第40話 台風の日編 台風の魔物

リリディは、台風の日の朝、 外に出た


普通の人間ならば出る事を躊躇う天候にだ


理由は彼にしかわからない



向かう先は森


彼 は雨でずぶ濡れになりながらも、風に逆らいながら 、森の入り口の前に辿り着いた。


既に昼は過ぎており、悪天候の中、 ここまで来るだけでもかなり体力を消耗する


人よりも生命力で勝る魔物ですら、台風の日は大人しく穴に潜ったり 物陰に隠れたりして嵐が過ぎ去るのを待つ



『く…本当にいるのか』


彼は腕を前に出し、雨から顔をかばいながらつぶやく。



彼は木製のスタッフを強く握りしめると、一度深呼吸をしてから森の中に入る


空は日中だと思わせないほどに薄暗い












上を見ようとするが 、大粒の雨がそれを 拒む


気配感知では付近に魔物がいることはわかる が、出てくる様子はない


それを良い事に、彼は姿勢を低くしつつ、森の奥へと入っていく。

小休憩で木の影に隠れて腰を下ろす


『…本当に、お爺さんは嘘吐きなのだろうか…僕はそう 思わない』




とある思い出が蘇る


しかし、その時の言葉を・・・彼は誰にも話すことはなかった




(チェーンデストラクション・・・この魔法を手に入れたことで、僕は本当にあるかもしれないと思えるようになったんです…それにしても)




彼は立ち上がり、腕で顔を守りながら歩きだす




『アカツキさんは面白い人ですね。僕には無理だと思って諦めていた夢を、彼が呼び覚ましたのですから』




彼はそのまま森の中を歩き、川辺まで向かう


しかし近付く事は無理であった。大雨で 近づけないほど水嵩が増していたからだ




いつもみていた穏やかな川とは違い、足を踏み入れれば直ぐに人など飲み込んでしまう程の激流がリリディの視界に映る




『くっ…渡れないか』




(お爺さんの言っていたことが本当なら、いる筈だ…そして持っている筈だ、条件を満たせば)




彼は渡る事を止め、川に近付かないように上流に沿って歩いた


ふと川でゴブリンが藻掻き苦しみながら流れていく光景を目にし、息を飲む




『ああなるならば、このまま進んだ方が良い』




前屈みで地面を見ながら前に進む。そうしなければ強風で呼吸もままならないからだ。

そこまでしてここ に来た理由はとある汚名を晴らしたいからだ


小さい時に亡くなった祖父 との約束でもある








『お爺さんは嘘なんかつかない。元魔法騎士副団長だったんだ…歴代で一番優秀だったあの人が正しかったと僕が証明しなければ・・・。マスターウィザードが一番じゃないということを』


想いをつぶやいていたところ、 彼のもとに魔物の気配が近づいてくる




(まさか…)




リリディは近づいてくる魔物に対抗するため、川を背にして森の中に進むことにした


森の中は木々があるおかげで、川辺付近よりも風の影響が少ない。ほんの少し安心していると、それは奥から現れた




『ジュル…』


全長2メートルあるサメが浮遊していた。天鮫という幻の魔物だ。



ここまで来た疲労など一気に忘れた


ランクはD。他の鮫と違って小さな鱗が体を覆っており、釣り目の様な物が左右に4つついている。


背びれは刃の様に尖り、歯は鋭く、 全身が灰色の魔物だ







この魔物に関する詳しい情報はほとんどない。 わかっているのは 、嵐の日に現れることくらいだ。


有用なスキルを持っているかどうかもわからないのに、 わざわざ嵐の日に森に来てまでこの魔物を討伐しようなどと誰が思うのか?




ここに1人いた




彼はこの魔物を誰よりも詳しい



彼は天鮫に向かってスタッフを構えると、それの意味を理解した天鮫はきばを剥き出しにし、唸った




『ジュルルル』




暴風雨 の中、天鮫は変わった唸り声を上げ、一直線にリリディに襲い掛かる




(これなら避けれます!)




彼は風の抵抗を受けながら、体当たりを受ける直前に横に飛び避けた


直ぐに立ち上がろうとすると、天鮫は既に体をこちらに向けて突っ込んできた




(斬り裂く気か)




天鮫が体を傾け、背びれの刃を彼に向けて突進してきた


暴風雨の影響で体が上手く動かせないものの、天鮫の攻撃を間一髪で避けきる




だが、体力には限りがある。 四方を飛び回りながら突進してくる天鮫の攻撃が、彼の肩に僅かに触れた




(くっ!多少賭けをしなければ駄目ですね!)




