第29話 みんな、片想い

 魔王は自ら持つ情報網を駆使して、以下の様な情報を手に入れた。


  王国がジェシカ(魔王の元カノ)に接近している。

  王国はジェシカを味方に付け、魔王の城に攻め込む計画を立てている。


 俺はジェシカを殺すようにと、魔王から命令された。


 俺は魔王の城に戻らず、ジェシカがいるという剣の山に向かった。

 俺、カラム、そして姫は旅をしていた。

 王様の首は魔王の手下が大事そうに抱えて持って行った。

 今頃、魔王の手元に王様が本当に死んだことが伝わっていることだろう。


 余り気が乗らないミッションだったが、唯一の救いは姫と一緒に旅が出来ること、それだけだった。

 姫は道案内役として、俺とカラムを先導した。


「シュキイ姫、ジェシカについて教えてください」

「んっとね、銀髪で真っ白な肌の綺麗な人だって魔王様は言ってた」


 姫は悔しそうに、そう言った。

 愛しの魔王様が『綺麗な人』だと評したのが、よっぽどグサッと胸に来たのだろう。

 それにしても、ジェシカは人なのか……


「強いんですか?」

「強いなんてもんじゃないわよ。『最上級の風の使い』なんだから」

「『風の使い』……」


 『この世界にある攻撃魔法は、主に4つの元素から成り立つ。それは、火、水、土、風』


 俺は子供のころ読んだ魔法辞典の一節を思い出した。


 ドラゴンを一撃で葬る雷、

 巨大な山を焼き尽くす炎、

 鉄壁を穴だらけにする氷のつぶて、

 メタルの装甲を切るような突風、

 魔法使いは、それらをこの4元素を組み合わせる(どんな配分で組み合わせるかも重要)ことで発生させることが出来る。

 あくまで、魔法使いのレベル次第でその威力はピンからキリまでだが。

 ちなみに、俺は魔法はからきしだ。


 ジェシカは風の使いであり、更にそれに最上級という修飾子が付く。

 戦う相手としては、容易ならざる者。

 俺は身震いした。

 流石、魔王の元カノ。


 森を抜けると、視界が一気に開けた。

 草原の向こうに、岩山が見える。


「あれよ」


 姫が指差す先、それが剣の山。

 その名の通り、剣の様な形をした岩が至る所から突き出ている。

 まるで地獄の針山の様だ。

 各岩の先端、つまり剣の先端には、黒い鳥が何羽もとまっている。

 その嘴には何かの死肉と思われるものをくわえている。


「気味が悪いわ」


 カラムが俺の手をギュッと握る。


「あら、ユキイチロウったら羨ましい」


 姫が意地悪そうに言う。

 俺は反射的にカラムの手を振り払いそうになったが、グッとこらえた。

 カラムは貴重な戦力。

 ここで彼女の機嫌を損ねたら、これからの戦いが苦しくなる。

 俺はお返しとばかりに、その手を握り締めた。


「ありがと」


 カラムが顔を赤らめる。


「いいなあ……」


 前を行く姫の横顔。

 姫の瞳は、潤んでた。

 俺とカラムが手を繋いでるところを見て、魔王と自分が手を繋いでるところでも想像したのだろうか。

 姫の切なそうな顔を見た俺は、こう思った。

 姫もまた片想いのままなんだ。


つづく

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