第28話 魔物商人編 4 超強敵 生き延びろ!

俺達はブラック・クズリの体から出て来た発光する魔石に手を伸ばす



『!?!?』


俺達全員、口を開いて驚いた


光速斬、それは素早い攻撃で相手を通過しながら斬り裂く斬撃技だ

ブラック・クズリには複数のスキルがあると聞くが、その中の1つがこれだった

誰もが技スキルという貴重なスキルを前に、俺に視線を向けてくる


ティアマト

『誰のもんか、わかりやすいスキルだぜ』


リリディ

『馬鹿でもわかりやすいですね』


ティア

『ほら、アカツキ君』


彼等は口元に笑みを浮かべたまま、口を開く

俺は発光する魔石を握り、その光を体に吸収していくと体に力が漲る感覚を感じた

魔石の光りを全て体に取り込むと自分のステータスを確認したのだ


・・・・・

アカツキ・ライオット


☆アビリティースキル

スピード強化【Le3】

気配感知  【Le2】

動体視力強化【Le2】


☆技スキル

龍・開闢  【Le1】

居合突   【Le2】

光速斬   【Le1】New


☆魔法スキル


称号

・・・・・・・・・・


『良いですねぇ』


リリディが俺の横から顔を覗かせ、口を開く

そうこうしているうちに布袋がモゾモゾ動き出すのでティアマトとリリディが歩み寄り、布袋を開くとそこから出て来たのは小さな男の子である

まだ眠っているが寝相が悪いのだろう、ティアマトは苦笑いしながら男の子を背負うとリリディはそれに対し、感想を述べる


『食べないでくださいね』


『お前から食おうか?』


『それは勘弁ですね』


いつも通りの会話に俺はクスリと笑ったよ



しかし部屋の奥にある檻なのだが、ブラック・クズリが入っていた檻よりも大きい

中の魔物はきっと3メートルはありそうだ


やはり気配感知が発動しない、特殊な金属なのか

俺は少し檻に近付こうとするがそれと同時に布がかぶさった檻の中で大きな音が鳴り響く


檻に向かって体当たりしたような音だ、誰もがその音が響き渡ると同時に檻に体を向けて身構える


アカツキ

『ティアマトとティアは上に行ってくれ!俺は見張る』


ティアマト

『おうよ!行くぜティアちゃん』


ティア

『わかりました!』


2人は子供を連れて階段を駆け上がる

残されたのは俺とリリディ、檻を蹴破ろうとする大きなお音に恐怖を感じながらも2人で武器を構えるが…


リリディ

『こっちの方が、不味そうな気がしますね』


アカツキ

『俺達でも倒せない魔物って言ってたしな』


リリディ

『気配感知が効かない特殊な檻とは…それはそうと逃げません?』


アカツキ

『…そうだよな』


《兄弟!逃げろ!!!檻が壊れるぞ!!》


『!!』


テラ・トーヴァが叫ぶと檻の扉は大きな音を立てて破壊され、扉は壁に叩きつけられた。

その瞬間に気配感知が作動し、俺達は足がすくみだす


判断が遅かった、上に向かった2人と共に退避し、ドアにカギをかけるべきだったと今更ながらの後悔を浮かべる

部屋で倒れている悪党の男は気絶しているだけだったので、部屋の隅にある縄で縛って拘束しようとしたのが間違いだった


布が覆いかぶさった檻の中から現れたのは魔物辞典でしか見た事が無い魔物

人を食う魔物はこいつの事だ、ブラック・クズリは人は食わないのを俺は忘れていた


足が長め、黒光した頑丈な甲殻を持つ大きな魔物、鬼ヒヨケだ

巨大な鋏の様な鋏角を持つ活発な捕食者であり、人を好んで食べる事は俺も知っている、そしてでかい…

体は真っ黒だが各所に赤色でラインが伸びている


温暖な国ではヒヨケムシという日避虫種がいるが、その魔物だ

全長3メートルは軽くあるとわかる


デカい、そして硬く、力強い

出てくると同時に気配感知が作動し、その強さが体に感じる


ヤバイ強いこいつ、逃げるしかない



魔物ランクBの化け物だ

逆立ちしても今の俺達では勝てない


『キキキキキ!!!』


その甲高い鳴き声に息を飲む

奴は近くで倒れている男が動き出すと顔を向ける、気絶していただけだったからな


しかし今の俺達に彼を助ける力は無い


『ぐ…助け…』


男が顔を持ち上げ、そう告げた瞬間に鬼ヒヨケは口についた2つの鋏角で男の体を突き刺してトドメを刺した。


額に汗が流れ、俺はリリディと顔を合わせると静かに下がり、階段を登り始める

魔物の姿が見えなくなると同時に彼と一気に階段を駆け上がり、ドアを開けてから素早く閉めて鍵を閉めると、近くの家具を倒してドアを塞いだ


しかしこんな安易な鍵や家具では意味がないことぐらい、あれを見たらわかった


部屋には警備兵3人が1人の男を捕縛し、縄で縛っていたが彼らは傷だらけだ

勿論ティアとティアマトもいるが


彼らは焦る俺達の顔を見て何かを察したようだ


アカツキ

『逃げろ!鬼ヒヨケが檻から出た!』


俺は口を開くと縄で縛られていた男が驚愕を顔に浮かべ、口を開く


悪党

『おいおいやべぇぞ!俺だけじゃあいつは倒せねぇ!人間1匹程度なら1分で食うぞ!?早く上にいってドア閉めろ!!こっから出ていきゃ夜行性のあいつを止める術はねぇぞ!』


