第53話 聖騎士潜伏中


パペット種のような魔物の顔をした布袋を被った可笑しな貴族風の男が俺の背後にいた

ちょっと息を飲んでしまうけども何か用なのか?それにしても怖い


何より表情がわからないってのが一番不気味だ

彼は俺の顔を覗き込むように頭を左右に動かしている


身長は俺より若干高いか


クー、と可愛いお腹の音が彼から聞こえる

どうやら空腹の様な、というかテラ・トーヴァが反応しない


『ど…どうしましたか』


俺は勇気を出して話しかけて見た

すると反応は意外な形で返される


『吾輩は空腹デス』


『大変そうですね…』


『お財布を落としたのデス、何でもするのでお恵みを』


弱々しい男の声が布袋の中から聞こえると、彼は両膝をついて土下座して来た

流石にそれには驚いた俺は後退りすると、彼は土下座したままその分距離を詰める


変わった人?だ

財布を落としたのは同情するけども素性が知れない者にどう対応していいかわからない

というか‥‥あれだ


テラ・トーヴァはこいつを知っている様な口ぶりをしていた

危険人物ならば俺に口を開く言葉は違う筈だ

それを信じ、俺は溜息を漏らしながら番台の中にいる宿員に声をかけた


『すいません、鮭オニギリを2つ、それに冷たいお茶をグラスで1つお願いします…代金は俺が支払います』


『かしこまりました、優しさもあるのですね』


『というかこの人なんでこの宿の中に…』


『お財布を落として困っているというので休憩所スペースなら宿泊客が部屋に戻ればそこで寝て良いと許可を支配人から貰ったらしいですよ?』


『そうなんだ…』


俺は土下座をキープする布袋の男に顔を向ける

すると宿員は続けて話したのだ


『その人はミヤビの街では変わった曲芸師として有名な方です、以前はこのレトロの宴会場で出し物をして盛り上げてもらったりとしてくれたのでせめて休憩所スペースだけでもと』


