込んでくるグランドパンサーの噛みつきをギリギリで避け、雷魔法を解除すると彼女は直ぐに赤い魔法陣を右手に発生させ、機会を伺う


彼女の周りをグランドパンサーはゆっくりと歩き出し、唸り声をあげる


『いいわね。でもさ…』


グランドパンサーがミーシャの背後にまわった瞬間に彼女は素早く振り返り、腕を伸ばす

そこには大口を開けて噛みつこうと飛び込むグランドパンサー


ミーシャはそれを待っていた


『バースト!』


魔法陣から火が勢いよく吹き出すと、グランドパンサーは激しく燃えながら吹き飛んで息絶えた

見ていた学生は驚きのあまりに沸くが、ミーシャはそれに反応することなく髪を弄りながらリリディ達の席に帰っていく


ロキ

『一人目終了です。では二人目は岩使いロトムさんとなります』


ロトム

『うわぁ、死にそう』


苦笑いの彼は階段でミーシャとすれ違う

戻ってきたミーシャは一息つくと席に座り、終わった者の余裕を見せた


リリディ

『危なげなく行けましたね』


ミーシャ

『勿論、何度も倒した魔物よ?』


(流石ですね)


そうこうしているうちに、ロトムの出番がきた

彼は運悪く、ゴブリン10体とハイゴブリン1体という集団を相手にすることとなった


しかし彼は意地を見せた


ロトム

『ロッククラッシュ』


茶色い魔法陣の中から大きい岩を撃ち放ち、それは走ってくるゴブリンの目の前で炸裂して魔物を吹き飛ばす

残ったゴブリンを近付かせないように動き回りながらもロックショットという、大きな石を飛ばす魔法を使って確実に仕留めていくと、最後のハイゴブリンに向かってロッククラッシュを使い、吹き飛ばした


『よかった』


ロキ

『二人目、終了です』


ロズウェル

『数にビビったがあいつやるな』


シエラ

『足早い…』


逃げ足だけはあった彼は上手くそれを利用し倒しきった

続くドラゴン、フレミー、サンドラと危なげなく魔物を倒していくが、ロズウェルでそれは起きた


ロズウェル

『なっ!?』


グランドパンサーが2体、そしてブラック・クズリが1体である

魔法使いキラーとも言われるのがブラック・クズリ

リリディでもその異名は知っていた

魔法を撃つよりも奴は素早いからだ


それと同時に出てくるグランドパンサーがブラック・クズリとの相性が良く、ロズウェルは苦戦を強いられた

グランドパンサーを1体倒したところで彼はギブアップし、残る魔物を待機していたクローディアがボコボコに倒した


帰ってくるロズウェルは肩を落として席に戻ると、誰もが同情を口にする


ミーシャ

『ブラック・クズリは流石にね…』


ドラゴン

『あれ対応無理だろ、よくグランドパンサー1体仕留めたなお前』


ロズウェル

『あはは…泣きそう』


(あれは辛いですね)


ブラック・クズリがいることに彼らだけじゃなく、会場にいる冒険者は驚きざわつく

あれを仕留めれる冒険者も少ないからだ

冒険者ランクCでないとほぼ無理だからである


リリディ

『ブラック・クズリか』


ドラゴン

『出番だぜ?』


リリディはハッとし、ロキに呼ばれていることに気付いた

彼は立ち上がりシエラに『がんば』と言われると微笑んで返す


ドラゴン

『頑張れよ!』


リリディ

『はい』


彼は落ち着いたまま、下に降りる

みんなが見てる、その事に興奮はするが冷静だった


『あ!可笑しな魔法使いさん』


聞き覚えある声に顔を向けた

カインだ。それにミミリーやランバーも見に来ている

来て当然だ


彼らは魔法科志望なのだから


アカツキ

『頑張れ!』


ティア

『頑張ってリリディ君』


リュウグウ

『間抜けな事したら蹴るからな!』


ティアマト

『ボコボコしちまえ!』


仲間の声に彼は安堵した、そこにいたのかと

そんな彼らの近くにはエーデルハイド、そしてリゲルとクワイエットもいたことに気づき、苦笑いを浮かべる


それだけじゃなかった


『お兄ちゃーーん!』


妹のリズの声だ

家族総出、彼は少し緊張した


ロキ

『次は黒魔法使いであり、副魔法騎士長ハイムヴェルトの孫であるリリディ君の試験に写ります』


その言葉、リリディはスタッフを肩に担ぎ、中央に歩く


(成せばなる)


彼はそう思いながらも歩いて中央に向かうと、魔物の気配を扉の奥から感じた


(強い!!)


明らかに可笑しいのだ

今まであまり感じなかった気配が扉の奥にいた

強いのだけは確かだが、彼は嫌な予感を感じて険しい顔を浮かべる


扉が開き始めた瞬間に扉を強く叩く音に客席の人々は驚く


『ウモァァァァァァァ!』


リリディ

『!?』


まさか、とリリディは考えていると

テラの声が届く


《メガネ!死ぬなよ!ハプニングはチャンスだ!今のお前ならできる!》




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