『!?』


警備兵は驚きを顔に浮かべると1人が男を立ち上がらせ、俺達に顔を向けた


上官警備兵

『急いでここを封鎖する!増援はもうすぐ来るからそれまで入口を固めないと街中にあれを解き放つことになる!』


そういうことだ、魔物ランクBに対抗できる冒険者はこのグリンピアに1チームしかいない

エーデル・ハイドである


ティアマト

『さっさと行こうぜ!』


ティア

『行こうアカツキ君!』


ティアマトとティアが焦りを顔に浮かべ、口を開くと俺は頷き、皆を連れてこの場から走って出ようとした


『キキィィィィィィィ!』


ドアの向こうから不気味な鳴き声が聞こえてくると誰もが血相を変える


悪党

『もう食い終わったのかよ!?やべぇやべぇ!!!』


拘束されている男は焦りを顔に浮かべる

俺達は急いでドアを開けて1階に戻るために走り出した

背後からはドアを破壊しようと何度も叩く轟音、直ぐに壊されるだろうな


上官警備兵

『振り返るな!走れ!』


男を連行する警備兵が先頭に2人、それに俺達が追従し、最後尾を警備兵1人が叫びながら俺達を急かす


《不味いぜ兄弟、あれを止めるには戦力が全然足りねぇ…CとBの強さは別世界なんだぜ?》


アカツキ

『どう足掻いても無駄なのか』


《無理だぜ?あの野郎も食いたいが今は逃げるが勝ちだ…スキルもお前らにとって最高なもんだが》


アカツキ

『なんのスキ…』


話し終える前に後方から何かが壊される音が響き渡る、1階に上がる階段からでもその音は大きい


ドアを壊されたな


悪党

『ヤバいぞ!お前ら誰呼んだ!』


連行される男が警備兵に荒げた声で言うが…


上官警備兵

『警備兵20人だ』


悪党

『足りる訳ねぇだろうがよ!!!BだぞB!!!魔物専門の冒険者はいねぇのかよ!ガキ冒険者にゃぜってぇ無理だぜ!』


警備兵A

『Bに対抗できる冒険者は1チームしかおらぬ…』


悪党

『くっそ田舎街だぜぇ!なんで1組しかいねぇんだよ!誰も止めれないぞ!』


それほどまでにヤバイ魔物だ、俺は父さんから受け取った連絡魔石に話しかけるが応答はない

よく見るとひび割れており、戦いの中で損傷した様だ…運が悪い


ティアマト

『どうするよアカツキ!』


アカツキ

『仕方ない!街に解き放つ前に時間だけは稼ぐ!父さん達が来るまで倉庫前で応戦するしかない…俺達しかいないんだ…』


ティアマト

『それっきゃねぇよな…』


リリディ

『あれと戦うのは気が引けますが…僕らが逃げればより最悪な二次災害が予想されます』


リリディの言う通りだ、夜の街に鬼ヒヨケが放たれれば非常に不味い

田舎町なんて大混乱してしまうだろう


ティア

『アカツキ君』


アカツキ

『なんだティア』


ティア

『ケア!』


彼女は走りながら俺に手を差し伸べ、緑色の魔力を流してくる

腹部の痛みが消えていく、有難い

彼女はそれをリリディとティアマトにも施すと、彼らの外傷が癒えた


アカツキ

『助かるよティア』


ティア

『これしか出来ないけど…』


アカツキ

『それでいい』


俺達は倉庫の外に出る

すると工場内の警備兵が10人ほど集まっており、ゴミ箱で気絶していたゴロツキ3人を捕まえている最中だったのだ


上官警備兵

『魔物ランクBの鬼ヒヨケがくるぞ!!7名は犯罪者の疑いのある4名と誘拐された子供1名を連れてこの場を離れろ、うち3名は我らと増援が来るまで持ちこたえろ!あれが街に解き放たれれば沢山の人間が死ぬ!!覚悟を決めろ!』