まともにくらえば 間違いなく致命傷。彼は避ける事をやめ、次の突進に備え 、自身の持つ武器を信じた


足を大きく開き、木製スタッフを両手で強く握りしめ、迫りくる天鮫に意識を集中させる




『ジュルジュル!!!』




『賢者バスター!』




リリディはそう叫ぶと、激突する寸前でスタッフをフルスイングした


直撃した天鮫は仰け反り、大きな悲鳴をあげた

背ビレの刃は砕け散っている。



『ジュルジュー!』




攻撃のチャンス、誰もがそう思う盤面で彼は飛び退き、姿勢を低くして身構える




『何のスキルを持っているのかは知りません。しかしお爺さんは僕に言った!台風の日に空飛ぶ鮫が現れる。そいつの背ビレを破壊すると怒り狂って、スキルを使用してくる。その時に倒せば、必ずスキルをドロップする・・・僕だけがそれを知っている!お爺さんが教えてくれたんだ!』




『ジュル!!』




天鮫は態勢を立て直す と、リリディを4つの目で睨みつけてきた。


その目が白色から徐々に赤く染まる・・・そして天鮫は牙を剥き出しにして蛇行しながらリリディに再び襲い掛かってきた




(さぁこい、スキルを見せろ)




リリディはギリギリまで待ったが、スキルではなく 、ただの噛みつきであったことから回避のために横に跳んだ


だが、 着地の際、足を滑らせて転んでしまう




『足場が…』




彼の顔に焦りが見える。普段の彼の実力 なら避け続けられる速度ではあるが、転倒してしまえばそうもいかない




『ジュルルル!!』




振り向いた天鮫は赤い目を一瞬光らせたかと思うと・・・それは起きた


天鮫の前 に小石サイズの黒い弾が現れ、それがリリディに向かって発射された



『ここだ!!チェーンデストラクション』




彼は地面に倒れながら黒弾を避けつつ、魔法を放つ


天鮫はスキルを使うと逃げることを、彼は知っている


だからカウンターで仕留めるしかないのだ




放ったのは彼が現在持つ中で最高威力を誇る魔法スキル、チェーンデストラクション


黒弾を避けると同時に彼の頭上から2つの黒い魔法陣を発生し、そこから 鎖が飛び出していく。





天鮫はリリディに背を向け、急いで逃げようとする



『届け!僕の思いも!この技も!』




『ジュルッ!?』




空に飛び立とうとした天鮫の尻尾に鎖が巻き付く


同時に、彼が避けた黒弾が木に当たり、黒い爆発が起きた。


彼は大声を上げながら鎖を操作し、放物線を描くように天鮫を投げる。

天鮫はそのまま地面に強く叩きつけられた


魔物と言っても所詮は魚類、耐久力は皆無に等しい




『ジュル…ルル…』





ビタンビタンと地面で弱々しく跳ねる天鮫。リリディはトドメ と言わんばかりにもう一度鎖を操作し、天鮫を 持ち上げると近くの木に思いっきり叩きつけた


ターゲットの天鮫が絶命したためか、鎖はそこで消滅、天鮫は地面に落下した




(倒した…か)




リリディはそれでも魔石が体から出てくるまで、肩で息をしながらゆっくりと天鮫に近付いてゆく


あと1m、そんな距離まで近づいたと同時に天鮫から光る魔石が出て来た


彼はそこでようやく声をだして喜んだ。その雄叫びは暴風雨によって掻き消えた。




しかし彼だけが知る、彼だけの道が開けた証拠でもあった




『スキルは…いったい』




彼は光る魔石に手を伸ばし、驚愕を浮かべる


悪いスキルではない、先ほど彼が避けた魔法スキルだ


リリディは光る魔石を掴み、光を体に吸収しながら考える




(果たして僕は賢者になれるのだろうか。1つ目のスキル・・・チェーンデストラクションの習得方法は、対象の両腕を使い物にならないように破壊して怒らせ、そのまま倒せってだけで、肝心の何を倒すのかまでは教えてもらえてなかった


お爺さんがうっかり何の魔物だったかを忘れてしまったのは驚きですね・・・。


習得するスキルの順番まで決まっているのに、1つ目のスキルの習得条件となる魔物が何かわからないんじゃ、賢者への道は閉ざされたものと思っていた。しかしまさかコンペールだったとは・・・)



吸収してから彼は自身のステータスを確認した




・・・・・・・


リリディ・ルーゼット


☆アビリティースキル

打撃強化【Le3】

気配感知【Le3】

麻痺耐性【Le3】

スピード強化【Le2】


☆技スキル

ドレインタッチ【Le2】

骨砕き 【Le1】


☆魔法スキル

風・突風   【Le2】

風・カッター 【Le2】

黒・シュツルム【Le1】New

黒・チェーンデストラクション【Le1】


称号

リトル・クルーガー【黒】


・・・・・・・・



『魔物がDランクで助かりました、しかし次の魔物は…』




リリディは口を開くと、気難しそうな顔を浮かべた




(いや、まだわからない…チャンスはある筈、流れを信じましょう)




森を出るために地面に倒れた天鮫に軽く頭を下げ、彼は力強く歩き出した

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