『へぇ…』


宿員は再び裏のドアを開けて中に入っていく

俺は布袋の男の人に立つように言うけど、立たない…何故だ


『すいません、立ってもらえますか?恥ずかしいです』


『吾輩の1日の締めくくりを救済してくれる貴方よりも高い位置にいるなど無理デス』


『大袈裟じゃないですか?』


『命の恩人デス』


『救ってません』


面倒な人?だ

しかし本当に視界が見えているのかが疑問だ

俺は顔を上げる彼の顔の前で手を左右に振ってみると、彼はそれに合わせて顔を動かす


見えてるんだ…凄いな

こうして数分後には俺の注文したバナナジュースと共に鮭オニギリ2つと冷たいお茶がグラスで運ばれてくると、代金を支払ってから休憩所スペースのテーブルの上に置いた


布袋の男は嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねながら椅子に座ると不気味に体をくねらせる

いちいち仕草が変わっているのが気になるが、まぁいいだろう

テーブルを挟んで反対側の椅子に座った俺はそのままバナナジュースを少し飲んでからテーブルに置く


アカツキ

『食べてもいいんですよ?』


布袋の男

『吾輩、いただきますデス』


その食べ方が物凄い、布袋は首に縄をちょうちょ結びで外れないようにしているのだが

彼は両手で掴んでいる人形で鮭お握りを持ったのだ

どうやって動かした?まるで人形が彼の手の様に動いたのである


両手の人形で縄を外すと鮭お握りを首の隙間から布袋の中に入れて食べ始めた

基本的に自信の手は使わず、掴んでいる人形は彼の手の様に動くのか


あとは意地でも顔は見せない主義か



『おいし、おいし』


仕草だけでわかる、相当お腹が空いていたのだろうな

あっという間に鮭オニギリ2つを食べ終えると、彼は最後に冷たいお茶を器用に布袋の隙間から入れてゴクゴク飲み始めた


『プハーデス』


効果音はいらんな

オニギリ2つだけだとお腹いっぱいにはならないだろうと考えていると、彼はいきなり口を開いた


『大丈夫デス、吾輩は小食デス』


『よくわかりましたね』


『なんとなくわかりましたデス』


『貴方は何者ですか?』


『曲芸師ジェスタードと言いますデス』


両手を前に伸ばし、掴んでいる両手の人形が両手を振っている

本当にどう動かしているのか聞きたいけども、今はいっか

先ほども聞いたけども財布を落として困っていたらしい


家に帰ればお金はあるというのだが、この街から遠いんだってさ

彼は食べ終わると、うな垂れながら両手で掴んだ人形で頭を抱えた


なんだか全ての仕草が面白いなと他人の不幸を忘れてしまう俺がいる


『ジェスタードさんは何をしにここへ?』


『プチ旅行です、あ・・・僕家族イマス』


聞いてないがな

その家族は彼の顔を見た事があるのだろうか

余計な疑問ばかりが頭に浮かぶ


『そ…そうなんですね』


『ここは平和な街です、中心街に近付けば使づくほどに怖い冒険者がいますので居づらいデス』


『今住んでいる街は違うんですか?』


『村ですから冒険者ギルドがありまセン、元々田舎者なんで都会は落ち着かなくて』


『あぁなるほど』


『昔はもっと面倒臭かったデス、やっぱりエドに戻って良かったデス』


『前は違う国です?』


『あ…まぁ、はい』


なんだか聞いてほしくないような雰囲気を出している

こりゃ話題を変えないと駄目だなと切り替えようとすると、ティアが白い浴衣姿で現れた

どうやら風呂からあがったらしいけど、浴衣姿似合うなぁ


『あれ?アカツキ君、その罪人みたいな人だれ?』


『おいっ!』


ど直球過ぎるだろ

なんとなくそう思ってはいたけどさ…

曲芸師ジェスタードさんは苦笑いをしつつ頭を掻いた

すると椅子から立ち上がり顔の横で掴んだ人形を万歳させながら左右に腕を振る


『曲芸師ジェスタードと申します…実は』






と、ティアに軽く説明をしたんだ






『可哀想、私達も手持ち少ないけどオジさんこれ上げる』


ティアは懐から金貨1枚を取り出すとジェスタードさんの掴んだ人形に握らせる

凄い判断をする彼女に俺は驚いた

だって俺達2人の資金は残り金貨5枚と銀貨ちょい程度だったからな


『アカツキ様の奥様に恵みを頂けるとはなんたる光栄、痛み入りますデス』


『そそそそそそそんなことないですよ』


何故お前は顔を真っ赤にして否定する、そして俺を見るなティア

俺が反応に困るんだよぉ…くそぉ…


『今日は支配人レスター様の温情を受け、ここで寝れるので安心です…、一番心配だった空腹も解消されました、ありがとうございます2人様、この御恩はいつか必ず』


『大袈裟ですよ』


『頑張って袋のオジサン』


マシな言い方を考えろぉ…ティアァ!


『はい!頑張ります!ささっ!2人は夜は激しい夜なのでしょう?部屋に戻った方が良いですよ』


ティアが凄い顔を浮かべて俺を見てくる、なんで俺なんだよ

どう反応してあげればいいかわからないじゃないか


そうだな…今日は夜の緊急クエストが、とか言ってほしいのか?

