第7話 牢獄でキス

 俺は牢獄に閉じ込められていた。

 牢獄はオークルの城の一階にある。

 天井付近に小さな窓(窓というよりレンガ一個分くらいの穴といった感じ)から、暗い牢獄に月明りが降り注いでいる。

 俺はこれからどうしたものかと、途方に暮れていた。


「ユキイチロウ」


 俺は声の方を反射的に向いた。

 俺の大好きな柔らかくて優しい声。


「姫!」


 燭台を手にしたシュキイ姫が鉄格子の向こうにいる。

 後ろには、監視役のミノタウロスが控えている。


「なぜ、姫はあの魔王を好きになったのですか?」


 俺は問いかける。

 握り締めた鉄格子に力が入る。


「なぜって? かっこいいじゃない。それにこの世界を理想的なものにしてくれるのよ」


 オークルは確かに、シュキイ姫のような若者から見たら渋いイケメンの年上に見えるかもしれない。

 うんうん。

 確かに、十代の女子はワルに憧れる時期もあるよね。

 なんて、納得してる場合じゃない。

 あいつらはシュキイ姫のような世間知らずを好きにさせるくらいの言葉は、幾らでも揃えているだろう。


「父上殿は、あなたのことを心配しています。一緒にここを出ましょう」

「父上は間違っているわ」

「何故そう思うのです?」

「父上は、自分の国のもの以外は締め出して、自分の国の国民さえ良ければいいという考えだわ」

「そんなことはありません! 王様はまず自分の国を立て直して、それから他の国の移民も受け入れて発展することを考えているのです」

「どうだか? 父上は問題を先送りしてるだけよ。魔王様はその辺りは父上よりしっかり考えているわ」


 俺は捨て子だった自分を拾ってくれた王様に恩がある。

 だから悩んでしまう。

 シュキイ姫の言うことに従って、このままオークルの家臣になることは、すなわち恩人である王様に逆らうことになる。

 かと言って、シュキイ姫の愛する相手であるオークルと戦うことは彼女を悲しませることになる。

 その前に、今のレベル40の俺にとって、オークルは勝てる相手ではないのだったが……


「ユキイチロウ……」

「ひ……姫っ!?」


 姫の柔らかい唇が俺の唇に触れている。

 鉄格子越しに。


「私の言うことを聞いてちょうだい」


 姫は子供を諭すように言った。

 俺は、ファーストキス、それも憧れのシュキイ姫からのそれに、舞い上がってしまった。


「言うこと聞いたら、もっとキスしてあげる」

「は……い」


 王様の顔を俺は一瞬忘れていた。

 そして、その瞬間、俺はシュキイ姫の側に付くことを決めた。


「姫殿、面談の時間が終わりです」


 ミノタウロスが言うと、姫は俺に一礼し去って行った。


 月明かりが差す、うす暗い牢獄。

 その中で一人、俺は姫から受けたキスの余韻に浸っていた。


「姫……」


 俺はオークルと姫の関係を想像すればするほど、身が焦がれるほどの嫉妬心を持った。


「……ユキイチロウ、ユキイチロウ」


 上の方から俺を呼ぶ声がする。

 小さな窓の淵に鳥が止まっている。


「バード」


 俺のペット、『バード』が来ていた。


つづく

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