警備兵

『っ!?…わかりました』


どうやら俺達と共にいる警備兵の1人は上官らしい

だから強かったんだな

魔物売買に関係していた犯罪者4人を警備兵7人が連行し、その場を走って去る

今残っているのは警備兵が6人に俺達イディオット4人の10人しかいない



倉庫内のシャッターを強く叩く音が鳴り響き、頑丈なシャッツアーがその度に揺れる

とうとう奴がここまで来たのだ


警備兵の殆どが怯えを顔に浮かべるが、1人だけは険しい顔を見せる

ガシャンガシャンとシャッターに体を叩きつける音が響き渡ると徐々に俺達の体も強張っていく


数秒間だけ不気味な静寂に包まれると、甲高い鳴き声と共にシャッターは破壊され、その危険な魔物がゆっくりと姿を現す


警備兵がゾッとした顔を浮かべ、恐怖を顔に浮かべた

俺達でもそうだよ、あれはヤバすぎる


『キチチチチ!』


口の鋏角を使って不気味な鳴き声を上げ、倉庫の前で武器を構える俺達に敵意を向けてくる


ティアマト

『こりゃ不味いぜ…』


リリディ

『本当の覚悟が必要って事ですか…』


アカツキ

『すまない皆、でも俺達がやらないと…』


俺は刀を構えながら告げると、3人は口を開いた


ティアマト

『逃げたら誰かが死ぬ、なら止めるしかねぇだろ』


リリディ

『同感です、無謀でも価値はあるのですから』


ティア

『私の魔法、効かないと思うけど頑張る!』


仲間はやるしかないと覚悟を決める

不安だらけでしかない

勝てない相手に時間を稼ぐとは鬼ヒヨケの餌でしかない


昔、父さんと釣りに出かけた時の事を俺は思い出す

父さんと共に沢山ニジマスを川で釣った


でも10年前の思い出が今更頭に浮かんできたのには意味があった




餌は結局何かを釣る為に食われるだけだという事を



警備兵達も片手剣を鬼ヒヨケに向け、額から汗を流す

緊迫した雰囲気の中、前に出る勇気など俺達に無い、あるのはただ1体だけ…


『キキィィィィィィィ!』


耳が痛くなるほどの鳴き声を響かせた

それはきっとどこまでも響き渡っているほどに甲高い、その声を発する鬼ヒヨケが襲い掛かる


上官警備兵

『街を守れぇ!かかれ!』


警備兵が叫ぶと同時に俺達は荒げた声で走り出した


『突風!』


リリディが腕を伸ばしながら走るが、その強風を受けている筈なのに鬼ヒヨケは普通に走ってきている


『ラビットファイヤー!』


ティアの火術、5つの火の弾が彼女の手の平から撃ち出されるが

奴は避ける動作すらしない、その硬い甲殻で弾き飛ばしたのだ


『!?』


『チチチチチ!!!』


上体を上げて覆いかぶさろうとしてくる鬼ヒヨケ、俺達はそれを前にして息を飲む

幸い俺の動体視力スキルで反応はし易い


『光速斬』を使い、覆いかぶさろうとした鬼ヒヨケの足を斬り裂いて通過しようとしたがそれは出来なかった

腕が痺れる、まるで硬い鉄を斬ったかのような感覚、しかも僅かしか斬れていない


『連続斬り!』


ティアマトは叫び、片手斧を使って素早く2連撃を放つが鬼ヒヨケの鋏のふと振りで彼の技はいとも簡単に弾かれ、物凄い勢いで吹き飛んでいくと背中を強く壁に打ち付けた


『せぁぁぁぁぁぁ!』


警備兵が側面から突くがそれでも奴の装甲は貫通を許さない

彼の剣が弾かれると鬼ヒヨケは警備兵に振り向き、標的を変えた



『ひぃぃぃぃ!』


『うおぉぉぉぉぉ!』


別の警備兵が果敢にも攻めるが鬼ヒヨケの鋏の振りだけで2人諸共吹き飛ばされてゴミ箱にぶつかる

魔物を囲んで俺達は応戦するが全く歯が通らない

