第29話 魔物商人編 5 最高の救援


『この糞虫がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


その叫び声が聞こえると同時に俺達の背後から何かが通過していく

ティアの兄であるシグレさんと鬼の形相を浮かべた俺の父さんだ

2人が怒りをあらわにし、鬼ヒヨケに向けて飛び込んだのだ


シグレさんは鬼すら逃げ出す様なヤバい形相を顔に浮かべ、細長い鉄鞭を鬼ヒヨケに向けて全力でフルスイングした


『鬼天強打(キテンキョウダ)!!』


シグレさんは赤く発光した鉄鞭で叩きつけると、なんと鬼ヒヨケは甲高い悲鳴を上げながらダメージを受けて顔を仰け反らせた

間髪入れずに俺の父さんが両拳を握りしめると魔物の懐に潜り込んで叫んだ


『連続剛拳弾!!!』


目にも止まらぬ素早い拳の連打が鬼ヒヨケの顎に命中すると奴は更に悲鳴を上げる


『キュイィィィィィィ!!』


効いている、ダメージを受けて鳴いている声だとわかる

俺は口を開け、両膝を地面につけてた、その一部始終を見ようと瞬きを忘れてしまうよ


『俺の妹に何してんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


『キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!』


シグレさんは飛び込むと頭部の目に鉄鞭を押し込んで、目の1つを潰してから両足でドロップキックすると後方に宙返りをして着地して見せた


『ふん!』


父さんの右ストレートで鬼ヒヨケは横ばいに転倒する


鬼ヒヨケが倒れたまま暴れると、父さんは後ろに跳び退いて距離を取る

それでも魔物は直ぐに立ち上がり、足で地面を強く踏んで怒りをあらわにするが

あれよりもこちらの2人の方が明らかに怒っている、俺は味方に安心を浮かべたいが出来ない


シグレさんが一番怖すぎる、あんな顔するんだと何度も俺は優しいシグレさんを思い出そうとしてもそれは儚く散る


あの顔が出てくるからだ


『キイィィィィイィ!』


目から緑色の血を流す鬼ヒヨケは口元の鋏角をギチギチと動かし、威嚇をしていると父さんが鬼ヒヨケに顔を向けたまま、目を倒れる警備兵に向けた


『エーミール、マット、エレン…よくやってくれた』


父さんは一瞬悲しそうな顔を浮かべた

しかし、だんだん鬼の形相となり、父さんは大きく叫んだ


『殺し切る!シグレこいつを生かすなぁぁぁぁぁぁ!』


『こいつ殺してやるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


どっちが魔物なのか、俺には理解できない


2人が鬼ヒヨケと善戦していると道の向こうから警備兵がどんどん現れるがその数50人

周りで倒れる警備兵を見てギョッとする増援だが、彼らは直ぐに重傷者を運び、周りを包囲して鬼ヒヨケを逃げられないようにした


『アカツキ君、ティアさん、行きましょう』


警備兵が俺達に声をかける

完全に助かったと知るや、俺は体の力が抜けてその場に大の字で倒れた

空は良い眺めだ、こんなことしている暇じゃないのに不思議と安心できる


『アカツキ君!』


ティアが叫んで俺を揺らすが痛い、痛すぎる


『大丈夫だティア、揺らさないで…』


『あ・・・』







『虫の癖にぃぃぃぃぃぃ!』


父さんキレ過ぎじゃないか?


鬼ヒヨケが盛大に殴られて仰け反るが、俺の父さんはここまで強いのか?

