第79話 地中のアイドル


落ちた、どこまで?わからない

光が何もない、真っ暗だ

少し気を失っていたらしい


ティア

『アカツキ君?起きた』


アカツキ

『ティア!どこだ!』


ティア

『あの…アカツキ君が抱きしめてる』


俺は『へぁっ!』と変な声を出して抱きしめているティアを離した

真っ暗でわからないんだよ…


《兄弟、大丈夫そうだが…ちっと面倒だな》


俺はテラ・トーヴァが何を言っているか最初わからなかった

体を動かすと、その意味を知る

右肩がとても痛いんだ、これはきっと折れている


ティア

『怪我したの?』


アカツキ

『多分折れてる』


ティア

『今治す』


アカツキ

『出来るのか?』


ティア

『試してみる!』


彼女はケアを使うと、彼女が放つ緑色の魔力が俺の右肩に流れていく。

その発光する光で周りが照らされた


完全に裂け目の中にいるような場所だ、そして前後には掘り進んだ大きな穴がある

懐にオイルランタンのオイルが少量だがあることに気づくと、俺はティアに右肩を治療してもらいながらも急いで服の一部を破り、近くに落ちている太めの木の枝の先端に巻くと、オイルを染み込ませたのだ


安易松明だ、ランタンがあれば良かったんだがな…


ティア

『…やっぱり骨折は駄目みたい』


残念がる顔が緑の光で照らされている

治らないなら仕方がないと告げ、彼女にラビットファイアーで火をくれと頼むと、安易松明に火をつけてくれたんだ


それによって先ほどよりも広い範囲で周りが見える、しかし灯りは永くはない

ランタンに使用するよりも消費は激しいだろうな…もって30分、最悪半分だな

早くここから抜けないと駄目だ


《兄弟、急いだほうがいい…その松明って案外かなり効率が悪い灯りだ》


アカツキ

『そうだなテラ・・・、ティア!出よう』


ティア

『わかった!』


しかしどっちへ?前か後ろか?それはどこに続いているかもわからない

方向もまったく見当もつかない、コンパスを持っておけば良かったな…


アカツキ

『あっちに行こう』


ティア

『わかった!』


松明を左手に俺は彼女と共に穴の中を歩き始めた

こうなってしまったのもきっとエド国にいる闘獣と呼ばれる土駆龍モグラントの仕業だろうな

睡欲のモグラントか…あいつが近くを通ると唐突な地震が起きるんだな


いい迷惑だ

右肩の負傷で俺は戦闘が出来ない。右利きだしな

左利きはリリディだったな…


アカツキ

『面倒だ闘獣だなモグラントって』


ティア

『そうだよね…でもいいかも』


アカツキ

『え?なんで?』


すると彼女は少し焦りを見せた

何でもない!だとさ…気になるけども今はそれどころじゃない

それよりも面倒な事が起きたからだ


ティアが安易松明の灯りに照らされ、表情が険しくなった

魔物の有無だ、ここにも魔物がいたのだ

まったくその考えは頭になかったよ

俺は心の中で舌打ちをしたくなる


ティア

『1体だけ、問題ない』


アカツキ

『行こう』


臆せず進むと現れたのはゴーストだ

黒い煙に釣り目の魔物だが、それはティアが手を伸ばすとショックの雷弾で弾け飛んだ

念のため魔石を回収し、俺は彼女に顔を向けて頷いてから同時に前に歩く


歩く度に右肩がズキズキする

ケアで幾分かマシにはなったけとな


《モグラントちゃんも地面を掘って進んでも結局は穴を循環する酸素を取り入れる為に地上に続く穴をいくつか作る。そこから出ればいい》


アカツキ

『脱出する穴はあるってさ』


ティア

『それなら安心だね』


確かに地上に続く穴がないと酸素は十分にここまで供給されない筈だ。

松明の灯りも心配だった俺達は足早に移動していると、分かれ道で足を止めた


こんなときに分かれ道?と内心しかめっ面を浮かべたくなる

するとティアは松明の火が僅かに左側に傾いているのを見て、左だと口にした


アカツキ

『風か』


ティア

『少し感じたから松明見ただけだよ、多分あってる!』


アカツキ

『それじゃいこうか』


ティア

『その前に休憩しよ』


早く脱出したい気持ちは双方ともにある

しかし、ティアはその場に腰をおろす

森の中に入ってから小休憩は少なかったからかもしれないな


俺は松明を持ったまま座り、一息つく

なにやら彼女は俺と目が合うと、ニヘラと可愛く笑顔を見せてくる


アカツキ

『ティアは怪我は本当にないのか?』


ティア

『ないよ?だってアカツキ君が凄い抱き締めたからね』


照れ臭そうな素振りも俺にはプラスだ


アカツキ

『俺は盾みたいな感じか』


ティア

『落ちながらアカツキが全部どこかに沢山体をぶつけてた』


全部かい!一回くらいティアも当たってたりしなかったのか?