俺はこの状況で口に出せる言葉は無い、あるとすれば…


『あはは…はぁ…』


作り笑いからの溜息、それが俺の限界だ



こうして俺とティアは彼に別れを告げてから部屋に戻る

ティアは布団に滑り込むように入っていくと、秒で寝た

これだよ…これが厄介だ


ジェスタードさんが俺に男になるチャンスを作ってくれてもティアの安眠スキルがそれを阻止させるんだ

なんで布団に入った瞬間に寝るんだ…安眠おそるべし


『ハァ‥‥』


俺は再び溜息を漏らしながら窓から宿の前の通りを眺めた

黒い小袖の警備兵が十手を持って歩いているのが見えるがいつみても格好良い

寝る時間に近付いている為、外を歩く人は少ないな


というかあれだ、空が曇っている

窓を少し開け、外の匂いを嗅いでみると雨が降りそうな匂いだった

俺はこういうのは当てる自信はある


《隠れな兄弟》


『ぬ』


俺は変な声を出しながら窓から顔を離し、しゃがんだ


『どうしたんだテラ・トーヴァ』


《とうとう聖騎士が刺客を送り込んで来たぜ?》


『本当か?』


《知っている気配だ、こっちには気づいていないからちょっと顔を出してみな兄弟…お前が一番嫌いそうな奴が旅行客気取って入国してきてやがる》


俺は静かに窓から通りを眺めた

勿論驚いたよ、警備兵と話している一般人が見た事がある男だったのだ

人数は3人、そして警備兵と楽しそうに話している奴は



ケサランを殺したリゲルという聖騎士

騎士の格好をしなくてもその顔は絶対に忘れはしないさ

しかももう一人もケサランを殺した時に一緒にいた男、クワイエットだ

もう一人はわからないな…


『何を話してる?』


《わかんねぇ、2人は完全にマグナ国の聖騎士だが残りの1人も聖騎士ならば追って来たと考えて良いな》


『どうする気だ…』


《無理やり連れて帰ると思うか?何か策があるのだろうが出会わなければその策も止まったままだ》


『ティアマト達が来る前に来るとはな』


《俺も予想が外れたぜ兄弟。先に聖騎士が潜伏したとなると明日はギルドにゃいかない方が良い、当然明日の朝早くから1日中監視している筈だ》


『わかったよ、んであいつら何処に泊まる?ここじゃないよな』


《それはねぇ、満室だからな…ロビーの空室状況が壁に貼られてただろ?満室ですって》


『見てなかった』


《まぁそれは仕方ないさ、明日は直で森に行って魔物討伐するしかない…報酬はトッカータ達に手数料上げて換金してもらえ》


そうするしかないな

ティアマトとリリディが来る前に来たか

厄介だな


顔を少し出して外を見ていると、聖騎士ミゲルがこちらを見そうになったので慌てて隠れる

心臓が凄い脈打っているけどもバレてないから大丈夫だろう


俺はそのまま机の上にあるランタンの灯りを消し、窓の近くの畳に横になった

明日からはちゃんとベッ…いや布団で寝れるから1日の辛抱だ

できればティアが寝ている布団に入りたいがそれはやめておこう


不安がらせたくはない

先に起きるのはきっとティアだからな、起きてから隣に俺がいるとなると嫌だろうしさ


《起きたら飯食ってそのまま森だぜ兄弟》


『わかったよ、おやすみ』


俺はそのまま横になり、眠りについた


次の日、俺は気持ちいい目覚めとなる

ティアが俺のほっぺをプニプニしながら起こしてくれたのだ

なんだか森に行かなくてもいいやとか思ってきてしまうがそれは駄目だ

心地よく起きると窓に顔を向ける


快晴、そして熱い!