今迄そんなこと知らなかった、シグレさんもだよ

家ではビール飲んでつまみを食べ、母さんの尻を触る変態だけどもさ


今見る父さんは誰よりも誇らしく、あの人の息子で良かったと感じる

しかし怖い、怒るとあんなに怖い事は覚えておこう

警備兵数人が俺を起こすと肩を貸し、口を開く


『安心するんだアカツキ君、ゲンコツ長とシグレ君の2人がいれば魔物ランクBにも対抗できるんだ』


『見てればわかります…なんであんなに強いんですか』


俺の質問に周りの警備兵は困惑した表情を見せると、1人がそれに頑張って答えた




『わからない』


それを聞いたと同時に、シグレさんは高く飛び込むと鉄鞭を全力で振り下ろし

鬼ヒヨケの頭部を叩き割って倒した。

それを見て安心した俺はフッと意識が朦朧とし、まだ気を失うわけにはいかないと思って目を見開くと







『んんんん?』


どこかの部屋で起きた


はて?ここは何処だろうと上体を起き上がらせようとするが痛いので止める

上半身は裸だが包帯がグルグルと沢山巻かさっていて応急処置が施されていたのだ


直ぐにどこかの医療施設だと察する、白い綺麗な布の仕切りが2面にあり、そこから物音を聞いた白衣の女性が顔を覗かせると口元に笑みを浮かべ、口を開いた


『起きたみたいね、待っててね』


彼女は直ぐに笑顔のまま、どこかに行ってしまう

可愛かったな


ズボンは灰色であり、入院患者っぽい感じだ

隣の仕切りから僅かに声が聞こえる


『ああ、助かった…殉職せずにすんだ、魔物はもう御免だ…』


聞き覚えのある声だ

生きてたんだな、鋏で挟み込まれて地面に叩きつけられた姿を見た時は死んだかと思ったが

ホッと胸を撫でおろすとなにやらドアが強めに開かれ、足音が沢山近付いてくる

仕切りを強引に開いて姿を見せたのは母さんと妹のシャルロットだ


『アカツキ、起きたのね!』


『アカ兄ぃ、流石タフ』


『…どうやら助かったみたいだ』


母さんは心配そうに横に椅子に妹と座る

すると直ぐに警備兵が仕切りから現れ、俺の母さんと妹に軽く会釈をし、俺にも会釈をしてきたのだ


自然とベットに横になったままの俺も軽く頭を下げると警備兵は立ったまま話し始めた


『魔物売買の疑いのある奴らは直ぐ吐いたよ、どうやらグリンピアの隣街の貴族に雇われて魔物を輸送していたらしい、死傷者は9名…うち2名の警備兵が亡くなったよ』


『…そうですか』


どう反応していいかわからない

死人が出ているからだ

俺は無言でいると警備兵が俺が気絶した後の事を話してくれた


『ゲンコツ長とシグレ君を止めるのが苦労したよ、鬼ヒヨケが死んでも魔石すらも叩き割ってから更に鬼ヒヨケに攻撃していたんだからね、相当ご立腹だろう…2名も部下が死んでるし、それに息子である君やシグレ君の妹のティアさんも危なかった状況だから更にだ』


『今父さんとシグレさんは何をしてますか?』


『貴族の元に警備兵を沢山連れて隣町に行ったよ、そのうち連絡が来る筈さ…警備兵だってみんなピリピリしてるんだ、仲間が死んでるんだ』


『…』


『君は良く踏ん張った、だから死亡者が2人で抑えれたんだ』


『ですが…』


『不満があるならそれでいい、ゲンコツ長はいつも部下に言う言葉がある、仲間を救いたければ強くなれってね』


確かに強ければ誰も死ななくて済んだ、終わった事を後悔しても時間を稼いでくれた警備兵2名は戻ってこない

副警備兵長エーミールさんの事を聞くと彼は火傷を負ってはいるが軽傷との事だ

僅かに心が楽になる


『この部屋は4人部屋だ、君のお友達2人もいるけども彼らも無事だ、君は2週間、退院まで筋肉は落ちると思うが治す為には仕方がない、今は治して元気な姿で退院するのが君の務め、魔物売買摘発のご協力感謝します』


