第14話 だから、君とは……できない。
「カラム!」
俺は庭で剣術修行に励む幼馴染に声を掛けた。
「ユキイチロウ……」
カラムはお転婆で男の子みたいな女の子だったが、今、振り返った彼女は見違えるほど美しい女性に育っていた。
この半年、旅に行っている間に成長したもんだ。
城の庭園で剣の練習に励んでいたカラムは、俺との再会を喜んでいる。
「ユキイチロウ! 久しぶりね! お疲れ様!」
カラムはうれし涙で目を潤ませていた。
俺の手を握ると、涙が頬を伝って零れ落ちた。
「カラム、何も、泣くことないじゃないか」
「だって……嬉しいんだもん……ホッとしたし……」
カラムは泣きじゃくった。
普段は女だからと男から軽く見られないようにと強がっているが、内面は乙女そのものだった。
「もう旅に行かないよね?」
「……いや、ちょっと態勢を立て直すために一度戻って来ただけだ。またシュキイ姫を助ける旅に出る」
俺は王様に話した通りのことを、カラムにも話した。
それは、嘘だらけの作り話だった。
俺を本気で心配してくれる彼女に嘘を付くのは後ろめいたい。
それを聞いたカラムは
「シュキイ姫みたいな、あんなわがままなやつは、助けに行かなくていいのよ!」
と、俺に向かって怒鳴った。
「おいおい、王様に聞こえたらどうするんだよ!」
思わず後ろを振り返る。
良かった。
王様はもういないや。
「いいわよ! あんなやつ大嫌い!」
カラムは昔から姫シュキイのことを嫌っていた。
シュキイ姫はそんなカラムのことを相手にもしていなかった。
それがカラムを余計いらだたせていた。
「あの姫ったら、ユキイチロウに、あれしろ、これしろって、いっつもパシリに使ってたじゃない。で、ユキイチロウも素直に言うこと聞くでしょ。それが、見てて嫌だったの!」
「だって、僕たちの王様の娘だぜ。そこはメリハリ付けないとさ。王様にも世話になってるんだし」
「だからって、ユキイチロウって、いっつも姫の言うこと聞くとき嬉しそうだったね……」
「……そうかな」
俺は姫を子供のころから愛していた。
姫はそれを知ってか知らずか、俺によく頼みごとをした。
そして、俺を子供のころから愛していたカラムは、それを見て嫉妬していた。
……ってとこかな。
「君のこと、こんなに心配してる幼馴染の私の言うことも、一度は聞いてほしいな」
「分かったよ! 言うこと聞くよ」
このままでは埒が明かない。
「キスして」
「は!?」
詰め寄るカラムに対して、俺は後ずさりした。
「二回も言わせないでよ」
カラムの黒くて長い黒髪が風に揺れた。
ドキドキドキドキドキ。
鼓動が早くなる。
「……分かった。キスしたら旅に出てもいいんだな」
「……うん」
カラムは少し迷ったかのように一瞬、首を横に振り掛けたけど、顔を上げると、今度は首を縦に振った。
俺はカラムに向き合い、その肩に手を乗せた。
壁を背にしたカラムにそっと顔を近づける。
◇◇
「言うこと聞いたら、もっとキスしてあげる」
◇◇
その時、魔王城の牢獄でシュキイ姫と交わしたキスを思い出した。
「ごめん……出来ない……」
俺は下を向いたままカラムに言った。
カラムは悲しそうな顔をした。
「姫のことが僕は好きなんだ。だから君とはキスできない」
俺はそう言うのがやっとだった。
「じゃ、姫を助ける旅には行かせない」
カラムは笑ってたけど、目に涙をためていた。
つづく
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