柔らかそうな腹部を刀で高速斬で斬って通過しても傷は浅い、そんだけ硬いんだよ


『ショック!!』


ティアの雷弾が鬼ヒヨケに当たるとそれは弾かれる、その意味は状態異常の無効を指しているので俺達はそれを知り、更に顔色を険しくさせる

ティアの援護が封じられたという事だからだ


『キキキキ!』


リリディ

『くっ!!』


リリディが狙われ、骨砕きでスタッフを振って対抗するが力の差がそこに生まれる

奴の太い鋏がリリディの技とぶつかるとリリディは撃ち負け、鋏で胴体を殴られて宙を舞う


アカツキ

『リリディ!』


俺は叫ぶと彼は宙を舞いながらも腕を鬼ヒヨケに向けてカッターを撃つ

しかしそれすら避ける事をしない、防御力が高過ぎる

落下して来たリリディを鬼ヒヨケはタイミングよく体を回転させ、太い腹で叩いて彼を地面に転がす


どんな攻撃すらも無駄、その間にも1人の警備兵が鬼ヒヨケの口の鋏角に刺された状態で投げられて遠くに落下し、苦痛を浮かべる


『が…!』


アカツキ

『!?』


俺は吹き飛ばされた警備兵を見過ぎていた、振り向くと目の前から警備兵が吹き飛んできており

俺は彼に当たって一緒に吹き飛んでしまう


ティアマトが必死に起き上がるが満身創痍に近い、一撃だけなのに酷く弱っているのだ

俺は立ち上がるがリリディは無理だ、意識はあってもあれでは立ち上がれない


『スリープ!』


ティアが果敢に術を放つ、白い煙が鬼ヒヨケを包む

しかし奴は何事もなかったかのように白い煙の中から姿を現すとティアに体を向けた


『キキキキ!!!』


鬼ヒヨケは姿勢を低くすると近くの警備兵を薙ぎ払い、ティアに襲い掛かる


アカツキ

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


痛みを堪えながらも俺は足に力を入れてティアに近付かせまいと正面から飛び掛かる

するとティアマトも同じく真下から潜り込むように鬼ヒヨケに突っ込む


『居合突!』


俺の渾身の刀の突きから真空の突きが放たれるがそれは鬼ヒヨケの目を狙った

思惑通り、奴は目を避けるように顔を動かして別の部分で受け止める

やっぱ目はどの生物も柔らかいとわかった瞬間だ


アカツキ

『ガフッ!』


俺の体がくの字になる、息が出来ない…


長い前足で体を殴られたのだ、そしてミシミシと何かが折れる音が聞こえ

肺の空気が全て無くなったかのような感覚を覚えたまま、ティアの目の前まで吹き飛ばされた


ティア

『アカツキ君!大丈夫!ケア!』


心配そうな顔を浮かべて近寄るティアは俺にケアを発動してくれた


ティアマト

『鬼無双ぉぉぉぉぉぉ!』


斬れないとわかったティアマトは左拳に闘気を纏わせて固めると懐からアッパーカットした


それでも奴の体は僅かしか浮かない、しかし僅かながらでも鬼ヒヨケは少し仰け反ったのだ。


『キィィィィィ!』


『これが精一杯だ…』


ティアマトは苦笑いを浮かべ、鬼ヒヨケに体当たりされると俺とティアを通過して吹き飛んでいく


立っている者は警備兵2人しかいない

俺達と共に同行した2人だがこれじゃ直ぐに俺達は全滅である


上官である警備兵は片手剣を構え、鬼ヒヨケの威嚇と睨みつけている


警備兵A

『緊急連絡!緊急連絡!工場Aブロック事務所裏の倉庫!速く増援を下さい!これでは全員死んでしまう!増援を!今すぐ増援を!10名中4名重体!鬼ヒヨケに対抗できません!!!早く増援を!!!工場Aブロック事務所裏の倉庫!ただちに救援を!』