彼は敬礼をする、手を下げると会釈をしてその場を去っていく

出来もしなかったことに後悔しても意味は無い、それでも考えてしまうんだ

強くなってれば・・・と


『話は警備兵から聞いてるわ、あなたCランクの魔物倒したんですって?』


『でもそれはティアマトにリリディ、ティアがいたからだよ母さん』


『そうだとしてもそれを倒せる冒険者がこの街に何チームいると思ってるの?』


よくよく考えてみた、僅かしかいないのである

今更ながら自分たちの功績に驚くとシャルロットが静かに口を開く


『未来の大物、アカ兄ぃ』


『…それでいいよシャルロット』


妹の頭を撫でる


机の上の時計は深夜の2時、その時計の隣にはブラック・クズリの魔石だが、倒したんだな…俺達

それは後で浸ろう


母さんやシャルロットは慌てて来た感じかな、2時だし

かなり眠っていたのかな俺


『声が聞けて安心よアカツキ、冒険者はいいけど格上の時は逃げるのよ?今回は仕方ないけど』


『逃げることは無理だったよ母さん』


『あなた無駄に責任感強いからね、父さんに似てるわ…だから私も惚れたんだけども、あの子もそんな口なのかもね』


母さんはそう言うとシャルロットに顔を向ける


『嫉妬』


『そんな事言わないのシャルロット、行くわよ』


『アカ兄ぃバイビー』


母さんは妹を連れて笑顔で出ていった

意味がてんで理解できないが、まぁいいか


ティアマト

『おう、アカツキィ…生きてるな』


アカツキ

『ティアマト、怪我はどうだ』


仕切りの向こうから聞こえる、どうやら起きていたのか


ティアマト

『肩の脱臼に全身打撲、リリディはどうだ?』


リリディ

『僕も全身打撲ですが一番辛いのは右の肺挫傷、息苦しくて起きたら脇腹に管を刺されてて動けません』


ティアマト

『ケッ…重傷じゃねぇかよお前』


リリディ

『全治2週間…魔物Bとは恐ろしいですが、生きているだけ意味があります』


アカツキ

『だな、これから強くなろうみんな』


ティアマト

『あったりめぇだ、あの虫を倒せるようにまでなるぜ』


リリディ

『僕もそうしましょう、ティアさんは無事らしいですが最後までアカツキさんが男気見せた成果ですね』


ティアマト

『お?聞きてぇな…俺意識あんま無かったんだがチャンスを万歳で棒に振った野郎がどう守ったんだ?』


それはやめろティアマト

俺はなんだか恥ずかしくてティアマトを止めようとすると再びドアが開く音が聞こえる。

誰だろうなと思っていると、それは隣だったようだ


『マット!大丈夫なの!?』


『お父さん!』


『父さん、怪我してる』


『あはは、虫は当分見たくないよ…』


彼がマットか、奥さんと娘さんそして息子だな

あの人も震えていたのに俺の前に立って職務を全うしようとしていたんだ。

それは勇敢な警備兵の姿をしていたなぁ


一息ついて天井を見上げると予想外な人が仕切りから現れ、驚く


『クローディアさん?』


この人も騒ぎを聞きつけていたようだな

俺の顔を見るとホッと胸を撫でおろし、椅子に座る


『頑張ったわね可愛いおちびちゃん達、話は警備兵から詳しく聞いたけど…ブラック・クズリに引導を渡したのは私でも驚いたわよ。やっぱり君のそのスキルは異常ね…成長が速すぎるわ』


『でもこのスキルがあるから頑張れました』


俺はそう答えると机の上にある魔石を見つめる

クローディアさんは魔石を触って持ち上げると口元に笑みを浮かべてから魔石を再び机に置いた


『下克上成功おめでとう、今は怪我を治すのが仕事よ?絶対に安静にしなさい』


『わかりました』


クローディアさんは満足したのか、立ち上がると手を振ってこの場を去っていく


『ティアマト君、どう?今なら彼女になってもいいわよ?』


『勘弁してくれクローディアさん』


奥から聞こえる、笑うと骨に響く

こうして暫くするとマット警備兵の家族も帰り、部屋が静かになると看護婦が明かりを消して俺は眠りにつく


次の日には仕切りが部屋の窓際に移動されたが夜しか仕切りを使わないらしい


リリディとティアマトの家族は朝早くにお見舞いに来たらしいが、俺は爆睡してて気づかなかったよ



向かいのベッドにはティアマトが包帯ぐるぐる巻きで安静にしている、彼の隣はリリディだが脇腹に管を刺された状態であるが肺に溜まった血を取り出す装置のようだ、迂闊に彼は動けない