それを聞くと、彼女は『ゼロ』と答えた

俺は苦笑いが精一杯の反応、だけどもティアが無事なら問題はない


『ああああ』


アカツキ

『ゾンビナイトの声が響くな、ティアの気配はどうだ?』


ティア

『まったくだよ』


アカツキ

『ならまだ遠いな』


穴だから遠くても聞こえてくる

しかもその声は右側から聞こえるから遭遇するとは無いだろう

俺達は左側に進むからな


水を飲もうと腰に装着していた水筒に手を伸ばす、しかし無い

どうやら落としたらしい

落下した時かと思われるが、今となっては仕方がない


ティア

『私の飲んでいいよ』


二重の意味でありがたい。『ありがとう』を俺は口にする

彼女の水筒の水を少し飲み、そのまま渡すと彼女も水を飲み始めた


躊躇いも無く飲む姿を俺は少し残念だと思ってしまう

何故、残念だったのかは本人である俺にもわからん



ティア

『魔物の気配は今のことろ無し』


アカツキ

『そうか、肩さえ怪我してなければな…』


ティア

『仕方がないよ、いこっか』


アカツキ

『疲れない様に歩きながら行こう』


俺はティアにそう告げて歩き出す

残暑日であったが、地下は涼しくて居心地が良い

それは彼女のそう思っていたらしく、俺は話しながら出口を探す


ふと何かを踏んだ気がした、液体だ

ティアと共に下を見ると、水溜まりが点々と至る所にあったんだ

穴も少しづつ広くなっている


そして俺たちは運が良かったかもしれない、松明の灯りが小さくなってくると奥では何かが発光していて歩きやすくなっていた

俺達は奥に向かって歩くと、そこで松明が消えた


ティア

『岩から顔を出している発光石よ。凄い数…』


彼女は驚きながら穴の周りから顔をだす石を眺める

本当に助かった、灯りがなければ終わりだからな


アカツキ

『松明はもう駄目だ、手ごろな石を使おう』


俺は松明の棒に発光石数個程を布で巻きつけて固定した

少し重い…だが背に腹は代えられん

光量は松明よりもないが、永続的に照らしてくれるから不満はない


ティア

『灯りの確保できたね』


《まぁ一先ず安心だな》


アカツキ

『父さんも洞窟捜査の時は発光石の方が安心して進めるとか以前に言っていたのを思い出したよ』


ティア

『ゲイルさんもバリバリの冒険者だったもんねぇ』


アカツキ

『昔の話をあまりしない人だし俺も知ったときは驚いたよ…クローディアさんやハイムヴェルトさんがいたチームにいたなんてな』


今思うととんでもないチームだ

裏のマグナ国1番といってもいいくらいに強いと思う


俺は左手で発光石棒を持って肩で担ぐと、一息ついた


アカツキ

『ティア、怖くないのか?』


ティア

『アカツキ君いるし平気だよ?』


アカツキ

『信用し過ぎだ…俺は右肩使えないから戦力外だぞ』


ティア

『そういう意味じゃないのっ、いこっ!』


彼女は緊張感を感じさせず、笑顔で俺の前を歩き出す

その様子に首を傾げ、俺はついていくと少し歩いただけで彼女は奥で何かに気配を感じた

何が来るのかと身構えながらゆっくりと前に進むと、グールだった


魔物ランクEのアンデット種だ

灰色の体をしたゾンビだが、普通のゾンビよりも多少体つきは良い

体の腐敗はあまり見られないが、ちょっと臭い


『カカカカ!』


大きく裂けた口を開け、俺たちに突っ込んでくる

なりふり構わず襲い掛かってくるのはアンデットらしさがあるなぁ


ティア

『任せて!』


彼女が口を開くと、飛び込んできたグールの噛みつきを避けながらサバイバルナイフで脇腹を斬って振り向く