もう一人の警備兵が顔を真っ青にして連絡魔石に叫んでいる

あれが普通なんだ、普通は怖いんだ…彼らは街を守るためにいる、俺達みたいに魔物専門じゃないのだ


『キキキキキキ!』


上官警備兵

『くそっ!ここまでか…しかし!!』


警備兵の上官は歯を食いしばり、目をカッと見開くと怒号を上げて走り出した


上官警備兵

『ゲンコツ長の息子だけは死なせぬ!!!副警備兵長エーミールの意地見せてやる!!』


そう叫ぶと彼は鬼ヒヨケに襲い掛かる

俺はティアのケアをかけられているが何故か膝枕、しかしそれに浸っている余裕はない


副警備兵長エーミール

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


『キッ!』


鬼ヒヨケが大きく両手の鋏を振って副警備兵長エーミールを攻撃するが、彼は姿勢を低くしてそれを避けると足の真下にスライディングしながら胴体の後ろの腹を下から斬る


皮膚の表面しか斬れなかったが見事な身のこなしだ


『キィィ!』


鬼ヒヨケは素早く立ち上がる副警備兵長の左肩を後ろ脚で蹴って転倒させる

苦痛を浮かべる副警備兵長だが仰向けのままでも手を鬼ヒヨケに向けて叫ぶ


『道連れだ!!!ボム!!』


『キ!?』


その瞬間、彼の手から小さな赤い火の弾が飛び、それが鬼ヒヨケの顔の前で爆発した


『あっ!』


俺は驚愕を浮かべる

副警備兵長が爆発に巻き込まれてゴロゴロと転がっていたからだ


警備兵

『や…やったのか、副警備兵長…』


俺達の前にいる警備兵はブルブル震えながら囁く、しかし…



『キキィィィィィィ!』


警備兵

『馬鹿なっ!あの方の切り札だぞ!』


警備兵が顔を真っ青にし、尻もちをついた

煙の中から鬼ヒヨケが出てくるが無傷だ

そして目が赤い、怒っている…もっと状況は不味くなったか…


ここまでやってもそれが俺達の精一杯だ。


苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるとティアが俺の頭を撫でてくる


『駄目なの?私達…』


『ティア…』


俺は悲しそうな彼女の顔を見るのが嫌だった

ここで終わるにはまだ早い、無様でも良いから生き延び合いと駄目なんだ


《兄弟、悪くはなかったな…》


『…黙ってろ』


《おっ?》


『アカツキ君…』


俺は激痛の体を起こし、立ち上がる

脇腹が痛い、絶対に折れているのはわかっているけども、今動かないとティアがやられる

どうやらこの鬼ヒヨケ、動く物体を狙う習性があるようだ、皆動けなくなってからゆっくり捕食するのだと俺はなんとなく悟る


彼女の前に出ると震える刀を両手で精一杯握りしめ、息を荒げた状態で構えた


警備兵

『くそっ!これが俺の殉職かよ!逃げれないならば戦って死んで家族に金を残すしかない…』