てか肺に管を刺されるって、見てるだけで痛々しい


俺の隣は警備兵のマットさん、骨折が数箇所あって彼も絶対安静だ


『いやぁ、怖かったなぁ…魔物相手は流石に』


マットさんが苦笑いで口を開く

それはそうだよな、犯罪者相手の警備兵だもん

魔物は専門外なのだ


『でも勇敢でしたよ』


『独り身だったら逃げてるさ』


誰でも逃げたくなるさ

でも彼はそうしなかった


暫くし、昼を過ぎるとティアマトが口を開く


ティアマト

『あ~動けねぇ』


リリディ

『僕もですよ』


アカツキ

『こりゃ体鈍るよな』


ティアマト

『だよなぁ、そういや鬼ヒヨケのスキルってなんだリリディ』


リリディ

『うろ覚えで良いのでしたら…確か耐久力強化スキルと状態異常耐性、あとは技スキルの閃光突ですね』


ティアマト

『おいおい3つ持ちかよ!』


アカツキ

『本当かリリディ』


リリディ

『うろ覚えですようろ覚え、強いとスキル保有数も多いんです、どれも魅力的ですよね』


ヤバい欲しいスキルだ

耐久力強化は防御面を補う、状態異常耐性は麻痺や毒そして眠りなどの状態異常系の攻撃の耐性を上げる

だからティアの術が効かなかったのか、納得だ

そして技スキルの閃光突、貫通力のある高速の突きをする技だな


俺が持つ居合突の上位互換である

硬い甲殻の敵に対して有効な技だし、今後必ず必要になる筈だ


やっぱりランクC以上からは魅力的なスキルがある

ブラック・クズリの光速斬も磨けばきっと役に立つだろう

強くなるには俺達はDランクになる必要があるな…


アカツキ

『にしても少し小さめのブラック・クズリだったな』


ティアマト

『そうかぁ?アカツキとティアちゃんは1回拝んでるのは聞いたがそっちの方がデカかったのか』


アカツキ

『そうだな、勝てた要因はサイズもあるかもしれないが…』


リリディ

『多分場所ですね、森ではないので』


リリディの言う通りかもしれない

まぁまた遭遇しても戦う気には当分なれないだろう

するとドアが開き、そこから現れたのはティアとその父親であるルーファスさんに母親のローズさんだ


3人で会釈をするとルーファスさんはニコニコしながら俺たちに口を開く


『娘から全て聞いたよ、ありがとう』


単純かつわかりやすい言葉だ

自然と俺達の口に笑みが浮かぶ


『魔物ランクCを倒したのは近所でも話題になってるから冒険者ギルドでもきっとそうなってると思うよ…、今は体を休めなさい』


『ルーファスさんよ、ちと…』


『ん?ティアマト君どうしたのかな?』


ルーファスさんがティアマトに近付くと耳元で何かヒソヒソと話をしている、しかもティアマトは俺を見ながらだ 

なんだ?何を話してる


『ほう』 


ルーファスさんはわざとらしく目を見開き、不気味な笑みを浮かべたまま俺に近付いてくるが、嫌な予感しかない


『な…なんでしょう』


『何故万歳なんだい?』


『え?』


『何故娘のドロップチャンスを万歳で誤魔化したんだい?』


『……』


ティアマトが笑いを堪えている、おのれ…

肝心のティアは首を傾げているが、それでいい


『まだその時ではないと』


俺は最低限ルーファスさんが納得しそうな言葉を選ぶ

彼は渋々と納得してくれたから助かった


『みんな安静にしてね』


ティアの言葉に全員が微笑む


『悪いが暫く冒険者はお休みだティア』


『うん、わかった』


彼女はトラウマだったことに罪悪感を感じてはいるらしいが

俺たちも同じだ、殆んど何も出来てないからな


軽く会話をしてからティアは家族と共にこの場を去るがお見舞いとしてティア特性カツサンドを貰った

3人で美味しく頂いたが、やはり彼女は料理が上手い


ティアマトは3日で退院出来るが俺とリリディは1週間

かなり暇になるだろうが楽しみはあとにとっておくか


俺たちが出来る事は終わった

あとは父さんとシグレさんに任せよう








魔物商人編 おわり

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