着地で足元がフラついたグールは転倒しそうになり、倒れる寸前で手で地面を抑えた

直ぐ後ろにはティア、彼女は背後からサバイバルナイフを振り下ろす


だがしかし、グールの適当な振り向きざまのはたき込みでティアの攻撃は奴の腕に食い込んでしまった


ティア

『それっ!』


『カッ!?』


彼女は焦らない、口元に笑みを浮かべると可愛い声を出しながらグールの顔面を蹴って転倒させる

飛び込みながらショックを放ち、麻痺させた状態のまま頭部にサバイバルナイフを突き刺して倒したよ


綺麗な動きだったなぁ


《やるじゃん兄弟の彼女》


アカツキ

『まだ彼女じゃない』


《まだ?》


ティア

『テラちゃんと何話してるのかな~?』


彼女はニヤニヤしながら魔石を回収し、近づいてくる

俺は『何でもない』と告げてもティアはジロジロと俺の顔を見て何かを探ろうとしている

変な汗が出る


そこで運よく地震が起き、俺達は気持ちを切り替えた

さほど強くない地震なのだが、それと同時に奥から魔物の気配を感じる

ティアも俺もその気配の大きさに驚愕を浮かべた


ティア

『アカツキ君…』


アカツキ

『不味いぞ…、強い』


結構な強さの気配に俺は焦りを見せた

2人で対応できるか?いや無理だね…Cランク以上の魔物だってわかる

俺はティアを隠すように前に出し、発光石棒を構えた

焦りすぎて刀じゃないのに気づき、俺は彼女に灯りを持たせると刀を左手で抜いて構える


アカツキ

『隠れてろティア』


ティア

『でも…この気配凄いよ』


確かに凄い、しかも奥から甲高い鳴き声も聞こえてくるんだよ


『キーー!』


ティア

『?』


彼女は首を傾げる

何故ティアがそう反応したのか、俺もなんとなくわかった

悲鳴に近い感じがするんだ…まるで何かから逃げているかのような鳴き声だ


《兄弟、壁によれ!轢かれるぞ!》


アカツキ

『ティア!壁によれ!』


ティア

『あっ、うん!』


俺は刀をしまい、彼女と共に近くに僅かにくぼんだ隙間を見つけると、俺は素早くそこにティアを押し込んで自身の体で隠した

発光石棒をティアから受け取り、奥を照らす

そこで現れた魔物に俺たちは体が強張る、勝てるわけがないからな


全身が黒光りした頑丈な甲殻、大きなムカデだ


『ギュピィィィィィィィィ!』


不気味に黒光りする体がこちらに全力疾走で向かってくる

その巨大なムカデが通過していく


あと少し遅れていたら俺は吹き飛ばされていたかもしれない

無理やりティアを押し込んだ感じなので、ティアと体を合わせているのは申し訳ないが瞬時の判断でそれは出来ないから許してほしい


しかし俺の右手がいつの間にか彼女の胸を揉んでいたことは許さなくてもいい


ティア

『んっ…』


アカツキ

『ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


俺は右手に位置に驚いて飛び跳ねた。右肩が痛いのに何故か勝手に手の位置がそこにきてしまった

心地よい感触だったけども謝りたくない、いや違う、謝らないと


アカツキ

『ティア!ありが…すまん!違うんだ!』


ティア

『だ…大丈夫、時間なかったもんね…』


彼女の顔が赤い、そういうつもりはなかったんだ…


《狙ったな?兄弟》


アカツキ

『黙れよぉ…』


肩を落とし、俺は道の奥を発光石棒で照らしてみた

いったい何から逃げた?巨大な魔物が逃亡をするとなると嫌な予感しかしない