泣きそうな顔で警備兵がそう告げる

彼にも家族はいる、歳を見ると妻を持っていても可笑しくはない

俺は彼と共に武器を構え、ゆっくりと歩み寄る鬼ヒヨケを弱々しく睨みつける


警備兵

『女を抱かずに死ぬのか嫌だろ』


アカツキ

『そんな冗談を言えるのは流石ですよ、僕にはそんな余裕なんて…』


警備兵

『すまないな、ゲンコツ長の息子だけでも助けたいが、無理だ』



『キキキキキキキキキ』


その鳴き声が異様に恐ろしく感じる、足がすくみ、手が更に震える

俺は若い、逃げ出したいけども今は逃げれない


『ティア!逃げろ!!!』


俺は叫ぶ


それと同時に正面から鬼ヒヨケがそうはさせんと言わんばかりに襲い掛かってきた

警備兵が半ば泣き叫びながら剣を掲げて走り出す、俺も走ろうと体に力を入れるがその瞬間にピキンと激痛が走り、片膝をつく


ティアのケアでも骨折は無理なのだ、仕方ない


『ぐえっ!』


そうしている間に最後の警備兵が鋏に掴まり、地面に強く叩きつけられた


『キキキキキ!』


もう誰も立っていない、ティアマトも完全に気絶、リリディは何とか意識はあるが苦痛を浮かべ、立ち上がれないでいる


俺とティアだけ、半ば諦めな感情が俺の脳を支配し始めている


『アカツキ君…』


『…』


俺は逃げなかったティアに怒る事は出来ない

彼女の頭を撫でてから近づく鬼ヒヨケに視線を向けた。

口に2つの鋏角という特殊な部位が存在するあれが厄介過ぎる


あれに掴まれれば一巻の終わり、虫の力は時として獣を凌駕するのだ


『俺達は弱い…でも』


『…』


『最後、ティアと一緒に入れたのはよかった』


そう告げると彼女は無言のまま後ろからくっついてくる

これでいい、これで良いのだと思うと肩から力が抜ける


勝てない相手はいる、その為に俺は強くなろうとしたがそれもここで終わりだ

体中から血が流れているが、これは鬼ヒヨケの体中に生えている小さな棘に刺さったのだろう


その痛みは何故か今は感じない


『キキーーー!』


そのけたたましい鳴き声と共に鬼ヒヨケは俺達目掛け、一直線に走ってくる

俺の背中を掴むティアの力が入るのがわかる、それを合図に俺は最後の抵抗だけでもと思い

刀に力を入れた


《もう一度言うが、兄弟、悪くはなかったな…次頑張れ》


『お前は何を言って…』


《間に合ったぜ》















『この糞虫がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


その叫び声が聞こえると同時に俺達の背後から何かが通過していく

ティアの兄であるシグレさん、そして…



鬼の形相を浮かべた俺の父さんが鬼ヒヨケに向けて飛び込んだのだ

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