もう夏と呼んでも可笑しくはない暑さだよ


『ご飯の時間だよ』


『なら行こうか』


俺はティアと共に宴会場に向かう

するとそこにはローズマリーさんとクルミナさんがいたのだ

彼女ら2人の近くに座ると直ぐにローズマリーさんが口を開く


『おはよう、こっちの残り2人はぐっすりよ?』


『昨夜の工事の護衛ですか』


『そそそ』


大変だな


どうやら今日は冒険者稼業は休みとのことなので俺はローズマリーさんにお願いをしてみることにしてみたんだ

下手な嘘をつくよりかは事実を言えばいい


言い方も大事だ

マグナ国の聖騎士とは仲が悪いから会いたくない、偶然そいつらが冒険者ギルドの周りをうろついている為、森の魔石報酬を代わりに換金してくださいってね

嘘じゃないでしょ?仲が悪いのは本当だからな


追われているって言い方をすれば怪しまれるからな


ティア

『アカツキ君、いたの?』


アカツキ

『ティアが寝ている時に見つけたよ、だから今日はギルドはやめておこう…いや、当分か』


クルミナ

『大変ねぇ~、喧嘩でもしたの?』


アカツキ

『まぁそんな感じです、出会うとまた喧嘩しそうになるのでそうならないようにこっちから避けます』


クルミナ

『私も暇だしローズマリーさんと付き合うよ』


アカツキ

『助かります、ちゃんと報酬もそちらに幾分か回しますので』


クルミナ

『偉いねぇ!まぁ16時に鍛冶屋に来てくれればいいよ』


俺はティアと頷き、彼女らと朝食を食べ始める事にした

メニュー?ああ良い食事だよ


焼き鮭定食だが味噌汁はやはり海鮮を推している

海老が丸ごと入っているし高そうだなぁ…

漬物はキュウリを塩漬けしたものを輪切りに切ったものだが、これまた美味い

小皿の肉じゃがもなかなかに美味い、良い宿屋の様だ


ティア

『ジェスタードさんロビーに居なかったね』


アカツキ

『朝早くに出てったんじゃないか?』


ローズマリー

『え?ジェスタードさんいたの?』


ローズマリーさんは驚いた顔を浮かべていた

彼女だけじゃなく、クルミナさんもだ

やっぱ有名な人なのか


アカツキ

『財布落として困っていたんで夜食を奢ったんです』


ローズマリー

『あらま、あの人らしいわね…意外とぬけてるから…』


なるほど

聞くところによると、曲芸師ではエド国一番らしくて人気もそこそこその角界ではあるらしい

だけども天然マジシャンとしても有名なんだってさ

財布落としたの初めてじゃないとか聞いたよ、何回落としてんだよ


しかも方向音痴だと言う


ローズマリー

『いつもマイペースなのよねぇあの人』


クルミナ

『10年前までは違く国で働いてたって聞くけども話してくれないんだよねぇ』


ティア

『出稼ぎかなぁ』


ローズマリー

『そうかもね、さぁ沢山食べましょ?味噌汁おかわり自由なんだしここはいいわねぇ』


クルミナ

『でも高いですよ?』


ローズマリーさんは苦笑いを浮かべた


こうして朝食後、彼女らと別れてからティアと支度をして宿を出ると馬小屋に向かった

見張りのオジサンと警備兵にお礼を言ってからブルドンに2人で乗って真っすぐ森に向かう


ティア

『本当にいたの?聖騎士』


アカツキ

『あれはリゲルとクワイエットだったよ、私服だとしても顔を見ればわかるよ、あと1人は知らない奴だったが』


ティア

『目的が私達だとしても観察が精一杯じゃないかな、ここで騒ぎを起こせばあっちだってかなり不味いから』


アカツキ

『まぁそうだよな、アウェイな場所で俺達をどうこうしようとは思わないだろう』


ティア

『だから監視だと思うな、数日はここらを見て回るかもしれないから今いる宿屋と森以外はいない方が良いかもね、ギルドは絶対聖騎士は待ち構えているのはわかりきってるし』


アカツキ

『安全だとしても怖いな』


ティア

『聖騎士がここじゃ迂闊に動けない事わかってても視察に3人くるもんね、何か企んでるんじゃないかな』


俺達が予想できない何かを思いついたというのだろうか

湖が沢山ある森まで真っすぐブルドンを走らせ、俺達は森の手前で馬を降りる

他の冒険者が仲間と共に楽し気な会話をしつつ森の中に入る姿を俺は見ていると、ティアがニコニコしながら話しかけてくる


『お昼楽しみ』


何故楽しみか

俺達の泊まる宿屋の有料サービスでオニギリを4つ購入したんだ

具材はエビマヨとコンビを2つずつだ

まぁティアはエビマヨが食べたいらしいな


『ブルルン!』


馬のブルドンが俺の背中を鼻っぱしで押してくる

まるで早く森に入れと言わんばかりに思えてくるが、ここでたむろしていても仕方がないので入るか


『いくかティア』


『はい』


いつにもましていい返事だ

俺は彼女と馬を連れて南の森の中に入っていった


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