ティアも同じことを考えているようであり、このまま進むのは非常に危険だから今は急いで戻ることにした


だがテラ・トーヴァはそのまま進んでも大丈夫だぞ?と言う

何がいるかわからないのにそんな指示聞くにも聞けないというと、奴は笑いながら答えた


《運が良いぜ兄弟、まぁあれだ…やべぇ魔物に遭遇したほうが帰れるぞ?》


アカツキ

『それってまさか…』


ティア

『アカツキ君、テラちゃんなんて?』


俺は彼女に伝えようとした、だけどその瞬間に閻魔蠍が逃げていた理由になった魔物の気配が穴の向こうから感じ始めた

地震が起こり、俺達は強張った体を何とかほぐそうと彼女と不器用な深呼吸をする

天井が崩れそうで怖い、地震も大きくなってきており、立つのがやっとという程まで揺れは大きくなった


アカツキ

『なっ!?!?!』


ティア

『うそ!?!?!』


《はっはっは!大丈夫さ!轢きやしねぇ》


奥から現れたのはこれまた穴をおおいつくすほどの巨大なモグラだ、しかし掘り進むための両手は堅そうな甲殻が覆っていて、爪も鉄のように銀色に光っている

モグラなのに牙が猛獣のようにするどく、長い鼻先は薄い赤色に染まっている

吹き飛ばされると思いながらもティアと共に緊張した面持ちで止まることを信じてみると、その巨大な生き物は俺たちの目の前でピタっと止まったのだ


ホッとした…轢かれたら即死だろうな

ティアなんて俺に抱き着いてる、握る力が強いから痛い


《闘獣の中の可愛い部門、土駆龍モグラントちゃんだ!》


土駆逐モグラント

『あれ?テラ君の声だ』


俺は驚いた、テラ・トーヴァの念術が聞こえたからだ

ティアが俺の背中から顔を出し、土駆龍モグラントを見つめると彼女の顔が少し笑顔になる


ティア

『可愛い』


なんで?目がまん丸くて確かに可愛いけど、あの牙やばいぞ?

モグラなのに土駆龍、名前の通り龍なんだ

あれ?今俺の言った言葉はかなり矛盾しているぞ?モグラだけど龍?いやモグラだな


そうこうしている間に、土駆龍モグラントは首を傾げ、口を開いた


土駆龍モグラント

『ここで何してるの?なんで人間の中に』


《ほにゃららな理由だ、それよりもモグラントちゃんの作った穴に落ちたんだ。悪いが出口作ってくれや、ここでこいつが死ぬと俺は復活できないからな》


土駆龍モグラント

『それもそうね、ごめんね人間さん・・・出口は作るけども…ただでは無理ね』


その言葉で土駆龍モグラントは目を細くさせる

俺とティアはAランクで最も強いといわれる闘獣の中の1人のこいつが安易な頼みごとをするわけはないとわかり、息を飲みこんだ

すると、答えは予想の斜めからやってくる


土駆龍モグラント

『干し肉頂戴、メスの懐から匂いがするわ』


ああそうだったよ

俺はなんて馬鹿だったんだ


こいつは地上に出てくるときがある、どれに遭遇した冒険者は『干し肉頂戴』とねだられたって記録が残ってたんだ

しかも安眠効果が数日続くという俺にはあまり効果がないと思われる恩恵


ティアは苦笑いしながら懐に手を伸ばし、干し肉を取り出すとそれを土駆龍モグラントに放り投げた

見事にバクンと口でキャッチし、幸せそうに咀嚼音を響かせながら与えた干し肉を飲み込む土駆龍モグラント


メスの筈、しかし凄いゲップを目の前ですると軽めに彼女は言った


土駆龍モグラント

『今から作るわ、1分待ってね』


それはいい、ゲップが臭くてたまらんわ

先ほどまでの体の強張りも気負いもない、それだけが救いかもしれん

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